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 第十三章 外道には修羅を


 鏖殺寺院支部、倉庫の正面入り口。
 その付近で機工士である子敬が声帯が本物かどうかの目利きを行っていた。

「……ふむ、確かに。これはフランの声帯で間違いないでしょう」
「なら、今すぐ急いで本陣に届けよう。付いて来て貰えるか?」
「ええ、もちろん」

 子敬はクローラの空飛ぶ箒ファルケの後ろに乗せてもらう。
 そして、クローラはテレパシーで秀幸に奪還できたことを連絡した。
 それが終わると、クローラはセリオスの方を振り向いた。

「セリオス、おまえはどうする?」
「僕は後始末をしてから行くよ、先に行ってて」

 セリオスは苦笑いを浮かべて、クローラの問いに答える。
 そうして、クローラが飛び去ったことを確認してから踵を返し、拘束されたスティルの元へ歩いていく。

「……全員、行ったかの?」

 セリオスにそう問いかけたのは、倉庫の壁にもたれかかる天神山 保名(てんじんやま・やすな)だ。
 普段その目に宿る優しさは微塵に消え、修羅の如き冷徹さのみが宿っていた。

「ああ、もうこの場には僕達しかいないよ」
「そうか、それならいいのじゃ。これから起こることはあまりにも刺激的すぎるからのう」

 そう呟き、保名は身体を起こす。
 そして、二人並んでスティルの元へと歩いていく。

「……クスクス、やっと来たの。もう始めてもいい……?」

 不気味な笑みを浮かべてそう問うのは斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)
 その傍らにはハツネのスクイズマフラーで締めつけられ、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)の忍び蚕の糸で完全に拘束され身動きの取れなくなったスティルの姿があった。

「ああ、いいのじゃ」
「……殺さないでおくれよ?」

 許可をもらったハツネはまず、自殺しない様にフラワシ:ギルティの鉄の能力を纏わせた腕で全ての歯を折った。
 バキバキッ、と聞くに耐えない音が倉庫に反響する。

「は、はひをするんだい、あんた達!」

 吐血しながらも強気で返すスティルに、保名は黙れ、と冷たく一喝。
 スティルはそれに怯まず、唇を曲げて反抗する。

「……はっ、それにしてもあんた達は良くやるねぇ。
 あんな失敗作の声帯なんてくだらないもののために戦ったんだ。あの失敗作のせいで荒稼ぎして一章遊んで暮らすあたしの夢が全部パーさ」

 スティルの顔に笑みが戻る。
 それは、他人を侮辱する笑み。フランと仲間達を侮辱する笑みだ。

「知ってるかい? あいつね、ヒラニプラが総力上げて作った機晶姫だってのに、何の功績も残せずに棄てられたんだ。
 まったくクズはクズを呼ぶのかねぇ。声帯を盾に脅迫されたってのに、あのクソガキは洗脳されていまや鏖殺寺院の忠実な部……」
「黙れ」

 そう言った保名は無表情だった。普段は決して見せない顔。
 保名の心の奥深く。暗い暗い場所から、冷たい声が這い上がってくる。

「それ以上くだらんことを言ようものなら。その舌、千切るぞ」

 保名はスティルの舌に手を伸ばし、それを握る指に力を込める。
 肉がすり潰される音が、スティルの咥内で発せられた。

 ひぃ、とスティルの顔が恐怖と苦痛で歪む。
 その表情を見て保名は手を離し、スティルを冷めた目で睨み続ける。
 何も話さない保名の代わりに、葛葉が口を開いた。

「あなたは敵組織の情報、煤原大介の記憶の再生方法など。今から僕達がする質問に答えてくれればいいんです。
 でなければ、拷問で吐き出してもらうまでですが」
「……あたしは知らないよ! 何も教えてもらってないんだ!」
「……ハツネちゃん」
「クスクス……いい声で鳴いてね♪」

 葛葉の呼びかけと共にハツネは、蓄積された邪気を表面化した黒炎という炎付きの暗器鞭、『黒銀火憐』を何度も振るう。
 打ち付けたところが燃やし、スティルに苦痛と恐怖を与えた。

「僕の……その身を蝕む妄執で悪夢による精神的拷問でもいいんですよ?
 早く全てを吐き出したほうが得だと思いますけどね」

 いつもなら葛葉にハツネがやりすぎると煩く言う保名は、今回ばかりは口をださない。
 『人の大切なモノを我欲で平気な顔して踏みにじる者』――卑劣な外道共には慈悲は無し。
 外道には修羅を、というのが保名の心情だからだ。

 ――――――――――

 あるだけの情報をスティルから引き出した頃には、スティルの心身は共にぼろぼろになっていた。

「……これだけ分かれば、十分だろう。協力感謝するよ」

 セリオスは少しげっそりとしながら、そう三人に言った。
 見るも無残なえげつない拷問を見ていたせいだった。

「……そうか。なら、最後に一つ」

 保名はスティルに視線を向ける。
 それだけでスティルは身体をビクッ、と震わせた。

「おぬしは、己が行いについてどう思う?」

 その問いかけに、スティルはすぐさま口を開いた。
 それは早く解放してくれ、という風に。

「ああ、悪いと思ってるよ。だから、早く――」
「そうか、なら……」

 保名はスティルの喉頭に狐刀掌を放つ。
 それは、中指を中心に四指を伸ばし揃えた掌型。
 歴戦の必殺術と閻魔の掌を組み合わせたその狐刀掌は、声帯がある喉頭を突き抉った。

「……ッ!」

 声帯を壊され、声を出せなくなったスティルは、その文字通り声にもならない悲鳴を上げた。
 保名はそしてのたうち回るスティルを見下して、呟いた。

「おぬしも声を失うのがどういうものか、体験するとよい」

 そして保名は、もう見たくも無いという風に踵を返した。
 去り際、自分のパートナーであるハツネに言い聞かせるようために言葉を発した。

「……善悪関係なく、大切なモノを踏みにじる外道にワシは容赦はせぬ。
 ……主等もゆめゆめ忘れるなよ?」

 そう言い残し去っていく保名の背中を眺めながら、不満そうな顔でハツネは呟いた。

「……むぅ、やっぱり脳筋保名は煩いの……。
 ハツネ、いい子だからあのお人形さん達みたいな事はしないの……多分」