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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

リアクション

「チッ……もうここまで来ましたか。――っと?」

 舌打ちし焦るレヴェックは、エヴァの顔を見るやいな口元を歪にゆがめた。

「おやおや、これは。どうやら私にもまだツキがあるようだ」
「……何を言っている? どういう意味だ、それは」
「何もどうも……お久しぶりですね。エヴァ・ヴォルテール。あなたが私のもとから脱走して以来でしょうか」

 レヴェックに名前を呼ばれたエヴァは頭がカチ割れんばかりの頭痛に見舞われ、その場にうずくまる。

「……くッ! なんだ、おまえ。あたしは、おまえのこと、なんて……!」

 途切れ途切れになりながら、エヴァはレヴェックを睨み、言葉を言い放つ。
 それを見たレヴェックは大げさに肩をすくめ天を仰ぎ。

「ああ、悲しいですね。私を忘れてしまうとは。
 まあ、いい。忘れたのならお教えしましょう。エヴァ・ヴォルテール――いや、被検体強化人間第一号とお呼びしたほうがよろしいですか?」
「な、にを言ってる。あたしは、あたしは――」

 エヴァが言葉を言い切るより先に、レヴェックは親指と中指を重ね、パチンと音を鳴らした。
 それを皮切りに、エヴァの封印されていた過去の記憶がよみがえり、奔流するかの如く彼女を責める。

(被検体強化人間第一号……の降る……私は……され……造を受け、居場所……)

「ああぁぁァァアアアッ!!」

 エヴァは絶叫をあげ、頭を抱えうずくまる。
 その姿を楽しむかのようにレヴェックは嘲笑する。

「思い出せましたか? あなたが、私の手により改造された被害者であることを」
「……ッ! 違う、違う。あたしは……ッ」

 もう一度、レヴェックはし、もう一度パチンと音を鳴らした

(被検体強化人間第一号、雪の降る日、私は拉致され、改造を受け、居場所を無くし、言われるがままに戦い、それで――)

「止めろ、止めろ、止めろ! あたしの中に入ってくるなぁぁッ!」
「あはははハハハハッ! 無理ですよ、あなたは一生私の手駒なのですから!
 さぁ、その頭痛を止めたいのならもう一度私の手駒に成り下がりなさい!!」

 苦しむエヴァと馬鹿笑いするレヴェックを見て、煉は呆れ顔でため息をひとつ吐いた。
 そして、煉は意識が乗っ取られそうになっているエヴァの傍に寄り。

「ッ!?」

 苦しむエヴァを無理やり抱き寄せて唇にキスをした。

「〜〜ッ!?」

 それだけだ。
 ただ、それだけなのに。

 先ほどまで自分を侵していた記憶は嘘のように消え去り、身体を支配するのは火照りと恥ずかしさ。
 ゆえに、エヴァが唇を解放されて放った第一声は。

「い、いきなり何をするんだ。馬鹿野郎ッ!!」

 そんな、いつも通りの罵声だった。

「よし、戻ったな。これでいい」
「これでいい、っておまえな! 人のファーストキスをこんな無理やり――」
「まぁ、落ち着け。……確か、レヴェックとか言ったな、あんた」

 煉は顔を真っ赤にして暴れる彼女を宥め、エヴァの顔を自分の胸元に引き寄せる。
 そして、煉は紅く染まった瞳でレヴェックを睨み。

「悪いが今こいつの相棒は俺なんだ。他の誰にも渡しはしない」

 言葉と共に抜刀。
 右手には、血に彩られ薔薇に染まった、薔薇の細剣を。
 左手には、長剣の光条兵器プリベントを。

「な、なんだと! ふざけるな、私の洗脳がたったそれだけでッ」
「解けるんだよ、あんたの洗脳なんてそんなものなんだ」
「くッ、行け護衛共。私を守れ! あのクソガキを始末しろぉぉ!」

 傍に控えた二人の護衛が煉に襲い掛かる。

「退いてろ」

 煉はその二人を薔薇の細剣とプリベントの二刀流で一閃。
 迷いもなく、洗練されたその剣閃はラヴェイジャーの剣技の極み。アナイアレーション。
 護衛から飛び散った鮮血は薔薇の細剣の刀身に色を上塗りする。
 
「ひ、ひぃ……!」

 レヴェックは怯えた声を出し、踵を返し逃げ出そうとした。
 その無様によく動く手足を、煉はプリベントに取り付けてある大型拳銃クラウ・ソラスで撃ちぬいた。
 硝煙の香りが匂い立つのと同時に、手足を打ち抜かれたレヴェックはその場に勢いよく転んだ。

 その倒れたレヴェックに煉とエヴァが歩み寄り、共に額に銃を突きつける。

「好き勝手他人の人生滅茶苦茶にしてきたんだ。……覚悟は出来てるな?」

 二人は同時にカチャリ、と撃鉄を起こす。

「ひ、ひぃぃぃッ! 待て、待て、待ってくれ――」
「「あの世で償え」」

 声と共に重なった銃声は、ヒラニプラに響きわたった。

 ――――――――――

「間に、合った……!」

 そう呟いたのは、肩で息をする衿栖だった。
 突き出した手に巻かれた操り糸は、レヴェックの首を絡め取り、銃弾が放たれるより少し早く、その位置をずらしたのだった。
 お陰で二人が放った銃弾はレヴェックの額を穿たず、地面に穴を開けただけだった。

「すい、ません! この人を殺すのは待ってください!
 この人に、フランの詩を、彼女が失敗作じゃないってことを思いしらせたくて……!」

 必死にそう頼み込む衿栖を見て、エヴァは自分の銃を収めた。

「……いいのか? エヴァっち」
「いいよ、もう。こんな男に固執するなんて真っ平御免だ。
 さっきの銃弾でレヴェックは死んだ。ここにいるのはただのテクノクラートだぜ」
「……エヴァっちがそう言うのなら、俺もいいよ」

 煉は肩をすくめ武器を収めた。
 その二人の姿を見て、衿栖は頭を下げて礼を言った。

「ありがとうございます! さあ、行きますよ。レヴェック。
 彼女の歌、貴方は聞いたこと無いでしょう? 決して失敗作なんかなじゃい、それが分かるはずよ」
「ああ、待ってくれ。最後にこいつに言い忘れたことがひとつあった」

 エヴァはレヴェックのもとに歩み寄り、息を深く吸い込んだ。
 そして。

「あたしの名前はエヴァ・ヴォルテール! 被検体強化人間第一号でもなくて、煉の相棒のエヴァ・ヴォルテールだ!
 ……おまえにはひとつだけ感謝してるよ。あたしは強化人間じゃなければ煉と契約なんて結んでなかったかもしれないからな!!」

 吐き捨てるかのようにレヴェックの耳元で怒鳴ったエヴァは踵を返し、その場から去る。
 そのエヴァの姿を見て煉はおどけたように肩をすくめ、衿栖は煉の姿を見てプッと吹き出すのだった。

 エヴァは決して振り返らない。その大きな瞳に映るのは輝かしい未来だけなのだから。