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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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 彼らの反撃は素早く,そして強力だった。

 行商人が彼らに本気で「勝つ」つもりだったとしたら、「人質」の人選にはもう少し慎重を期するべきだった。
 ここにいるのは、大切な相手の為に集まっている者たちなのだ。
 初めこそ娘たちを捕らえ蹂躙するかと思えた妖木だったが、それは長くは続かなかった。

 ひゅ……っ。
 空気を切り裂いて、ダリルの鞭が前方を薙ぎ払う。
 切り落とされた触手が地面に落ち,激しく跳ね回りながら急速に朽ちるように消えていく。
「手応えがない割に、数ばかり多いな」
 忌々しげにつぶやいて、レニの方を見る。
 そして、レニの対峙する相手を。
「……俺は黒幕にしか用はない。邪魔をするな」
 呟いて、また前方を薙ぎ払い、走った。

「せっかく用意した料理、守らねばのう」
 桐条隆元の鉄扇が一閃、マーガレットを狙って伸びた触手が弾け飛ぶ。
「……わしは、料理を守っただけじゃぞ?」
「わかってるわよっ」
 マーガレットがふくれた。

「……ハッ」
 持って行き場を失っていた怒りのフラストレーションを解放するように,昴の陰陽六合刀が妖木を切り刻む。
 天樹十六凪の操るアンデッドも、手当り次第に暴れる触手を引き千切った。

「鈴蘭ちゃぁぁぁぁんっ」
 自分の中にある勇気を全て振り絞って、沙霧は鈴蘭を捕らえている触手に駆け寄った。
「……わぁっ」
 大きく撓った触手が沙霧を軽々と弾き飛ばす。
「沙霧くんっ」
 地面に転がる沙霧に向かって、鈴蘭は必死で呼びかけた。
「無茶しないで! 私、この程度どうって事ないからっ」
 それでも、沙霧はすぐに立ち上がり、諦める様子も無く再び駆け寄ってくる。
「僕はうじうじしてて男らしくないかも知れないけど、好きな女の子も守れないなんて嫌だ……っ!」
 その手にさざれ石の短刀を握って、必死で斬り掛かっていく。
 鈴蘭はとっさに「怒りの歌」を歌った。
 少しでも、沙霧の力になりたかった。
「鈴蘭ちゃんを、離せえぇぇぇっ!」
 沙霧は叫んで,触手に斬り掛かった。


「ここ、ここに仕掛けたぎゃー」
 親不孝通夜鷹が岩の向こうから叫んで、両手を振り回した。
 岩の上でペンギンがぎゃーぎゃー鳴きながら、夜鷹と一緒になって羽根を振り回して跳ねている。
 場所取りチームの下調べは完璧である。
 モンスターを桜の木に見せかけるための魔方陣は、昨夜のうちにすべて発見していた。
 その時点で破壊せずにおいたのは、黒幕をあぶり出すためだった。
 行商人が現れた瞬間に彼らは走り出し、魔方陣の破壊ポイントに向かったのだ。
「こっちもオッケー! ていうか、壊すよ? 壊しちゃうよー?」
「お、お姉ちゃん、張り切り過ぎですっ」
 別のポイントでは、嬉々としてスタンバイするハツネを清明がなんとか押し止めている。
「こちらも、いつでもいいぞ」
「無粋なことは、さっさと済ませましょ」
 アルテッツァとヴェルも位置に着いている。
 瀬山裕輝は、魔方陣の四方の最後のポイントに仁王立ちして叫んだ。
「よーし、黒幕のあぶり出しは成功だ。野郎ども、一気に魔方陣を破壊するで〜!」
「誰が野郎どもだぎゃー」
「いくでー」

「……あ、こ、こら……そこ、何をやってるネ!」
「見ての通りだよ、ドクトル・ファルケ」
 ようやく周囲の動きに気づいてうろたえる謎の行商人に、フランツが楽しそうに声をかけた。
「君の茶番劇はおしまいだ。……拍手が必要かな?」
「え? え?」
 意味が分からないままにおろおろと辺りを見回す。
 突然、閃光が走り、雷鳴が轟いた。
 ヴェルの【天のいかずち】が炸裂したのだ。
「うわ、こりゃまさに「雷鳴と雷光」だね!」
 フランツが弾んだ声を上げた。
「う、うそネー!」
 ヴェルがそれを意識したとは思えなかったが、この乱痴気騒ぎのクライマックスにふさわしい技が魔方陣を破壊するのを、黒幕は成す術もなく見ていた。

「……あ、あれ?」
 触手と格闘していた沙霧は、突然手応えのなくなった相手に戸惑うように、間の抜けた声を上げた。
 枝を握っていた手に力を入れると、まるで今までのことが夢だったかのように、パキッと乾いた音を立ててそれは折れた。
 まるで、ただの桜の枝のように。
「す、鈴蘭ちゃんっ」
 慌てて、鈴蘭の体に巻き付いている枝を引き剥がし始める。
「……あ、ありがと、沙霧君」
 ようやく解放された鈴蘭が、地面にへたりこんだ。それでも無理に狭霧に微笑んでみせる。
「うん、もう大丈夫」
「無理しちゃダメだよ……鈴蘭ちゃん、いつも頑張りすぎなんだよ」
 自分もその隣にへたりこみながら、狭霧が呟く。
 今度は本当に嬉しそうな笑顔で、鈴蘭は言った。
「狭霧くん……ちょっと格好良かったわよ」


「あああ、ボクの桜田ファミリアがぁぁぁー」
 行商人が涙声で叫んだ。
 妖木だったものは、あっという間に桜の木に戻ってしまった。
「ひ、ひどいことするネー!」
「絵に描いたような「お前が言うか」だな」
「……そんな大事なものなら、もう少しマシな名前をつけてあげればいいのに」
 呆れたようなルカルカとエースの声がした。
「ですね。でも、それよりも……」
 背後からメシエの声。
「え? え?」
「……自分の心配をした方がいいんじゃないですか?」
「ええーっ」
 ようやく自分が取り囲まれていることに気がついて、行商人は叫んだ。
 伸びた根の上にいるだけでは、彼らから身を守る術はない。
「ひどいネ! 弱い者イジメ反対ネ!」
「……招かれざる客には、静かにご退場頂こう」
 呆れ果てるような台詞にはまったく耳を貸す様子もなく、ダリルが静かに言って、鞭を振るった。
 行商人の足元の木の根が、紙のように切断される。
 その時。
「……下がれ!」
 背後から飛んだブルーズの声とほぼ同時に、取り囲んでいた全員が四方に飛び退った。

「おぼえてるのネーーー!!」

 涙声の残響を残して、行商人の体が爆発した。
「……うわっ」
 フランツは咄嗟にピアノを庇って両手を広げた。
 が、衝撃はない。
 爆風も、破片すら残さず、行商人のいた空間が僅かに歪んだだけで……それもすぐに、何事もなかったかのように元に戻る。
「……幻術だ……あいつ、最初から実体じゃなかったんだ」
 ルカルカが呆れたように言った。
「素晴らしい!」
 突然、ドクター・ハデスが感動に打ち震えんばかりに叫んだ。
「的確な捨て台詞! 無駄な爆発! なんという見事な逃げっぷりだ!」
 くるりと振り返り、呆然としているレニに向かって言った。
「レニよ、あれが正しい悪役の引き際だ! 見習うがよい!」
「お兄ちゃん、レニ君に変なこと吹き込まないのっ」
 すぱーん。
 咲耶の手が、ハデスの後頭部にヒットした。
 クリティカルだった。
「……そ、そして、これが……正しいツッコミ……」
 そう言い残して、ハデスはその場に崩れ落ちた。

 その背中に、桜の花びらがひらりと一枚、散りかかった。


「ち、ちょっと待ってくださいぃ……」

 微かに声が聞こえた気がして、咲耶は顔を上げた。
 今までモンスター化して暴れていたのが嘘のように、そこには満開の桜が広がっている。
 おそらく、モンスターに掛かった幻術の残滓が、僅かに残っているのだろう。
 きれいだなぁ。
 桜に蒼空が似合うのはもちろんだけど、曇天の桜も悪くないな……

「こ、この状態で止まるのは、あんまりですぅ……」

「……えっ」
 我に返って、咲耶は声の主を捜した。
 よく見ると、桜の花のすき間に黒髪のポニーテールの房が、尻尾のように揺れている。
「……ば、ばななちゃん!?」
 更に目を凝らすと、枝に絡みつかれて宙づりになったななの姿が、花の中に見て取れた。
 それもかなり……あられもない姿で。
「……クマっ」
「わっ、なんだ」
 いきなり後ろからミーシャに目を覆われて、レニが声を上げる。
「どうした、ミーシャ!」
「ああん、ばななじゃないよ、ななだよぉ……」
「だめクマ! お子様は見ちゃいけないクマっ」
「何のことだ、放せ、バカ」
「絶対だめクマーーー!」

「……っていうか、恥ずかしいですぅぅ下ろしてくださいぃぃ」