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サクラ前線異状アリ?

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サクラ前線異状アリ?

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第五章
"IM FEUERSTROM DER Kirschbluete"




「うう、ボク、もうお嫁にいけないよぉ……」
 ようやく助け出されたななが、涙目で項垂れていた。
「まあまあ、そんなに落ち込むな」
 隣に腰を下ろした菊が、慰めるようにななの頭を撫でた。
「ほら……さっきは、みんな似たり寄ったりの状態だったしさ。なながそんなに気にすることはないよ」
 菊自身も、持ち上げられたり振り回されたり、また絡み付かれたりと、散々な目にあっていた。
 端から見たら、とても冷静には思い出したくない格好だったに違いない。
「な、冒険してりゃあ、こんなことよくあるって」
「そうそう、触手とか、スライムとか、○○とか、××××とか、冒険系女子の醍醐味ですよ!」
「ばっ、な、何て事を吹き込んでるっ」
「……え、なんか違った?」
 光が目をぱちくりさせる。
 あの騒ぎの中、光は満面の笑顔で「きゃー」とか「いやーん」とか騒ぎながら走り回っていた筈だが、どういう訳かまったく無傷である。
 まさに、恐ろしい子……であった。
「まあまあ、ほら、凹んでないで飲もう!」
 サクラコが酒瓶を片手にやって来て、コップを差し出した。
「どうしようもない現実を、忘れられる者は幸せ……っていうじゃない」
「だーめーだーっ」
 思わず受け取りそうになるななを止めて、菊が叫ぶ。
「未成年に酒を勧めるなっつーの」
「えー、意外に真面目なんだなぁ。こういう時は酒なんだけど……ま、仕方ない、代わりに私が飲んどきますね」
 笑いながらそう言って、去り際にななの方をポンポンと叩いて行く。
「……あれは、元気づけに来たのか」
 わかりにくいなぁ、と菊は苦笑する。
「……わかりました、ボク、飲みます」
 ふいに、キッと顔を上げてななが言った。
「いつまでも落ち込んでたら、せっかくのお花見が台無しなのです! 飲んで忘れますっ!」
「いや、だから、お前は未成年……」
「あーもーちくしょー、お茶持って来やがれぇぇーー!」
 うわぁぁぁぁん。
 可愛らしい声に不似合いな台詞を叫んで両腕を振り回すななを見ながら、菊はまた苦笑した。
 ……まあ、こういう切り替え方もありかな、と。


「ん? やだな司君、まだ飲んでないじゃないですか」
 ななの様子を見て戻って来たサクラコが、ブルーシートに座っている司を見て言った。
 司の気のせいでなければ、サクラコの頬は既にほんのりと赤い。
「サクラコ……もう飲んでるのか! 乾杯もまだだろう」
「またまたー」
 司に上等の笑顔で答えて,サクラコはコップを司に押し付ける。
「固い事いわないの、ほらほら、司君も飲みなさい!」
 有無を言わさず、一升瓶から勢いよく酒を注ぐ。
「お、おい」
「じゃ僕はシャンパンをいただこうかな」 
 いつの間にか混ざっている泰輔が声を上げると、その傍らで気怠げに寛いでいた顕仁が空の杯を手にして笑う。
「ならば、我にはウォッカ・ライムを。あのかわいらしいオルロフスキー君の代わりに、我がいただくとしよう」
「はあーい、ただいまっ」
 何故かまだメイド姿のさくらが、グラスのお盆を手に可愛らしく声を上げている。

 
「こっちはお茶を用意してまーす……ああでも、先にこれ片付けないと」
「片付けなんか後でいいわよ、ハルカ。あ、コーヒーご用命の方はこちらへどうぞ!」
 皆に声をかけているハルカとユリナに向かって、竜斗が声をかけた。
「じゃあ俺、鴛鴦茶で!」
「もうっ、竜斗さんワガママ! そういうのは自力救済です」
 ユリナがカップに半分だけコーヒーを注いで竜斗に渡すと、ハルカがくすくす笑いながら横から受け取った。
 紅茶をそこに注ぎながら、笑う。
「もう、鴛鴦みたいに熱々ですわね」
 ふたりは思わず顔を見合わせて、同時に赤面した。


 賑やかさを取り戻す周囲の会話を聞きながら、レニはぼんやりと、頭の上の偽物の桜を見上げていた。
 激しかった攻撃の傷跡で、空一面を覆っていた花の三割ほどは焼け焦げた枝がむき出しになっていたし、先刻ななを助け出した辺りも、枝が折れたり千切れたりと無惨な状態だ。
「……ぼっちゃまも、お茶をどうぞ」
 そっと声をかけて、ポー爺がカップを差し出す。
「……爺」
 レニは目に見えて凹んでいるようだ。カップに口もつけずに、力なく俯いた。
「ボクは、ひどい愚か者だな」
「……まったくですね」
 西条霧神がしれっとした調子で同意した。
 流石にむっとして霧神を睨みつけるレニに、尋人が微笑みかける。
「愚かでない人間なんていないよ、レニ君。特に、若いうちはね。……そうだ」
 ちょっと身を乗り出して、尋人は目を輝かせた。
「よかったら、薔薇の学舍にも遊びに来てよ。馬は好き? オレはそこの馬術部の部長なんだけど、いつでも馬に乗せてあげるよ」
 あまりに真っ直ぐな視線に、レニは一瞬鼻白んだようにエースの顔を見たが,すぐにぷいと横を向いた。
「……お前たちには迷惑をかけたし、世話になった事には感謝している」
 ちょっと悔しそうな口調だ。
「だが、それとこれとは話が別だ。お前たち地球人や契約者どもと、ボクは馴れ合うつもりはない」
「それでこそレニ様!」
 レニの顔が引きつった。 
「オッケーですわ! ツンデレはツン多めでこそ貴重なデレが輝くんです!」
 ずいと近づいて来た海松の顔から逃れるように身を引いて、レニが掠れた声で叫んだ、
「ま、またお前かっ」
「はい、私です!」
 きらきらっと目と身を輝かせて微笑む。
 これだけ見ていれば、ほんわかと優しげな美少女なのだが。
「レニ様、あちらでゆかりさんがお茶席を開いてますよ。菊さん特性のお茶菓子とゆかりさんのおうすの最強コラボですって」
「お臼?」
 海松が指差す方を見ると、緋色の野点傘の下に広げた緋毛氈にきちんと正座した和服姿のゆかりが、ニコニコして手を振っている。
 その横でに広げられているのは、菊の力作、和菓子の花見弁当だ。
 三色団子、麩饅頭、桜餅をつめ、上生菓子で海老の炊き合わせをなぞったもの。食材の色とそれぞれの材料の異なる甘みを組み合わせた、目にも口にも楽しい特製品だ。
 その三色団子にそっと伸ばしたマリエッタの手を,ゆかりが視線も動かさずにぴしっと叩いた。
 元気を取り戻したらしいななもその横に正座して、黒い茶碗を両手で持って、不思議そうに眺めている。
「……なるほど、桜に純和風ですか、なかなかいいものですね」
 霧神が微笑んで言った。
「私もあちらで簡単なお茶会を開くんですよ。「薔薇のティーセット」を用意しましたから,お嬢さん方にも楽しんでいただけると思います」
 女性陣にひと渡り微笑みかけてから、レニを振り返る。
「よろしければレニ君もどうぞ。何か、お好みのお茶はございますか?」
 レニはちょっと口ごもって、手の中のすっかり冷めてしまったお茶に目を落とす。
「ボクは別に……爺が入れてくれるお茶は、なんでも美味いし」
 ふっと、周囲の空気が和む。
 レニは赤くなった顔を上げて、言い訳するように言った。
「ぼ、ボクは好き嫌いはないんだっ」
 傍らでは海松が、声もなく身悶えしていた。