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――スパ施設のとあるプール。そこは普段は普通のプールであったが、今日は少々姿を変えていた。
 プール中央、先程別の場所で激闘を繰り広げた舞台となるリングが設置されていた。これからこのリングの上で、本日最後のプロレスの試合であるガントレットマッチが繰り広げられる。
 水が張ったプールの中央にまるで浮かぶように設置されたリング。その上には二組の選手。
 一方は小柄な少年と、全身が真っ青な全身タイツを着たような、一言でいうと『NO IMAGE』みたいな者。扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)益荒男・葵井(ますらお・あおいゐ)のタッグ。もう一方はプロレスリングHCから参戦した天野翼と和泉空であった。
 リングでは一条と泉空が先鋒として残り、益荒男と翼はそれぞれのコーナーへとスタンバイ。

『いよいよ第二部、そして最後のプロレスの試合となりました! 実況は先程に引き続き卜部 泪(うらべ・るい)がお送りいたします。さて最後の試合は水上リングで繰り広げられるガントレットマッチ! 最後まで勝ち残るタッグは一体誰か!? 最初のタッグ、先鋒は一条選手と泉空選手! 間もなくゴングです!』

「……いっちゃん、先で大丈夫?」
 自軍コーナーに寄りかかり、ゴングを待つ泉空に翼がひそひそと話しかける。
「私は問題ない。むしろ、翼こそ問題ある」
 そう言うと泉空が翼の額を指で軽くつつく。先ほどの試合で額を負傷し、そこは痛々しく包帯で巻かれていた。
 流石にまだ痛むらしく、突かれて翼は顔を少し顰めた。
「いたた……でも無理しないで危なくなったら交代してね?」
「大丈夫――策ならある」
 泉空がハーフマスクの下でドヤ顔を浮かべる。視線の先には、顔を赤らめてこちらをちらちらと見る一条の姿があった。
 そして、開始のゴングが鳴り響いた。

(畜生、やりにくい……こいつでかいな……)
 試合が始まり、距離を取りながら一条が毒づく。
 一条の身体はかなり小柄である。対する泉空は女性にしては長身の部類に入る。この体格差、組み合うにも投げるにも極めるにも難しい。
(そもそも……な、なんでいきなり対戦相手が女なんだよ!?)
 だがそれ以上にやりにくいのは相手が女性である、という事である。
(触っても大丈夫だよな……いやいやそもそも試合なんだから触れるのは仕方ないじゃねぇか! でもこれで変なところでも触ったら……)
 一条は実年齢はともかく、精神的には思春期レベル。頭の中はそりゃもう検閲事項でいっぱいだ。ちょっとしたことですぐ意識してしまうのに、動きやすさを重視した露出多めのコスチュームなんて直視ができるわけがない。視線を合わそうとしてもすぐ反らしてしまう。オトコノコなので仕方ないといえば仕方ないのだが。
「何やっとるんや! モジモジしとるだけとかやる気あるんか!? 金返せー!」
 顔を赤らめ、ちらちらと視線を合わそうとせずモジモジとしている一条にヤジが飛ぶ。
「人の気も知らないで……えぇいやってやらぁ!」
 ヤジに反応し、一条が一気に挑みかかる。狙いは打撃。打撃として狙っていたのは地獄突きであったが、身長差を考えると効果的ではない。そこで一条が取った行動は、
「てぇい!」
大きく頭を振りかぶった頭突きである。相手の頭に当たらなくても、ダメージは与えられる。
「ひゃん!?」
 泉空が驚いたような声を上げる。
「な、なんだよ今の声……」
 一条が驚きながら目を向ける。そこには、胸を手で庇うように押さえた泉空が目を潤ませながら睨み付けていた。そして一言呟く。

「……えっち」

「んなッ!?」
 一条が凍りつく。状況的に考えて、今の頭突きが胸に当たったとしか思えない。
(え、今俺あいつの胸に攻撃したのか? ってことは頭から胸に顔埋めたようなもんじゃねぇか! そういやよくよく考えてみるとなんかやわらかかったようなって何考えてるんだよ俺は!?)
「何前かがみになってるんやこのエロガキが! 何しにリング上がってんやスケベ小僧!」
「なってねぇよ! ってかさっきからヤジ飛ばしてるのお前かよ!?」
 一条がヤジの飛ぶ方に視線を向けると、そこにいたのはパートナーの瀬山 裕輝(せやま・ひろき)であった。
「何でお前が率先してヤジ飛ばしてんだよ!」
「え……?」
「なんでそこで俺が変な事言ってる空気にしようとしてんだよ!? あぁもういい! タッチ!」
「ハッハッハ! オトコノコならむしろ健全です! 恥ずかしがる必要なんてないんですよ!?」
 タッチを交わした益荒男が爽やかに一条に親指を立てた。その爽やかさ、イラッとする。
「あーいむうぃーん」
 タッチに逃げた一条に、泉空がドヤ顔で勝利をアピールするように片手を上げた。
「負けてねぇよ!」
 一条はそう言うが、場内は満場一致で負け犬と見ている。
「ちなみに、ヘッドバッド当たったのはお腹」
「畜生めぇー!」
 一条がコーナーで崩れ落ちる。完全に負け犬である。

『一条選手、手玉に取られてたまらずタッチ! そのまま益荒男選手に試合権利が移ります!』

「ハッハッハ! お手柔らかに頼みますよ!」
「あ、ども」
 益荒男が爽やかに差し出す手を、泉空が握り返す。
「さて、良い試合にしましょうか! ちなみにワタシ、少々特殊な身体なので打撃や関節技は効かない物だと思ってください!」
 そういうと、益荒男がリングを爽やかに笑いながら、リングを軽快なステップで回りだす。
「さぁ、どこからでもかかってきてください!」
 そして、益荒男が叫んだ。

「ハッハッハ! 負けてしまいましたよ!」
「アホかお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 爽やかにコーナーに戻ってきた益荒男に、一条が叫ぶ。
「あーいむうぃーん」
 リングでは泉空がドヤ顔で勝ち名乗りを上げていた。
 一体何が起きたか。ダイジェストで説明する。
 まず、軽快なステップで回る益荒男を泉空が背後からふん捕まえて投げっぱなしジャーマン。一回転した益荒男を捕まえてラ・マヒストラルでフォールに固めると、あっさりと3カウントを取ってしまった。
「いやぁ、ああいう技ってかけられてるって自覚無いんですね! 四散するのも忘れてましたよ!」
 負けたというのに爽やかな男であった。

『まさかの秒殺劇! 一条、益荒男選手タッグ敗退です! 勝ち残った泉空選手タッグはそのままリングに残り、続いてのタッグは――』

 泪が次のタッグチームをコールしようとした時。プールの中から、【赤き死のマント】を身に纏った何者かが飛び出してきた。
 何者かは一気にリングに駆け上がり、リングにいる泉空と、退場しようとしている益荒男に一撃ずつドロップキックを放つと、マントを空高く放り投げる。
「スミスミーっ! ぬるい! ぬるすぎるぜーッ!」
 そこに現れたのは、忍者超人 オクトパスマン(にんじゃちょうじん・おくとぱすまん)であった。

『突然現れたのはオクトパスマン選手! リングに上がるや否や、泉空選手だけでなく益荒男選手にまでドロップキックを放った!』

「こんなぬるすぎる試合、出番まで待ってられるか! 順番? ルール? そんなもん知ったこっちゃない! この忍者超人オクトパスマン様の、悪魔のファイトの始まりだーっ!」
 リング上を占拠したオクトパスマンが声高に笑う。
『あの……次の選手、順番だとオクトパスマン選手のタッグだったんですが』
「スミスミーっ! 誰も俺達をとめられない……え?」
『いえですから、『ヘル・メタルズ』ってオクトパスマン選手のタッグチーム名ですよね? 順番通りなんですけど』
 泪に突っ込まれ、オクトパスマンが動きを止める。
「そ、それでも悪魔のファイトを見せる事には変わりない! さぁ来いハーティオン! リングを俺達の独壇場にしてやろうぜ!」
 そう言ってオクトパスマンが呼びかけるのは、場外に立つコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)
「俺達に敵う奴なんていねぇんだ! ……おいハーティオン、なんでそんなところ突っ立ってるんだよ?」
 リングに上がってこないハーティオンにしびれを切らしたように、オクトパスマンがロープにもたれ掛る様にして問いかける。
「ふっ……リングに上がりたいのは山々なんだがな」
 ハーティオンが笑みを浮かべて言った。
「膝に水をうけてしまってな」
「……つまりなんだ、動けないというのか?」
 オクトパスマンの言葉に、ハーティオンが頷く。
「こぉぉぉぉのアホがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「アホはそっち!」
 背後からの声に、オクトパスマンが振り返る。そこには復活した泉空が、ロープの反動を利用し向かっていた所であった。
「翼!」
 泉空が叫ぶと、翼が手を組む。その手を、泉空は勢いそのままに足場にして飛び上がる。
「せぇッ!」
 そしてオクトパスマンの頭目がけてドロップキックを放つ。
「スミっ!?」
 高さと勢いのあるドロップキックがオクトパスマンの頭を貫き、バランスを崩し場外へと転落する。大きな水しぶきを上げ、着水する。

「「……え゛?」」

 そして、泉空も勢い余って転落した。巨体のオクトパスマンを場外へ叩き落とす為、勢いをつけたのであるが付け過ぎたようであった。
「い、いっちゃん?」
 翼が場外に落ちた泉空に声をかけると、ずぶぬれになった彼女は片手をあげた。
「……あーいむうぃーん」
「いや、負けてるから」

『……えー、何と言う急展開! オクトパスマン選手と泉空選手がまさかの同時リングアウト! 両者ともに敗退となります!』

「……あーあ、情けない試合しちゃってー」
 場外、水にぷかりと浮くオクトパスマンを見てラブ・リトル(らぶ・りとる)が呆れた様に呟く。
「ほら、さっさと起きなさいよ……ハーティオンも手伝ってよ」
「手伝いたいのは山々なのだが、膝に水を「あーはいはいいいわよもう……ん?」
 諦めた様に溜息を吐くラブの目に、もう一人水に浮かぶ者――裕輝が映る。
「む、この人はどうしたのだろうか?」
「さぁ、多分巻き込まれたんじゃない? ついてないわねー」
 浮かんだままピクリとも動かない裕輝に、呆れた様に言うラブであった。