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第四章

 本日のプロレスの興行が終わり、現在プールでは運営作業員がリングの撤去作業や周囲の清掃といった後片付けを行っていた。
 日も暮れかけ、プールの使用もある程度制限が出ている為、観客となっていたスパ利用者達は温泉へと移動していた。

――その頃、温泉の一角で本日最後のイベントが開催されようとしていた。

「温泉は好きかぁーー!」

 本日最後のイベント、だるまさんが転んだIN温泉。グラサンをかけてスーツを纏い、何故かピコピコハンマーを持った金元 ななな(かねもと・ななな)が叫ぶ。

「おぉー!」

 なななに応える様に観客がわっと沸く。ノリのいい観客だ。

「温泉に入りたいかぁーー!」
「おぉーー!」
「ポロリは好きかぁーーー!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「お前たちは駄目だぁッ!!」
「えぇーー!?」

 本当にノリのいい客である。

『というわけで本日行われてきたプロレスリングHCとのコラボイベント、最後のイベントとなりましただるまさんが転んだIN温泉。実況は私卜部 泪(うらべ・るい)が担当させていただきます。そして隣にはスパ施設の運営者、ボニーさんに来ていただいております』
『よ、よろしくお願いします』
『そしてだるまさんが転んだ、ということで鬼役はあそこでノリノリの金元プロデューサごふんげふんなななさんが行います』
『ノリノリってレベルじゃないんですけど、あれ』
『何せずっと出番有りませんでしたしねー。本来だったら焼肉とかでも選手とかやったかもしれないんですけど何せ中止になったので』
『あれは嫌な事件でした』
『既に済んだこと、Ifを語るのは無粋としか言いようがありませんね。話を戻しましょう。ルール的な事を説明しますね。ルールは簡単。だるまさんが転んだで温泉まで辿りついたら勝ち! しかしそう簡単にはいかないように温泉までの間には更衣室と水風呂があります! 動いた場合は更衣室前からやり直しとなります!』
『最近暑いので水風呂には氷をたくさん入れておきました』
『心臓麻痺には気を付けてくださいね! 参加者紹介は――時間が押しているので省略となります!
『いやそれは流石にまずいのでお名前だけでも紹介した方が!』
『では名前だけでも! ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)さん、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)さん、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)さん、無限 大吾(むげん・だいご)さん、日笠 依子(ひりゅう・よりこ)さん、上原 涼子(うえはら・りょうこ)さん――以上6名となります! その他に参加者のパートナーの方とHC所属レスラー、和泉空さんが妨害に現れます。彼女らにもだるまさんが転んだのルールは適応されますのでそのつもりで!』
『本当に名前だけ!?』
『それだけ押しているんですよ! では参りましょう! なななさーん!』
「よぉーし! それじゃいくよー! だーるまさんがー……」

 なななの掛け声と同時に、参加者が一斉に更衣室へと駆けこむ。
「転んだッ!」
 素早く声がかかるが、全員がほぼ同時に更衣室へと入室。何故か外に既に脱げた服が落ちていた。入りながら脱いだ者がいるようであった。

『所で泪さん、この着替えている間って動いたりとか確認できないですね。その辺りなななさんどう考えているんでしょうか?』
 ボニーの言葉に、なななが一言、「あ」とだけ言う。
『彼女の表情を見る限り、そこまで考えていなかったようですね』
 泪の言う通り、そこまでの事を考えていなかったようである。この辺りはモザイクかかってるとかそう言う事にして更衣室内覗けるようにすればよかった。その辺りは次回等あったら生かされるかもしれない。あったら、だが。

 最初からもうグダグダになりそうな予感を漂わせる中、一番に更衣室から出てきたのは涼子と大吾のパートナーである廿日 千結(はつか・ちゆ)。胸と腰にタオルを巻いているだけの格好であった。
『おっと最初に出てきたのは涼子選手と妨害役の千結さん! 流石タオル! 巻くだけだから早い早い!』
『ちなみにこれ脱げてもアウトですからね! 参加者の方はその辺りを気を付けたください!』
「はっはっはー大丈夫っしょー!」
「脱げたって平気平気ー!」
 涼子と千結がはしゃぎながら駆け出す。
 少し遅れて出てきたのは小夜子と依子、そして大吾。
「こ、この水着ちょっと小さい……」
 選んだビキニのサイズが合わないのか、恥ずかしそうに水着を押さえつつ小夜子が呟く。
「こんなんでいっかー」
 対して同じくビキニを選んだが格好などどうでもよさげな感じで堂々としているのが依子。中々男前である。
「まぁ、無難なところだよな」
 無難にトランクスタイプの海パンを履いた大吾が自身を見る。無難な格好である。
 続いて出てきたのはさゆみとパートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)に涼子のパートナーのレイリア・シルフィール(れいりあ・しるふぃーる)と泉空。全員がスクール水着を纏ってた。
「ちょっと遅れたか……でもまだ挽回できるわね。いくわよアデリーヌ!」
 はりきるさゆみであるが、アデリーヌはと言うと、
「さ、さゆみのスクール水着……んぶッ……」
必死に熱い物がこみ上げる鼻を押さえていた。
「あの方……鼻血が出ているようですが大丈夫なのでしょうか?」
 そんなアデリーヌを見て心配そうにレイリアが呟く。
「そっとしておこう……」
 泉空が『大丈夫だ、問題ない』とばかりに肩を叩いた。
「ぬぉー! 遅れちまったぜ!」
 最後に更衣室から飛び出したのはラルク。腰に纏っているのは褌であった。矢鱈とその姿が似合っていた。一部の男性にはたまらん光景であろう。

『これで全員着替えが完了しました! さぁここからが本番! 皆が温泉に向かって一直線!』
『現在トップは涼子選手! その後に小夜子選手と依子選手と大吾選手! 続いてさゆみ選手と一歩遅れてラルク選手!』
『しかしまだまだ挽回は可能! トップも油断はできません! これはだるまさんが転んだ! 間もなくトップが水風呂ゾーンに到達しそうです!』

「だーるまさんが転んだっ! だるまさんがこーろんだっ!」
 なななの言葉に全員がぴたりと動きを止める。選手間の距離は大きな差はできないが、中々縮まらないのも事実。
 その中でトップを走る涼子。流石タオル、着替える時間が圧倒的に短い分アドバンテージを取れていた。
 温泉へのハードル、水風呂はもう目の前。
「だーるまさん……」
「よーし頂き!」
 涼子が一歩踏み出した瞬間。
「――はれ?」
 つるん、と置いた足が滑る。
「ぃよっしゃあ引っかかったよぉ!」
 足を滑らす涼子を見て、千結がガッツポーズ。
 温泉場の足場は濡れている。それを利用し、千結は【氷術】で床を凍らせるトラップを仕掛けていたのであった。
「ちょ、あれ、これヤバ――」
 涼子は何とか踏みとどまろうとするが滑る足は止まらない。
「転んだ!」
「ひゃうん!」
 なななの言葉と共に、ずるんと足を滑らせる。
「はいそこ、アウト! 更衣室戻って!」
 ななながビシィ、と涼子を指さした。
「悪いね〜、これも勝負なのよ〜♪」
「喜んでるそっちもアウト!」
そして千結も指さす。
「えぇ〜!? あたい動いてないよ!?」
 抗議する千結に、なななは黙って下を指さす。下を向け、というジェスチャーにつられ千結が首を下に向ける。
「あ」
 滑った際、涼子の腕でも当たったのか、千結が胸に巻いていたはずのタオルが無くなっていた。
 何か観客席が一部盛り上がったらしい。お巡りさん、こいつらです。

『アウトですね』
『アウトですね』


 色んな意味でアウト判定が下された。倫理的なアレでも。
「んも〜、ポロリ見られたところで減るもんじゃないし……」
「そう言ってもアウトはアウト!」
 唇を突出し『ちぇ〜』と不満たらたらな様子で戻ろうとする千結。
「というかあたい風呂は裸はぁッ!?」
そんな彼女の後頭部を、何者かのニールキックが襲い顔面から倒れる。

『ちなみに妨害の方はアウトになったら、治療も済んで手の空いている翼選手にしばかれる、というペナルティがありますのでご注意ください』
『言い忘れちゃいけない事ですね、それ……あの、千結さん大丈夫でしょうか? 小刻みにピクピクと痙攣しているんですが……』
『あれはそうですねぇ……千結さん、リタイアですね』
『あ、駄目なんだ』

 翼に引き摺られ、千結がフェードアウトされる。
 一方、涼子はというと。
「う〜ん……」
目を回していた。転んだ際打ち所が悪かったのだろう。
「どうする?」
「……これ、続けるの無理ですよね」
 なななが頷くと、動かない涼子を心配して慌てて様子を見に来たレイリアが溜息を吐いた。
 試合続行不可、という事で涼子は観戦していたパートナーサー・ガウェイン(さー・がうぇいん)筧 十蔵(かけい・じゅうぞう)に連れられていく。付き添い、ということでレイリアも同じくリタイアとなった。
 
『まだ水風呂前だというのに早くもリタイアする選手が続出! まだこのだるまさんが転んだ、どうなるかわかりません!』
『だるまさんが転んだってリタイアが出る遊びじゃなかったと思うんですが、私の知っている限りだと』