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紅き閃光の断末魔 ─後編─

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紅き閃光の断末魔 ─後編─

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第八章 シュヴァルツ


 いち早く動いた人物はレベッカの言う青髪男、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
 彼が皆の輪から外れていた理由は2つある。
 1つは、契約者達の議論を傍聴していた団長や参謀長を護衛するため。
 もう1つは、黒幕に繋がる重要な情報源……すなわち犯人の命を守るためである。

「侵入者! そこを離れろッ!!」

 レベッカの隣に位置取る黒衣の男に対して跳躍したダリルは、
 叫びながら、【ゴッドスピード】による『ショック銃』の連弾を放った。
 しかし、降り注いだ弾丸は全て地面に突き刺さる。
 黒衣の男も跳躍し、身を翻して回避したためだ。体格は良さそうに見えるのに身軽である。
 とはいえ、その回避は【行動予測】を張り巡らせていたダリルにとって想定内。
 本命は左手甲レンズ部より生成される、カタール型の【光条兵器】による追撃である。

「もらった!」

 バシュッ! という射出音と共に、【光条兵器】の先端部が黒衣の男に襲いかかった。
 その軌道は黒衣の男が中空にて停止した一瞬を、完璧に捉えている。
 ダリルは命中を確信し、実際に命中もしたのだが、

「くそっ、いきなり何すんだよ!?」

 命中したのは、黒衣の男の左手のひらに、だった。
 なんと【光条兵器】を、握って受け止めている。
 もっとも、そんな芸当が可能な生身の人間は存在しない。

「義腕―――!? ダリルの【光条兵器】を受け止めるなんてっ」

 続けて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も応戦の構えに入る。
 彼女はダリルの攻撃が防がれたのを見て、相手は相当の防御力を保持していると判断した。
 ならば機動力で翻弄しようと、『ダークヴァルキリーの羽』を展開する。

「ま、待て。俺は敵じゃない!」

 壁際へ着地した黒衣の男は、そんな風にのたまっていたが、
 ここは関係者以外立ち入れないはずの場所である。
 何の説明もないまま、突然現れた部外者の言葉を信じる者はいなかった。

「気をつけて、只者じゃないよ!」

 その後はサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)のかけ声を皮切りに、
 次々と武器を構え始める契約者達―――! 
 ところが、意外に呆気なく戦闘は幕を閉じることとなった。

「ぬ〜〜〜り〜〜〜か〜〜〜べ〜〜〜」
「ん……?」

 奇妙な声が響いた。それは黒衣の男の背後から。
 黒衣の男は声の正体を確かめようと振り返ったが、どう見ても壁があるだけだ。
 ならばその壁が声を発したのだという、当たり前の真実に彼は気づかない。

「え、ちょっ……うおおおぉ!?」

 黒衣の男は、壁に擬態して潜んでいたぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)に取り押さえられた。

「お父さん、ナイス!」

 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が歓声をあげた。
 それと同時に、展開していた契約者達はお父さんの拘束が破られた時に備えて、
 取り囲むように立ち位置を変更した。
 黒衣の男が現れてからここまでの所要時間、わずか8秒。

「あー……内部犯確定したと思ってはやく出てきすぎたか。まったく災難だぜ……」

 黒衣の男はお父さんの下敷きになりながら、なにやらぼやいている。

「内部犯が確定したから出てきた、だと……?
 貴様、やはり口封じのために送り込まれてきた刺客か」

 ダリルが刃を向け威嚇するが、
 それでも黒衣の男は、ヤレヤレといった表情を大して変えない。
 そして彼はダリルの問いに答えなかったが、代わりに答える人物がいた。

「諸君、待つのだよ。その男は味方……事件の情報提供者である」

 なんと団長・金 鋭峰(じん・るいふぉん)だった。
 彼の言葉は、黒衣の男のそれとはあまりに信憑性が違ったので、
 取り押さえていたお父さん含め、すぐさま契約者達の手から黒衣の男は解放された。
 が、皆従いはしたものの納得はしていない様子である。
 その事を読み取ってか、その場全員の心の内をダリルが代弁した。

「団長、どういうことですか。
 俺はこんな怪しいやつが関係者だったなんて聞いていません」
「発表は内部犯が確定してからにして欲しいと、その男が条件を提示してきたのだよ。
 その影響で誤解を生んでしまったようだが、情報を得るために必要な事だったのだ」

 条件。
 この怪しい男が提供する情報は、提示された条件を呑むほど重要なものだったのだろうか。

「団長さん。その男呼ばわりはやめてくれませんかね?
 最初にお話しした通り、俺の名前はシュヴァルツですから」

 シュヴァルツと名乗った男は、ゆっくりとその身体を持ち上げると、
 再びレベッカの隣まで歩み寄った。

「な、なによ……?」
「えーと、あれ、何の話だったかな? 
 俺もいきなり銃弾浴びたもんで、忘れちまった……」

 首をひねっているシュヴァルツを目にして、
 戦闘の一部始終さえも記録していたらしい
 真面目(バカともいう)な情報科少尉、金元 ななな(かねもと・ななな)が応える。

「記録によると……
 副所長が後頭部を撃たれて死んでいた事を、どうしてレベッカさんが知っているのか
 って話で、答えが無いまま終わっちゃってるよ」
「あー、それだ。ありがと。
 で、どうなんだレベッカさん?」

 シュヴァルツの出現によって中断された追求だ。
 時間を置いて冷静さを取り戻しているはずのレベッカだが、反応は弱々しいものだった。

「そ、それは……その……」

 何か言いかけたレベッカだったが、それを質問者であるシュヴァルツ自身が遮った。

「あー待て。答えなくていい。どうせあんたも被害者なんだろ……
 胸糞わりぃ。連中がやりそうな事だぜ」

 1人で完結してぼやいているシュヴァルツに、レベッカは戸惑いを隠せない様子だ。
 ただ、流れ的にレベッカが内部犯なのは間違いないはずである。
 何故彼女が被害者になるのかを、清泉 北都(いずみ・ほくと)が問いただす。

「レベッカさんが被害者って、どういう意味?
 君は何を知ってて、僕らはどんな可能性を見落としていたんだろう」
「……犠牲になった副所長と同じだよ。
 副所長を脅して一連の犯行をするよう、レベッカも脅されていたはずだ」

 シュヴァルツの発言は、眉唾物だった。
 今回の計画的な犯行は全て、レベッカの意思によるものではないと言い出したのだ。

「ま、待ってください。
 どうして……シュヴァルツさんはそんな事がわかるんですか?」

 セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)の疑問ももっともであるが、シュヴァルツは平然と答えた。

「そりゃあ俺が連中……この場合は黒幕っつった方が相応しいかな?
 うん、俺が黒幕の関係者だったからだよ。
 ……それも信じられないって? 団長さんと同じ事言うね。
 仕方ない、もう一度やるかな……」

 セレスティアは特に信じられないなんて言ってない(少し思ってはいた)のだが、
 シュヴァルツは勝手に話を進めると、懐から携帯電話を取り出して、
 セレスティアの方に放り投げた。

「えっ、わわわ」

 危うく受け止め損ねそうになったものの、なんとかキャッチする。
 それを確認するとシュヴァルツが、

「種も仕掛けもございません、普通の携帯電話だ。
 そいつに誰か【サイコメトリ】をしてみてくれ」
「……わしがやろう」

 ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)はセレスティアから携帯電話を受け取ると、
 言われた通り【サイコメトリ】を試みた。

「ふむ。特に異常はないようじゃ……正常に読み取れたぞ」
「確認したな? その普通の携帯電話が、こうやって手をかざすと……あら不思議」

 ここまで聞いて、ルシェイメアは既にその可能性を予測していた。
 彼女は慌ててもう一度【サイコメトリ】を試みる―――

「…………馬鹿な。読み取れぬ。
 ノイズが走るこの感覚……これは捜査時の研究所にかかっていた妨害魔法と同じじゃ!」

 周囲がざわつく。
 様々な角度から【サイコメトリ】を試みるも、全て失敗に終わったようだった。
 つまり、<ルシェイメアの証言>にあった未知の力というものを、
 どうやらこの男は習得しているらしい。

「……ということは、君が外部犯だったのですか?」
「そうそう……ってちげぇよ! 俺が外部犯だったら、
 わざわざ情報提供しにくるかって……うお! お前喋れたのか!?」

 確かに、わざわざ敵地のど真ん中まで提供しにくるわけがない。
 彼の事は、ひとまず信用しても良いということだろう。
 お父さんの指摘に答えたシュヴァルツは、少し疲れたように息をつくと、

「まぁこんなのは一部だけど、黒幕についての情報を俺が持ってるっつー証拠だよ。
 この妨害魔法は、黒幕の組織内じゃ【ノイズメイカー】って呼ばれてたな……正常な契約者には扱えないスキルだ。
 あぁ、黒幕の組織名はエレクトラっていう鏖殺寺院の一派でな。
 俺は昔そこで―――」

 と、次々と固有名詞が飛び出して収拾がつかなくなりそうな辺りで、羅 英照(ろー・いんざお)が会話を遮った。

「シュヴァルツ君、全てを説明してもらう時間は無さそうだ。
 今は一刻も早く、黒幕を追うための対策を練りたいのだよ」
「あぁ、そうだったな……俺が知ってる情報は全部渡す。
 エレクトラをぶっ潰すためだからな……」

 そんな会話を残して、シュヴァルツは羅 英照(ろー・いんざお)に連れられて部屋を出て行った。