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リアクション
【我が生涯に、一片の灰無し!】
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は正直なところをいえば、偽アッシュと直接戦うのは、嫌で嫌で堪らなかった、かも知れない。
勿論イルミンスールの生徒として、偽アッシュなどにこれ以上、大事なイルミンスールの森を汚させる訳にはいかないという使命感も、あるにはある。
だがそんな使命感など軽く吹っ飛んでしまう程に、偽アッシュの猛威とインパクトは強烈だった。
噂に聞くところによると、排泄物ならぬ灰泄物を大量に撒き散らし、世界を灰色に染め上げながら、そこらじゅうを走り回っているのだという。
既にさゆみとアデリーヌのふたりが、灰泄物のメイルシュトロームに巻き込まれ、尊い犠牲となった(いや、だから、死んでないって)。
勿論ザカコはザカコなりに、色々と対策を考えていた。
そのうちのひとつが、偽アッシュの姿を見ないようにして何とかする、というものであったのだが、見ないだけで被害を免れるのであれば、誰も苦労はしない。
そして不幸にも、ザカコは灰泄物に関する情報を知ってしまった。
実際、周囲に充満する灰泄物の嫌な圧迫感だけでも、十分に意識を失ってしまいそうな程の破壊力を発揮している。
直接目視しなければ、それで良いという考えは、この灰泄物の霧によって微塵に砕かれてしまったといって良い。
そんな中でザカコは、落とし穴を用意した。
ここに何とか偽アッシュを追い落とし、弱点であるとされている足の裏に攻撃を加えれば何とかなる、という発想だったのだが、そのアイデアも灰泄物の猛威によって半ば頓挫しかかっていた。
(何とか、他のひとの活躍で偽アッシュを退治してくれないものでしょうか……)
コントラクターにはあるまじき、他力本願な発想まで湧いてくる始末である。
ザカコが如何に、偽アッシュを嫌悪しているのか、このことからも十分に想像が出来た。
その時、灰泄物の霧の中に霞む深い森の奥で、偽アッシュとは異なる声が響いた。
「そっちそっち、そっちに行ったネ!」
「え〜、嘘ぉ!? まだ心の準備が出来てないって!」
ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)と、アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)の両名であった。
どうやら偽アッシュを捕まえる為に、ふたりして果敢に挑んでいるようであったが、今のところ、芳しい結果には繋がっていない模様である。
(心の準備が出来ていないのは、こっちも同じなんですけどね……)
内心で苦笑を禁じ得なかったザカコだが、しかし、そうもいっていられない事態に発展しようとしている。
実はロレンツォとアリアンナのふたりが向かっている先では、ザカコが仕掛けた落とし穴のひとつが地獄の門の如く、彼らを待ち受けているのである。
流石にこれは拙いと、ザカコは慌ててロレンツォとアリアンナの声の行方を追った。
だが、遅かった。
「うぉっ!? これは何デスカー!?」
「んぎゃあっ! ちょっと、何で落とし穴がぁ!?」
あー、やっちゃった――ザカコは内心で頭を掻きながら、それでも脚を急がせて、ふたりが引っかかった落とし穴へと奔った。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
ロレンツォとアリアンナが引っかかった落とし穴の縁に立ち、ザカコは灰泄物の霧でやや視界が悪くなっている中、必死に目を凝らして穴の底へと視線を送る。
自分でも、よくもまぁこれだけ深く掘ったものだと呆れるザカコだが、とにかく底の方でふたつの人影がのっそり起き上がるのを何とか視認した。
「んもぉ、誰ですカ、こんなところに落とし穴を作るんて……」
ぶつぶつと文句をいいながらロレンツォが起き上がるのを、ザカコはほっと胸を撫で下ろして見ていた。
どうやら、然程大きな怪我は負っていないようである。
「えぇっと……そこの方、ここから這い上がる為の道具か何かは、ありますか?」
アリアンナが穴の底から、ザカコに呼びかけてきた。
勿論ザカコとてそのつもりで来ているのだから、登攀用のロープを頭上に掲げて、穴の底のふたりにもよく見えるようにと左右に振った。
「これを今から、そちらに落とします。結構重さがありますから、まともにぶつかると怪我するかも知れませんので、少し間を空けて待っていてください」
ザカコの呼びかけに応じ、穴の底ではロレンツォとアリアンナが少しばかり後退して、登攀用ロープを落とす空間を作ってくれた。
後はその位置に、ロープの一端を落とすだけである――が、ザカコは遂に、それが出来なかった。
ロープを投げ落とそうとしたザカコを、何者かが背後から突き飛ばしてきたのである。
「あっ……うわぁ!」
ザカコは、頭から真っ逆さまに穴の底へと急降下してしまった。
結構な衝撃と痛みが、ザカコの全身を襲う。
ロレンツォとアリアンナが、穴の底に落ちてきたザカコを慌てて介抱した。
「無茶なことをするもんじゃないヨ。ロープだけ落としてくれれば良いのに……」
いや、ザカコは自分から落ちてくるつもりはなかったのだが、ロレンツォは余程にひとが良いのか、ザカコが救出の為に降下してきてくれたものだと、勝手に解釈してしまっていた。
一方のザカコは、ロレンツォとアリアンナのポケットから、何故か万国旗柄のトランクスが顔を覗かせているのに、思わずぎょっとなった。
もしかしてこのふたりは、偽アッシュにトランクスを穿かせるつもりだったのか。
ザカコがその旨の質問をぶつけると、何故かロレンツォは自慢げに胸を反らせて不敵に笑った。
「えぇっと……まぁでも、ここを出ないと折角のトランクスも穿かせられない訳だし」
アリアンナの冷静なひと声に、ロレンツォとザカコは小さく頷き返す。
トランクス云々いってる暇があれば、さっさとこの落とし穴を脱出する方が寛容であった。
その時、不意に落とし穴の縁の辺りに別の人影が現れた。
何事かと頭上を振り仰いだ穴の底の三人を、恐怖が襲った。
落とし穴の縁に立っていた人影の正体は、偽アッシュであった。
偽アッシュは何を思ったか、落とし穴を飛び越えた。
その際、何故かバレリーナのような華麗な動作で、両脚を前後に大きく開いていた。
悲劇に見舞われたのは、穴の底の三人である。
偽アッシュが前後に大きく広げた、脚の中間点に――漆黒のTバックの少ない布面積で覆われたその一角に、もっこりと膨らんでいる部分があったのだが、そのもっこり部分をまともに、見上げてしまったのである。
更にその僅か後方部分の肛門に当たる位置からは、例の灰泄物が止めども無く噴出していた。
おぞましさと、恐ろしさのダブルショック。
「あべしっ!」
「ひでぶっ!」
「たわばっ!」
穴の底で、三人三様の無残な悲鳴が鳴り響いた。
ロレンツォもアリアンナも、そしてザカコも、自らの目的を達することもままならず、三人揃って落とし穴の底で卒倒するという不幸に見舞われたのである。
偽アッシュの猛威は、まだまだ続く。
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