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とある魔法使いの灰撒き騒動

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とある魔法使いの灰撒き騒動

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■ツァンダ

 某月某日快晴。
 ツァンダのセンター街で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はパートナーであり恋人のコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)とデートの真っ最中だった。
「コハク、あんまり動かないでよ」
「だって美羽……ここ、キツい」
「いいから! 私に任せて。ほら、手をこうしてここにあてるでしょ」
「こ、こう?」
「うん、ぴったり! あ、いい感じ…。そのままだよ、コハク」
「美羽、も、もう……もたないよ」
「がんばって、コハク。いい感じなんだから、もうちょっと」
 はたから聞いているだけだとまさにイケナイこと真っ最中にしか思えないが、実際はただのイチャイチャプリクラである。古い機種の狭い個室で、美羽主導のラブラブポーズをあれこれ考えつつ(かなり無理して)2人でキメているだけだ。
 しかし場所は個室。本当にそうかはだれにも分からない。
「大丈夫! もう1回! コハクならできるって! 今度はこうして…」
「ちょ!? 美羽!? そこはだめ、くすぐっ――」

「ちょっと待ったああああああああーーーーーーっ!!」

 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がアコーディオンカーテンを引き開けてばばーーんと飛び込んだ。
「……ベア?」
 コハクの膝に座ったポーズで今まさにシャッターボタンを押そうとしていた美羽とコハクはびっくり仰天。
「そこまでです! 美羽さん、コハクくん! 学生の身分で不純異性交遊はだめです!!」
 目をつぶり、こぶしを握ってベアトリーチェは力説する。
「いえ! もちろんおふたりの関係が「不純」だなどとは思っていません! ですから今日も尾行――でなくて、あたたかく見守ろうとしていたのです! ですが、やはりここはひと目のある公共の場! カーテンで隠されているかもしれませんが、不純行為を行うには不適切ですっ! ああ、また口にしてしまいましたが、決して決しておふたりのされる事が不純と言ってるのではないのですよ? むしろおふたりのおつきあいが進むことを喜んでいますし、手をつなぐ以上に発展してくださることを大いに期待しているんです!」
 それはもう、あーんなこととかこーんなこととかっ!
「尾行……ってベア、もしかしてつけてきてたの?」
 赤く染まったほほを両手で包んで、何を想像しているのか緩んだ表情でいやいやと首を振っているベアトリーチェに、ようやく驚きの薄まったコハクがツッコんだが、耳に届いている様子はなかった。
「ですが学生であることを忘れてはいけません! その交際は常に清く正しく美しく、場所柄をわきまえたものでなくてはっ! そう! 学生の領分としてそういうことをするのにふさわしいのはこんな場所ではなく、放課後の校舎の裏庭の木の下とかなのですっ!!
 ですから美羽さん、コハクくん! 今すぐ蒼空学園へ――あら?」
 力説していたベアトリーチェが振り返ったとき、そこにあったのはからっぽの回転イスだけだった。
「コハク、向こうにUFOキャッチャーがあるよ! 行こっ」
「う、うん…」
 ベアを気にして振り返りながらも、コインゲームのコーナーへ駆けて行く美羽を追う足は止めない。
「あっ、美羽さん、コハクくん! 待ってください!」
「コハク、早く早く! あっ、私、あの人形欲しい! あのおっきいやつ! コハク取ってくれる?」
「あれ? 難しいよ。取れるかなあ」
「がんばって! コハクなら取れる! 私、応援するからっ」


 それはなんてことのない、とある日常の風景――。
 しかしそこからたいして遠くない、別の場所では。
 突然出没した偽アッシュが暴れていた。


 灰でできた人形たちが、大通りを我が物顔で歩き回っていた。
 人間大の大きさで遠目には人間に見えないこともない姿だが、あきらかに人間とは違うその風体に、一般人たちはまたもやモンスター出没と、早々にその場から退避してしまっている。
 人通りの絶えたセンター街が一面けぶって視界不良と化しているのは、どこぞで盛大な護摩焚きが行われているからでも、どこぞの工場が大気汚染物質をガンガン放出しているからでもない。はたまたどこぞの異世界、静かな丘につながったわけでもさらさらないだろう。
 単純明快。ひとえに彼らが歩き回ることで灰をまき散らしているからである。

「ふははははははははーーーーーーーーっ!!」

 中央では、上半身裸のアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)が高笑っている。
 目についた街燈を殴りつけて一撃粉砕するや、両手を持ち上げ、少し前かがみになりつつ日輪を描くように下げたアッシュは、こぶしを体の中心で合わせるや、むん! とばかりに両腕に力を込めて筋肉をふくらませた。

「俺様(の腕)を見ろーーー!」

 ボディビルダー並のモスト・マスキュラーでポージングを決めながらバカ笑っているアッシュを遠目に見下ろして、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は思わずプッと吹き出した。
「いやあ、あんなに楽しそうなアッシュ見るの、初めてじゃないかな」
「あれはアッシュ・グロックではない。偽者だ」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が即座に正す。
 さっきから決めポーズ連発のアッシュに笑うエースとは反対に、こちらは眉をしかめて嫌悪の目を向けている。
「アゾートたちから事情は聞いているだろう」
「ああ、うん。でもあんなにそっくりだとは思ってなかったから。なんか、本物のアッシュよりいきいきとして見えるなあ、って。特に今のアッシュはピノッキー状態だし。
 でもあれ、本当にアッシュの腕なのかな?」
「どういう意味だ?」
 エースの懸念を聞いて、メシエの表情が引き締まった。嫌悪の色が消え、深刻さが増す。
「普段のアッシュの服装って長袖に手袋で、だれもアッシュの腕って生で見たことないよね。あそこで暴れているのが本当にアッシュの腕だという保証はどこにもない。……ムキムキだし。情報によると火炎魔法使うらしいし。
 もしかして何かの魔法生物の腕がアッシュについちゃうことになる可能性が微レ存?」
「敵がそれを狙っているというのか?」
「うーん。俺の考えすぎならそれにこしたことはないんだけどね」
 メシエは考え込む素振りを見せたあと、言った。
「だがどちらにしても、今はあれに対処しなければならないのは変わりない。このままではツァンダが灰まみれだ」
「そ……そうよ、お日さまだってさえぎられるし、地面が灰で埋まったりしたら植物たちが迷惑よ!」
 変態だわ、変態がそこにいる。あれをこれから相手にするの…? と、若干引き気味だったリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が、その言葉で立ち直った。
「じゃあ洗濯物を外に干せない主婦やガーデニングができない婦女子のために、ひと肌脱ぐとするか」
 そう言って、エースは下へ続く階段の方に向かった。


「俺様(の腕)を見ろーーー!」
 アッシュ・グロックもとい偽アッシュは、上で見ていたとき同様ポージングをキメて笑っていた。
 彼のハイテンションとは裏腹に、黙々と作業的に灰をまき散らしている灰人形以外人っ子1人いない状況ではなんともむなしい限りである。
 そのことを実は偽アッシュ本人も分かっていたのか。全然そんなふうには見えていなかったのだが、エースたちが視界に入ったとたん表情が一変した。瞳がぎらぎらと輝き、満面の笑顔だったのがさらに最上級のものへと変化する。
 やはりポージングは、見る者がいてこそキラリと光り輝く1点の星。
「俺様(の腕)を見ろーーー!」
 うわははははーーーーーと、これまで以上のポーズを決める偽アッシュ。ちなみに特にすばらしい肉体というわけではない。腕はたしかにムキっとはしているが、それ以外の部位は標準的な14歳男子のものだ。
 間近で見ると本物アッシュとの対比でますます失笑度合が増したが、しかしエースたちは上から何度も見ていたおかげで免疫ができていた。
「うれしそうだね、アッシュ。そんなきみを見られて俺もうれしいよ。だけど、そろそろ終わりにしよう」
 エースの言葉を皮きりに、リリアがソード・オブ・リリアを手に走り込んだ。
 愚直なまでの特攻。しかしそれは、エースやメシエによる補助に絶対的な信頼を置いているからでもあった。
「しゃらくせえ!!」
 偽アッシュの腕が振り切られ、ファイアストームの炎が宙を走る。
 これを、メシエのブリザードが迎え撃った。
「やるじゃねェか!! なら、これがてめェに防げるか!!」
 偽アッシュは両腕を突き出して、その先から弾丸のように炎を次々と撃ち出す。
「アッシュの腕を用いて、アッシュにはできない火炎攻撃をしてくるなんて」
 なんて不憫なアッシュ。(ほろり)
「しかも強力だ。気を抜くな、エース」
「分かってる」
 詠唱を終えたエースの体が白く発光を始める。その身から吹き出すようにホワイトアウトが荒れ狂い、火の弾を散らした。
 猛吹雪による雪と風の壁を突っ切って、リリアが偽アッシュの眼前に飛び出す。
「はあっ!」
 肩口をねらって振り下ろされる細身の剣。ガキッと噛み合う音がして、剣は盾のようにかざされた腕にわずかに減り込みそこで止まった。
「えっ?」
「……こんな生ぬるい攻撃で、俺様のタマぁ取れると思うんじゃねェ!!」
 ぶんと風切る音がしたと思った次の瞬間、左フックが入る。こぶしは剣に当たり、彼女を吹っ飛ばした。
「きゃあっ!」
「リリア!」
 壁に背中から激突した彼女の元へ向かおうとした2人の前に、灰人形たちが立ちふさがる――。