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リアクション
【七 夜と朝】
初日の捜索航海は、早くも夜を迎えようとしている。
ヴェルサイユもノイシュヴァンシュタインも、まだ捜索海域には到達しておらず、現在はただとにかく、船足を速めて海中を直線移動しているだけである。
その為、艦内にはまだ然程の緊張感も漂っていない。
艦長ロベルト・ギーラス中佐に質問をぶつけるなら、今のうちしかない。
そう判断したアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の三人はギーラス中佐が勤務を終えて自室に戻ろうとしているところを捕まえた。
「私に、何か用かね?」
まさか自分がコントラクターに呼び止められるとは思っても見なかったらしく、ギーラス中佐は幾分驚いた顔つきで、アキラ達三人の顔を交互に眺めていた。
と、更にそこへもうひとりの顔が加わってきた。アキラ達と同じく、諸々の質問攻めを用意していた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)であった。
「こんなに大勢は、私の部屋には入らんな。食堂でどうかね」
という訳で、五人は艦内の食堂(それでもかなり狭いのだが)へと足を運んだ。
全員がひとつのテーブルに着席すると、艦長の奢りだということで、それぞれが好きなドリンクを注文することになった。
「いや〜、何から何まで、ホントすみませんですね艦長さん……で、早速なんだけど」
間髪入れずに質問をぶつけてくるアキラに、ギーラス中佐は一瞬面喰ったような表情を浮かべ、次いで苦笑を浮かべていた。
対するアキラは相手の反応などまるで気にする風も無く、自身の疑問をストレートにぶつける。
「今回の件がただの潜水艦探索なら、わざわざウチらが出しゃばる必要はないかと思います。にも関わらず、ウチらに協力要請が来たってことは、なんかウチらが居ないと拙いことでも起きてるんですかねぇ?」
アキラが知るところ、少なくとも他の乗組員達はアキラの疑問を満足させるだけの情報は持っていない。
それは、艦内をふらふらとうろついていたルシェイメアとアリスの両名が、それとなく乗組員から聞き出した内容から判断がついた。
「乗組員はいずれも、気の好い連中ばかりじゃった。よって、わしらに何か隠し事をしている、という風にも見えんかった訳じゃが」
「デモ、流石に軍の機密だから、バッキンガムのスペックとかは誰も教えてくれなかったけどネー」
ルシェイメアとアリスの言葉は、ギーラス中佐の中ではある程度の予測がついていたのだろう。然程に驚いた様子も見せず、ふたりが語り終えるのを、じっと黙って聞いている。
「まぁ、諸君が疑問に思うのも尤もな話だな。逆に、コントラクターが誰ひとり、同様の疑問を持たなかったら持たなかったで、私も君達の実力を疑わねばならんところだったが」
つまり、アキラがぶつけた質問内容は、ある程度の予測は立てていた、ということになる。
「ひと言でいってしまえば、君の疑問に対する答えは、イエスだ。但し現状ではまだ、詳しくは話せん。こっちにも色々と都合があるのでな」
「深追いはしませんよ。必要な時が来たら、きっとそちらから率先してお話ししてくれるだろーとは思ってますしねぃ」
アキラの反応を受けて、ギーラス中佐は良い勘をしている、と褒めながらも再び苦笑を浮かべた。
次に質問を投げかけてきたのは、唯斗である。こちらはもっと単純な内容であった。
「もしかしたら、何らかの戦闘が発生するかも知れないってことは考えられると思うんですが、艦内での戦闘では矢張り、炎熱系の技はご法度ですかね? 酸素とか無駄に食い潰す訳だし」
「やめといた方が良いだろうな。潜水艦内ってのは基本的に、空調も消火も劣悪だからな。仮に戦闘が発生するとなれば、銃器や格闘戦が一番確実だ」
まさか弾丸での攻撃が有効だとは唯斗も思っていなかったらしく、つい驚きの声を漏らした。
しかしギーラス中佐はいやいや、と小さくかぶりを振る。
「諸君が思っている以上に、潜水艦ってのは頑丈に出来ているもんだ。深海の水圧にも耐えられるように設計されているんだからな。しかしさっきもいったように、炎熱系は避けた方が良い。理由は述べた通りだ」
アキラにしろ唯斗にしろ、それなりの情報源としてギーラス中佐が使えるというのは、良い収穫だったといえる。
何よりも彼らにとって一番有り難かったのは、ギーラス中佐がコントラクターを決して毛嫌いせず、それなりに対応してくれる柔軟性を持ち淡得た人物だったことである。
このことは、今後の行動を見据えた上で大きなプラスになると思われた。
* * *
翌朝、薄明の中――。
ヴェルサイユはノイシュヴァンシュタインと最初の連絡交換を行う為に、海上へと浮上した。
連絡ポイントでは既にノイシュヴァンシュタインが先行して待ち受けており、ヴェルサイユのセイルが波間を割り始めた辺りから、徐々に艦体を寄せて並走しながら一定の距離を保っていた。
やがてヴェルサイユが完全に浮上して停止すると、数艇のゴムボートが用意され、そこにギーラス中佐以下、主立った顔ぶれがノイシュヴァンシュタインに乗り込んできた。
巡洋艦側に乗り込んできた面々の中にはルカルカや白竜といった士官クラスの教導団員の他、捜索協力員の非教導団系として小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)やコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)といった顔ぶれも見られた。
ノイシュヴァンシュタインの甲板上では、ブロワーズ提督とギーラス中佐が久々に顔を合わせたということもあって、それまで張り詰められていた緊張の堅い空気が、若干和らいだようにも見えた。
「ご無沙汰しております、提督……しかし、まさか提督程のお方が直接指揮を取られるとは……矢張り、相当厄介な代物、という訳ですか、あれは」
「少なくとも私は、そのように認識しておるよ」
ふたりの傍らでは、それぞれの副官達が早くも事務的な情報交換作業に入ろうとしている。
その一方で、今回捜索協力員として参加しているコントラクター達も、士官クラスの者達が自発的に報告を取り交わす動きが見られた。
ヴェルサイユ側からはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)、夏侯 淵(かこう・えん)の三人が、ノイシュヴァンシュタイン側からはシルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)の三人が、それぞれ代表連絡者としてブリーフィングルームでの情報交換会を催す運びとなっていた。
いずれもルカルカ、或いはローザマリアの指示を受けての行動であった。
この情報交換会には、美羽とコハクも、ダリルの発案で参加することになっていた。
「私達も一緒に居て良いの? お邪魔にならない?」
「いや、寧ろ居て貰った方が良い。サルベージ船派遣について、理解しておいて貰わんとな」
既にシャンバラ海軍はバッキンガム引き揚げの必要性を見越して、大型サルベージ船クレムリン一号の派遣を決定しており、別の港から出航する手配を進めているのだという。
必ずしもクレムリン一号の出番があるとは限らないが、場合によっては、このクレムリン一号に連絡担当を派遣しなければならない局面も出て来るかも知れない。
そうなった場合に、捜索協力員の中でいち早くサルベージ船派遣についての必要性を口にしていた美羽とコハクの両名が、代表連絡員としてクレムリン一号に派遣されることが予想されたのである。
ダリルが美羽とコハクに、情報交換会に出席するよう促したのも、そういう経緯があってのことだった。
「サルベージすることになったら……私とコハクでワイヤー取り付けの作業を担当しようかな」
「いや……それは海軍側から拒否されるんじゃないか」
美羽の半ば独白に近い言葉を、カルキノスがやんわりと否定した。
仮にも相手は、海上・海中作業のプロフェッショナルである。
一方の美羽とコハクはコントラクターとして超人的な能力を具えているとはいっても、海軍任務の経験や技量の面に於いては全くの素人であり、本格的な訓練を受けている海軍側にしてみれば、足手まとい以外の何物でもない。
もしふたりの力が必要となるような局面があるとすれば、サルベージ作業そのものではなく、何らかの戦闘行為が発生した際の護衛が最も重要となってくるだろう。
「陸での行動なら、こちらも十二分に能力を発揮出来るだろうがな……流石に海は、完全に門外漢だからな。気持ちは分かるが、ここは我慢しておいた方が良いぞ」
淵からも諭される形となった美羽は、仕方なく、俯き加減に頷くしかなかった。
「美羽、こればっかりはどうしようもないよ。彼らがいうように、僕達はあまりにも素人だ。下手に出しゃばった真似をすれば海軍に迷惑をかけるだけでなく、余計な軋轢を生むことにもなりかねない……そりゃ僕だって、バッキンガムに乗ってるひと達のことは心配だよ。でもだからこそ、こういう時は我慢だ。彼らを本気で心配するんだったら、プロに任せておくのが一番だよ」
「それも、そうだね……うん、大丈夫。ちゃんと、分かってるから」
美羽は尚も残念そうな面持ちではあったが、自分達の我を押し通すことが如何に重大な問題を引き起こすかということを理解するだけの冷静さは兼ね備えている。
ジェライザ・ローズの言葉ではないが、特に海軍という特殊な環境の中にあっては、郷に入っては郷に従えという言葉が、極めて重要になってくるのである。
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