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第2章 お茶会 その1


(ついに卒業かぁ〜)
 パーティ会場を見回して、秋月 葵(あきづき・あおい)は感慨にふけっていた。
 外の空気は冷たいけれど、程よく温められた居心地の良い室内は賑やかだった。
 校内ですれ違ったり、同じ授業で見知った顔があちこちにある。お菓子をくわえてる長い髪のあの子も、お茶をカップに注いでるポニーテールのこの子も、友達を後ろから脅かしてる三つ編みのその子も、卒業する。
 進路相談会が開催される……ということで、やはり卒業を控えた生徒たちの姿が多いのだろう。
 どの子も会話の端々で別れを惜しむ言葉をかけたり、滲ませたりしている。他校からも知人がやってきているようだ。
 勿論惜しむためだけの人々でなく、彼女たちをスカウトに来ている大人たちの姿もちらほら見られた。
 普段のお茶会とはやっぱり別の雰囲気を感じて、葵はなんだか寂しい気分になる。
 葵は、短大に進学する予定、だけど。それだって慣れ親しんだ教室を離れるのには変わりない。
 進学を選んだのだって、ここに愛着があったからだ。
(学院に残るパートナー達が心配ってのもあるけど、もう少し百合園に居たい気持ちもあるから……)
 パラミタに来て初めての自分の居場所、「スタート地点」が百合園だった。
 もし短大を卒業しても、パートナーたちがいるなら縁は続いていそうだけど……。少しずつ、気軽に入れる場所が少なくなって。少しずつ、接点がなくなっていきそうで。
 一抹の寂しさを感じながらもしばらくお茶を大人しく飲んでいた葵だったが、遂にじっとしてられなくなって、
「何かお手伝いできることありませんか?」
 と、生徒会の会計・村上 琴理(むらかみ・ことり)から給仕を引き受けた。
 百合園で学んだこと、上手になったことといえば、お茶の準備や給仕だ。頻繁にお茶会があるので、自然に上達していく生徒が多い。入学当初は自分の身の回りのこともできなかった葵だって、トレイの上にひしめくカップをらくらく運ぶことができた。
「お待たせしました♪」
 とびきりの笑顔でお茶やお茶菓子を運んでいく。そのうち先程の琴理の姿が見えて、その目の前に小さなケーキを乗せたお皿を差し出した。
「先輩。隣いいですか?」
 琴理は彼女にしては珍しく、のんびりお茶を楽しんでいる。どうぞ、と言われて横の椅子にぴょこんと座った葵に、琴理は笑いかけた。
「ありがとう。でも、今日はゆっくりしていてくれて良かったのに」
「ここで学んだ事をお披露目するチャンスかなって」
「そう思ってくれて嬉しいわ」
「……先輩は、進路は決まってるんですか?」
「ええ、もう一年専攻科に通って、それからヴァイシャリーで開業しようかなって思ってるのよ。紅茶を出すお店なんだけど……そういえば、パートナーさんとは紅茶研究会で一緒だったわね」
「はい。紅茶に必要なもの……お茶請けといったら、ケーキですよね。ここのケーキ好きなんですよ〜♪ 苺を使ったものが多くて……」
 葵の言った通り、小さなケーキが幾つかお皿に乗っている。その多くが、イチゴが使われているものだった。タルトやショートケーキ、イチゴのチーズケーキなどなど。ヴァイシャリーにあるお気に入りのお店だ。
「苺大好きなんですよ〜♪」
 苺をフォークで持ち上げてにこにこする葵に、琴理も微笑する。
「そうそう、お茶のお代りもいりますね。紅茶は何が好きですか?」
「そうね……何も入れないで飲む、ストレートティーなら何でも。気分によって変えるかな……でも、たい焼きが好きだから、それにダージリンを合わせることが多いかも」
 二人はお茶とお茶菓子をつまみながら、今日のお茶会についてたわいもない話をする。



 お嬢様たちの中に埋もれそうになりながら、きょろきょろ、と辺りを見回していた一人の少女がいる。教導団の制服を着ていなければ、百合園の中等部の生徒だと思われただろう。
 しかし緑の瞳が標的を見付けると、雰囲気は一転した。
「……見つけた」
 この前の冬山遭難でも見た顔がちらほらある。その中でも一際(いい意味ではなく)印象的な、光翼の守護天使の青年
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の口元に諧謔的な笑みが浮かぶ。スタスタと近づいて、背に声を掛ける。
「え? もう刑務所から脱獄したの」
 肩をびくんと揺らして彼は振り返った。彼の口元がひきつっているのは気のせいだろうか。
「な、何だあなたですか。……つ、捕まってないですよ。……大体、教導団なのにどうして来てるんですか」
「カーリーの付き合いで。で、今度はどんな厨二病的な悪事を働くわけ?」
 可愛らしい唇から平然と放たれるあんまりな言いように、守護天使は肩をいからせて反論する。
「厨二病じゃないですし、事故であって悪事じゃありません! ……そ、そりゃもみ消そうとしたのは悪かったと思ってますけど……」
「だって殺雪だるまよ、殺雪だるま」
「殺してないですし!」
「じゃあ、器物損壊? ……ま、とにかくここでもなにかしょーもないことをしでかすに違いないわ」
 限りなく中学生に見えて言う事とはなかなかきつい……というのは、前回彼は身をもって知っていた。
 その後マリエッタは思いつく限りの「守護天使がするしょーもない悪事」を並べ立てた。ピンポンダッシュ、頭の上で黒板消しを叩く、他人の教科書の偉人にイタズラ書き……。
「……あのー、僕どんな人間だと思われてるんですか」
 最初は反論しようとしたが、立て板に水と話され、さすがにショックを受けて守護天使も上げていた肩を床に付きそうなほど落としている。しょんぼりする姿はびしょ濡れの鳩のようで、マリエッタは棒読みチックに慰めた。
「あー、あんまり深刻にならないでよ、うん」
「すごいテキトーですね」
 本気で慰めるつもりもない辺りが彼女である。
 そんな二人のやり取りを、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は近くの席でお茶をしながら、密かに眺めて苦笑していた。マリエッタも守護天使も、今のところ進路とは無関係だから呑気だ。周囲のお嬢様たちは多かれ少なかれ緊張しているというのに……。
 ゆかりはといえば、彼女自身も二人と同じ。転校希望者向けに教導団の資料を持ってきたわけで、自分の進路や悩み相談に来たわけではない。
 でも、参加している百合園の生徒たちの表情を見ていると昔の……マリエッタと契約する直前まで悩んでいた自分を自然と思い出す。
 ゆかりは日本の出身だ。
 普通の――一般的な学生や社会人であって、アウトローや魔法使いではない、という意味で――、国立大学の法学部の学生だった。当時は、このまま官僚コース乗るか、法科大学院を経て法曹入りするか、博士号を取って研究者の道を行くか、悩んでいた。
 行く、だけなら可能なことでも、具体的な将来のイメージがわかず、そもそも自分が何をしたいのかすらわからなかった。法律を学んではいたものの、どこか物足りない感覚があった。
 シャンバラ教導団の入学願書を手に入れたのは偶然だったけれど、結果的には良い選択だったと言えるだろう。当初は考えられなかった道を歩くことになったけれど……。
(歩く道を選んでも、恐らく悩んだり躓いたり傷ついたりすることは避けられないし、自分も今こうしているうちに悩み事もあれば立ち止まったりしているし、傷ついたりもしてるけど……)
 と、ゆかりは今度は自分に苦笑いをする――ここに来たのは気分転換じゃなかったのかな?
(結局、開き直って歩いて行くしかないのかもしれないかもね)
 守護天使の光翼に手をかけようとするマリエッタの姿を見て、そんなことを思った。
「ちょっと、やめてくだ……あっ、校長先生! その節は……」
 マリエッタの魔手から小走りに逃れた守護天使は、行く手に百合園女学院の校長・桜井 静香(さくらい・しずか)を見付けて大仰に頭を下げた。
 あの冬山遭難の殺ゆきだるま事件後、何度も謝って、何とか許しては貰えたのだが、負い目には違いなかった。
「こんにちは、ボブ……さん、だったっけ?」
「――こんにちは、校長先生、守護天使さん」
 そこに、料理を満載したお皿を持ってやって来たのは、小学生のような年頃の二人、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。
 赤と青のロングの髪色が対照的な二人は、どちらも御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナーだが、姉妹のように仲がいい。ノーンがお皿からこぼさないよう、エリシアがお皿を支えていることからもそれが分かる。
「御神楽さんのご出産おめでとう」
 静香はエリシアたちに笑顔を向ける。エリシアは軽く会釈をすると、
「ありがとうございますわ。名前も陽菜、と決まりましたの。散々迷ったそうなんですけれど」
「陽菜ちゃんか……素敵な名前だね。ご両親から一字を取ったのかな? 名前みたいに、太陽の光を浴びてすくすく育つといいね。
 そうそう、御神楽さんのことだから……もうたくさん出産祝いが届いていると思うけど、被らないもので、何がいいかな?」
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は蒼空学園の元校長・生徒会長であり、創立者でもある。静香と特別親交があったわけではないが、校長という立場から何かにつけ顔を合わせている。
「お二人には当分はお会いするのは難しそうだね。でも……外出できなくたって、御神楽夫妻の方がきっと楽しいんだろうね」
「ええ、ドタバタと大変そうで、でもとても楽しそうですわ」
 エリシアは心から微笑む。パートナーも、その妻も、エリシアにとって大切な友人なのだ。
「……校長先生はご休憩に?」
「うん。相談の時間が少し開いたから、みんなと話をしに」
「では、少しこちらでご一緒致しませんか?」
 エリシアとノーンは、静香たちを誘ってゆかりたちの座るテーブルに着いた。エリシアはいつの間にか手にしていたノーンのお皿をクロスの上に置いたが、その横に新しいお皿が出現したので振り向けば、
「おねーちゃん、これ食べてみて! こっちの料理も初めて食べるけど不思議な味がして新鮮だよ」
 挨拶している間に行って帰ってきたのか、ノーンがよそってきた料理のお皿を左手分のもう一枚、目の前に置くところだった。
 バイキング形式、ということもあって、カレーからカルパッチョ風の料理から、ケーキやプリンまで、様々なものが仲良く並んでいる。
「このお菓子、とっても甘くておいしーね! ……あっ、先にカレー食べた方がいいよ。良い味付けだよ!」
「もう……そんなにたくさん取ってきて。食べ切れない分は私が食べてしまいますわよ? ……そうそう、先日の冬山レジャー、思い出しますわね。あの時は食べれるものを食べてましたわ」
「あの時は大変でしたねー。毎日ギャザリングヘクスだったら……いえ、味は悪くないんですけどね……料理は見た目も大事ですし」
 守護天使が遠慮なく言う。
「あの時の空腹を思い出すと、一層おいしい気がしますわ。
 それとは別に。先日の冬山レジャーは(今となっては)有意義な体験だった気がしますわ。他校生でも参加可能なイベントがあれば、是非また参加させていただきたいですわね」
「うん、この前は大変だったね、皆が無事に戻ってこれて、ほっとしてるよ。今度も懲りずに参加してくれると嬉しい――あ、あんなこと滅多にないからね!」
 ノーンが言った不思議な料理のお皿の方には、ウナギを揚げて野菜と一緒にしたマリネや、魚を叩いて伸ばしたものに野菜やチーズを巻いた串焼き、詰め物をしたパスタなどなどヴァイシャリー料理が並ぶ。エリシアはそれに口を付けて、
「……これは香草ですわね、ノーンが食べられるなら良かったですわ」
「ヴァイシャリーとツァンダでは気候も地形も特産物も違うからねー。それから、ヴァイシャリーの貴族は、夕食の後舞台を鑑賞することも多いんだ。あと、長い休憩の合間に何か食べたり……食文化も違うよね。巣立っていく生徒たちには食べおさめかもしれないね」
「わたくしたちは百合園生ではありませんし、卒業というイベントとも縁が薄いですけれど……卒業を控えた百合園生たちの、今ある“この時間”と別れる寂しさのようなものは伝わってきますわね」
 静香は頷くと腕時計を見て、立ち上がった。
「……じゃあ、僕はそろそろ相談に戻るね。皆も楽しんでいってね」
 その後もエリシアは、「あれ食べに行こうよ」というノーンに、姉のように世話を焼きながら、周囲の生徒たちと会話を楽しむ……。