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百合園女学院の進路相談会

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百合園女学院の進路相談会
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(専攻科で2年延長してたのに、結局あっという間だったなぁ)
 廊下の、いつものそして無駄に豪華な照明をぼんやりと眺めていた彼女は、名前を呼ばれて立ち上がった。
 よし……失礼します、と。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、自身には珍しいほどに居住まいを正す。ドアノブを握る手に程よい緊張を感じながら中へ入る。
 その背中を廊下の、先ほどシリウスが座っていた隣の椅子から、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が見送っていた。
 一緒に入れば、と一度はシリウスは誘ったが、どうも自分には言えないことがあるらしかった。悩んでいる様子は気にかかったが、今は詮索はしないでおこうと思った。話したいことがあれば話してくれるだろう。
「……失礼します」
「こんにちは、シリウスさん。なんだかいつもと違うね」
「いえ、こういう時なんで。……くだけていいっていうなら、いつもに戻るけど」
「うん、そっちの方が似合ってるよ」
 シリウスは、褒められてるんだか良く分からないなぁ、と静香の顔を見て思う。にこにこしているんだから、まぁ、本心なのだろう。
「進路のことだし、改まるのも大事だし。いつもと同じで、言いたいこと全部言っちゃえるのも大事だもんね」
「えーと、で、まぁ……進路相談っていうより就活なのかな、これ。書類申請はいっている……と、思うけど……」
 静香は手元の資料を一瞥して、軽く頷いた。
「百合園女学院の教員を希望してるんだよね」
「ああ。ニルヴァーナの方は落ち着きつつあるし、新白百合団……百合園警備団のこともあるしな」
 シリウスは、専攻科で教員実習を受けつつ、ニルヴァーナ創世学園の初等部教師を務めている。時々あちこちに出向することもある。
 けれどあくまで自分の学校は百合園、ということらしい。
「ただ……うん。ここからが一番の問題なんだけど……オレが百合園で教鞭とって大丈夫かな?」
「え?」
 シリウスは表情を崩して頭をかいた。
「いや、成績や実績じゃなくて……悪人や犯罪者とは言わないけど、素行はあんましよろしい方じゃないしさ。
 後輩をよりよく導きたいって気持ちはあるけど、客観的にみるとアレかなってさ……校長に、一度直接確認してみたかったんだ」
 静香はきょとんとした顔をしてから、くすりと笑った。
「……何だよ」
 シリウスが静香に問い返せば、彼は笑いを収めて、
「ううん。気にしているのがシリウスさんらしいなぁと思って。大丈夫、その点は百合園でもちゃんと調査してるから」
「百合園の調査……」
 なんだかあらぬところまで調査されてそうだ、とシリウスは一瞬背筋が寒くなったような気がした。あのラズィーヤのチェックを受けるのだろうから。
「だから、安心して、ちゃんと採用試験を受けてね」
「安心してって何だよ!?」
「うんだから調査をね」
「どこまで調査したんだよ……」
 静香はくすくす笑って答えを教えてくれなかったが……ともかく問題はなさそうだった。



 若干疲れた、でも嬉しそうな顔をして出てくるシリウスに、リーブラは何も問わなかった。
 今の彼女はシリウスの事ではなく、別の女性の事を考えていたから。
「一緒じゃないのは珍しいね」
「わたくしも少し静香さまに……この話は、シリウスには内密にお願いしますわ」
 実際は、思わないでもない。
 女装趣味という以外は特別変わったところのない、人畜無害そうな少年……いや青年に、複雑な生い立ちを持つリーブラが話すことは、少し荷が重いのではないかとも。
 けれどこれは、シリウスには知られたくない気持ちなのだ……まだ今は。
「進路の話ですけれど……悩んでいます。わたくしは……専攻で女官科を選んだとおり、宮廷……ティセラお姉さまの助けになりたいと考えています」
 十二星華{SNL9998929#ティセラ・リーブラ}によく似たリーブラは、パートナーの、姉妹のように育ったシリウスとは違う意味で、ティセラを慕っている。
「お姉さまの傍には祥子さんもいますけど……いえ、祥子さんがいるからこそ、お姉さまの負担を少しでも背負って、未来へと進んでいただきたいと思うのです」
 リーブラは切実な声で言った。
「けれど……シリウスは百合園に残って教員を目指したいといっています……自分の夢を追えば、シリウスの夢を壊してしまう。
 答えが出ないのはわかっています……けど……わたくしは、どうすればいいのでしょうか……?」
 語尾にかすかな震えが混じる。
 静香は彼女を困らせないように、慎重に言葉を選んだ。
「ティセラさんは、今後もシャンバラ宮殿や要所の警備を担当し続けるみたいだね。ヴァイシャリーと空京は距離がある……よね。
 僕には、リーブラさんとシリウスさんが、いる場所が離れたからって、繋がりが消えてしまうわけじゃないって思うけど……気持ちの整理の時間なら、まだあるんじゃないかな」
 ティセラの側にいる、負担を負うということは、彼女と同じ仕事をすることに近い。ティセラは贖罪としてこの道を歩んでいるのだから。
「ティセラさんのしている仕事に就くのは、ロイヤルガードになるのに近く厳しい道になると思う」
 だから、もし本当にその道を彼女が選ぶなら、と静香は言う。
 空京に行く前にまだ彼女には学ぶ時間が必要で、同じだけの悩む猶予が残されているのだと……。