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 Episode25.平穏な日々に、一滴の


 カーテンの隙間から射す光はきらきらと眩しいけれど、朝は、すっかり涼しくなってしまった。
 夏用の布団から少しはみ出した肩が冷やりと冷たくて、意識は、眠りの底から浮上した。
 もう少し眠りたいと思うのに、頭は覚醒を促していて、怠惰に目を開くと、目の前に見慣れた顔が、銀の髪に朝日を弾いている。
 瞼は閉じられて、未だ眠りの底に居るようだ。
 いつも、優しい笑みか、自分の言動に対して苦笑する表情ばかりを見ているので、その口元に笑みが無く、目を閉じて静かな様が、まるで人ならざる者のように静謐で。
(寝顔の方がしまりが有る、なんて酷い評価だろうか……?)
 普段のヘタレ評価とはかけ離れた印象に、その褐色の額にかかる銀の髪をそっとかき上げ、指先で弄ぶようにしながら抜く。
 癖のない銀髪は指に絡まず、さらりと再び額にかかった。
 意味の無い手遊びを繰り返しながら、けぶるような睫に縁取られた瞼が開く瞬間を待っている。

「……退屈になってきたな」
 しかしすぐに飽きてしまった。
「グレッグ」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、パートナーのグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)の名を呼んだ。
「グレッグ、起きろ。
 朝だぞ、あーさーだーぞー。オハヨ、オハヨ」
 起こすついでに九官鳥の真似などしてみるが、彼は一向に目を覚ます様子がない。
(はて、昨日は何をしてたんだっけ……)
 一緒に寝るに至った経緯を思い出そうとしながら、グレッグの上品ですっきりした顔に手を伸べ、頬をきゅっと抓った。
 ん、と彼の目元が一瞬締まる。


 グレッグは、頬に感じたいたずらな刺激に、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
 目の前の掛け布団に、艶のある長い黒髪が流れている。
 近頃、大人の魅力を感じるようになってきたと思うことの多い、パートナーの顔が間近にあった。
「……おはようございます、司」
 何故、一緒のベッドに寝ているのだろう、と未だ寝起きの頭でぼんやり考えつつ、とりあえず朝の挨拶をする。
 すると、またも頬を抓られた。先程より、少し強い。
「……機嫌悪いですか?」
「そうでもないぞ、ぼーっとしてるがな」
 司のいらえに、少し笑って起き上がる。
 こんな表情はやはり、少し子供っぽい。先の思いは一部訂正……と思いながらベッドから降り、窓のカーテンを開けた。
 さあっと射し込む光を受けながら伸びをひとつ。
 ついでに光の翼も広げ、伸ばすように広げていると、背後から司が抱き着いてきた。
 グレッグは、回された司の手をぽんぽんと叩く。
「どうしたんですか?」
「……いや。そういえばわたくしは、天使と契約してたなーと」
 朝日を透かし、蒼にも白にも、透明にも見える守護天使のグレッグの光の翼。
 その間に挟まるようにして背中に抱きついている司ごと見つめると、司が首裏にすりすりと頭を押し付けながら言った。
「世の中がもう少し落ち着いたら、また冒険だな」
 はい、とグレッグは微笑む。

「……こいつら、これで付き合ってないとか詐欺だよな……」
 ぽつり、と、ヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)が、朝から心底呆れた声で呟いた。
 二人が同時に視線を向けると、彼はドア横の壁に寄りかかって腕を組み、ジト目で二人を見ていたのだった。
「ヒューバート来てたのか」
「全く気がつきませんでした」
 二人の声に、エプロン姿のヒューバートは、深い溜息を吐く。
「昨夜一緒に飲んだろうが。
 あーもう、朝メシ出来たから司ちゃんはキャミとパンツでうろうろしない。着替えてリビングに。
 ……グレッグは、もうちょっと甲斐性見せろよなぁ」
 すっかり朝日も昇った今では、その間抜けなパジャマ姿は、いつものヘタレたグレッグにしか見えなかった。

 久しぶりに司のマンションで三人で飲み明かし、最初に起きて三人の朝食まで用意した甲斐性の塊(自己申告)のヒューバートは、二人を起こしに部屋に入り、丁度目を覚ました司に声を掛けそびれ、そのまま一連の流れを見学するハメになったわけだが。
「ヒューバート。朝ご飯は何だ? わたくしは、目玉焼きとトーストの焼き加減にはうるさいのだよ」
「熟知してますとも。ほら、早く顔を洗って来い」

 そうして、朝の一時の神秘的な空気は過ぎ去り、いつもの一日が始まる。