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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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chapter.25 機械仕掛けの狂気……2 


「……ひひひ、こいつぁ絶景だな」
 千住は言った。
 血と煙の匂い、カラクリと人間たちの乱れる狂騒は、それだけで一枚の凄惨な名画に見えた。
 もっともっとこの絵を完璧なものにしたい。
 画家がキャンバスに幾重にも色を重ねるように、もっと血と狂気を、死をこの戦場に積もらせなければ……。
「千住さん!」
 甘美なひと時に酔いしれる千住に、人形師の茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は叫んだ。
 その傍らには、イコプラ使いのアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)もいる。
「ああ、あの人形使いか」
「千住さん……貴方とは技を競いあってみたいと思っていました。けれど、こんな形でだなんて……!」
「仲良しこよしで和気あいあいと技を磨くってか? 馬鹿馬鹿しい、俺ぁもうそんなくだらねぇ馴れ合いはご免だねぇ」
「そんな……」
「もう奴の正体は知っているだろう。話すだけ時間の無駄じゃ」
 アレーティアは言った。
「おぬしの意思で戻ってきたのかは知らぬが、せめてもの情け、今度こそ確実に引導を渡してくれる」
「そうかもしれません……。死してなおブラッディ・ディバインの手先として使われるなんて悲しすぎますよね……」
 衿栖は千住を見やる。
「……千住さん! 貴方は私達が止めてみせます!」
「あ?」
貴方がカラクリ人形になってしまったなら、それを止めるのは人形師である私の役目です
「……ったく、そんなに俺が可哀想に見えるかい?」
 どこからともなく千住の傍に九体のカラクリ人形があらわれた。
 髪は白髪、般若の面。歌舞伎を思わせる風貌の人形たち。その手には薙刀や刀などの武器が握られている。
 千住の作った自在傀儡、戦闘特化の連作『十剣』。名前のとおり、人形は十体存在する。
 そのうちの一体は第三部隊を襲撃したあの『十の剣』である。
「俺ぁこの身体は気に入ってんだ。なにせこんな芸当は生身の身体じゃ出来なかったんだからなぁ」
 九体の人形はうなだれていた頭を上げ、ふたりを空虚な瞳で見据えた。
 電脳による九体同時の人形繰り。カラクリとなった今の彼にしか出来ない異形の技である。
「ひひひ、これで俺の芸術はもっと進化するぜ!」


「親衛隊、飛装兵、前に!」
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)の支持の下、従者隊が迫る人形……九の剣を正面から迎え撃つ。
 元々、トラップの探知と解除のため編成した部隊だった。
 しかし、月軌道上の戦いでの時間的ロスがなかったため、トラップの類いは仕掛けられてなかったのである。
 もっとも道満からの戦略的撤退の所為で先回りはされてしまったが。
 ともあれ、敵は九体。余力を残した部隊なら一体ぐらい相手にすることもできるだろう。
「相手はかなりの使い手だ、気を抜けば一瞬で殺られるぞ」
「は、はい」
 レオンは衿栖に一瞥をくれると、すぐさま九の剣に集中する。
 数の上では勝るが従者レベルでどうにかなる敵ではないだろう。
「全員、防御重視で臨め。不用意な攻撃は命取りになる」
「おいおい、そんな腰の抜けたことでこいつに勝てるとでも思ってんのか?」
 千住の声で九の剣は喋った。
「勝てない戦に従者を送り込むほど私は非道な人間ではない……全員、散開!」
 レオンの声で従者たちは目標から離れた。
 その瞬間、ガトリング砲の銃弾が九の剣を蜂の巣にした。
「目標の機能停止を確認しました」
 アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)はそういって、次の目標に攻撃を移行する。
「マスター不在の今、私が母さんをサポートしないと……!」
 マスターの柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は軌道上の戦闘からまだ帰還していないのだ。
 次の目標は八の剣と七の剣の二体、向こうもアニマに気付き接近してくる。
「目標……ロックオン!」
 続いてクレイモアミサイルを発射。
 白煙を引きずる六発のミサイル……しかし、二体の人形は高速の反応で回避し、大太刀で次々と撃墜していった。
「速い……!」
「カラクリになった俺の目にゃ止まって見えらぁ!」
「……ならこれも見切れるかしら?」
 不意に、高速で飛来した『何か』が七の剣を串刺しにした。風穴の空いた胸から火花を散らし爆散する。
「なんだありゃ……」
「余所見してる場合じゃないわよ!」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は叫んだ。
 彼女の右腕は肘から先が変化し、鞭のようにしなる流体金属製の槍となっている。
 七の剣を仕留めたのはこの槍『ハイドロランサー』によるものだ。
「ひひひ、おもしれぇ武器を使うじゃねぇか」
 八の剣の繰り出す斬撃の乱れ打ちを、リーラは左腕をドリル状の槍『ハイドロステーク』変化させ防御する。
 反撃にランサーの先端を十文字槍に変え一撃。
 しかし、ガキンと耳に障る金属音を響かせ、八の剣は槍を刀で受けた。
「それなら……!」
「!?」
 槍の先端が複雑に分かれ、飛び出した無数の鋭いトゲが八の剣に突き刺さった。
「これで三体目……!」


「リーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラ……お願い力を貸して!」
 衿栖は指に絡めた人形繰り用のワイヤーを細やかに操った。四体の小さな少女人形がふわりと宙を舞う。
 人間サイズの人形とでは基本的なパワーが違うが、彼女の人形繰りはその差を感じさせないほどに洗練されている。
「ちっ……やりづれぇ!」
 四の剣の口から千住の声が漏れた。
 決して表には出さないが、衿栖の技術は千住も認めていた。
 それこそ彼の価値観に合わせてみても、彼女が踊らせる生き生きとした人形は『芸術』的だった。
「千住さん……貴方と私、お互いの作品について語り合う最初で最後の機会です! 存分に語り合いましょう!」
「けっ、嬉しそうに言いやがる!」
 四の剣の冷たく光る刃が衿栖の喉笛を噛み千切らんと走る。
 衿栖の指先が素早く閃いた。
「私は貴方みたいに多くを同時には操れません。けれど、一体に対する集中力は私の方が上です!」
 リーズとブリストルは刃の腹を叩き、その切っ先を明後日の方向に曲げる。
 頭の上を空振る攻撃にまばたきひとつせず、彼女はクローリーとエディンバラで左右の膝を破壊する。
 人形の中でも脆い関節部だ。四の剣は大きく空中で回転して、床にガシャンと叩き付けられた。
「人形は一体じゃねぇぞぉ」
 続いて迫るのは五の剣。
 衿栖が四体を差し向けるよりも先に、戦闘用イコプラ『ブルースロート・フェイク』が飛び出した。
 ビームシールドで攻撃を弾き飛ばす。
「こちらも言わせてもらおう。おぬしの相手はひとりではないぞ?」
 アレーティアは衿栖と背中を合わせると、戦闘用イコプラ『羅刹王』を式神化させた。
 更に自らの本体である魔道演算機を羅刹王とリンクさせる。
「おぬしが機械仕掛けの頭で戦うなら、わらわもこれぐらいせんとな。さて、どちらの演算速度が勝るかのぅ」
「ひひひ、おもしれぇじゃねぇか」
 五の剣の武器は薙刀。くるくると振り回すと、高速の百烈突きを羅刹王に放った。
 羅刹王は優れた運動性能で攻撃を右へ左へ回避……だが、攻撃はあまりにも速過ぎる。
 突きは羅刹王の左肩ごと腕を吹き飛ばす。
「ひひっ……!」
「それぐらいで喜ぶな。必要経費を払っただけのこと」
 腕を失う代償に間合いは詰まった。がら空きの左胸に必殺の機神掌を叩き込む。
 えぐり飛ばされる左胸を見送るよりも速く、続く旋風回し蹴りが五の剣をとらえる。
 格闘専用のイコプラだけあって接近戦での爆発力は十剣シリーズを遥かに凌いでいた。
「んだとぉ……」
「仕舞いだ……行けっ、羅刹王! 波羅蜜多龍滅掌っ!
 ゆらりと構えをとり、発射された渾身の一撃は、五の剣の上半身をバラバラに吹き飛ばした。
 それと同時に、背中を守る衿栖のほうから、彼女の仕留めた六の剣の残骸が転がってきた。
「そちらも片付いたか」
「ええ、こんな時に不謹慎かもしれませんが、ちょっとワクワクしてきました。ふふっ……」