リアクション
◇ ハルパールート、頂上付近。 晴明らのいる地点と、頂上の間の通路には、久我内 椋(くがうち・りょう)がいた。彼が晴明らのところではなく、ここにいる理由はただひとつ。 椋が、ブラッディ・ディバインに協力している人間だからだ。厳密に言えば、ブラッディ・ディバインのためではなく、ブライドオブハルパーの奪取のため、彼は自分の身をここに置いている。 ここに来るまでの間、本来ならば時間稼ぎをし、あらかじめ罠などを仕掛けておきたかったのだが作戦が失敗に終わったため、椋は万全を期すことができなかった。 とはいえ、生徒たちがここを通るより早く待ち構えることには間に合ったし、万全とまではいかずとも、ハルパーを奪取するための手筈はある程度整えていた。 その手筈のひとつが、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)とパートナー、ティアン・メイ(てぃあん・めい)を雇い入れたことである。 「思う存分、暴れてくれて良い」 椋が静かにそう告げる。 彼、玄秀はブラッディ・ディバインに属しているわけではない。ただ、利害が一致していたため、椋に雇われることを選んだのだ。 「僕にはハルパーにもブラッディ・ディバインも関係ない。ただ、晴明と戦い、倒すだけだ」 そう言った玄秀の瞳は、冷たく沈んでいた。椋が何とはなしに晴明にこだわる理由を尋ねると、彼はゆっくりと語りだした。 「晴明の名は、日本の呪術師にとって壁なのさ。倒さなければ頂点に立ったと誰も認めない」 そんなものなのか、と椋は思ったが、口には出さない。目の前の男には彼なりの事情があるのだろう。玄秀は懐から鬼の面を取り出すと、それを顔に着けながら言葉を足した。 「育ててくれた義父への恩もある。ろくでもない男だったとはいえな。そういう意味でも、ヤツを倒すのがせめてもの手向けなんだ」 玄秀が一番の理由をどこに求めたかは、本人以外知る術はない。ただひとつ、晴明を倒すという確固たる意志だけが、彼にはあった。 隣では、ティアンが冷徹な気を発しながらいつでも玄秀のフォローに入れる体勢を取っていた。以前はもう少し優しさや憂いの気配を見せていた彼女だったが、玄秀に引きずられたのか、かつての少女の面影は今はほとんどと言っていいほどない。 「……そろそろ、来るな」 そんなティアンに視線すら向けず、玄秀が言った。彼が感じていた気配は、ただならぬ狂気を孕んでいた。 ◇ ハルパールートの頂点。 ここに、ひとりの侍がいた。いや、今はその言葉を宛てがっていいのかも分からない。衣服は埃と汚れでくすんだ色に変色し、頬はどこか痩せこけているその様は、侍というよりは浪人、あるいはそれ以下の呼称の方が相応しい。 ただ、その瞳だけは何かを求めるようにギラギラと怪しく光っている。 彼の名は、参道宗吾。 かつて、晴明の友だった男だ。否、彼自身は今でも、晴明を友人だと思い込んでいる。その思い込みの激しい気性と、倫理観のない人格は、晴明の周りの者を何人も殺めた。 それも、ただ晴明とふたりで遊びたいというだけの理由で。 晴明や生徒たちの手によって捕まったはずの彼だったが、投獄中、彼はあろうことか、共に捕まったパートナーである虚無僧、神海(しんかい)を自らの手で殺害したのだ。 近くに晴明がいないことで気が触れ、その時近くにいた神海につい手が伸びたのである。後先を考えないその行動は、彼にパートナーロストという枷をもたらした。 元々正気と狂気の境目が薄かった彼であるが、神海殺しの影響により完全にその隔たりは埋められた。 つまり、今の彼は晴明のみを追い求める知性のない狂人である。その狂人を「晴明がいる」と唆しここまで連れてきたのは、言うまでもなくブラッディ・ディバインであった。 「……やーくん、やーくんがいる……」 宗吾がぶつぶつと声を漏らした。 晴明の本来の名である八景のあだ名ということで、幼い頃より彼は晴明を、そう呼んでいる。狂人と化してから、彼が口にする言葉はほとんどがこれだけであった。 「やーくん……ふへ、ふへへへ」 宗吾が肩を震わせながら笑う。つい先程から、彼の鼻は晴明のにおいを嗅ぎとっていた。 来ている。すぐ近くまで、彼は来ている。 「へへふふふふはへへふへ」 顔を何度も上下させ、嬉しそうな奇声を上げると、宗吾はとん、と台座のある頂点から飛び降り、道を下った。 |
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