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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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【ニルヴァーナへの道】決戦! 月の港!

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chapter.9 晴明と宗吾(3) 


 ふたりの間にある距離は、2メートルほどだろうか。
 互いの表情は嫌なほど見えるのに、触れることは敵わない距離。晴明と宗吾は、沈黙を挟んで向かい合っていた。
「やーくん……やーくん……」
 宗吾が繰り返し、晴明を呼ぶ。晴明はそれに応じることが出来ないでいた。
 と、そこに思わぬ人物が介入してきた。晴明の近くにいた歩だ。その表情は先程晴明に話しかけた時とは反対に、悲しさと憤りが滲み出ている。彼女はそのまま宗吾の方へと歩いた。
「おい……」
 晴明がその背に声をかけ、止めようとするが歩は止まりはしなかった。宗吾の前まで来た彼女は、キッと彼を睨んだ。
「あう、あああ、ああ……?」
 声を漏らしながら、宗吾が視線を彼女のところまで落とそうとした時だった。
 ぱん、と、冷たい音が響いた。歩の手のひらが、宗吾の頬を激しく打ったのだ。驚く晴明をよそに、歩は口を開く。
「……許せない」
 一瞬静寂が場を支配し、歩の言葉の余韻だけが残った。歩はさらに言葉を重ねた。
「晴明くんは、皆を信じようとしてて、でも裏切られて……傷つきながら前に進もうとしてるんだよ? でもなんで傷ついてるのかも分からず、分かろうともしなかった宗吾くんが許せない」
 人が人を傷つけないまま生きていくことは、おそらく出来ない。
 歩はそう思っていた。それが当たり前だと。そして、傷ついたり傷つけたりする中で、その分だけ優しくなっていくのもまた人であると。
 だからこそ、それが欠けている宗吾に対し憤りを感じたのだろう。歩が再び宗吾に向かって言う。
「……こんなこと言っても通じているか分かんないし、宗吾くんにとってみたら勝手な言い分なのかもしれないけど。あなたは、晴明くんの友達だったんでしょ? あなたにとっての晴明くんと、晴明くんにとっての皆は一緒だったんだよ?」
 歩の言葉のひとつひとつを、晴明はただじっと聞いていた。彼はその時、何を考えていただろうか。ただその表情は、悲しげであった。
 そして当の宗吾はといえば、歩の言葉が耳に入っているのかいないのか、低い呻き声を上げていた。
 と、彼の右腕がすっと上へ伸びた。手に持った刀の先が、ぎらりと光る。既に彼の間合いに入っている歩は、おそらくこの数秒後、勢い良く斬られるだろう。宗吾は刀を下ろした。
 しかし歩にその刃が届くことはなかった。寸前でそれを防いだのは、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)であった。
「間一髪、ってところかな」
 言って宗吾を見据える宵一。彼は宗吾が脱走したという話を知るやいなや、賞金稼ぎとして宗吾を捕まえようと躍起になっていた。宗吾に賞金がかけられているかは定かではないが、少なくとも脱走犯であることが事実である以上は、捕獲した時の褒美はそれなりに出るであろう。
 大剣で宗吾の刀を受け止めた宵一は、そのまま押し返そうとする。が、宗吾の力が思いの外強かったのか、逆に押し込まれそうになり体勢を崩してしまった。
「っ!?」
 ふらついた宵一に向かって再度刃を向ける宗吾であったが、彼の腕は不思議と宙で止まった。よく見れば、細い鉄線のようなものが彼の腕にいつの間にか巻き付いている。
「危ないでふ!」
 次に聞こえたのはそんな声だった。周囲の者たちがきょろきょろと辺りを見回すが、声の主は見当たらない。それもそのはず、声の主は、宗吾の死角に身を潜めていたのだ。
 それは、宵一のパートナー、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)だった。隠れ身でその姿を隠していたリイムは、その間トラッパーで宗吾の動きを封じる仕掛けを施していたのだ。
 その策が宵一を救ったとはいえ、それだけで完全に動きを止められるほど宗吾の力は弱くない。彼は自分に絡みついた鉄線を強引に引きちぎろうと、力を込める。血が滲み、滴り出しても意に介さず、無理矢理罠を解いた。
「最初は生け捕りにしたかったけど、どうも手加減している場合じゃないみたいだね」
 現状の難易度は相当に高い。晴明を斬らせるわけにもいかないし、狂人と化した宗吾を倒さなければならない。宵一は覚悟を決め、もうひとりのパートナー、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)を呼んだ。
「フォローを!」
「……止めても無駄ですものね。分かりました」
 宵一の真っ直ぐな姿勢に、ヨルディアも応じる。宵一が宗吾を倒す決意を固めたのと同時に、ヨルディアもまた、自分の命を捨てることになろうとも宵一を守ることを決意していた。
 その覚悟を体現するかのように、ヨルディアは緑竜の毒液を取り出し、口にした。魔力の上昇をもたらす代償として、その毒液はヨルディアを侵食していく。そして彼女は、魔力がピークまで高まるのを待った。
 その間、宵一は再び宗吾と剣を交えていたが、やはり彼の腕力が強いためか、彼は押されたままだった。すぐ近くにいる晴明は、式神を出現させてはいるものの、攻撃を踏みとどまっていた。
 彼と決着を付けるには、命を止めるしかないのだろうか。
 晴明の表情が僅かに曇る。その光景を見ていたのは、緋山 政敏(ひやま・まさとし)とパートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)だった。
 政敏はギリッと奥歯を噛みしめつつ、宗吾を睨む。当然宗吾はその視線に気付くことも、政敏を見ることもない。それは政敏も分かっていた。
 そしてもうひとつ、彼が分かっていたのは、自分の内からこみ上げてくる、言い知れぬ怒りのような感情。その背景にはおそらく、宗吾が地下城で殺したくノ一、お華がある。彼女も悪者ではあったが、政敏は人として、きちんと接しようとしていた。
 す、と政敏は黙ったまま剣を握った。
「政敏?」
「八つ当たりだよ。ただの身勝手な、八つ当たり」
 リーンに言って、そのまま宗吾のところへ行こうとする彼をリーンが止めた。彼女は政敏の肩を掴むと、宗吾を一瞥してから、彼ではなく晴明へと話しかける。
「あんなにまでなって……で、あなたはあの子にどう応えるの?」
 晴明が今の宗吾を見て、何をしようとしているのか。それを、リーンは確かめたかった。晴明は少しの沈黙の後、その口を開いた。
「……区切りをつける」
 リーンはそれを聞き、「そう」と短く返事した。晴明も、終わらせようとしているのだ。それを聞いていた政敏は、リーンの制止を振り切り、宗吾の元へ駆け出した。
「俺が、討つ」
 ぽつりと呟き、政敏が剣の切っ先を宗吾に向け振り下ろした。その一撃には、覚悟が篭っていた。宗吾を殺すという大きな覚悟。
「おっ、加勢かな」
 政敏が戦いに加わった時、宵一が声を発した。いくら宗吾が強くとも、数を増した生徒たちが相手では分が悪いはず。その予想は外れてはいなかった。宗吾の体には、徐々に小さな切り傷が増えていた。しかし宗吾はただ我を忘れ、晴明のみを見据えて刀を振り続ける。
 宵一と政敏、ふたりと宗吾の剣戟が響く。
「宗吾……!」
 政敏がそう口にした時だ。魔力がピークに達したヨルディアが、氷雪比翼を発動させた。
「覚悟なさい!」
 高められた魔力によって放たれた冷気は、宗吾の足元を急激に冷やしていく。
「おああうあ?」
 宗吾の体が、がくんと前のめりになった。足元が凍らされた彼は、斬り込もうとした一歩を崩してしまったのだ。
 決着は、もうそこまで迫っている。
 肌でそれを感じた晴明は、発動させていた式神を一際高く宙へ浮かせた。終わらせよう。晴明は言い聞かせるように心の中でそう呟くと、式神を宗吾に向けて飛ばした。
 晴明の式神が宗吾に触れようとしたのとほぼ同じタイミングで、政敏の剣もまた宗吾へと迫っていた。素早く繰り出されたその突きは、正確に宗吾の心臓を狙っている。
「おおおああああ!」
 向かってくる脅威を宗吾が上半身だけの力で刀を振り回し、跳ね除けようとした。その次の瞬間、その場にいた誰もが目を疑った。
「っ!?」
 彼らが目にしたのは、不意をつくように現れ、宙を漂う一本の槍だった。それは、流体金属槍と呼ばれる、ナノマシンで構成されたものだ。持ち主の意思を聞かずとも自動的に動くその槍は、一同の注目を集めたかと思うと、突然急降下を始めた。その刃先の下にいたのは、宗吾だった。
「あ……あ?」
 直後、肉を突き破る不快な音が聞こえた。
 晴明が両の目を大きく見開く。宗吾は、槍に胴体を貫かれ、吐血していた。
「宗吾!」
 思わず、晴明が名前を叫ぶ。その場にいた者たちは呆気に取られ、ただ目の前で起こった出来事を頭に処理させていた。宗吾の体に刺さったままの槍の先は地面から抜け、再び宙を旋回してから地面に刺さった。宗吾の腹に、風穴ができる。巻き起こった衝撃が場を依然として支配する中、その槍を掴んだのは椋のパートナー、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)だった。
「狂ってしまったヤツをうかつに放っておいても後が面倒だからな。先に始末してやったぞ」
 事もなげにそう言ったモードレットは、槍を抜き取ると晴明に向かって冷たい言葉を放った。
「それに、友人を殺すのも、忍びないだろう?」
「……っ!」
 晴明が反射的に新たな式神を生み出し、モードレットを睨む。その彼を気配を絶ったまま見ていたのは、椋だった。