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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



2


 朝目が冷めて、なんだか寒いなと思ったところ外は一面の銀世界。
 こんな光景、早々お目にかかれないなと橘 舞(たちばな・まい)は外に出る支度をした。
 だって、せっかくだもの。散歩でもして雪景色を堪能しよう。
 既に起きていたブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)金 仙姫(きむ・そに)と共に連れ立って歩き出す。足は自然と工房へ向かっていた。あの辺は街外れだから綺麗なままの雪があるだろう。自然もたくさんあるし、きっと良い景色が見られる。
 それに、工房へ行けばリンス・レイス(りんす・れいす)クロエ・レイス(くろえ・れいす)に会えると思って。
 案の定、クロエは工房にいた。工房の前、正面玄関のすぐ脇で、しゃがみ込んで手を動かしている。
「クロエちゃん」
 舞に声をかけられて、クロエが振り返った。クロエの手元には小さな雪だるま。
「こんにちは、まいおねぇちゃん!」
「こんにちは。雪だるまですか? 私もお手伝いしていいですか?」
「もちろん! いっしょにつくりましょ?」
 クロエの隣にしゃがみ込んで、雪をころころ、丸めて転がす。
 これが中々上手にいかなくて、どうにも歪な雪だるまになってしまう。
「難しいですね」
「むつかしいのよ」
 雪だから、こねて形を整えるわけにもいかないし。
 ぺしぺし叩いて、固めるくらいしかできない。
 なんとなく形になってきた頃、
「クロエちゃんは、誰かを模して作っているんですか?」
 舞は尋ねてみた。
「うん。あのね、あのね、リンス、つくれないかなって」
「リンスさんですか。簡単そうで難しそうですね」
 頷きながら、自分は何にしようかな、と考える。
 不意に、工房の壁に背を預けてこちらを見ているブリジットと目が合ったので、
「ブリジットを作りましょう」
 と決めた。はあ? とでも言いたげな顔をされたが気にしない。


 なにやら頑張り始めた舞を見て、ブリジットは息を吐いた。
「雪だるまねぇ……」
 本当に楽しそうに雪に触っている舞を見て、子供なんだから、と思いつつ。
 ――まあ、いっか。
 なんとなく、和むのも事実だし。
「……それはそうとして」
 ブリジットは、首を捻って窓の奥へ視線をやった。
「あんたね。窓からずっとこっち覗いてると不振人物にしか見えないわよ」
 そこには、相も変わらずな引きこもり具合を発揮するリンスがいた。
「自分ちから外見てるだけでしょ」
「いたいけな少女たちをじっ……と見ている青年。どう?」
「物は言いよう。響き最悪」
「嫌なら出てきなさいよね。舞ですら外に出てるのに、ほんっとうに仕方ないんだから」
 この雪じゃ、客だって満足に来ないだろう。
 だから、少しくらい、自然に触れて遊んでみてもいいのでは。
 目は口ほどに物を言う。ブリジットの視線に負けたらしく、リンスが軽く手を上げて窓辺から離れた。少し間をおいて、外に出てくる。
「おお。自ら出てきおったか」
 愉快そうに笑う仙姫に、
「パウエルの眼力が凄まじく」
 ため息を吐いて、リンスが答える。
「ちょっと。それどういう意味」
「物は言いよう」
「響き最悪ね」
 やり取りを交わしてから、ブリジットはしゃがんで雪に触れた。
 何するの、とリンスがこちらを見てきたので、
「せっかくだから、私も作ろうと思って。あんたも作れば? 人形師が雪だるま作れないってことはないでしょう?」
「動き出したらどうしようか」
「暖かくなったら溶けるから平気よ」
「それもそうだね」
 雪球を作り、ころころ、ころころ。
 大きい雪球と中くらいの雪球を作って、重ねて、石で目を作って。腕には枝を。
 上出来。と満足して隣のリンスを見たら、無駄にクオリティの高い雪うさぎを作っていた。
「…………」
「何?」
「あんたって本当、物を作ることに関しては天才なのね」
「まだまだだけどね。……あ」
 リンスの作った雪うさぎが、ぴょんと跳ねて林の方へと消えていった。
「これも動くのか」
 容易に何か作れないなあ、と零したので、こいつもこいつなりに苦労しているんだな、と思う。
「仕上げだけ私がやってあげよっか」
「あれ、珍しく優しい」
「だからどういう意味」
「ブリはいつも通りのひねくれぶりを出しておらんと気味が悪いということじゃ。ブリだけにな、……ぷっ。我ながら秀逸じゃな」
 仙姫のダジャレは相手をするだけ気温が下がっていく気がしたので無視した。
「できたー!」
「できました!」
 と、クロエと舞の声が響く。二人を見ると、どことなくリンスやブリジットに面影のある雪だるまの隣で笑っている。
「へえ、やるじゃない」
「うん。上手」
 案外似るものだと褒めていると、仙姫がそちらにちょこちょこと寄って行き。
「いや待て。こっちのブリだるまの眉は、もっとこう角度が……うん、口なんかはこう、への字で」
 手を加え始める。
「ふふふ。どうじゃ、輪をかけてアホブリに近くなったじゃろ?」
 ノーコメント、ということにしておく。代わりに睨みつけておいた。「そっくりじゃな」とケラケラ笑ったので、いつか仕返してやろうと決める。
「記念写真とか撮りたいですね」
 二人の空気を感じ取っていないのか、のほほんと舞が提案した。
 写真。写真か。それならば。
「私に任せなさい」
 ケータイを取り出し、ブリジットは電話帳から一件の番号を呼び出す。躊躇なく発信ボタンを押して、
「あ、紡界? あんたちょっと工房まで来なさい。今すぐ。記念写真撮りに」


*...***...*


 パラミタに来てからというもの、雪はさして珍しいものではなくなった。
 特に、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の活動範囲である、ザンスカールの辺りでは毎年冬場は精霊が雪を降らせるから、なおさらに。
 なので、これだけの大雪でもすることは大して変わらない。予定が狂うこともない。
 ヴァイシャリーにあるリンスの工房まで出向くため、涼介は外套を羽織ってエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)と共に家を出た。


「予想の的中は半々ってところかな」
「何が」
 工房の前で、クロエや舞と一緒に雪だるまを作っているリンスを見て涼介は言った。
「周りのパワーに巻き込まれて、雪合戦に引っ張り込まれて雪まみれ。それを想像していたんだ」
「雪合戦だったらお断りしてたね」
「雪だるまはいいんだ?」
「作るつもりはなかったけど、上手く誘い出された」
 リンスがちらりとブリジットを見る。彼女の方は気付いていないようで、クロエらと共に雪だるまを作っていた。
「でもそろそろ戻ろうかな。冷えてきた」
 というリンスの格好は、「そりゃそうだ」と思わず苦笑するようなものである。
 いつもの格好に、薄手の上着とマフラーひとつ。よくもまあ、そんな防寒対策で平気なものだ。
「風邪を引いても知らないよ」
「なんか俺、病弱みたいに思われてるけど別に病弱ってわけじゃないからね?」
「違うのかい」
「不摂生なだけ」
「威張ることじゃないだろ。とにかく君は工房に入りなさい。身体の芯から温まるようなクリームシチューを作るから」


 涼介とリンスが工房に入っていったが、他の面々はまだ雪遊びに興じるようだった。
 エイボンも、その輪の中に混ざることにする。
「クロエ様」
「エイボンおねぇちゃん。おねぇちゃんも、ゆきあそび?」
「はい。クロエ様のお手伝いをさせていただいてもよろしいですか?」
「うんっ」
 クロエは、二つ目の雪だるまを作っているようだった。一つは、どことなくリンスに似ているもの。ならば今から作るものはクロエ自身だろうか。
 二つを並べて飾ってみると、それは中々様になっていて。
「お二人のようですわ」
 何気なく言ったのだけれど、
「リンスのそばに、いつもだれかがいてくれますように、って」
 クロエの言葉は、どこか意味合いが違っていて。
「クロエ様?」
 違和感に、思わず彼女を見た。
 けれど彼女は幸せそうに笑うから、それ以上は聞けなかった。
「えへへー。おねがいごとなの」
「そうですか」
 なら、一緒に願おう。
 彼女の願いが叶いますように、と。
「……さ。少し休憩しましょうか。暖かいものを飲んで、少し身体を温めましょう」
「はーいっ」
 涼介の料理も、そう時間をかけずに完成するだろう。
 それまでは、エイボンのティーセットで温まろうか。
「そういえば、こうやってクロエ様と話す機会は初めてですわね」
 紅茶を淹れながら、エイボンは思い出したように言った。
 なんだかんだで涼介と一緒に工房に通っていたが、今まであまり話したことはなかったのだ。
「そうね! なかよくなれるとうれしいわ」
「なれると思います。だって、私とクロエ様には似ているところがありますもの」
「にてるの?」
「はい。ほら、同じ魔法少女ですし」
「せんぱいね!」
「先輩です。……と、それだけではなくて。
 尊敬できる方が傍に居て、今、幸せ。どうです? 似ていませんか?」
 似ているところがあれば、自然と話は弾むというもの。
 ね、と微笑みかけてみると、クロエは満面の笑みで頷いた。


 シチューを煮込んでいる間。
 涼介は、窓の外を見ていた。
「それにしても、見事なまでに一面銀世界だね」
「ね。……まぶしくなってきた」
「はは。太陽が高くなったからね」
 きらきらと光る雪が、世界が、それはもう綺麗で。
「でも、綺麗だからって油断してはいけない。今夜は温かい格好で寝たほうがいいよ。雪の後は底冷えが酷いから」
「へえ。そうなんだ」
「そう。くれぐれも風邪には気をつけてくれよ。
 ……さて、そろそろいいかな」
 味見をして、火を止めて。
 エプロンを外して、一息ついた。
「それにしても、こんな時間は久しぶりだったな」
 ゆっくりと落ち着ける時間。
 窓の外では、少女たちが雪で遊んでいるのが見える。
 ややして、紡界 紺侍(つむがい・こんじ)が走ってくるのも見えた。カメラを持って、
「遅い」
「全速力で来たんスけど!?」
 ブリジットとのやり取りの後、写真をぱしゃり。
「きみも撮ってもらったら?」
「俺はいいよ。本郷こそ混ざれば?」
「私も結構だよ」
 今日はゆっくりしたいんだ。
 そう言うと、「奇遇だね」と肯定の声が返ってきた。