校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
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25−8 「ファーシー殿、アクア殿」 乾杯が終わり皆が歓談する中、鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)はグラスを手にファーシー達の輪に近付いた。こうしてパーティーに参加出来るのはファーシーからの誘いがあったからで、ケーキや料理に囲まれて賑わいの中で1つのことを祝う、というのは灯姫にとっても新鮮な体験だ。 「今日は招待ありがとう。祭の時以来だな」 「うん、久し振りね、灯姫さん!」 「……お久し振りです」 ファーシーとアクアはそれぞれに灯姫と言葉を交わす。 「ファーシーさん、お誘いありがとうございます。……とても嬉しいです……」 「本当にありがとうファーシーちゃん。……誘ってくれて……」 テレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)とミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)も、ケーキを食べつつ灯姫に続いて挨拶をする。だが―― 「何か、2人共語尾が怖いぜ……?」 どこか不穏な空気を醸し出すテレサ達に隼人は引き気味の視線を送る。表面上は笑顔で、裏の無さそうなにこやかな笑顔を浮かべているが、明らかに目の動きが怪しい。和やかなパーティー会場の中で、何者をも見逃さないように油断なく全体に気を張っている。 ――「……………………」 ――(…………バレたか?) 彼女達の様子に、会場で料理を食べていた光学迷彩使いは僅かにどきりとした。テレサ達は何かを探しているような警戒しているような、そんな感じだ。だが彼女達の視線は自分を素通りし、隼人にも特には気付かれていないようだ。 料理を食べる傍ら、パーティーの様子をデジカメやビデオカメラで撮影しながら、光学迷彩使いはほっとする。 ――もう少しは様子を見ていないと、面白くない。 隠れてそんな事を考えている存在が居る一方で、テレサとミアは笑顔で談笑を続けていた。表面上は、いつも通りだ。……多分、いつも通りだ。 「ファーシーちゃんもアクアちゃんもサンタさんの格好が良く似合ってるね」 「ありがとう! クリスマスは12月で、クリスマスはサンタクロースの日だから着てみたの。今日を逃すと、もう1年着れないんでしょ?」 「……間違ってはいませんが、何か間違っていますね……」 その言葉に、アクアは釈然としない表情を浮かべた。奥歯に物が挟まって取れない時のような違和感がある。だが、ファーシーは特に気にしなかったようだ。嬉しそうに、水色サンタ服を検める。 「それに、すごく可愛いし」 「そうですよね、可愛いです。それを着て、今夜優斗さんと昨日の分まで……」 何かを思いついたのか、テレサはぶつぶつと笑みを消して呟きはじめる。自分の世界に入ったようだ。 「そうだね、可愛いよ。それを着て今夜優斗さんと昨日の分まで……」 ミアも何かを思いついたのか、ぶつぶつと笑みを消して呟きはじめる。自分の世界に入ったようだ。 2人の台詞を聞いて、彼女達程ではないが室内を気にしていた灯姫がファーシーに言った。 「ところでファーシー殿、その優斗の姿が見えないようだが……」 「優斗さん? ……そうね、そういえばまだ見てないわ」 灯姫に訊かれて、ファーシーは会場を見回してみる。機晶工房は狭くもないが、特別広いわけでもない。全体の把握は優に出来たが、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の姿は見当たらなかった。 「来てないのかな? でも、テレサさんと灯姫さん、ミアさんを誘うようにって念を押してたし、来ないってことはないと思うんだけど……」 「念を……?」 テレサは一度思考を切り、ミアと顔を見合わせる。 「それは、いつのことですか?」 「えっと……、1週間前位だったと思うわ」 「「…………」」 テレサとミアは、過ぎていったクリスマスイブの事を考える。優斗は昨日から突然行方をくらまし、未だ戻ってきていないのだ。そして、予定していた2人きりの時間が幻に終わった2人は、優斗はきっと『隠れて他の女の子をナンパしていたに違いない』という結論に達していた。行方不明を心配していた灯姫にも彼女達はそう伝え、3人は同一見解のもとで今日、パーティーに来ている。優斗に会ったら彼を捕まえて徹底的に絞り、事情を聞き出そうと思っていたのだが―― 「昨日のことが後ろめたくてどこかに隠れているのかもしれません。優斗さんを探しましょう!」 「優斗お兄ちゃんを探すよ!」 「……私も協力しよう」 テレサ達は意欲満々に工房の中を歩き出し、灯姫もそれに付いていく。何だか、お風呂場やプライベートルームまで覗かれそうな勢いだ。 「ま、待って! あたしも行くよ!」 モーナが慌てて3人を追いかける。物は溢れているが作業道具と在庫部品しか無さそうな簡素な工房、という印象のある場所だったが、それなりに見られたくないものもあるらしい。その様子を見ていたルミーナも、「少し心配なので……」と後に続いた。 「……うーん、ただ、遅れてるだけだと思うんだけど……」 5人の背中を見送りながら、ファーシーは小さく首を傾げる。だが特に止める気も無いらしく、後を追う素振りはない。アクアも何を思っているのか冷ややかな表情をしていて、一歩たりとも動く気は無さそうだった。その2人に、隼人は話しかける。今日は長くは工房に居られないが、外に出た後の予定、というか決意のようなものを報告しておきたかったのだ。 「2人共、俺、これからルミーナさんと食事に行くんだけど……」 「食事? あ、それって、デートってこと?」 「ああ。昼にもスカイプラネタリウムに行ってきたんだけどな、すごい綺麗で……」 それから、隼人はプラネタリウムでの体験をファーシー達に報告した。星空を眺めるだけではなく、その中を歩いてロマンチックな時間を過ごすことが出来た―― 「…………」 「へえー、プラネタリウム……何だか素敵ね。わたしも行ってみたいなあ……」 アクアはいつもの表情で、ファーシーは夢中になって話を聞いている。だがそこで、隼人ははた、と話が逸れていることに気がついた。 「……じゃなくて、その食事の時にルミーナさんにプロポーズするつもりなんだ。だから、成功するように祈っておいてくれ」 「プロポーズ……結婚を申し込むということですね」 アクアは改めて隼人と顔を合わせる。彼はどこかの兄と違って一途なようだし、人間性もまともに見える。ルミーナは、アクアとしては顔を知っている程度の相手だがファーシーとは彼女の記憶を共有する特別な女性のようで。その彼女の幸せを考慮しても、特に否定する理由は思い当たらなかった。 「分かりました。心に留めておきますね」 「頑張ってね、隼人さん!」 期待とか応援とか結婚への高揚感とか、そういった気持ちを瞳に乗せてファーシーも声に力を込める。ルミーナが戻ってきたのは、その時だった。 「何を頑張るんですか?」 「え? あ、えと、何でもないのよ! 何でも!」 「……優斗は見つかりましたか?」 「……いえ。ただ、簡単に見た限りではまだ来ていないように思えますわ。それで、わたくしはそろそろ時間なので戻らせていただいたんです」 彼女達のどこか慌てた様子に不思議そうにしながらも、ルミーナはそう報告する。それから、やはりどこか慌てた顔をした隼人に微笑を向ける。 「隼人さん、行きましょうか」 「あ、ああ、そうだな。行こうか、ルミーナさん」 「ファーシーさん、ではまた」 丁寧に挨拶をしたルミーナの手を取って、隼人は玄関へと歩いていく。2人は落ち着いていて、それでいて何となく心が繋がっているのが感じられて、失敗するともあまり思えなかったけれど。 (プロポーズが成功しますように……プロポーズが成功しますように……) 玄関の戸が閉まるまで、ファーシーは、念を送っていた。 2人が仲良く雪を踏みしめて歩いていくのを想像しながら、静かになった玄関を暫く見つめる。 そうしていたら、室内にチャイムの音が聞こえた。続けて、見つめていた扉をノックする音。 「はーい……あ、優斗さん」 扉を開けると、その先には先程まで話題に上っていた優斗が立っていた。サンタのコスプレをして、いかにもなプレゼント袋を持っている。 「こんにちはファーシーさん、今日はお招きありがとうございます」 「ううん。今、隼人さん達が帰ったところだったんだけど、もしかして外で会った?」 「ああ、隼人とルミーナさんですね。ちょうど顔を合わせたので、クリスマスプレゼントを渡してきました。ファーシーさんにも……これをどうぞ」 荷物の中から手帳を1冊出してファーシーに渡す。表紙には『2023』とシンプルな刻印が入っていた。 「わあ……ありがとう! あ、でね優斗さん、テレサさん達が優斗さんを探してるわよ? 何か、すごい燃えてる感じで」 「も、燃えてる……ですか? それは……」 「うん。いつもの感じで。昨日のことがうしろめたくて隠れてるんじゃないかって言ってたけど……あ、ここじゃ寒いし、中に入って」 いつもの感じならその後に何が起こるのかも予測出来るはずなのだが、ファーシーは全く危機感の無い様子で優斗を迎えた。顔を引きつらせる彼を見て、アクアは冷淡な表情で言う。 「『うしろめたくて』とも言っていましたが、『昨日の分まで……』とも言っていました。大方、イブ当日だからとあの2人から逃げて遊んでいたのでしょう」 「ち、違いますよ……。あ、アクアさんにもプレゼントです。鳳明さんも、どうぞ」 実は違うとも言い切れないのだが、優斗は平静を繕った笑顔でアクア達にも手帳を配る。日頃お世話になっている皆へ感謝を込めて贈り物をしたいと、彼は大人に手帳を、子供にオルゴールを用意してきていた。こうして多くの人に配って交流することで、2人きりで過ごしたいと考えているであろうテレサとミアの追求から逃れようと思っているなんて、そんな動機も無きにしも非ずだったが。 「…………」 「わー、もらっちゃった。アクアさんとお揃いだねー」 ほろ酔い気味の鳳明が、アクアの手帳と自分の分を空中平面上に並べて揃え、嬉しそうにふにゃん、と笑う。 「……そうですね」 優斗からプレゼントを貰うこと自体は不本意だが、彼女とお揃いのものを持てたというのは悪い気がしない。ファーシーの手にあるのも勿論同じ手帳であり、俯きがちに頬を染める。 クリスマスパーティーの会場をくまなく回り、優斗は工房に居ると確認出来る全員にプレゼントを配った。イディアの手にはそっとオルゴールを掴ませ、朝斗達4人にも手帳を渡す。ちびあさにゃんにはどちらにしようか迷ったが、色々と書き込みが出来る手帳にしたのだ。 「にゃー、にゃー」 真新しい手帳を前に、ちびあさにゃんは優斗にお礼を言う。一方、ルシェンは手帳を手に何事かを考えていた。そして閃いた、というように皆に提案する。 「……そうだ! パーティーの余興として伝言ゲームでもしない?」 「伝言ゲーム?」 「そう、1番目の人はこの手帳にでも紙にでも伝言を書いておくの。最後の人の答えと合わせて、上手く伝えられちゃっていたら罰ゲームね」 朝斗が見上げてくる中、ルシェンはそう説明する。いくら全体に向けて言っていても朝斗から見れば何かを企んでいるらしいのがよく解った。 「その時は、メイド服を着てもらうわ」 なんだか凄く嫌な予感がしていたら、予想に違わぬ単語が出てきて朝斗は慌てる。その先の未来がまざまざと見えるようで、このままでは、ファーシー達の前でネコ耳をつけてメイド服を着る事態になってしまいそうだ。 「る、ルシェン……今回ばかりは無しにしよう。そうしよう」 「あら、何のこと? あさにゃ……」 「わーーーーっ!」 皆まで言わすまいと、朝斗は遮る。 「イヤ、ホント、マジでお願いします、ルシェンさん」 泣きつかんばかりの表情で平伏して懇願する。ルシェンのドレス姿が女王様のようにも見えることもあって、忠誠を誓う召使のようにも見える。実際、ルシェンは今日はイディアもいるから驚かせないよう自重しているが、彼女が居なければ支配者然な行動に出ていてもおかしくはなかった。とはいえワイン数杯ではまだまだ酔わないし、パーティーの雰囲気を加味してのことではあるが。ルシェンには、長く注目を浴び続けると吹っ切れて高飛車になるという一面がある。 「あさにゃ……あさにゃん?」 ルシェンの言葉から、ファーシーはちびあさにゃんの方に目を移す。すると、ちびあさにゃんは首を横に振ってお絵かきボードに文字を書いた。 『ネコ耳メイドあさにゃんだよ! 朝斗がボクの格好をするんだよ!』 ちびあさにゃんは朝斗のネコ耳メイドを元に作られた人形なので正しくは逆とも言えるが、つまりはまあ、そういうことである。今日はサンタの格好をしているが、実現すればそれは普段のちびあさにゃんそっくりになるだろう。 「へー……」 ボードの文字とあさにゃんを見比べて、ファーシーは「そういえば」と口を開く。 「借りてきた衣装の中にネコ耳があったわね。メイド服もあったような……」 「ああ、あったな、メイド服」 ラスも衣装ケースに入っていたメイド服を思い出す。それを聞いて、ファーシーは2階へと足を向けた。 「それじゃあわたし、ちょっとメイド服とネコ耳持ってくるわね!」 「えっ? もう僕があさにゃんになる流れに……? ならないよ! きょ、今日はならないよ!」 「面白そうだね! あたしも参加しようかな。ね、ブラッドちゃん、スカサハさん!」 「わたくしも参加させていただきますわ」 花琳やノートを始め、興味を持った皆が集まってくる。その彼女達と、そして朝斗に向けてルシェンは言う。 「伝言ゲームで負けるなんて早々あることじゃないんだから。気軽にいきましょ。折角のクリスマスなんだから楽しまないとね」 「にゃー、にゃー!」 ちびあさにゃんもそれに同意するように明るく言う。かくして、伝言ゲーム大会は始まり―― どんな絡繰が成されたのかネコ耳をつけた朝斗はふりふりのメイド服にクリスマスツリーから取ったオーナメントを足した格好で給仕をしていた。その所作も笑顔も完璧で、嫌がっていたという事実が幻に思えてくるようだ。 (やられた、あれはちびあさの字だ……) 笑顔の下で完全な泣き顔になって見えない涙を流しながら、朝斗はゲームから逃げなかったことを後悔した。ルシェンが裏工作をしているようには見えなかったが、光学迷彩を使えるちびあさにゃんならそれも可能だ。きっと、最後に伝わった言葉を自分の手帳に書いて朝斗の手帳とすり替えたのだろう。 「うん、今日も可愛いネコ耳メイドあさにゃんね!」 「可愛いじゃん! 記念に1枚撮っておこうよ」 ルシェンは満足そうに笑みを浮かべていて、花琳は朝斗を被写体に何枚か写真を撮っている。カリンはそれを複雑そうに見守っていて、ファーシーは彼女達を少し離れた場所から見ながら不思議ね、と首を傾げていた。 「正しい言葉で伝わる方がおかしいゲームだって話だったけど……。それに、最後、何か変な言葉だったし。……でも、本当にちびあささんにそっくりね。ね、イディア」 「ぶ、ばぶ」 イディアは貰ったばかりのオルゴールのぜんまいを、おもちゃ感覚で回していた。その手を止めて、ちびあさとあさにゃんを見比べて意思を伝えるように声を出す。彼女の手元に注目していた機晶犬も、首の動きを真似て一声鳴いた。 「にゃー!」 イディアはプレゼントに囲まれて機嫌も良く、その様子を見てちびあさにゃんがボードに文字を書いていく。 『ボクもちょっとしたクリスマスプレゼントを持ってきたよ!』 「にゃ〜?」 『イディアちゃんは喜んでくれるかな?』 「ぶ?」 まだ文字までは読めないイディアははてなマークと共にファーシーを見上げた。説明を求められているのが分かって、ファーシーは言う。 「イディアにプレゼントを持ってきたんですって! ありがとう、ちびあささん。ほら、イディアも『ありがとう』って」 娘の手を持ち、感謝の意を示すように軽く振ってみる。すると、イディアは「ばぶ、ばぶ、ばあ」といつもより少し長めの声を発した。彼女の表情は明るく、ファーシーとちびあさにゃんは顔を見合わせてから、仲良く笑う。 「にゃー、にゃー!」 『用意したのはこれだよ! プラネタリアーム! パラミタの夜空を再現した映像が映せるんだよ!』 「プラネタリアーム? もしかして、それって……」 ファーシーは隼人の話を思い出す。いつか行ってみたいと思った矢先の、これは嬉しい偶然だった。 「この工房でプラネタリウムが見れるってことね! パラミタの夜空かあ……」