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若者達の夏合宿

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若者達の夏合宿

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 稽古が終わってから。
「お疲れ様ー!」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、タオルを持ってくると、共に稽古に参加していた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)に渡した。
「やっぱ、これだけみっちり運動するとお腹空くねー。今日の夕飯なんだろ?」
 ぐーっとヘルのお腹が鳴る。
 今日は優子が訪れていたこともあり、少しハードな稽古メニューだったのだ。
「お疲れ様でした」
 ゼスタの手伝いをしていたアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、道具を台車の上に乗せて、別荘へと戻ろうとしていた。
「あ、それ僕もっていくよー」
「大丈夫です。皆さんお疲れですから、私にやらせてください」
「それじゃ、一緒に運ぼー」
 ヘルはアレナを手伝い、一緒に台車を押していく。
「お疲れ」
 呼雪が汗を拭きながら、アレナに声をかける。
「お疲れ様です。お夕飯、もう少し待ってくださいね。……ユノさんも、戻りましょう?」
 アレナは微笑みながら呼雪に言い、まだ稽古場に残っているユニコルノに目を向けた。
「先に行っていてください」
 にこっとユニコルノは微笑んで――ゼスタの方へと歩いて行った。
「ん? ユノちゃん質問とかあるの? 熱心だねー」
 ヘルはユニコルノの背を見ながらそう言うが、なんとなくユニコルノが何をしようとしているのか分かっていた。
「話があるみたいだな。先に戻っていよう」
 呼雪は台車を押す2人と歩調を合わせて、別荘へと歩いて行く。
「合宿最後の夜には、桜井校長のパーティが行われるんだってな。……そういえば、川原で行われたパーティの時には、少し話す機会もあったようだけれど……どうだった?」
 少しは、気持ちを打ち明けることが出来たのだろうかと思いながら、呼雪が尋ねると。
「な、なんだかお酒に酔って、失礼なこと言っちゃったみたいです。よく覚えてなくて、聞きたいことのお返事も聞いた記憶がないです」
「そうか。また話をする機会があるといいな」
「……はい」
 アレナは複雑そうな笑顔で頷いた。
 他愛もない話をしながら、3人は別荘に向かっていく。

 3人の姿がほとんど見えなくなってすぐ。
「ゼスタ先生、お時間少し頂けませんか? 分からない事があるのですが……」
 ユニコルノは片付けをしていたゼスタを呼び、皆から少し離れた場所で2人きりになった。
「何?」
 日の当たらない場所で、すっと彼を見上げて。
 ユニコルノはゆっくり口を開いた。
「分からないのは……あなたの、アレナさんに対するお気持ちです」
 その問いにゼスタは眉を顰めた。
「アレナさん、何をしてあげたらあなたが嬉しく思うのか、分からないと仰っていましたよ」
「それは、俺から求めていくから、いーんだよ。けど、神楽崎が阻みやがる。ヴァイシャリーの部屋は勝手に使ってるが、空京の方は神楽崎がいないときは、立ち入り禁止だとか」
 強引に近づくこともできるだろうに。
 彼はアレナに対して、慎重だった。
「ゼスタ様はご自分のお気持ち、ご自分で理解していらっしゃいますか?」
 ユニコルノの問いに、ゼスタは怪訝そうな顔をする。
「私は、あるかも分からない先の事を考えてご自分を慰めるのではなく、今の事を考えて頂きたいのです」
 ゼスタの眉がピクリと揺れ、視線が厳しくなる。
 ユニコルノは、彼をじっと見続けた。
 ゼスタは、寂しさでアレナを求めているのだろうか?
 それとも、別の理由だろうか。
 誰かと似ている気がする。アレナとも少し似ている気がする。
「寿命がないからといって、十年先、百年先……ずっと何事もなく生きているとは限りません。
 明日、突然アレナさんは死んでしまうかも知れない。復活も出来ないような状況で。
 その時、あなたは何も後悔せずにいられますか?」
「残念だけど、そうなっちまったら仕方がねぇだろ。後悔しないよう、そうならないように動くだけだ」
 それだけではない。
 彼は、アレナをずっと手に入れることが出来ないかもしれない。なぜなら――。
 機晶姫の老朽化を止める方法は、存在するから。
 ユニコルノが長く生きる手段は、生身の人間よりも、あるのだ。
「私がアレナさんとずっと一緒に生き続けたら……あなたは私を殺しますか?」
「俺がお前を殺す? あー、早川やお前には、あっちの仕事を手伝ってもらったことがあるからな、そんなイメージがあるのか……。
 俺は自分にとって邪魔な者は殺すなんていう考え、持ち合わせてないぞ」
 彼が担っている裏の仕事はほぼ、彼自身の意思による仕事ではなく。
 彼が手にかけてきたのは、主君にとって、シャンバラにとって、邪魔な存在。
「大体、女で機晶姫のお前は邪魔にさえならない。アレナは俺のモノにするけど、お前も俺のモノになればいい」
「?」
 今度はユニコルノが怪訝そうな顔をする。
「長くアレナを大切にして、楽しませてくれるんなら側にいてほしい。お前が側にいたら、彼女、眠るなんて言わないだろうしな」
 長く稼働していたいのなら、協力するぜと、ゼスタはユニコルノに言った。
(私のアレナさんへの気持ちと、ゼスタ様のアレナさんへの気持ちは……違う、のですね)
 少なくても、アレナに対してゼスタは『恋愛的な』感情を持っていないように感じた。
 愛情かどうかはよく分からないものの、深い執着心はあるようなのだが……。
 考えながら、しばらく沈黙した後。
「ご自分の心と向き合って。本当の想いをアレナさんに話して欲しいです。じっくり、時間をかけて考えてください」
(今を大切にして。自分を大切にしてあげて)
 そう願いながら。
 ユニコルノはぺこりと一礼して、その場を後にした。

○     ○     ○


 夕食後の自由時間。
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)は、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)を誘って、訓練場として使われている部屋を訪れていた。
 舞香の「食後の運動に組み手、付き合わない?」という誘いにイングリットは二つ返事で応じ、共に着替えて、この場へやってきた。
 舞香はチアリーディング練習用のシンプルなピンクのシャツに白のミニスカート。
「道着って暑苦しくってあんまり好きじゃないから、これで勘弁してね?
 本当はレオタードの方が体の動きやお肉の付き方が良く分かっていいんだけど、今回は男どもの目もあるしね……」
 舞香はふうとため息をつく。
「今回の合宿には不埒なことを考えている殿方はいませんわよ」
 イングリットは、学校指定の体操着姿だった。
「そうかしら? なんかギャラリーが増えてきたみたいだし」
 舞香たちの組手を見ようと、女生徒達がついてきていた。
 その中には、公務実践科に通っている男子の姿もある。
「ま、考えてもしょうがないわね。ルールはフルコンタクトでいいわよ。存分にかかってらっしゃい!」
「ええ、手加減無用ですわ!」
「両者向かい合って礼!」
 審判を務めるのは、白百合団への所属を希望している奏 美凜(そう・めいりん)
 舞香とイングリットは、礼をして構える。
「はじめるアル!」
 開始と同時に、2人は掛け声をあげて、互いに蹴りを相手に繰り出し、互いに腕で受ける。
「やーっ!」
「はっ!」
 舞香はスキルを駆使して、得意の足技や関節を極めながらの投げ技を試みる。
 イングリットは、舞香の投げ技を警戒して、近づきすぎず、蹴りと突きを混ぜた攻撃で攻めていた。
 ――そして互いに体が温まってきた頃に。
「そろそろ本気でいくわよ!」
「来なさい!」
 神速で速度を上げ、七曜拳のキック7連発をイングリットに叩き込む。
 イングリットは、攻撃を腕と脚で受け。最後の一発後、舞香が体勢を整えるより早く、回し蹴りを放つ。
 腰に強い衝撃を受け、倒れる――と見せかけ、舞香はイングリットに接近し、ジャンプ。
「とりゃああっ!」
 フランケンシュタイナーを試み、共に地面に倒れる。
 抑え込みに入ろうとしたが、イングリットが即座に足技で抵抗。舞香を弾き飛ばす。
「やるわね……」
 打たれた部分を押さえながら、舞香がよろよろと立ち上がる。
「舞香お姉さまこそ……豪快な技でしたわ」
 イングリットも、頭を振りながら起き上がる。
「そこまでアルね! 2人とお、お疲れ様ネ」
 美凜は、イングリットに近づいて肩を貸して立ち上がらせる。
「お疲れ様〜っ!」
 見学していた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)は、濡れタオルを手に舞香に近づいて渡して。
「ちょっとどきどきしたよっ。はい、どうぞ。冷たい飲み物も用意してあるよ」
 イングリットにもタオルを渡した。

 それから汗をぬぐい、足を投げ出して壁に腰かけながら、話をする。
「ところで…イングリットは、なんでそんなに強くなりたいの? 誰か守りたい人とか、いるの?」
「そういうわけではありませんわ。まだ明確な目標も、実はないんです」
 バリツが好きで、鍛えて、強くなることが純粋に楽しいのだ。
「あたしは、綾乃や百合園を守りたいっていうのが今のところの目的かしら……」
「わたくしも、百合園を守るために、この力を使っていきたいですわ」
「うん。ストイックに強さを求めるっていうのもありだと思うけど、強くなればなるほど、どんな場面になってもお互いに、その力の使い方を間違えないようにしたいわね」
「ええ」
 イングリットは、舞香の言葉に強く頷いた。
 舞香はスポーツドリンクを一口飲んで、ため息をつく。
「明日、瑠奈団長からどんな話をされるのか分からないけど……正直、あんまり良い予感がしないのよね。
 この先どんな事になるのか、ちょっぴり不安に思ってる部分もあるわ」
「良くも悪くも、私が白百合団員になってから、大きな戦いはありませんわよね」
「そうね。もし、新たな任務とかだったら、一度貴女と同じ班で活動してみたいわね。不良達も震え上がる最強の武闘派少女軍団、オニユリ部隊! なんてね☆」
「面白そうですわ。新たな団を結成しましょうか。鬼百合団とか。団長は神楽崎先輩で」
「おお、そうなるとどっちに所属するか迷うアルね。どっちでも構わないアルが」
「オニユリ団って……まいちゃんたら」
 舞香、イングリット、美凜、綾乃は顔を合せて笑い合う。
「さて、お風呂に入って汗ながしましょ☆」
 舞香はもう一度タオルで顔を拭くと、立ち上がった。
「ええ、早く休み、明日は早朝からまた稽古ですわ! お姉たちと磨き合えるこの機会、少しも無駄にしたくはありません」
 疲れ切っているはずなのに、イングリットの目はきらきら輝いていた。
 舞香はそんなイングリットを見て、くすっと笑みを浮かべながら。
 やっぱり何故か、不安を感じてしまうのだった。

 同じ部屋で、特殊班の特別訓練も行われていた。
 ただ、今日訪れた班員は小夜子だけだった。
 副団長のティリア・イリアーノが今日は休みにしましょうと皆に伝えてあったのだ。
「今日は神楽崎先輩も来てたし……疲れたでしょ? いいのよ、無理しなくても」
 訓練に訪れた小夜子心配して言うが、小夜子は首を横に振った。
「大丈夫です。昼間の訓練で自分の未熟さを再確認しましたので、体が覚えている今、トレーニングをしておきたいのです」
 決して無理はしませんと言い、小夜子はこまめに水分補給をしながら、トレーニングメニューをこなしていく。
(しかし、最近はどれだけ訓練や鍛錬に取り組んでも中々強くなりませんね)
 目隠しをしながらの、剣術訓練をしながら、小夜子は焦りをも感じていた。
 恋人に、今年の目標は強くなることだって話してある。
 彼女も自分の目標のに向かって頑張っているのだから……強くならねばと、小夜子は思う。
「私の位置がわかる? 向かってきなさい」
 ティリアの声が響く。
 目隠しで一切の光は瞳に届いてはこない。
 音と、気配を頼りに。
「そこです……!」
 小夜子は竹刀を振り下ろした。
「そのまま、打ち込んで」
「はい!」
 それから、2人の打ち合いが始まる。
 汗を流し、真剣に打ち合う少女達の姿に背を押されて、見学に訪れていた若者たちも次々に、自主練を始めていく。