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若者達の夏合宿

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 7日目、合宿最終日。
 白百合団の合宿最後のミーティングが始まる少し前。
「やれやれ、たまに訓練とかすると疲れるなぁ……」
 お風呂上り。タオルを首にかけた姿で、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が言うと。
「たまにというか、こういう訓練に出るのって、珍しすぎるだろ」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が不思議そうを通り越して、不審そうな顔で言う。
「いやいや、ボクだって白百合団に籍を置いているんだし、イコン班の話が出たらキミらだけでどーすんの? 機械オンチのリーブラを13に乗せるとでも?」
「楽しそうですわね。腕がなりますわ」
 サビクとリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がにこにこ笑みを浮かべる。
「い、いやうん。確かにイコン班の話になった時、サビクがいないと困る、か」
「……わかればよろしい」
 サビクが満足げに頷き、濡れた髪を拭きながらシリウスは考える……。
「っとに。一体なんだろうな。大切な話って」
「風見団長のお話……が気になっているのですか?」
 リーブラの問いに、シリウスは首を縦に振る。
 今日のミーティングの時に、団長の風見 瑠奈(かざみ・るな)から皆に大切な話があるそうなのだ。
「そういえばお付き合いをされている方が出来たとも聞きますけれど……これは関係ないですよね?」
「まさか、コーチのゼスタと付き合いだしたとか?」
「それはナイ。彼氏とのことは前々から結構噂になってるし」
「そうですわよね。あくまでお付き合いで、政略結婚といった話でもないですし。個人の色恋に口を出すのは……野暮、というものですわ」
 誰かを思い浮かべて、リーブラは軽く目を伏せた。
「ただ、ゼスタともちと怪しいんだよな。2人がなにか真剣な話をしている姿、見かけた団員が多いし」
 シリウス達は考えながら、部屋からミーティングルームへと向かう。
「つまり、大切な話とやらには、奴が絡んでるんだろうな」
「そう心配しなくてもいいと思うよ」
 眉を顰めるシリウスに、サビクはこう言った。。
「ボクは彼を信用できる善人とは思わないけど、彼の組織への忠誠だけは信頼できると断言する」
 さらにぼそっと、こう続けた。
「彼が白百合団を自分の組織と思ってるかは知らないけどね」
「う゛ーん。瑠奈を落として白百合団を乗っ取ろうと……んなこと考えてるわけねーか」
 ふうとシリウスは大きくため息をついた。
「ま、今は瑠奈ちゃんの話を聞いて……」
「瑠奈ちゃんじゃなくて、公の場ではちゃんと『風見団長』って呼べよ? 白百合団は軍隊じゃねーけど、組織の序列は意識して守らねぇとな」
「はいはい……じゃ、ボクは黙ってることにするよ。シリウスはちゃんと質問や意見言うように!」
「そうですね。まずは話を聞いて、風見団長が白百合団団長として何かをしようとしているのなら、わたくしたちは団員としてそれを支えてあげないと」
「おう、そうだな」
 頷いて、顔を前に向けたその時。
 瑠奈とパートナーのサーラ・マルデーラが部屋から出てきた。……その後ろから、ゼスタも。
(あー、やっぱ怪しいというか。気になるんだよな)
 シリウスの視線に気づいて、ゼスタがシリウスに目を向ける。
「なんだ、じろじろ見やがって。夜の稽古希望か? 今夜は空いてるぜ」
「ん? まあ、稽古つけてくれんなら、望むところだが」
 真顔でシリウスはそう答えた。
「そうか、じゃ、後で部屋で待ってるぜ」
 くくっと笑いながら、ゼスタは先にミーティングルームに向かっていく。
(あらまー、シリウスなんだか変な約束しちゃったけど、ま、いっか)
 サビクはゼスタの言葉の意味が分かっていたが、面白いので黙っておくことにした。
 ちなみに、シリウスが気付いたのはミーティングが終わった後だった。勿論ゼスタの部屋にはいかず、不貞寝した。
「あ、瑠……風見団長」
 ゼスタに続こうとする瑠奈を、シリウスが呼び止める。
「何を始めるかは知らないけど、みんなの前に団長がいるように、団長の後ろにもみんながいる」
 そうシリウスが微笑みかけると、瑠奈の顔にも笑みが浮かび、彼女は強く頷いた。
「だから、あまり一人で頑張りすぎるなよ、団長」
「ええ。後輩達を……子供達をまもるために、私頑張るわ。シリウスさんも皆さんも、これからもどうぞよろしくお願いします」
 笑みを浮かべて、瑠奈はシリウス達にお辞儀をした。
「……どうやら、きな臭い話じゃないみたいだな」
 シリウスはソウルヴィジュアライズをずっと発動していた。
 瑠奈の素直な感情は、爽やかな笑顔だった。

 ミーティングでは、今日一日の出来事、明日からの事、学園生活についての意見を交わして、相談し合った。
「訓練につきましては、本日で一通り終了いたしました。皆さん、それぞれ有益な時間を過ごされたかと思います。
 合同練習では、公務実践科の先輩方、他校生の皆さん、男子学生の皆さんから、多くのことを学びましたね。今後の学園生活、団活動に活かしていきましょう」
 副団長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)の言葉に、団員たちが「はい」と元気な声をあげる。
「残りの3日間は自由に過ごす事が出来ますが、羽目を外しすぎないようにご注意ください。また、最終日の夜には、桜井校長や、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様をお招きしたパーティが行われます。手配したスタッフにより準備が進められていますが、白百合団でお手伝いできることはしていきたいと思います」
 段取りについて、ロザリンドは和やかに話していく。
 最後の晩には正装をする必要のない、カジュアルでささやかなパーティが予定されている。
 合宿のメンバーだけではなく、訪れている一般客にも来てもらうと考えていた。
「そして、私からの提案といたしまして」
 ロザリンドは、時間を貰い、立ち上がって自らの提案を始める。
 提案とは勿論……。
 『白百合団パワードスーツ隊の結成案』だ。
「か弱い乙女に降り掛かる問題を払拭していくのも執行部の役割ですが、その執行部も私と同じくか弱い乙女達。ならばどうするか。
 そう、パワードスーツ。
 これの配備が重要だと思います!」
 写真を見せつつ、ロザリンドは熱弁する。
「セリナ副団長はもうパワードスーツと結婚しては?」
 ティリアがそんなことをぼそっと言った。
「イリアーノ副団長! 貴女にもパワードスーツは必要です。体型的にも、とっても似合うと思います。むしろ隊というより、全員、このパワードスーツで身を守るのがいいと思います!」
「セリナ副団長のお考えはわ、わかりました。とにかく座って」
 瑠奈が少々圧倒されながら、ロザリンドを座らせる。
「仰る通り、か弱い乙女に降り掛かる問題を払拭していくのも執行部の役割で、その執行部もロザリンドさんと同じくか弱い乙女達……ん? ロザリンドさんと同じ? ま、それはともかく」
 こほんと咳払いをして、瑠奈は皆を見回した。
「私から皆さんにお話したいことがあります」
 合宿前に瑠奈が言っていた『大切な話』のことだと気付き、団員達は瑠奈にまっすぐな目を向けた。
「私は、今の生徒会執行部を、三代目の私の代で終わりにしたいと思っています」
 その言葉に、皆の顔が驚きの表情に変わる。
「百合子様が白百合団を作られた時。パラミタの百合園女学院は、地球の有力者の気高き女性達に護られていました。
 百合園だけではなく、他校も契約者の生徒達による自治で学園は成り立っていました。私はそんな学園で、ラズィーヤ様と白百合会の先輩たちの保護の下で、成長してきました」
 子供達が校長となり、学園を運営していたのは、契約者が子供ばかりだったからだ。
 地球人は契約者となった子供達に希望を託し、パラミタに送った。
「ですが、今違います。白百合会は、地球の有力者の会ではなくなりました。より正常な、生徒達の会に変わりました。
 教師にも勝っていた、発言力も今は存在しません。
 なぜなら、かつて子供であった契約者達が成長し、教職員として勤められる方も増えましたから。そして、私ももう、子供ではありません。春に、日本人としての成人年齢に達しました」
 各学園の校長も、今はもう、ほとんどが『大人』の年齢に達している者が努めている。
 百合園の校長もそうだ。
 既に、生徒達による自治の時代は終わたのだ、と。瑠奈は語る。
「私達は子供のころから、友達や仲間を守るために頑張ってきました。時には校長や、世界を守るためにも……。でも、これからは、大人になった私たちが、子供達を守り、教えていくことができます」
 だから、生徒会執行部としての白百合団は自分の代で終わりにして。
 百合園の教師や、理事指揮による百合園の治安維持部隊の結成を望んでいると、瑠奈は言う。
「白百合団自体は、教官がつく程度で変わりはないだろう。ただ、在校生達の団とは違い、ヴァイシャリーに契約者を主とした、治安維持組織……要するに、警察組織をつくることを今、ヴァイシャリー家と検討中だ」
 口を挟んだのは、コーチのゼスタだった。
 白百合団は、警察組織の下部組織となるらしい。
 これが成されれば、これまで団には手を出せなかった分野――あくまで教官の指揮の下で、捜査権の行使等も可能になりそうだ。
「白百合団は軍隊じゃない。私達が力を用いるのは友達を守るため。大切なものを守るため。任務に徹する軍人じゃない。それだけは譲れない。
 だけど、百合園を卒業した後、後輩達のことや治安を守りたいと思ったら、軍に所属するしかない。軍人になったら、与えられた任務の遂行が最優先になってしまう。
 卒業した後、仕事をしながらも、治安維持に携わってもいいじゃない? そんな風に、多くの契約者が所属できる組織があったらいいなって、思ってる」
 ただ、少し話が大きくなりすぎて、自分も戸惑っているのだけれど、とも瑠奈は続けた。
「皆が大人達の保護のもとで安全に学園生活を楽しめるよう、私、頑張りたいの」
 未成年の団員に、瑠奈は優しい目を向けた。
「早ければ冬、遅くても来年の春には、私は引き継ぎを終わらせて、百合園を離れたいと思っています」
 自分が残っていたら、多分組織の改革の妨げになるから。
 完全に団長の権限を移行して、自分は一旦去ろうと。
 すべきことを行ってから、瑠奈は百合園を卒業しようと思っていた。
「んー、なるほど」
 シリウスは唸り声を上げる。
「警察の下の組織になったら、それなりの訓練が受けられたり、設備が使えたりするんだろうな」
 学生の白百合団員が警備の為に、授業や行事に出られない、などということもなくなるだろう。
「……ま、とにかく、きな臭い話じゃなくてよかったぜ」
 肩の力を抜き、シリウスは吐息をついた。

 報告が全て終わった後。
 団員達は自然にそれぞれ談笑を始めた。
「ところで」
 紅茶を一口飲んでから、ロザリンドは真面目な顔で言う。
「団長に恋人ができたという話を聞いたことがありますが。純粋異性交遊ですよね?」
「げふっ」
 瑠奈は紅茶を変なところにいれてしまい、ごほごほ咳き込む。
「それにしても何だか私も知ってる人のような気もしますが」
 噂になっているので、相手のことはもう分かっているが、ロザリンドは真面目な顔でわざとらしく尋ねていく。
「今はどんな感じなのですか? 団長は、ティリアさんとか、サーラさんとか、システィさんとかとも噂になったことありますよね……」
 副団長のティリアとも、パートナーのサーラとも、瑠奈はとても仲が良い。
 そして、システィ――システィ・ダルベルトというヴァイシャリーの名家の女性とも噂になったことがある。というより、システィが瑠奈に思いを寄せているようで、彼女が他の女の子達の瑠奈への恋愛的な接触を阻んでいるようでもあった。
 ただ、瑠奈は友達の事をとても大切にする娘だけれど、女性を恋愛対象とは見れないらしく、百合園の誰とも付き合ったことはなかった。
「ロザリンドさん、私のことよりロザリンドさんの恋のお話を聞かせてくれませんか? 先輩として、色々教えてください!」
「え……っ」
 赤い顔を向けながら、瑠奈はじーっとロザリンドを見る。
 ロザリンドは思わず視線を逸らす。
「今はどんな感じなんですか? 校長、と。純粋異性交遊ですよね? ええっと……付き合い始めてから、初キスまでどれくらい、でしたっ?」
「……団長、大事な提案があります」
 ロザリンドは突如、ばさっと書類を取り出してテーブルの上に置いた。
「パワードスーツ隊の企画書を冊子にしましたので、お目通しを! 団長のご提案、そしてこのパワードスーツ隊の結成、共に是非実現させましょう」
 そして瑠奈の手をとって、握手を交わし、強引に企画書を読ませたのだった。