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第1章 卒業式を終えて

 まだ寒さが残る晴れた日。
 春の花のつぼみが膨らんで、少しずつ、咲き始めた頃に。
 生徒達は旅立ちの時を迎えた。
 卒業式を終えた後、校門の傍に多くの生徒達が集まっていた。
「せんぱいは、空京大学にいくんですね……」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、百合園女学院の校門前で、友人達と共に、学院を後にしていく先輩達を見送っていた。
「いままでありがとうでした、これからせんぱいたちを目標にみんなで百合園でがんばりますです」
 お礼を言って、ぺこりと頭を下げると。
「ありがとう。百合園をよろしくお願いします」
 先輩達も深々とヴァーナー達在校生に頭を下げ、校舎にも礼をして少し寂しげな目で。
 それでも、進むべき道を真っ直ぐ見て、去っていく。
「寂しい……ですわね」
 ヴァーナーに声をかけてきたのは、隣で見送りをしていたイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)だった。
「強くて、気高く美しいお姉様たちが去られた百合園を、わたくしたちが守り、引き継いでいくのですね。……出来るで、しょうか……」
 イングリットは去っていく先輩達の後ろ姿を見ながら、不安を覚えていた。
「そうですね。でも、ふあんなのは、せんぱいたちもなんです」
 寂しい気持ちをぐっとこらえながら、ヴァーナーは知り合いの先輩の傍に近づいて。
「おわかれのあいさつでハグしてもいいです?」
 と笑顔で尋ねる。
「うん、いままでありがとう。これからも、学院と皆をよろしくね」
 先輩が腕を開き。
「はい、がんばるですよ!」
 言いながら、ヴァーナーは先輩の胸の中に飛び込んだ。
 ぎゅっとハグをして。
 それから少しだけ寂しそうに。だけれど、笑顔で別れて、ヴァーナー達、在校生は卒業生のお姉様達を送り出していく。
「お姉様達が、新たな道を安心して歩けますよう、わたくし達、頑張ります……!」
 イングリットは少し涙を浮かべながら。
「おねえちゃんもがんばってくださいです、応援してますです!」
 ヴァーナーは笑顔で。
「卒業だけど、おわかれじゃないんです。またあつまってたくさんはなしをするですよ〜」
 手を振って、大好きな百合園の先輩達を見送った。

○     ○     ○


「総長ォ、カラオケ行きやしょーぜ、カラオケ! 合コンでパラミタ国歌熱唱じゃー! ヒャッハー! うぐえっ」
「パラミタは国家じゃない」
 低い女性の声が響いたかと思うと、発言したモヒカンは後方へぽーんとはじけ飛んだ。
「いやーはは……お見苦しい所をお見せしまして……」
 モヒカンパラ実生を払い飛ばした伏見 明子(ふしみ・めいこ)が、ぽりぽり頭を掻きながら、若葉分校の総長――神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に近づく。
 友人と新生活のための買い物をしている優子の後を、ぞろぞろとモヒカン男子がついてきているのだ。
 そのため、優子は何処か落ち着かない、緊張した面持ちだった。
「ゆっくり買い物が出来ないんだけど……」
 明子にそう小声で言うと、明子は苦笑しながら事情を話す。
「いや、この間のパーティで、機会があったら百合園生がいるとこに連れてくって約束しちゃって。ご迷惑はかけませんから」
 そう言うと、明子はくるりと振り向いて、モヒカン分校生達に微笑みを浮かべながら、目を光らせて言う。
「……良いわねアンタ達。総長と私の面子が掛かってると思え」
「そうちょーはともかく、むり子の面子ぅ?」
 ブーブー言い始めるモヒカン野郎を前に、明子はそっと右拳を上げて左の手で優しく撫でた。
「あんまり粗相したらニルヴァーナまで殴り飛ばすからそう思いなさい。
…返事は?」

 ごくりと唾を飲む音が響き、モヒカン分校生達はびくりと震えて足を後ろに引いた。
「う、ういーす」
 そんな声が響くが。
 しばらくすると……。
「コイツ、やりかねねぇぜ」
「くそう、むり子抜きでって約束すりゃーよかったのによ」
 そんなボソボソ声が明子の耳にも入る。
 苦笑しつつ、ため息をついて。
 いつでも殴り飛ばせるよう拳を握りしめながら、明子は優子と並んで歩き出す。
「パラ実だと卒業って印象ないからなー。考えてみたら、私も高校出る年なのよね」
「そっか。百合園を辞めずにいたのなら、百合園の卒業生だったのにな」
 明子は優子の言葉に頷いて。
 モヒカンパラ実生、それから卒業式を終えたばかりの百合園生を感慨深げに眺める。
「パラ実は大好きだけど、こういうの見てると普通の学校もいいな、って思うわけね」
「うん、パラ実は学校らしくないからな。百合園を卒業してからの所属でもよかったんじゃないか?」
 事件が何も起こらなくて。パラミタが平和だったら、そうしていたかも。
 そう答えた後で、明子は優子に訊いてみる。
「……ねえ、神楽崎さん。もしも、だけど。私がずーっと百合園に残ってたら、今頃何してたかなあ」
「……」
 明子に目を向けて、少し考えた後。
 優子は笑みを浮かべながら、こう言った。
「前言撤回。キミは卒業してなかったと思う。留学生としてエリュシオンに乗り込んで行って、あっちで龍騎士相手に暴れてそうだ」
「そ、そうかな。うーん、否定できないところが悔しいというか〜」
 言って、明子と優子は笑い合った。
「よぉし、総長の荷物持ちはむり子にやらせといて、俺らはカラオケ行こうぜ〜」
 そんな風に優子の友人をナンパしだしたモヒカン分校生に、明子と優子は揃ってにっこり、箔のある笑みを向けた。
「な、なーんて冗談に決まってるだろ! に、荷物持たせてくだせぇ、総長!」
「むり子にも持たせてやってくだせぇ、凶悪な両手塞いでやってくだせぇ!」
「アンタ達は、まったく……何を言ってるんだか」
 しょうがない奴らだな。だから、面白い。
 彼らと共に笑いながら、明子は優子の買い物のお供をするのだった。

○     ○     ○


「卒業……俺もそろそろだよな」
 ヴァイシャリーの喫茶店で、コーヒーをかき混ぜながら匿名 某(とくな・なにがし)が呟いた。
「進学か就職か。悩むところだなぁ……俺も早めに決めちゃわないとだな」
「お2人は、学校を卒業した後も同じ仕事に就かれるのですか?」
 ティーカップを手に、そう問いかけてきたのはアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)だ。
 某は今日、アレナの卒業祝いに、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)と共に駆け付けたのだ。
「それもまだ決めてないな」
「だよな」
 某はため息をつき、康之は笑みを浮かべる。
「アレナこれ、プレゼントだ!」
 康之は茶を飲む前に、袋の中から贈り物を取り出して、アレナへと差し出した。
「ちょっと人の手借りて作った、アレナと優子さんの【お人形】」
 それから、スイートピーの花束も一緒に差し出す。
「卒業祝いってやつだ」
「ありがとうございます……っ」
 お人形と花束をアレナは嬉しそうに受け取って。
「新しいお部屋を囲むように、お人形や写真、飾っておきます」
 アレナは特に、優子の人形を嬉しそうに見ていた。
 それから康之に目を向けて。
「康之さん、今日はいつもと違う格好ですね。そういうのも似合ってます」
「そうか? それはよかった!」
 アレナの卒業祝いということで、康之はめかしこんでいる。
 普段はしない眼鏡をしたり……でも、レンズは入っていない。
 何故か某が『お前は伊達メガネだろうとまともに装着するな』と反対するから。
「にしても卒業かぁ……俺の頃は第二ボタンを交換するみたいな事が流行ってたけど、アレナは誰かに何かあげるのか?」
 康之の問いかけに、アレナは笑みを浮かべてこう答える。
「はい! 若葉分校の方で、百合園に進学する人がいるそうなので、その人に制服全部あげることにしましたっ」
「……制服かぁ。そいつはいいな! 自分が着てた制服を他の誰かが着て、自分の代わりに色んな思い出を経験してくれる。そう考えるとすげぇ楽しく思えてくるぜ!」
「そうですね、そう考えると、もっと嬉しくなってきました……! 洗濯しないで送ってくれっていうんですけれど、それはきっと、私の思い出とか。経験が染み込んでるものが欲しいってことなんですね?
 アレナが小首をかしげた。
「そうなのかもな!」
 笑顔で康之はそう答えたが、某は「ん?」と眉をひそめた。
(あれぇ、女ってそういうの結構気にする類だと思ってたけど、その子はそういうの無頓着なタイプなのか。まああそこはパラ実生もいるらしいからわからなくもないが……。いやけど面識あってある程度知り合いっていうなら話は別だけど、それほど親しい間柄でもない相手からってなったら、やっぱりどうよ)
 腕を組み、1人某は黙々と考える。
( ……もしかしてその子、アレな類の人? こう、お姉様の服〜って喜ぶ、聖母様が見てる的な。それともいつぞやの商会の残党? けどメンバーに女はいなかったって話だし……って、俺内心でツッコミしすぎじゃね?)
 大きくため息をついた後で。
「どちらにしても、洗って渡した方がいいと思うぞ。制服って自宅じゃ洗い難いからな、クリーニング代を気にして遠慮してるんだろ……普通なら」
「そうですね……」
「そう、ほら、例えばハンカチとか借りたら洗って返すだろ? 状況とか違うけど根本的にはあれと同じなんだよ」
「はい、解りました。お洗濯してから送ります」
「直接取りに来ないのか?」
 某の問いにアレナはこくりと首を縦に振る。
「若葉分校の生徒会宛てに送ってって言われました」
 某はますます怪しい、やめさせるべきではないかと考え込む。
「そうか、入学式の写真送ってもらえよな。どんな子が着るのか興味あるしな!」
 康之がそう言うと、アレナは笑顔で「はいっ」と元気に返事をする。
 純粋に、制服を使ってもらうことが嬉しいようだ。
 そんな彼女を見ていると、怪しいだとか、やめろとは言えない。
 某はもやもやしながらも、感情を伏せておくことにした。
「スペシャルケーキでございます」
 小さなホールのケーキが運ばれてくる。
 季節の果物を沢山使った、可愛らしくて明るいケーキだった。
「おっと、こいつを言うのを忘れちゃいけなかった」
 取り分ける前に、康之は満面の笑みをアレナに向けて。
「アレナ、卒業おめでとう!」
 アレナもふわっと微笑みを浮かべて答える。
「ありがとうございます……!」
 それから3人で、ささやかな卒業祝いパーティを行うのだった。