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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

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董卓城前の戦い


「全て焼き払えー!」
 という周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)の指揮に合わせて、配下五千人とさらにヒロイックアサルトにより出現した幻影兵の大軍が、董卓城前で乙軍を迎え撃つモヒカン・ゴブリン勢へ一斉に火矢を放つ。
 雨のように降る火矢に、ある者は服に火がついて慌てて叩いて火を消し、ある者は武器で火矢を切り、ある者はそんなものは見えていないとばかりに前進する。
 そうして突き進んできた董卓軍の兵達を、馬を駆り颯爽と現れたギルガメシュ・ウルク(ぎるがめしゅ・うるく)率いる二万が受けて立つ。
 二人は途中から孫権軍に合流していた。
 ある程度敵勢の勢いが衰えると、ギルガメシュが契約者のエル・ウィンド(える・うぃんど)が誅殺槍の力より得た特殊な光を浴びたことで手に入れた『王の威厳』で屈服させ、自軍に吸収していった。
 それでも。
「これでは切がないですね……」
 何より董卓側にはまだまだ兵数に余裕がありそうだが、乙軍はこれまで受けた攻撃によりかなり減っている。休憩をとる暇もなかった。
 どこかで一息入れたかった。
 頭上を周瑜隊の放った火矢が再度越えていくのを視界の端に捉えた時、同時に何か妙なものも捉えた。
「あれは……弁当屋!?」
 戦闘の被害の及ばない辺りに、『弁当屋菊』の幟(のぼり)を立てた弁当屋の販売を行っていた。店主は幟の字の通り──いや、弁天屋 菊(べんてんや・きく)である。
「ギルガメシュ殿! 何で弁当屋があるのですか!?」
「私に聞かれても困ります!」
 後方からの焦りの混じった周瑜の声に、ギルガメシュも似たような調子で答える。
 その答えを知っているのは菊だけだ。

「腹が減っては戦はできぬと言うだろ」
「菊、誰に向かって言ってんだ?」
「いや別に」
 野菜を茹でているガガ・ギギ(がが・ぎぎ)に問われた菊は、ごまかし笑いをしながら手早く弁当用パックに盛り付けていく。
 と、そこに数人の乙軍兵がやってきた。どこの隊の者かはわからないが、ずっと戦い続けてきたであろう証拠に、あちこち擦り傷だらけだった。しかし彼は元気に注文する。
「弁当一つくれ!」
「あいよ! はい、これ食ってまたがんばりな!」
「サンキュ」
「俺にも一つ!」
「十個頼まれた……パシリで悪かったなっ」
 わいわいとあっという間に人だかりになった。
 乙軍兵も董卓軍の兵もいたが、混んでいるため菊はそれぞれに配るのに精一杯で、相手を選んでいる暇などなかった。
「あたしもほしいにゃ」
「はいよ! あれ、ななこじゃん。まいどっ」
「えへへ。はい、代金」
 てっきり劉備と牙攻裏塞島の守備についていると思っていた八月十五日 ななこ(なかあき・ななこ)の登場に、菊は一瞬目を丸くしたがすぐに笑顔になって弁当を手渡す。
「腹ごしらえしたら大暴れかい?」
「実はね、まじかるめいど☆にゃにゃこちゃんに変身しようとしたんだけど、SPが足りなかったんだぁ」
 ほにゃっ、と照れたように笑うななこ。
 がんばるギルガメシュや周瑜に続いて、超強力なお団子ミサイルで敵を一掃しようと、ななこは「みらくるまじかるパラ実ヒャッハー」と、仕込み竹箒をクルクル回して変身呪文を唱えたのだ。
 しかし、SPが1ポイント足りなかったために変身はできなかった。
 身構えていた敵勢は呆気に取られた後、物凄い形相でななこを追いかけてきた。
 それらを撒いて、ここにたどり着いたのだ。
 慰めたらいいのか笑い飛ばしたらいいのか、菊は悩んだ末、何も言わずにななこの肩を叩いたのだった。
 その横で野菜を茹で終え、いつでも盛り付けられるようにしたガガは、客の中に時折見かけるドラゴニュートを手招きしては、腕に何やら怪しげな紋章を刻んでいた。
 弁当屋の出現に自然と戦闘は一時中断の流れになったかと思われたが。
 弁当を開き、一気にかき込んだ彼らに異変が起こった。

「うーまーいーぞー!」
「グオォォォォオッ!」

 異口同音に空に向けて吼え、爆音と共に巨大化する人間達。
 同じく異口同音に空に向けて吼え、爆音と共にドラゴンになるドラゴニュート達。
「巨大化するほどうまかったか。弁当屋冥利に尽きるよ、ウンウン」
「ガガもいつかはあのように……」
 自分達で仕掛けたくせに人事のように言う菊とガガであった。
 その菊がふと気づく。
「卑弥呼はどこへ行った?」
「そういえば姿が見えないな。どうりで静かだと思ったよ」
 恐山で契約した英霊親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)とは、あれからずっと共に行動していたのだが、今日にかぎって行方不明だ。
 弁当屋の近辺にその姿は見当たらない。
 行きそうなところはどこかと菊が考えを巡らせた時、ある人物の顔が浮かんだ。
「まさか……」
 視線を向けた先は董卓城だった。

 菊の懸念もよそに、弁当ムードに和みかけた戦場は和む間もなく再び怒号に包まれた。
 同じく巨大化したななこは、これで思いっ切り暴れられると喜んでいた。
 手始めに竹箒で普通サイズの董卓兵達を、枯れ葉を掃くようにサッサッと手際よく掃いていく。
「いい感じにゃ!」
 誅殺槍の力欲しさに配下一万人とさよならしたというのに失敗に終わった時は酷く落胆したものだが、菊の弁当の効果で再び希望が出た。
「菊、ありがとうにゃのー!」
 弁当屋のほうへ元気にお礼を言って箒を振り回した時、背後からななこに襲い掛かろうとしていた巨大化董卓兵の顔面に柄の先がめり込んだ。
 地響きを立てて倒れる彼に、普通サイズの敵味方が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 何が起こったのかとっさに理解できず、きょとんとするななこ。
 運も味方して絶好調だった。