リアクション
参道の戦況は突破まであと少し、という知らせが入ったため董卓側は兵を増派することにした。
もともといた董卓軍のモヒカンやゴブリンに加え、こちら側にはミツエに反意を抱く者も多く流れてきていた。
ソン・ゴクウと名乗るサルのゆる族と幻 奘(げん・じょう)もそれに含まれる。
牙攻裏塞島戦で権造側にスパイとして潜入していた玄奘だが、まだ誰にも見咎められていない。うまく群集に埋没していた。
ゴクウは文化祭にも参加していて、今回の戦いも開戦直前まで乙陣にて抜け出す機会を伺っていたため、ある程度の内情を把握していた。
ガイアのレールガンに恐れをなし、逃げ出した者や生徒会に従うため離反する機会を狙っている者が数多くいること。
表には出さないが建国宣言の内容に不満を抱いている者が多数いることなどだ。
それを董卓とメニエス・レインに伝えた。
参道突破を図るモヒカンとゴブリン兵の大軍に加え、朝野未沙の戦車隊でさらに囲むようにしたのはゴクウの「一気に畳み込むのが良い」という一言によった。
さすがに乙軍がすぐにぺしゃんこになることはなかったが、誅殺槍の力を利用していても董卓側に有利に進んでいた。マルコの偽情報による兵の動揺や初戦の消極さも原因の一つだろう。
だが、本当に全ての兵を投入したわけではなかった。
メニエスは慎重にも充分な余力を残しておいた。
そして今、乙軍にとどめを刺すため追加兵を送り出そうとしていた。
ゴクウと玄奘も引き連れてきた配下兵と共に出陣である。
参道へ向かってぞろぞろと歩いている時、玄奘の近くにいたモヒカンがいかにも不審者を見るような目つきで玄奘を見下ろして言った。
「お前……どっかで見た顔だな……」
「まあ、よくある顔アルな」
シレッと返した玄奘だったが、直後モヒカンが「あーっ!」と叫んだ。
「お前は裏切り者の……!」
聞き捨てならない叫びに周囲が視線を寄こし出すと、ゴクウも驚きのポーズを示した。
「何だって!? こやつ、拙者と意志を同じくする者と思って共にここに来たでござるよ!」
「お前、騙されたんだよ。知らずにいたらいつの間にか乙軍として戦わされてたぜ」
「おぬしが気づいてくれて良かったでござる」
「感謝しろよ。……さぁて、このスパイはどうしてくれようか」
「ふん捕まえて董卓の前に突き出してやろうぜ!」
別の誰かが言った。
「むむ。バレては仕方ないアル。逃げるアルよー!」
玄奘は光学迷彩で姿をくらまし、兵の足を踏んだり引っ掛けたりしながら軍から抜け出した。
そんな騒ぎはあったものの、第二軍はここも戦闘状態の戦車隊をよけて通り過ぎ参道守備の最前線で踏ん張っている張飛や彼を援護している月島悠と麻上翼の隊を蹴散らすため進軍した。
戦場の空気が肌で感じられるくらいの距離になると、モヒカン達は血が騒ぐのか落ち着かなくなってきた。今すぐにでも走り出して暴れたいのだろう。
軍団長が突撃の合図をしたことで、ゴクウ達は雄叫びをあげて突進する。
ゴクウは軍の後方にいた。
そして、第二軍の先頭が張飛隊との戦いに参加した瞬間、
「かかれーっ!」
と、ハーフムーンロッドを掲げた。
玄奘配下の兵も預かったゴクウ隊一万五千は、なんと第二軍に向かって攻撃を始めた。
「何だ!? 何が起こった!」
突然後方で起こった戦闘に前のほうにいた軍団長が驚いて振り返る。
そこに稲妻が落ちた。
軍団長が戦闘不能になったため、彼のもとに動いていた隊は混乱してしまった。
「拙者のことをお忘れでござったな! 張飛殿を助けるでござるよ!」
サルの着ぐるみを脱ぎ捨てた風間 光太郎(かざま・こうたろう)が続けて雷術を放った。
敵兵増派の知らせに戦慄を覚えた悠だったが、いきなり起こった敵後方の反乱に安堵した。
「サルが加勢に来たアル。戦車隊も乙ががんばってるアルよ」
突如、ヌッと横に現れた玄奘に悠はもう少しで誤って銃で撃ってしまうところだった。
「そうか。ならば、やるしかないな」
不敵な笑みを浮かべた悠は、ガトリング砲と機関銃を操る手にいっそう力を込めた。
卍卍卍
戦場を見下ろせる小高い岩山に、たくさんのコウモリが集まってきた。それらは一点に集中し、たちまち人の身長ほどの黒い柱のようになる。そして次には、ピンク色の髪をゆるく三つ編みにした女になっていた。
彼女は小さく一息つくと、突き出した岩に繋いでおいた馬の背に括りつけた荷袋の中から『MATH NOTE』と題されたノートを取り出した。
そして、たくさんのこうもりとなって聞いてきた名前を書き込んでいく。
どれくらいその作業を続けていたか、
ドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)は静かにノートを閉じた。
そして、憂いに満ちた目で戦場を眺める。
「誰もが平和を求め、帰る家を欲している。そのために血みどろになって戦争をするこの矛盾。私も……」
ドルチェも多くの人々と同じように、争いも支配もない平和な世界を欲している。
「ミツエを放っておけば、支配の世界ができてしまうかもしれない」
そのために戦うことの矛盾も身に染みてわかっていた。
風間光太郎により混戦状態から乙軍有利に運びかけた戦場を、ドルチェは単騎で駆け抜ける。駆け抜け様、B5サイズの紙をばら撒いた。
参道を抜け、レールガンで乗り込んできたゴブリンと戦っている戦地を抜け、城壁付近に着いた頃には、抱えていた紙束は全てなくなっていた。
卍卍卍
風に舞い上げられた紙切れを、姫宮和希の上着のポケットから顔を出していた横山ミツエが掴み取る。
「何なのこれ……こっ、これはっ!?」
カッと目を見開いたミツエの手元を覗き込んだのは、同じポケットに収まっていた桐生ひなと伊達恭之郎だった。
二人ともミツエと同じ表情になっている。
「何だよ。俺達押してるんだ、出陣のチャンスを逃すわけにいかねぇんだぜ。レールガンも打ち止めみてぇだってのに……」
文句を言いながらも宙を舞う紙片を捕まえる和希。今の和希の手には小さすぎて、手の中でクシャッと握りつぶされたが、慎重に開けば破けることもないだろう。
そして、やはり和希も目を見開いて紙面を凝視する。
「この数式は──いまだ解の出ていない数学狂いの最後の壁!」
「何でこんなものがここにあるのよっ」
「でもそれよりも、この問題を解きたくてたまりません……!」
「オレ、こんなに数学に熱中したの初めてかも! ああっ、筆記用具も電卓もないっ。頭の中だけで計算しろって!? 意地悪!」
上から和希、ミツエ、ひな、恭之郎である。
何故か四人は唐突に数学が好きになり、唐突に降ってきたこの問題に意識を奪われた。戦況の把握など二の次、いやどうでもいい。
この現象は参道や戦車隊でも起こっていた。それも乙軍側にだけ。
そのため、一気に形勢が逆転する。