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リアクション
第4章 守りたいもの
その日の夕暮れまでに、教導団側は飛龍のおよそ半数と、高速飛空艇2機を撃墜した。搭乗者は全員が墜死あるいは自死しており、敵兵を捕らえて情報を得ることは出来なかった。
日没と共に、飛龍はいったん本校の上空から去った。視界の確保が難しい、夜間の戦闘を嫌ったのだろう。
しかし、地上部隊は夜になっても進むのを止める気配がなく、ひたひたと、本校の防壁に迫っていた。おそらく、夜明けと共に総攻撃が開始されるだろう。
「むぅ……ほ、掘れない……?」
イルミンスール魔法学校のレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、防壁の外で眉を寄せて地面を見ていた。正確に言えば、地面の上をガサガサと這い回っているスナジゴクを、である。
レンは、自分のビーストマスター能力を生かして、スナジゴクに大きな落とし穴を掘らせようと考えた。だが、もともと砂漠に生息するスナジゴクには、岩場のところどころ低木の茂みがある本校周辺の地面は、掘るには硬すぎた。一生懸命礫を飛ばして地面にもぐろうとしているのだが、体の下の地面がわずかに窪んでいるだけだ。
「おーい、そろそろ門を閉鎖するそうだぞ」
探照灯でレンの居る場所を照らしてくれていた、同じイルミンスール魔法学校の瓜生 コウ(うりゅう・こう)が防壁の上から声をかける。
「閉鎖したら敵を撃退するまで開けないから、校内に戻るつもりなら入って来いってさ」
「……しょうがないな」
レンはまだじたばたしているスナジゴクを見て呟くと、コウを見上げて答えた。
「わかった。今戻る」
そして、スナジゴクを連れて、ようやく人一人通れる幅に開けられた門をくぐった。門の内側には夜の闇に溶けるダークグリーンのカモフラージュネットが垂らされて、姿を隠した敵の進入を察知できるようにしてあり、銃を持った教導団の生徒が左右を固めている。
「無理言って開けてもらったのに、役に立てなくて悪かったな」
軽く肩を竦めて立哨の生徒に謝り、レンは防壁の上に登った。レンのように本校に来たばかりの他校生は、ほとんどが防壁の上か、周辺での警戒に当たらされている。
「今回も入れてもらえなかったか……」
その一人である蒼空学園の朝野 未沙(あさの・みさ)は、がっかりした様子でため息をついていた。
「ネージュさんのボディガードだけじゃなくて、技術的な役にも立ってお得だと思うんだけどなぁ……」
「おお、お嬢ちゃんたちも入れてもらえなかったクチか?」
ぶつぶつ言っている声を聞きとがめて、同じ蒼空学園の大野木 市井(おおのぎ・いちい)が声をかけて来た。
「そうなのよ。ネージュさんたちは技術科の研究棟で、教導団の生徒たちに守られてるから、防壁警備に回って欲しいって言われちゃって」
未沙は唇を尖らせた。
「何でいっつも排除されちゃうのかなあ。機晶姫が危険な目に遭いそうなら守りたい!とか、どんな機晶姫も修理できるようになりたい!とか、こんなに情熱はあるのに」
夜明けの空を見上げて、未沙は拳を握り締める。教導団側としては、他校生である未沙の個人的な情熱など知ったことか、と言うよりむしろ警戒すべきものなのだが、未沙はいまだに気付かないようだ。未沙が教導団に転校して、その情熱を教導団のために役立てると言うのなら、また話は別なのだろうが……。
「今回も広い場所で戦うことになって、ちょっと不安なの。また避けられたらどうしようなの……」
その横で、パートナーの機晶姫朝野 未羅(あさの・みら)が困り顔で言う。
「それにしても、ネージュさんが心配だわ。衛生科だって言うから、自分も治療に行く!って出てきちゃいそうな気がするんだけど」
未沙は校内を振り返った。
「ネージュさんは、ずっと技術科研究棟の中に居るそうですぅ。教導団の人たちが、出ないようにちゃんと言ってくれてるそうですから、そこは心配しなくていいと思うですぅ」
もう一人のパートナー、朝野 未那(あさの・みな)が言った。
「ふぅん。まだ会ったことないけど、おとなしい人なのかな?」
未沙が首を傾げたその時、けたたましいサイレンが鳴り渡った。
「……来たの!」
未羅が叫んだ。
夜明けの薄明かりの中、防壁の外に広がる、ところどころに岩がむき出しになった草と低木に覆われた斜面の向こうに、蛮族たちの姿がはっきりと見て取れた。
「今コーヒーを貰ったばっかりだって言うのに!」
瓜生 コウ(うりゅう・こう)が、片手にコーヒーの入ったアルミカップ、片手にチーズ入りのマントウを持って文句を言った。軍用レーションのコーヒーと言えば美味しくないものと相場が決まっていると思っていたが、教導団は給養部隊がここぞとばかりにプライドを発揮して、夜間の歩哨にもそこそこ飲める飲み物と、暖かい点心が提供されている。口にしないまま冷えるにまかせるのは惜しいので、コウはまだ熱いコーヒーを慌てて喉に流し込み、マントウを口にくわえて、肩にかけていたスナイパーライフルを下ろした。そのまま防壁のへりに隠れるように身をかがめ、ライフルを構える。
「ここには、絶対近付けないの!」
未羅もミサイルポッドを敵に向け、発射の機会をうかがう。
防壁の上は、人が通れるように作ってあるが、四輪の車両が通行することは出来ない。そもそも、車で上がることを考慮していなかったので、そのための通路もつけていない。『光龍』参号機で蛮族の迎撃を行う金住 健勝(かなずみ・けんしょう)は、防壁の後方に鉄骨を組んだ台を作ってもらい、そこに昇ることになった。
「よ、よろしくお願いするであります!」
砲手を務めてくれることになった機甲科のグロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)と、そのパートナーで運転手をしてくれるレイラ・リンジー(れいら・りんじー)に、緊張した表情で健勝は言う。
「対空防御じゃなく、蛮族を標的にするんですね?」
砲身を下方に向けながら、グロリアは健勝に確認する。
「はい。自分たちはあまり回数が撃てないので、接近戦になる前に、なるべく敵の数を減らすであります」
隣に座るパートナーのレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)の手をぎゅっと握り、健勝はうなずく。事ここに至っては、恥ずかしいの何のと言っている場合ではない。
「私のことなら大丈夫です。思いっきりやってください!」
レジーナは力強くうなずく。
「上空の警戒は任せてください!」
さしあたって手があいているレイラは、助手席に取り付けてある大型機銃を空に向けている。射撃武器を得意としてはいないが、敵の牽制くらいは出来るだろう。
「なるべく、敵が固まっている場所を狙って欲しいであります」
「了解です」
健勝に言われて、グロリアは敵が密集している場所を探す。
「……撃ッ!」
光の弾丸が、敵の足元を吹き飛ばす。もちろん、周辺の蛮族たちも一緒に吹き飛んで行く。
「なるほど、エネルギーの塊を打ち出しているのなら、特定の蛮族を狙うより、足元を崩して吹き飛ばした方が、戦果が上がるでありますね」
試作機の最初の実験で的がわりの築山を吹き飛ばしたことを、健勝は思い出す。
「ようし、敵との距離がまだあるうちにどんどん行くであります。いいでありますね、レジーナ」
「はいっ」
健勝の言葉に答え、レジーナは健勝と同じ方向……敵の方を見る。攻撃を受けた敵は足を速め、ばらばらと防壁に向かって突っ込んで来る。単に統率が取れていないだけのようにも見えるが、健勝たちとしては狙いがつけにくい。
「やれやれ、鏖殺寺院はよほど姫(カーラ)の冠にご執心とみえる」
激しい攻撃を受けてもいっこうに怯む様子のない蛮族たちを防壁の上から見下ろして、イルミンスール魔法学校のエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)は呟いた。エリオットはパートナーの剣の花嫁クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)、英霊アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)と共に防壁の外で敵を迎え撃つつもりだったが、門を完全に閉鎖してしまうと、危険な状況に陥った時に校内に戻るのが困難になるため、やむなく防壁の上での迎撃に切り替えている。
「今はどういう状況なんですか? 敵は大勢いるのかしら」
エリオットの声を聞いて、迦 陵(か・りょう)は、パートナーの英霊黄 忠(こう・ちゅう)、吸血鬼マリーウェザー・ジブリール(まりーうぇざー・じぶりーる)、魔道書禁書目録 インデックス(きんしょもくろく・いんでっくす)に尋ねた。陵は普段目を閉じて生活しているため、状況を見ることが出来ないのだ。
「『光龍』の攻撃を受けて少し減ったみたいだけど、まだまだ沢山いるわよ」
インデックスを抱えたマリーウェザーが答える。
「そろそろ出番のようだな」
忠がハンドガンを取り出す。
「頑張ってくださいね」
陵は今回は応援に徹するつもりのようだ。
「敵が射程に入った者から、攻撃開始だ!」
防壁の上の生徒たちをまとめる教官が指示をする。
「了解なの!」
朝野未羅が早速ミサイルを発射する。瓜生コウも、敵の集団に適当に狙いをつけて、引鉄を引く。
「接近戦になるまでは出番がねえな。とりあえず頼むぜ!」
大野木市井は、パートナーのマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)に向かって叫んだ。
「ずっと出番がないままだといいんですけどね。……どうにも数が多いですけど、やってみましょうか!」
マリオンは雷術で突出してきた敵を攻撃し、足止めにかかる。しかし、敵の一人を止めてもそれを乗り越えて別の蛮族が進んでくる。
「やはりこれだけ数が多いと、単体攻撃の魔法では止め切れませんか……。ならばこれはどうですかな?」
エリオットがアシッドミストとサンダーブラストを連続して放つ。しかしそこへ、上空から飛龍が攻撃してきた。
「祈る者とその守るべき者に加護を!」
アロンソが『ディフェンスシフト』を使いながら盾をかざし、仲間たちを銃弾から守る。
「ええい、目潰しっ!」
クローディアが『バニッシュ』を放った。そこへ、ヒポグリフ隊も駆けつける。最終的には『光龍』玖号機で防壁のすぐ内側にいたアクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)たちによって飛龍は撃墜された。
「負傷者居ませんかっ!?」
衛生科の夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)が、防壁の外側からは死角になる、見張り塔の影から皆に声をかけた。銃撃をよけ切れなかった生徒たちが何人か、彩蓮の方へ歩いて来るが、幸い今のところ、重傷者は居ないようだ。
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