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リアクション
ヒポグリフ隊と地上部隊との連携がおおむね上手く行き、教導団側は確実に敵飛行部隊の数を減らしつつあった。だが、教導団側も無傷というわけには行かなかった。青 野武(せい・やぶ)が乗っていた『光龍』拾弐号機が、技術科研究棟の近くで、高速飛行艇が落とした手榴弾を至近に受けて転倒、破損してしまったのだ。ただ転がっただけなら、パートナーの守護天使黒 金烏(こく・きんう)や英霊シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)、機晶姫「青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)と力をあわせれば元に戻せただろうが、運悪くタイヤのすぐ側で爆発したらしく、車輪が吹き飛んでしまったので、起こしても走ることが出来ない。しかも、転倒の際に体が離れてしまったので、《冠》に魔力を吸い取られ切って金烏は目を回している。
「砲が暴発しなかっただけマシではあるが、これは、まずいな……」
旋回して戻って来た高速飛空艇の機銃掃射を転倒した車体を盾にして避けながら、野武は呟いた。
「……こうなったら、最後の手段だ!」
野武は、金烏の頭から外した《冠》に雅刀を突き立てた。敵に奪われるよりは壊そうというのだ。だが、
「こ、壊れない……?」
野武のこめかみを、冷や汗が伝った。
「これ十八号、これを引っ張ってみたまえ。むにーっと」
「はい、お父さん」
ノニ・十八号は、渡された冠を両手に持って、輪ゴムを伸ばすように左右に引っ張った。爆炎波や轟雷閃を使って攻撃もさせてみたが、それでも棘ひとつ折れた様子がない。
「……壊れませんねえ。良かったじゃないですか、すっごく丈夫ですよ、これ」
「良くないわーっ!」
野武は叫ぶ。
「とにかく、《冠》と金烏殿を安全な場所に運ぶことが肝要でしょう」
シラノが冷静に指摘した。
「最悪、金烏は見捨てることになっても仕方がないが、《冠》だけは守り抜かねば!」
野武が悲壮な決意をしかかったその時、
「こっちへっ! 早くっ!」
琳 鳳明(りん・ほうめい)が校舎の陰から野武たちに向かって手招きをした。技術科の周辺を警備していた鳳明は、高速飛空艇が技術科研究棟に近付いていると聞いて駆けつけたのだ。
「しかし、機銃が!」
「何とかしてみる。信じて!」
鳳明の言葉に、野武はうなずいた。どのみち、そのままではジリ貧だ。
「十八号、金烏を背負え。シラノは盾を!」
「3カウントで飛び出して。いい? 3、2、1、ゼロ!」
鳳明のカウントで、野武たちは車体の陰から飛び出した。同時に、鳳明は機銃掃射の銃弾を遠当てで吹き飛ばす。その間に、野武たちはどうにか建物の影に転がり込んだ。
「高速飛空艇が入れないような建物の隙間を出来るだけ選んで、技術科研究棟へ行って」
「うむ」
盾を掲げたシラノを先頭に、野武たちは技術科研究棟へ向かう。それを見送って、鳳明はぺちぺちと頬を叩いた。
「強敵だけど……でも、頑張らなきゃ!」
そこへ、
「大丈夫っ!?」
校内を巡回していたシュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)とパートナーのゆる族クラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)が駆けつけた。
「大丈夫。だけど、あいつを何とかしたいの。手伝ってくれる?」
「わかったわ」
シュネーとクラウツは、高速飛空艇に向けて銃を構えた。
「遠当てで敵の体勢を崩すから、そうしたら銃を撃って。破ッ!」
かけ声と共に、鳳明は遠当てを放った。高速飛空艇が、煽られたように機首を上へ向ける。射線が外れたところを、シュネーとクラウツが胴体の下を狙って銃で撃つ。そして鳳明は、
「てええええええぃっ!」
『軽身功』を使って校舎の壁を斜めに駆け上がり、壁の最上部を蹴ってジャンプした。
「ふわああああ、凄いニャ!」
クラウツが一瞬、銃を撃つのも忘れてそれを見上げる。ジャンプした鳳明は精一杯槍型の光条兵器を伸ばしたが、わずかに高速飛行艇に届かなかった。高速飛空艇はさらに高度を取って飛び去って行く。
「さすがにそれは無茶だと思うわよー」
着地して息を切らしている鳳明を見て、シュネーが苦笑する。それからふっと表情を引き締めて、
「……この間と同じように、防空網をかいくぐって来る高速飛空艇が居るのね。気をつけなくちゃ」
と言った。鳳明も厳しい表情でうなずく。
「予備機がやられたか……よしっ、俺たちも出るぞ!」
校舎へ物資を搬入する搬入口の中に隠れていた『光龍』肆号機のデゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)は、パートナーの機晶姫ルケト・ツーレ(るけと・つーれ)、騎狼に乗った英霊ルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)とドラゴニュートクー・キューカー(くー・きゅーかー)、そして『光龍』の運転手と砲手を買って出てくれた砲兵科の生徒たちに言った。
「うううう……これ、かえって恥ずかしいよ……」
《冠》をつけたルケトは、真っ赤になって唸っていた。
「出来るだけ触らないようにしたいって言ったのは、そっちじゃねえか」
デゼルは『指きりげんまん』状態に小指を絡めた手を持ち上げて、ぶらぶら振ってみせた。
「だからやめろって……」
砲手の生徒が笑いを堪えているのを気にしながら、ルケトは小声で言う。しかし、今ここで手を離したら速攻で失神してしまうので、手をふりほどくことは出来ない。
「他にどうしろって言うんだよ、なあ?」
デゼルが、『光龍』の脇を騎狼に乗って進むルーに同意を求める。
「なあ?」
「クー?」
判っているのかいないのか、ルーとクーは首を傾げてルケトを見た。
「来ますよ!」
上空で、飛龍がヒポグリフを追いかけてこちらへ向かって来るのを見て、運転手の生徒が叫ぶ。
「充分引きつけてからな!」
「わかってます!」
デゼルの言葉に砲手が答える。その間に、ルケトはなるべく気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。
「こんかいのるーちゃん、おうじゃのふうかく!」
ルーが騎狼の背中で仁王立ちし、『適者生存』で飛龍を威圧する。クーはその後ろで、『光龍』に近寄る者がないか警戒している。
「……撃ッ!」
飛龍がルーを見て一瞬ひるんだのを見逃さず、砲手が号令をかけた。光の弾丸が、飛龍を吹き飛ばした。
「よーしよし、この調子で行こうぜ。あ、エネルギー切れたらさっさと撤退するからよろしくな!」
「了解です!」
デゼルが指示すると、運転手は手を挙げて答えた。
(もう、さっさとエネルギー切れてくれないかな……)
ルケトは切に心の中で祈る。
『光龍』拾弐号機が大破してしまった青 野武(せい・やぶ)たちが、技術科研究棟に戻って来た。
「《冠》を破壊しようとしましたが、歯が立たなかったので命からがら持ち帰りました……」
深手はないものの、あちこち傷を負った野武が、明花に《冠》を差し出す。明花が驚いた様子もなくそれを受け取った。
「まあ、そんなこともあるかも知れないとは思っていたのだけど。今からもう一台『光龍』を作る余裕はないし……仕方がないわね、これはここで保管します」
それを見て、パートナーの吸血鬼アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)と英霊ロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)を防壁での警戒に当たらせて、自分は『外部との連絡役』と称して相変わらず明花の側をうろうろしていたミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は思わず目を見開いた。
(《冠》が奪取されたら、自爆装置を許可しなかった楊教官の失点として報告するつもりだったが、まさか、壊れないことを予測していたのか?)
「《黒き姫》が封印されたのは、物理的に破壊ですることがきなかったからではないか……という予測はしていましたからね」
太乙がミヒャエルに言った。ミヒャエルはぎょっとして太乙を見た。
「もちろん、量産型機晶姫に《工場》を守らせるために、残してあった可能性もあります。ですが、《冠》は《黒き姫》の封印を解くための、言わばキーアイテムです。たとえ《工場》を守るためとはいえ、残しておくのは少々危険なのではないか、ならばなぜ、《冠》はそのまま残っていたのか。……そう考えると、そのような推測は決して突拍子もないものではないでしょう?」
「なるほど……」
ミヒャエルは唸った。一方、野武たちは救急キットを持ってきたネージュの治療を受けていた。
「あの、外の様子はどうなんでしょうか?」
手当てを手伝いながら、楓が心配そうに野武に尋ねる。
「うむ、我々は残念ながら撃破されてしまったが、おおむね善戦しておる」
野武がうなずくと、楓はほっとした表情を見せた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「こーわーいーってばーっ! もうやだっ、帰るーっ! ねえミュー、帰ろう!」
ヒポグリフに乗った百合園女学院の機晶姫バニラ・バージェヴィン(ばにら・ばーじぇう゛ぃん)は、そんな戦場の中で涙目で悲鳴を上げていた。今後の参考にするために今回の戦闘の様子を撮影して欲しいと、パートナーのミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)に頼まれたのだが、バニラ本人はつい最近ヒポグリフ隊に入隊したばかり。一応ミューレリアは戦闘のあまり激しくない空域を選ぼうとはしてくれているのだが、本校上空は敵味方が入り乱れる戦闘になっており、安全な空域を見つけたと思っても、すぐに戦闘に巻き込まれてしまう。できるだけ高度を取ろうと思っても、ヒポグリフはなかなか言うことを聞いてくれないし、『光龍』の砲撃は通常の砲弾と違って重力の影響を受けないため、普通の高射砲よりずっと高くまで届いてくるしで、さんざんな状態だ。
しかし、ミューレリアの方も、バニラの悲鳴に耳を傾けていられる状況ではなかった。他の生徒に比べてヒポグリフ隊に入るのが遅く、しかも実際にヒポグリフに乗るより、ヒポグリフを観察している方が多かったミューレリアも、ヒポグリフを乗りこなすことはまだ難しかったのだ。今回の目的だった、実戦での観察記録をつけている余裕などない。
「苦戦中のようですな」
こちらはそこそこヒポグリフを乗りこなしているセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が、二人に近付いて声をかけた。
「う、ま、まあな」
ミューレリアは引きつった顔で答える。そこへ飛龍が接近して来た。
「ここは自分が引き受けましょう。お嬢さん方は、いったん降りて出直した方が良さそうだ。このままでは、ヒポグリフたちが持ちませんからな」
ミューレリアとバニラははっとして、自分たちの乗騎を見た。二頭とも、慣れない乗り手を乗せて、かなり疲れている様子だ。
「そ、そうさせてもらうぜ……」
二人はふらふらと、厩舎がある演習場の方へ降下して行く。
「さて……と。では、お相手させてもらいましょうかな。一対一にならない、という、自分が望んだ形とは少々違いますが、致し方ありますまい」
それを見送り、セオボルトは飛龍の方へ向き直った。敵が突進して来るのと同時に反転し、一目散に逃げ出す。追いかけて来る飛龍を誘導するのは、『光龍』弐号機林田 樹(はやしだ・いつき)と、壱号機朝霧 垂(あさぎり・しづり)が待機している、球技のコートなどが並ぶ区画だ。途中で、知り合いのフリッツ・ヴァンジヤード(ふりっつ・ばんじやーど)や土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)が所属する秘術科研究棟が飛龍の攻撃を受けているそばを通ったが、気にはなるものの、何かしてやれる余裕はない。
「……へえ、芋ケンピ男、漢じゃないか」
芋ケンピを敵に投げつけつつ、単騎で飛龍を誘導して来るセオボルトを見て、樹は呟いた。その隣にはパートナーの英霊緒方 章(おがた・あきら)が、そしてさらにその向こうにジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)がぎゅうぎゅう詰めに座っている。喧嘩の多い章とジーナだが、さすがに今日は二人とも比較的静かだ。
「あんころ餅、回復してやるですから、精神力が切れかけたら早めに言うですよ? そのかわり、自分の役目はちゃんと果たしやがれなのです」
「言われるまでもないよ、からくり娘」
そんなやり取りはしているが、必要以上(?)にヒートアップはしない。
(うーん、いつもと勝手が違うと言うか……重大局面だと言うことをひしひしと感じるな)
樹は心の中で呟く。その時、
「高速飛空艇が……!」
砲手が声を上げた。飛龍とは別の方向から、高速飛空艇がセオボルトの乗るヒポグリフに迫っている。
「どうします、狙いを変更しますか?」
「……衛生科! 高速飛空艇は任せる!」
樹は垂に声をかけた。
「了解。みんな、出番だぞ!」
垂は膝の上に乗せたパートナーの剣の花嫁ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)を抱く腕にぎゅっと力を込めると、運転手の獣人色即 是空(しきそく・ぜくう)と、砲手を務める機晶姫夜霧 朔(よぎり・さく)に声をかけた。
(みんなを守るために、力を貸してね!)
ライゼは頭にかぶった《冠》に手をやった。目を閉じて、全身を《冠》と、垂のコントロールに委ねる。
「右、広角! 高速飛空艇の進路を妨害!」
垂が朔に指示を出す。垂の指示は、是空を通じて上空のセオボルトにも伝えられる。
「了解! ……撃ッ!」
朔の声にあわせて、垂は発射ボタンを押す。扇型に放たれる光の弾丸が、高速飛空艇の行く手を遮る。高速飛空艇は機体をほぼ垂直に傾けて、その間を抜けて来た。
「照準は甘くていい、手数を出す!」
「弾幕張ります。連続でボタンを押してください。撃ッ!」
朔は射撃を弾幕による援護に切り替えた。高速飛空艇は反転したが、翼の端を砲撃がかすめた。翼が欠けたことによって安定を失った機体は、ふらふらと機体を揺らしながら離脱して行く。
その間に、樹はセオボルトが誘導して来た飛龍を見事に撃墜していた。
「洪庵、まだ行けるな? 敵が接近して来たら、進入防止のために弾幕を張る」
「魔力が切れかかったら、樹ちゃんのちゅーで『SPリチャージ』して欲しいなあ……」
章の言葉に、樹は思わず拳骨を食らわせ、ジーナは脛に蹴りを入れた。
(……おっかないのは、ウチの女どもだけじゃなかったか……)
それを見ていた是空は心の中で呟いた。
「場をなごませようとしただけじゃないか……。確かに集中は必要だけど、あまりキリキリしすぎるのも良くないよ?」
章は殴られたこめかみをさすりながら顔を顰める。樹はほっと息をついた。いつの間にか力が入りすぎていた肩から力が抜ける。
「……そうだな。だが、もう少し時と場所を考えた表現をしてもらいたかった」
「冗談にしても図々しすぎるですよ、あんころ餅!」
ジーナが不満たらたらで叫ぶ。
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