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リアクション
4・陵山に残るもの
少し時は遡りー。
ナラカ道人が復活し城へと向かう姿を、人気のなくなった陵山で、見送るものがいる。パラ実の景山 悪徒(かげやま・あくと)だ。
携帯端末程度の大きさである機晶姫、小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)を取り出すと、大首領様に現状報告をする。
「利害が一致すれば利用出来ない事もないんですが…我等が目指す世界征服の野望の為にはナラカ道人の力は余りにも限定的かと」
増え続けるナカラ道人を見送りながら、気のない電話を続ける悪徒。
「…そうか。正体はわからないが、既に一つの目的を持っている様な節があったと」
「そうなんです、残念です…」
大首領は一つの思念を持っている力は扱いにくいと常から思っている。
「報告御苦労、帰還していいぞ」
「わかりました。しかし、戻りますが、少し時間を…いえ…その前にやり残した事が」
通話をきる悪徒、手には砂の葉から貰った匂い袋がある。
「あのばあさんに言われたせいってわけでもないが…乗りかかった船だ。やってやろうか」
壊れた祠前に戻ると、おもむろに石の上に腰を下ろす。
祠から女が顔を出す。ナラカ道人の一人だ。
「早く出てくる女と遅く出てくる女、違いはあるのかい」
悪徒は、匂い袋を手に前に進む。
「あるような、ないような」
女は妖艶に微笑んだ。
「おや、それは」
女は蠢く匂い袋を見やる。
「ああ、砂の葉…長く生きたんだね、可哀想に。この土地もすっかり様子が変わっている。昔は草も生えない荒れ野だったが」
「5000年が経ったんだ」
「5000年…」
突然、女が泣き出した。
悪徒は、知らない。そのとき何千人というナラカ道人が一斉に涙したことを。
「珍しい男だねぇ、妾の正体をしっているのだろう、怖くはないのか」
「俺は景山悪徒。アンタを復活させた八鬼衆の一人から、アンタを助力するよう頼まれてる」
女は、悪徒の側に腰を下ろした。
「皆が向かってる、一人ぐらいいなくても、ねえ。そうかい、5000年」
「ああ、今は2020年だ」
悪徒は知りうる知識を女に授ける。
「これからどうするつもりだ?」
「さあ、妾たちはもとは一人の女だった、女の心は分からないものぞ」
「…まあどんな結果でも俺は最後まで付き合うさ。そういう約束だからな」
「変な男だね」
二人は連れ立って、城に向けて歩き出す。
5・牢の中で男気を貫く。
ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)に意見し、牢に放り込まれた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、未だ牢内に留まっている。
「よいか、罪人は全てシェルター内の牢獄に移した。そなたは他国の学生ゆえ、無罪放免とハイナ総奉行から言われておる。即刻非難せよ」
牢番は、再三、小次郎に詰め寄る。
「総奉行が此処に来て謝らない限り出る気はない」
小次郎は、頑として動かない。
ついに、牢番が折れた。
「総奉行の居場所はシェルターの中と聞くが、どこにいるか分からない。そちの意見は尤もだが、今、その意見は総奉行には届かん。よいか、鍵は開ける。逃げるなり、留まるなり、好きにせよ。ただ、もう時はない、日が落ちるまでには、総奉行も決断するであろう」
牢番は、鍵を置くと、自らもシェルターへと非難した。
遠く、爆破音や人の声が聞こえる。
「ここにいるのじゃのぅ」
変わって姿を現したのは、グスタフ・アドルフ(ぐすたふ・あどるふ)だ。
「ああ、外の様子はどうだ?」
武勇で知られ、“北方の獅子”と呼ばれたスウェーデン王グスタフ2世アドルフは、英霊となり、自らの国を立ち上げることを望んでいる。この窮地に気になることは、ナラカ道人封印の方法よりも、起こっている内紛だった。
「おろかじゃのぅ。頭が視野狭窄に陥ったら見える物も見えなくなるものじゃがのぅ?」
シェルター内の謀反計画について、話すグスタフ。
「目的達成なら手段は問わないというハイナのアメリカ人気質と、国破れて山河ありと考える葦原気質とのぶつかり合いだと思うが、今回のハイナは只の暴走でしかない」
「どうするかのぅ、ここを出て、再度説得してみては」
「いや、それをしてしまうと自分の正当性を自ら否定する事、もし兵器が使用されたら、ここで死ぬ」
アドルフは大声で笑った。
「我輩は、最終破壊兵器とやらを使わぬよう見張りがてらハイナを護ろうかのぅ、といっても近くには寄れないじゃろうがのぅ」
アドルフは小次郎を牢に残して、姿を消した。
6・再び書庫では、古代の愛憎と確執の詳細が明らかになる。
薔薇の学舎から清泉 北都(いずみ・ほくと)が訪れたとき、既に城内は閑散としていた。女、子ども、老人、そして傷を負った兵は既にシェルターに非難している。
「八鬼衆と房姫か…里見八犬伝みたいだねぇ」
誰にともなく呟く。
クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、書庫と思われる蔵の前で、携帯電話を手に何やら話している男を見る。神尾惣介だ。
書庫の扉は開いている。北都が中に入ろうとするとガシッとその肩を掴んだ。
「俺はソースケ」
「僕は、北都です」
「中は今、やばいことになっててねぇ、身元が不確かなやつは入れられないんだ」
「大丈夫、知り合いだよ」
書庫の奥から声がする。
黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「同じ学舎で学んでいるんだ。信用していい…それに、人手が足りない、手伝って欲しい」
ジョシュア・グリーンが偶然手にした本は、全ての秘密を解き明かす「鍵」の本だった。あちこちに古代文字の仕掛けがあり、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はその判読に追われていた。
天音とジョシュアは、ブルーズが読み解いた言葉を捜して、書庫内を彷徨っている。
北都とアヤシも書物の探索に加わった。
ブルーズは判読の合間に、書物の間を慌しく動く天音を見ている。
「……お前はそうしている時が、一番活き活きとはしているのだが」
幾つかの本を選んでは積んでいく天音にブルースが語りかける。
「……そう云えば、妓女の絵姿に何を感じたのだ?」
「さぁ、内緒。それにしても古の神子の名前がスセリビメか……美しいナラカ道人が嫉妬の対象だったなんて事は無いと思いたいね」
「何故、そのような妄想が」
「単にオオナムヂの『妻問い』の話を思い浮かべただけだよ」
「絵本の岩長姫は、妓女に瓜二つで…」
「外を取り囲むナラカ道人も、瓜二つです」
側にたって、二人の会話を聞いていた北都が、外の様子を離す。
「岩長姫、妓女、ナラカ道人。それぞれに異なるイメージを持つ3人の女は実は一人…」
「何やら古代に迷いこんだようです」
再び書庫に向かう北都。
ブルースの読み解いた言葉を調べるために書庫内を探る北都は、その執事らしい生真面目さを発揮して、目指す本を探り当てた。
埃をかぶる書棚は、書棚を並べたものの生真面目さを反映させて整然と並んでいる。
北都は、「その本」が少しだけ他の書物より浮き立っていることに気が付いた。
北都が背伸びして本に手を伸ばす。少しだけ足りない。
背後から手が伸びる。アヤシだ。
取り出した書物は日記である。
「岩長姫の日記です」
駆け寄ってきたジョシュアが声を挙げた。彼の手にある本と同じ「紋」が背表紙に書かれているのだ。
5千年の昔、岩長姫は葦原藩の家老に連なる家で生まれる。しかし政変や混乱、戦などで生家は没落。
岩長姫はかつて神子であった。一家離散の末、藩主の寵愛を受けたことでその能力を失う。幼馴染であった須世理姫も藩主より城に上がるよう促されるが、自らの顔を焼き、難を逃れる。
のち、岩長姫は正室より疎まれ、城を出て妓女となる。しかし、藩主の執心は変わらなかった。
「その美しさを永遠に残し、我と共に千年を生きようぞ」
そのとき岩長姫は腹に子を宿していた。このままでは正室に呪い殺されるであろう我が子の行く末を想い、不老不死の身体を手にいれる決意をする。
「同じ頃に生まれ、美しさを競った妾と須世理の生き方を後世はどう見るのであろうか。当代一の美女と謳われる妾は、妓女となるが子を宿し永遠の命を手に入れる。須世理は美しさを捨て、半ば世捨て人の生活で、神子と生きている・・・」
数日後、「乳母にあう」との記述で日記は唐突に終わっている。
日記を読み解いた後、皆は一様に、岩長姫の今を思う。
「子を宿していたのか。それにしても。実験についての詳細がまだ不明だ」
天音は逸る心を抑えられない。
「封印の方法はやはり須世理姫を復活させるしかないのかな」
北都の問いかけにジョシュアが答える。
「御伽草子や物語のなかに、巧みに岩長姫は隠されてるようだし、書物に封印方法はないのかも」
「いや、房姫殿と感覚を共有している須世理姫殿が房姫殿に復活させるように指示をしたという事は、その方法は廃れるたり変遷したりする可能性が高い口伝だけでなく文献で残されていると考えるのが妥当です。この書庫に中にきっと秘密をとく書物があると考えます」
優斗と離れ、一人書庫残った諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)は、使い魔、小人達と共に書庫で必要書物の探索を行っていた。
「須世理姫の書物を探せば…岩長姫の御伽草子に日記に辿りつく暗号が隠されていたように、須世理姫の物語を探せば」
孔明は、須世理姫の物語を思い描く。
古事記では、須世理姫は父とともに根の国に住んでいたが大国主と出会い結婚する。大国主は先に八上比売と結婚し子を得ていたが、八上比売は本妻となった須世理姫を畏れて子を置いて実家に帰ってしまう。
「その後、妻問いがあります」
「須世理姫は、古事記では、未婚で戻された岩長姫よりも業が深い」
「古事記とは異なる須世理姫がきっと書庫に描かれているはずです」
孔明は断言した。
そのとき、書庫の扉が開く。入ってきたのは、草刈 子幸(くさかり・さねたか)だ。
明倫館に入ったばかりの子幸は、直ぐに起こった異常な事態に、何らかの力になればと、動き回っている。前髪は短く、後髪は踵まで伸ばしていて、見るからに熱血漢だ。
「自分も何か助けになりたいであります!先ほど房姫様が曲者に襲われたと情報がありました。こちらもお気をつけください!」
軍人口調である。
連れの草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)は、子幸を援護するよう背後に使えている。
鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)は、長身を折るように書庫に入ってきた。
「わし、さッちゃんのためなら頑張るけぇね」
さっちゃんとは子幸のことである。
「子供向けの書物ばかりを集めた書棚があった。再度、そこを見直そう」
一同は、天音の言葉で、御伽草子などの昔話の中にヒントを探す。
そのとき、ジョシュアの携帯がなる。外にいる惣介だ。
「誰か来る、用心し…」
電話が途切れた。
書庫の中に緊張が走る。
子幸は、莫邪と朱曉の顔を見る。頷く二人。
「子幸が書庫で調べたいっていうからきたけどよぉ、戦いも好きなんだぜ」
葦原明倫館の三人は、忍術の授業も受けている。足音を消して、外の様子を窺う三人。
「何人いる?」
「5人じゃのう、以外に少ないのう」
莫邪と朱曉が囁いている。
「われわれを5名程度で倒そうとは、見くびられたものであります」
三人は、そっとそれぞれの武器を出す。
「私も子幸様を助太刀します」
クナイは、皆にディフェンスシフトを皆に施し、北都を書庫の奥に押し込んだ。
「天音様、ブルース様、北都と共に書をお探しください。ここは私たちで守ります」
ジョシュアは突然切れた携帯電話の相手、惣介を心配している。
突然、扉から黒い塊が振ってきた。
入ってきたのは、ナラカ道人ではなく、忍者である。
「邪魔だてするな。大義はこちらにある。調べた書物を渡して頂こう」
黒づくめの男が言う。
「刃向かうやつは容赦しない。よいか、葦原明倫館を思えば、アメリカの手先ハイナではなく我を信じよ」
男が剣を抜いた。
「どんな理由が在れ、人に迷惑かけてはならんであります!!」
子幸が叫ぶ。
「話し合いの前に武力で解決しようとするのは間違っているであります」
莫邪が背丈ほどの背丈程の大太刀を構え、子幸を守るように立ちはだかる。
「ばくやん、そりゃぁわしの仕事じゃぁないけぇ」
朱曉も子幸の前に立つ。
天音は、忘却の槍を構えている。記憶を一時的に奪う機能を持つ剣だ。ブルーズは、動きの止まった相手を石化させようと、さざれ石の短刀を持っている。
黒装束の男は、皆を見回した。
「そちたちの武器は調査済みだ。無用には戦わぬ。ここは一時退散する。よいか、我らに味方せよ。よいな」
煙幕がたかれ、男たちの姿が消えた。
ジョシュアは、慌てて外にでる。そこには、頭を抱えて蹲る惣介がいた。
「大丈夫?」
「ああ、すまねぇ、油断したよ」
書庫では、荷造りが行われている。
子幸は多くの書物を持っている。
「おれらはこれを房姫のもとにもっていくであります」
頷く朱曉も子幸。
「その前に…」
子幸は携帯電話をとり出す。
「久途さん、草刈であります!こちらの行動を伝達するであります!」
仲間であり、待機している久途侘助へ連絡する。
「ここは危険だよ。私たちは、葦原太郎左衛門のもとに行こう。先ほど北都が見つけた本は浮き立っていた。誰かが最近見ているだね。多分、太郎左衛門が知っているじゃないのか」
天音が北都の獣耳を引っ張っていこうとする。
「よして下さいよぉ!」
察知していたのか、北都がポンと後ろに飛び跳ねた。
孔明は、御伽草子を手に持った。もし、秘密の糸口があれば、再び書庫に戻るつもりだ。
7・ナラカ道人の情報を得て、戦う
それまで久途 侘助(くず・わびすけ)は、城の城壁を登ろうとするナラカ道人を素手で殴っていた。切ると分裂すると聞いたからだ。
「むごいことをする。いっそ切り刻んでくれればよいのに」
女の挑発にも耐えた。
子幸から携帯電話で聞いた内容は、ナラカ道人が悲劇の女であるとの話だ。
しかし。
目の前の女は飄々として、たちが悪い。
「五千年のときを経ている。女がどう変化するか、わかるのかい」
ナラカ道人は挑発する。
「たった一年でも別人のように変わる女がいるのに、妾は五千年…無限に増え続けるものの痛み、おぬしに分かるか!」
「お前らを封印させてもらう」
「よいよい、好きにするがよい、再び封印の解ける日を待つのみじゃ」
シャンバラ人の香住 火藍(かすみ・からん)が、侘助の前に立つ。
「勝手に敵に突っ込んでいかないでくださいよ、挑発してどうするんですか」
再び電話がなる。子幸だ。
緊迫した様子なので、芥 未実(あくた・みみ)が侘助の代わりに電話を取った。
「草刈達は怪我はないかい?」
薔薇の学舎だが、守護天使の未実は女性だ。しかし男よりもさばさばしている。
「そうかい、聞いてみるよ」
未実は、ナラカ道人に向かいあい、
「あんた、子を産んだのかい?」
単刀直入に問いかける。
女の顔が曇る。
「われわれは美しい女ゆえ、あちこちで子を産んでいる、望まぬ子を産んだものも多い。さぁ、無駄話は終わりにして、戦おうか」
女は懐刀を出した。
「俺と手合わせ願おうか?」
侘助が女に向け、雅刀を構えたとき、先ほどまでの悪意のある女は消えていた。いや、同じ顔の女は無限にあるが、生気のある女がいない。皆は、懐刀を手に、しゃなりしゃなりと侘助に向かっている。
「おろかな男、子のことを聞いたらしい」
「ほう」
女たちが、侘助を取り囲む。
侘助は火藍と未実とで背中合わせになり、三方を見る。女たちから刃が向かってくる。
光術で目くらましする侘助。
しかし、女の刀が頬を切る。
「こんくらいの怪我はなんてことねぇよ、ヒールですぐなおる」
「ヒールで全てが治ると思うのは間違いなんですからね」
火藍が火術を使う。燃えるナラカ道人の延髄を侘助が切る。
「ここまで、囲まれると・・・」
「侘助、草刈達に確認したいことがあるんだ、ここは退散しよう」
未実の言葉で、侘助は地面を氷術で凍らせて、火術で水蒸気を発生、霧を作って相手を撹乱するうちに、ナラカ道人の目前から姿を消した。
8・シェルターでの反乱、内の荒廃
街がそのまま地下に降りてきたようだ。
核兵器が使用されれば、長期間の住処となる。長屋風の住居が立ち並び商店も湯屋もある。
通りのあるのだが、人気はない。
皆は家の中で息を潜めている。多くのものは到着順に人数に応じて部屋を割り当てられた。人工灯の下での暮らしである。南向きにこだわる輩も仕様に文句をつける輩もいない。両隣に住む顔もわからない。シェルターの扉は閉じている。核の脅威ではなく、ナラカ道人の侵入を阻止するためだ。
はじめ、ここに辿り着いた人々は、通りに出て友人知人を探したり今後の行く末を嘆いたり噂話をしていた。
しかし、直ぐに若い女をからかう若者や老人をいたぶるものが出てきた。物取りも横行している。乱暴狼藉もまれでなくなった。人々は木戸を閉ざす。地上にいたときと同じ町人であるにも関わらず、シェルター内は瞬く間に荒廃した。
山陵への大軍が殲滅したとき、城内ではハイナを口汚く罵るものが現れた。謀反の動きは死傷者が増えるごとに現実味を帯びている。
はじめに異変に気がついたのは、犬塚 銀(いぬづか・ぎん)だった。几帳面で気が利く銀は、葦原明倫館生徒として、親にはぐれた子どもの世話や不安を訴えるものの相談役まで幅広くシェルター内を見て回っていた。
少しづつ空気が荒れてくるのを肌で感じ、時折顔を伏せた浪人がひそひそ話し合うのを奇妙に見ていた。
「謀反ではないか」
そう感じたのは、武家の足取りなのに町人に化けるもの、家紋のない羽織を着るものなどが人目を避けて動き出したたからだ。
早速、情報は鬼桜 刃(きざくら・じん)に伝わり、戦場にいた葦原太郎左衛門に届けられた。太郎左衛門が戦場からハイナを抱え、急ぎ城に戻ったのは、この知らせのためだ。
謀反分子が戦場にも紛れていないとは限らない。
家族や友を目の前で失った兵もいるであろう、葦原藩のものには忍術として人の心を操るものもいる、愛するものの死を目前で見、動揺する心に入り込むすべも知っているだろう。
山陵で多くの死者を弔った太郎左衛門には、葦原藩で、誰を信じてよいのか、誰もみな、身内を犠牲としている。
「安全な場所とは…」
太郎左衛門は、思い切った策に出る。
葦原明倫館の鬼桜 刃(きざくら・じん)は太郎左衛門からの至急の連絡を太郎左衛門配下のものより受け取る。
厳重な封印は、その密書の重要性を意味している。命令を受けて早速、刃は謀反の詳細の調査を始める。
謀反の動きを感知したものは他にもいる。
葦原明倫館ユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)は、シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)と共に葦原藩が用意した救護施設を拠点としながら、逃げる際に傷を負った子どもの世話をしたり、街中に取り残された老人を避難させていた。
「そんなことを言っては駄目ですわ、わたくしと共に参りましょう」
ユーナが説得しているのは、老いたとはいえかくしゃくとした紳士だ。武家の出らしくまっすぐ伸びた背中を床の間に向け、座して動かない。
「先祖代々の家宝もある、亡き妻の愛した梅の木と共に燃え尽きたい」
庭を見やる紳士。もし最終破壊兵器が使用された場合は、死す覚悟のようだ。
「それでは亡き奥様も悲しまれますわ、生き延びてこそですわ、分かりました、わたくし、あなた様とともに庭の梅も避難させます」
ワシントン出身の合理性である。
「ユーナ、この紳士が言ってるのは比喩だよ、何も庭の木を植え替えたいってごねてるわけじゃないよ」
シンシアが横から口を出す。
「怖いのは、最終破壊兵器だけじゃないよ、ナラカ道人が街を破壊するかもしれないよ、今はただ歩いてるだけだけどね」
明かり取りの窓からは、通りを埋め尽くすナラカ道人が見える。
「今なら、まだシェルターに入る通路がありますわ」
紳士は首を縦には振らない。
「わしは信じている。葦原藩生え抜きの者どもがこの難局をきっと切り抜けてくれると・・・」
そういうと、紳士は目を閉じた。
シンシアがそっとユーナの袖をひっぱる。
「不思議だけど、この家は人の気配がする」
「どうしましょう」
「俺の勘だと、悪事がありそうだよ」
愛らしい容姿のシンシアだが、口調は乱暴だ。
「いっそ、?まってみましょうか」
ユーナが笑う。
「てめーら、こそこそ何してんだ!」
シンシアが叫んだ方向から屈強な武士が現れた。
同じ葦原明倫館の八雲 緑(やくも・るえ)は、パートナーであるレン・マホラ(れん・まほら)の所属している風紀指導委員会の活動の手伝いをするためにシェルターに向かった。
「ワタシは風紀指導委員、レン・マホラです。人のものを盗ってはいけません。ワタシに渡しなさい」
小柄なレンは、彼女より一回り小さな男子の手を取る。ギロッとレンを睨む男子。
「家に帰りなさい、お母さんのところまで送っていきます」
「母は病だ」
「では薬代のために盗みをしたのですか」
「違う、薬はある。父は山陵の戦いで負傷した。薬など山ほどある」
男子は、レンを睨む。
「ではなぜ盗むのです」
「謀反だ。謀反を助けるのだ」
そういうと、まだ10代前半と見られる男子は、レンの腕を振り払って駆けていった。
「謀反…」
レンは反芻する。
「治安が急速に悪化しているのは、謀反の動きがあるからかな」
側で会話を聞いていた緑が、ぼそっと呟く。
「これで最終破壊兵器が使われたら大変です」
「シェルター内で影響がなくなるまで、皆で暮らすなんて…」
緑は通りを見渡した。人通りがなくなり、今も、どこからか悲鳴が聞こえる。
「どんな事態になるか、わからないな」
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、少し遅れて城内に到着した。
「ナラカ道人や八鬼衆との戦闘に加勢しようと思ったけど……」
城を護る兵から聞こえてくるのは、取り囲むナラカ道人への恐怖ではなく、シェルターに避難させた家族の心配だった。
愛するものを災いから護るために避難させた場所が、安心できる場所でないことに兵は苛立っている。
「葦原の勝利を信じ、戦いの後の葦原復旧の一助とする為、シェルター内の治安維持に努めよう」
アリアは決意する。
先ほど、緑が聞いた悲鳴は、アリアの近くで起こったものだ。
すぐさま駆けつけるアリア。
若い女が口と手足を縛られ、箱の中に押し込まれている。襲っているのは葦原藩ゆかりのものとは違う。混乱を聞きつけ、
乗じて財をなそうとやってきた荒くれ者だ。女をさらい最終破壊兵器使用前にシェルターから脱出してどこぞへ女を売り払おうと来ている。
「う〜ん、ホントは説得したり、真っ当な手段で解決したいんだけど……」
アリアを見て、一斉に剣を抜く荒くれ者たち。
「いいところに来た。あんたも売れそうだ」
男たちがアリアを捕獲しようと、にじりよる。
「その刃は何のためにあるの……」
言いながら光学迷彩で姿を消すアリア、軽身功で身を軽くし、まっすぐに敵へと向かう。
「……守るべき民に向けるものでは無いはずよ!」
眼前で姿を現し、言葉と共に攻撃を開始、強化光条兵器で相手の刀を両断、鞘で殴打する。そのまま倒れこむ男。
気絶したようだ。
逃げようとするほかの男たちの前にも、姿を消したアリアは忽然と現れ、その武器を奪い、殴打する。気絶した男たちは、どこからか出てきた女たちが器用に縄を掛けた。
「己を戒めなさい……っと、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
アリアは、箱に入れられた女の縄目を説く。
「ありがとうございます」
女は細い声で礼をいう。男たちを柱にくくりつけるアリア。
「できるだけ固まって行動してくださいね。また悪漢を見かけたら、大声で呼んでください。すぐに駆けつけますから!」
アリアの声に、老いた女が礼を言って、
「悪意のあるものが多く紛れ込んでいます、お気をつけて」
百合園女学園のレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、ひらひらととした目立つ制服は動きにくいとの判断で、シャツとスパッツ姿でシェルター内を歩いている。
ゆる族のチムチム・リー(ちむちむ・りー)も一緒だ。
「広いよね」
レキは、地中である街に素直に感動している。それにしても人の姿がない。時折歩くものは、顔を隠し足早に去ってゆく。
これまでレキとチムチムは、救護班の手伝いをしながら、怪我した人の世話をしたり、迷子の面倒を見ていた。騒然としていたシェルター内は、ほんの僅かな時間でまるでゴーストタウンのように静まっている。
「泣き声が聞こえるアル」
外見は黒猫のチムチムが、一軒の家の前で止まった。
窓の隙間から中を窺うと、多くの子どもが固まっている。側にエプロン姿の女性がいるところを見ると幼稚園のようなものらしい。
「チムチム、幼稚園みたいだね」
レキは安心した声を出す。シェルター内では女子どもを狙った誘拐が相次いでいると救護班で聞いた。
「誘拐しても、どこに連れ出せるわけではないのに」
最終破壊兵器が使用されれば、シェルターの扉は閉ざされる。今も出入り口は厳重に警備され、勝手に出入りなど出来ない。
「レキ」
チムチムの言葉に身を隠す二人。
男が数人、麻袋を手に戻ってくる。
「そろそろ、ずらがろう」
「ああ、もう十分だ」
小声で話す男たちの声は、悪事を行うもの特有の湿り気がある。
「やっぱり、誘拐だね」
「うん」
チムチムは部屋の反対側に回ると、そっとエプロンの女性がいた辺りの壁を爪で叩く。
レキは、女性が気がついたのを見る。
男たちが再び出て行った。
中の女性が窓に向けて、指を一本出す。中に男が一人残っているようだ。
レキとチムチムは、光学迷彩を使って姿を消して、そっと鍵をピッキングで開けて中に侵入する。
そのまま、残っていた男に近づき、一撃。縛り上げる。
「ありがとうございます」
女は子ども達を誘導しながら、レキに礼をいう。
「ボクは偉くもないし、出来る事は少ないけど…でも、やれる事やっておかないと気分悪いじゃん?とりあえず、救護施設に避難しよう」
子ども達は、家を出たとたんに、これまでの恐怖から開放され、チムチムのとりことなった。
「ふもふもしてる」
キャキャいいながらチムチムにまとわりつく。
「ああ、背中のチャックは弄っちゃダメアル〜!?」
「そんなに大声出したら悪い人きちゃうぞ」
レキが声を挙げたとき、その予感が的中した。
目の前に、先ほどの男たちが大きなゴミ用の滑車を引きながら戻ってきた。
「ほら、見つかっちゃった」
チムチムが、一転、スプレーショットを構える。
そのとき、向こうから駆けてくるものがいる。
葦原太郎左衛門だ。
「何事だ」
男たちは太郎左衛門を見知っているようだ。そのまま姿を消す。
子ども達は、チムチムにすがり付いている。
「安全なところまで送ろう」
太郎左衛門は、逃げた悪党を追わずに、レキと共に子どもを移動させた。
書庫から出た佐倉 留美(さくら・るみ)は、ラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)とともに、救護班で働いている。
行きがかり上、である。
シェルター内を歩いてた留美は泣いている子どもを見つけた。親とはぐれたらしい。誰があやしても泣き止まぬ、子どもは留美を見て涙を止める。
子どもの目線では、すべて丸見えである。
「お姉ちゃん、下着着ているの?着ていないの?」
まっすぐな質問をぶつける。
「ほら、ちゃんとした格好をしないからじゃのう、子どもにまで馬鹿にされる」
「泣き止んだのですから、いいのですわ」
留美は気にしない。
シェルターの内部を確認したあと、書庫に戻り、調査の続きをしようと思っていた。
しかし。
救護の建物は、人であふれている。
留美の周りには、親とはぐれた子どもが集まり輪となった。
「しかたないのう、親探しでもするかのう」
留美とラムールは、子どもの似顔絵を書き、別の紙には子供から聞き取った親の似顔絵や特徴、名前などを書く。
この作業は、子どもに受けた。
似顔絵を表に張る。
「万が一にも、人攫いにつれてゆかれぬよう」
子ども達は外には出さない。
「早く、外で遊びたい」
子どもの一人が空を見上げる。人工で映し出された空は明るいが味気ない。
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