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葦原の神子 第3回/全3回

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葦原の神子 第3回/全3回

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17・再び地下シェルター

 ハイナは孤立しつつある。葦原太郎左衛門は、房姫の安否を確かめるため、外に飛び出していった。
 謀反は収まったとはいえ、火種が消えたわけではない。


 時は遡り。
 ジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)は、葦原城の手前でローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と合流している。
 中東テロリストを捕獲して戻ったローザマリアは、テロリストとある密約を交わしている。
「協力して貰うわよ?さっきも言ったけど、否やは無いから」
 そう言うが早いか、テロリストのリーダーを跪かせると、ホルスターからハンドガンを引き抜いて後頭部へと突き付ける。
「最初から、こうするしかなかったというの…度し難い程に救いようが無いわね」
 発砲する。
 狙いはもとから外すつもりだ。空砲が響く。
「これでテロリストとしてのあんたは死んだわ。協力してくれれば、家族も私が助ける。ハイナに証人保護プログラムを申し出てみるけど、難しいなら、キマク辺りの集団農場を紹介するわ。喪わせはしない――あんたたちも、そしてこの大陸も」
「家族を助けてくれ。全てはそれからだ」
 テロリストの言葉に、ローザマリアは中東の顔役にメールを打つ。
 返事は、テロリスト家族のアメリカへの亡命写真と共に来た。時間が経っている。
「少し遅れたけど」
 ローザマリアは、テロリストを説得した上で顔を隠させ動画を取る。
「我々はこの大陸に持ち込まれた大量破壊兵器を強奪し、地球での聖戦を完遂すべく乗り込んできた。アッラーの教えに背く欧米諸国は、自らの作り出した悪魔によって滅亡の途を辿る事になるだろう」
「現在、既に第二陣が行動を開始している」
 嘘の証言である。


 ジェンナーロは、中東系テロリストの男に教導団の服を着せている。さすがに、これまでの戦いで破れ血に汚れた戦闘服では城のなかに連れ行くことはできなし。

 ローザの軍用バイクのサイドカーに乗せたままジェンナーロは、男たちの捕縛している腕と脚は布で覆い隠し城門付近で待機している。
 中東系のテロリストが逃げないようそれとなく見張りつつ、話しかける。
「なぁ、君は多分アメリカやそれに加担する国々を好いてはいないだろうと思う。だがな、ローザは、冷厳な兵士たらんとしているが、ただそれだけだ。中身はまだ17歳なんだぜ?どんなに戦場を見て来ようと、完全に割り切れず、どこかで人を信じようとしやがる――だから、君も今だけでいいから信じてやれよ」



 ローザマリアが葦原に着き、ハイナにこの動画を見せたとき、ハイナの回りには葦原明倫館の学生と他校生徒しかいなかった。葦原藩のものは、殆どが何らかの任務につきハイナに近寄らない。
 寄らないのには思惑もある。
 ハイナが一人で大量破壊兵器のスイッチを押せるとは、それほどの度胸があるとは、誰も思っていない。房姫が秘儀で隠れているいま、葦原太郎左衛門に相談するはずだ。
 それに、房姫は、まだシェルターに戻っていない。
 その状態で、スイッチを押すことは、房姫の死を意味する。まだ、時はある。

 ローザマリアは、大量破壊兵器が狙われている、至急増援を大量破壊兵器のある場所へ差し向けるよう意見具申をした。
「増援は必要ないでありんすよ」
 ハイナは、その申し出を退ける。
 ローザマリアは、増援があれば、兵の動きで大量破壊兵器の場所が分かると考えていた。その思惑は外れたことになる。
 シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、一般市民に対して飲み物や食事をふるまう等給仕の手伝いをしながら然り気無く状況を見ている。ルクレツィア・テレサ・マキャヴェリ(るくれつぃあてれさ・まきゃう゛ぇり)も妹のシルヴィアと共に、周りにきをくばっている。
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は、長尾上杉家二代目当主の上杉景勝へと輿入れした甲斐の守護大名武田信玄の六女ある。皆に茶を配りながら、ハイナの側による。
「わたくしは、ナラカより出でて、わたくしが死してより四百余年、世界に何が起きたのか知りました。彼の最終兵器は、かつて安芸、肥前に投下された物の眷属でございましょう?斯様な惨劇を、この大陸でも繰り返すおつもりですか?」
「使用するつもりは、ないでありんすよ。最終兵器を使うのは、本当の最後、この地がナラカ道人に埋め尽くされたとき」
 ハイナは、菊の入れた茶を飲まない。


18・伝承のみが知る、須世理姫の物語

 緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、葦原太郎左衛門の乳母の家にいた。
「そうか、太郎はやはり覚えておったか」
 乳母は、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)に座布団と茶を差し出す。
 が、カチェアは断った。
「私は、外の様子を見てくる」
 時が来るまえに、シェルターに政敏と乳母を非難させなければならない。城を囲むナラカ道人が気になる。
 政敏を残し、外に出ると、空飛ぶ箒に飛び乗るカチェア。
「我が家は先祖代々、葦原藩の乳母をしておる。最初の乳母は、時の藩主が外に産ませた子を養っておった。道人様じゃ。幼名はあったが政事に巻き込まれ、生まれてすぐに出家した」
 政敏は息を呑む。
「道人様のことは、我が家の絶対他言の名前じゃが、もうそうも言ってられまい」
 カチェアが、政敏の顔を見る。
「太郎左衛門に語った話はのう、むかしむかしの藩主様と須世理姫の話じゃ。むかし、藩主様がネの国を旅したとき須世理姫と再会し恋をする。藩主様は、須世理姫をネの国より救い出し妻とし、それまでいた妻と子を里に戻す。まだ幼き子は出家し道人となるが、嫉妬ぶかき須世理姫は、道人を殺害するよう武将に指図する。武将は、荒地で子を殺めようとするが、道人はどんな傷もたちどころに直り、また、道人の周りに多くの獣が集まり武将を威嚇する。そのうち、黒い闇が道人を連れ去り、全てを恐れた武将は、須世理姫に嘘の報告をした…」
「その妻が、岩長姫なのか?」
 政敏が問う。
「いや、道人様の母は岩長姫だが、藩主の正妻はまた別じゃ」
 カチェアが戻ってくる。
「もう街には人がいない、女たちも城内に侵入しつつあるわ」
「そうか、婆さん、シェルターまで連れて行くぜ、入り口は?」
「わしが知っておる。太郎左衛門のところに連れて行ってくれぬかのう」
「空飛ぶ箒に乗って、ね」
 カチェアは、空からシェルターを目指す。


19・城内にあふれるナラカ道人

 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、城内に入り込こんだナラカ道人と戦っている。次々と沸いてくる女たちは目も虚ろで、ひたすらに天守を目指す。
 女たちの中には、懐刀を使うものもいる。光一郎は、女たちと刀を交えながら、気絶させて、増殖を防いでいく。
「妾は天守に欲しいものがある、それを取り戻しにいくだけ。邪魔をするな」
 女が話す。
「知ってるかい?」
 会話のできるナラカ道人がいて、光一郎はこれまでの疑問を口にする。
 女が振り下ろす刀を、顔の前でうけ問う。
「須世理姫が復活した。あんた知り合いだろう」
「そうか、いよいよ須世理にあえるのか」
 女は、光一郎の足を払う。高く飛び、女の肩狙う光一郎。
 他の女たちも、刀を手に、浩一郎に向かってくる。
「あんた、藩主と付き合ってたんだろ、藩主は俺よりいい男か?」
 女の肩に飛び乗り、そのまま側壁に駆け上がる。
「さあ、覚えていない」
 女は、気のない意味ありげな答えをして、光一郎に背を向け天守を目指す。
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、その城壁の上で、全てを見ていた。
「なんだ、ここにいたのか?」
「何を取り戻しにいくんだ、女たちは」
「さあ、思い出とか?うちの田舎のほうでスセリビメという単語を聞いたことがあったかもしれないけーどー、浮気男が出先で女作って嫉妬に燃えた本妻が以下略としか思い出せないって感じ、みたいなっ?なんか嫌な隠蔽工作とか、裏でありそーだな」
「シェルターにいくぞ。ローザマリアから、捕らえた中東テロリストをパラ実の集団農場へ送る仲介を頼まれた。農場で暫く置いて、その後、秘密裏に国にかえすらしい」
「こいつらの最後、見てやりたいなぁ、なんかよぉ、太郎左衛門さんが覚えた嫌悪感が向く先が道人じゃなくて太古の支配者だったのって、もしかして、こいつらが被害者なんじゃないかっておもうんだよね」


 葦原明倫館月見里 さくら(やまなし・さくら)は遅れてシェルターに入る人々を入口まで誘導する役目をしていた。しかしナラカ道人はすぐ目の前まで迫っている。
「シェルターの入り口は城内にもあるって聞いたが…」
 一部の武士を除き、多くのものは、入り口はここしか知らない。ナラカ道人を恐れて入り口を閉じれば、遅れてきたものたちは、全て外に取り残されることになる。
 さくらは、月見里 ひなぎく(やまなし・ひなぎく)に声を掛けた。
「先に中に入れよ、俺は…房姫様がまだ外にいる。護衛についた学生も、書庫を調べた仲間も戻っていない、ここで扉を閉めるわけにはいかない」
「にいさま!守りはお任せください。ここに残ります」
「そうだな、芦原の生徒が葦原を守らねーでどうするんだ!がんばるぜ」
「はい、にいさまには精一杯頑張っていただかないと!」
 さくらは扉の前に立ち、一度鍵を閉める。
 鍵をひなぎくに渡し、
「もし、俺に何かあって、その後に房姫さまが来たら開けてくれ」
 頷くひなぎく。
 ナラカ道人へ目前まで迫っている。
 ひなぎくはそっと岩陰に隠れる。
 最初の一人がやってきた。
「珍しい、人がおる。城外では戦うものもいたが。そちは何をしている?」
「ナラカ道人!あんた、なんでこんな事するんだよ!?」
 さくらは、入り口より目を背けさせるために、大声で威嚇する。
「それに、須世理姫とあんた、一体どういう関係だったんだ?」
 女は笑って答えた。
「友じゃ。裏切られるまで、ずっと友じゃと思っていた」

 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)デーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)を伴い、ナラカ道人の大群の中を駆けてくる。
 女たちは、武装したエヴァルトとロートラウトに適わぬと思うのか、道を開けている。
 女たちの目的は、戦うことではないのだろう。天守閣を目指すのだから、そこに何かがあるにちがいない。
 しかし、その場所は、無人となっている。
 エヴァルトは、さくらはナラカ道人の一人と問答している場に出くわす。
 既に、エヴァルトはこれまで数多くのナラカ道人の声をマイクで拾っている。慌てて戻ってきたのは、その声をハイナと葦原太郎左衛門に聞かせるためだ。
「困ったことになったな」
 デーゲンハルトは入り口と思われる場所に、ナラカ道人の視線が向くのを見ている。シェルター内にナラカ道人が入り込めば、中は恐怖となる。
 恐怖のあまり、皆が切りつければ、ナラカ道人はそれだけ増え続ける。あっというまにシェルターを埋め尽くすであろう。
「とにかく」
 目をそらさねば。
 ロートラウトは、岩陰に隠れているひなぎくを見た。
 ひなぎくの場所まで、そっと近寄る。
「外にマイクを置いていくよ、そうすれば中でも声を拾える。誰か来たら、入れてあげられるよ。だから」
 小声で話すロートラウト。
 ひなぎくが頷く。
 刹那。
 二人揃って、入り口付近まで走る。
「にいさま」
 ひなぎくの声で、さくらは悟った。
「悪いけど、話はまた今度に聞くよ」

 エヴァルトらが地面に向けて、爆炎波を打つ。大きな焔と砂埃がまった。
 その隙に5人は入り口より中に入る。
 エヴァルトはマイクを外に置いてある。
「すまないが、葦原太郎左衛門様のところまで案内してほしい」
 さくらはひなぎくをみる。
 頷くひなぎく。
「僕は、ここを守る。案内はひなぎくがする」
 マイクの音が拾える。
「なんとまぁ、また増えてしまうぞ」
 爆発でとんだナラカ道人は、分裂し、数を増やしているようだ。


 様々な情報が明らかになるにつれ、増えることはあっても減ることにないナラカ道人の群れを見て、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は思う。
「…恨んだり、未練があったりは当然のこと…」
 しかし、共に戦ってきた友は、それを踏まえても葦原の人々を守るために、ナラカ道人と不毛とも言える戦いをしている。
「俺はどうしたら…」
 悩みの中で、垂は沸き立つ感情に任せて、「幸せの歌」を歌い始める。
「幸せの歌」は仲間全体の闇黒属性への抵抗力を高めることが出来る。戦う仲間の少しでも助けにとの思いもあるが、垂の心を突き動かしたのは、この歌の、人の心に幸福を呼び起こす作用が、ナラカ道人にかつての幸福の記憶を呼び起こすのではと思ったからだ。
 確かに、ナラカ道人の心は動いている。
 多くのナラカ道人は、心を正しく受け継いでいない。しかし、岩長姫の心や苦悩を受け継いだもの、また分裂した後に、里で暮らし恋をしたもの、子を成した物もいる。
 老いのない容貌が災いし、多くのものは里を追われた。5000年前の戦いで終結し、身内と分断され封印された過去を持つが、幸せな過去がなかったわけではない。
「幸せの歌」が起こした波紋は、少しずつナラカ道人の心に伝わる。
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、垂の歌う「幸せの歌」を聴き、呼応するように、「悲しみの歌」が口をつく。
(人が人である限り・・・ううん、自分とそれ以外の存在が居る限り、結果的にはお互いに分かり合えることなんて無いのかもしれない)
 普段元気で、明るいライゼが歌う悲しみの歌は、悲しい記憶を呼び起こすだけでなく、その後にやってくる希望への予感を感じさえる。
(傷つけあうだけじゃ悲しすぎるよ、もっと・・・もっとみんなで楽しく暮らして行けるような方法を考えようよ!)
 ライゼの心の声が歌に乗り移る。
 ナラカ道人のなかに、幸せの記憶と悲しみの記憶がよみがえり、人として生きていた頃の映像が浮かんでは消える。
 巫女装束を着た機晶姫夜霧 朔(よぎり・さく)、いつのまにかナラカ道人の大群が二人を目指して寄ってきて入る。それでも武器を持たずに歌う垂とライザを護る様に、星輝銃を構えている。しかし、攻撃を仕掛けるつもりはない。あくまでも護衛で、戦闘時は髪が発光し、腕や脚から淡い光が溢れる朔の身体は、普段通りの柔らかな優しさに満ちている。
「垂さんとライゼさんが歌いだしましたか・・・当然お二人とも、考えがあっての事でしょうから、ここはお二人を見守りましょうか」
 それでも万が一にも、垂が傷つくことは避けたい。

「破壊工作」のスキルを使用して、ナラカ道人と味方との間にできるだけ大きな溝を作り、少しづつ距離と詰めるナラカ道人が垂とライゼに触れぬよう気を配る。
「手伝うよ」
 朝霧 栞(あさぎり・しおり)は朔に声を掛ける。
「ったく、みんな甘ちゃんだよなぁ・・・ま、そこが良いんだけどな!」
 奈落の鉄鎖を手に、栞は周囲を見る。
 しかし、ナラカ道人の大群は垂たちに危害を加える気はなかった。
「我らにも幸せな記憶があったことを思い出したわ」
 一人が笑う。
「我が子は、正義感が強く優しい子じゃった。ナラカ道人の血が色濃く出る元服までは、本当に幸せじゃった。
 不憫な子、怒りが増すと身体から焔が出るようになった。我らが先の戦では先陣で戦い、その結果、全身が燃え常に焼かれる痛みにさいなまされ、死す事も出来ず…、しかし、先ほど人として死すことが出来たと念があった。そちらには感謝しているのじゃ、我も共に死ぬことが出来たら…」
 そのまま、女はナラカ道人の大群の中に消え、混じり、所在が分からなくなった。
 栞は、その後姿を見送りながら、尚、歌い続ける。



20・全ての情報が集まる

 多くのものが集まっている。
 上座に座っているのは、ハイナ総奉行と、房姫の身体に宿った須世理姫、そして葦原太郎左衛門だ。
 まずハイナが話す。
「まずは詫びです。わっちふがいなさから、みなに迷惑をかけた。謀反の動きは封じている、安心していださい」
 その言葉を葦原太郎左衛門が引きつぐ。
「謀反に加担したものどもの心根を思えば、同情の余地もある。多くのものは我が指揮した山陵の戦いで、身内のものを失っている、その悲惨な死に様に憤るものも多い。全ては我が敗戦より始まっている、この身の処分はいかようにも受けよう。しかし、現状をみれば、謀反などと仲間割れをしているときではない、この難局を一致団結して切り抜けようぞ」
 みなの気勢があがる。
 次に声を出したのは、須世理姫である。
 葦原太郎左衛門が須世理姫を促すと、それまでの声が全てなくなり、みなが須世理姫の言葉を待つ。
「須世理姫を封印できるのは、我が命のみ。我、山陵に赴き自害して果てれば、再び、ナラカ道人は静まる」
小さなうめき声があがる。
「それは…その身体も死すということか」
ハイナの搾り出すような声だ。
「房姫は我の代わりとなり、再びナラカ道人が目覚めるときまでを過ごすことになる」
「ほかに方法はないのか」
「五千年前の封印も、我がナラカに落ち封じた。他の方法は知らぬ」
「しかし」
 声を挙げたのは、緋山政敏だ。乳母とともにシェルターにやってきた政敏は、ここに間に合っている。
「葦原に伝わる伝承によると、あんたは、ナラカより舞い戻り藩主の妻となっている」
 須世理姫は、政敏を見る。
「5千年前、藩主は神も同然。神に逆らうことなどできぬ」
「子はどうしたんだ?」
 問いかけたのは、書庫から書物をもってきた草刈子幸だ。
「ナラカ道人、岩長姫には子がいたのだろ?」
「ナラカ道人は、その子だよ」
政敏がいう。
「はやり、妻問いか!」
天音が珍しく叫んだ。
「よく調べた」
須世理姫の顔が苦痛に歪んでいる、頬にあるやけどのあとが薄らと浮かび上がる。
 エヴァルトが言う。
「女たちは何かを探してここに来ている。藩主の証だという」
須世理姫が目を閉じる。

 「五千年の昔、岩長姫と我はともに育った。姉妹ではないがお互いに葦原藩家老に連なる家系を持ち、何不自由のない生活であった、ともに神子となる運命であった。当時の藩主は、神ともよばれ権勢を誇っていた。葦原藩隆盛の祖であった。藩主は、我と岩長姫をともに召し出すよう、命を下した。側室になれとの仰せじゃ。神子になりたい我は顔を焼き、何を逃れた。岩長姫に対する藩主の執心は恐ろしく、言われなき罪状で家を窮地に追い込み、無理やり城に上げ側室とする。岩長姫は本意ではない、しかし、親を人質と取られている。当時、岩長姫はかなりの贅沢をしたのじゃ、気に入らぬものを斬首にしたこともある、しかし、藩主の寵愛は変わらず子をなす」
ここで、須世理姫は言葉を切った。
「この子が問題なのじゃ。正室は闇の組織よりそそのかされ、藩主側近をたぶらかしてある実験を行うよう進言させた。闇のものどもは、この実権で子が死すと正室につげたのじゃ。正室には子がない。結果、不老不死とたぶらかされ実験に参加した岩長姫は、みずからが分裂する魔力を身につけ、山陵に篭り、魔女と恐れられるようになった。子は正室が引き取った。跡取りであるからの。あふれる岩長姫が引き起こす禍根を恐れた藩主は、我に封印の儀式を頼んだ。我は岩長姫とともに、宝剣で胸を突き、そのままナラカへと落ち、分裂した女たちは山陵に封じられた。藩主がなぜ、ナラカに我を迎えにきたのかは心のうちは知らぬ。我は嫉妬ぶかき正室を廃し、子を出家させ道人とした。子はその後行方が分からぬ。もう語らぬ」
須世理姫は言葉を切った。
 ハイナの姿はない。いずれかに消えている。