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リアクション
9・ハイナは天守閣に隠れている。
葦原太郎左衛門は、ハイナをシェルターに避難させなかった。ハイナ総奉行の当面の敵は、ナラカ道人よりも謀反である、と考えたからだ。
影武者を用意し、ハイナを護る武士や隠密はシェルター内で厳重な警護を引いている。誰が謀反に加担しているか分からぬ今、味方も欺く必要がある。
見張りの役目もかねて天守閣にいるのは、他校からの応援隊とそのお目付け役として葦原明倫館生徒のみである。ハイナはここに紛れている。
「他校生と学生ならば、謀反の仲間ではない」と太郎左衛門が判断したのだ。
少し前、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は、馬で駆ける葦原太郎左衛門とハイナに出会っている。
軍用バイクで戦場に駆けつけたイレブンは、二人が乗る馬に並走し、挨拶を交わす。
「「遅参しました。士道科のイレブンです。叱責は戦いの後、お受けいたします。総奉行の御身を狙う逆徒がいるとの噂、明倫館生徒としては捨て置けず馳せ参じました」
馬上で謀反の噂を聞いていたハイナだが、信じなかった。アメリカ人のハイナには、日本の武士道の細やかな機微は分からない。
「ナラカ道人の復活は、予知されていたことでありんす。なぜ、謀反かわからないでありんすよ」
しかし、今、イレブンの申し出を聞き、自らの失脚を望む勢力がいることをはじめて知る。金融知識とアメリカ経済を利用し、葦原藩を豊かにしてきた自負がある。5000年前の執政の過ちから起こった禍根に巻き込まれただけと思うハイナは、なぜ自らに刃向かうものがいるのか、理解できない。しかし。
「わちきは、武士道を見間違えていたではありんすか」
太郎左衛門に問う。
「いや、総奉行は総奉行、武士道を心得ないのは謀反人かと」
太郎左衛門は即答した。
イレブンは、そのまま追走して城へと向かう。
太郎左衛門は、初見のこの若者が信じるにたるものかどうかを思案している。
どこからか追っ手が現れた。
やはり、山陵にもいたのだ。
イレブンは、バイクを固定すると、八双の構えを取る。
「総奉行に刃を向ける、これ如何なる武士道かな? 明倫館に転校して間もない私に教えてはくれないか」
笑いながら挑発するように相手に語りかける。
八双の構えとは即ち陰の構えである。初太刀は後の先を心がける。引いた右足に重心を移し、相手の飛び込みを待つ。相手が打ち込んできた隙に右足で地面を強く蹴り、懐へ。
袈裟斬りで一人目を、返す刀で二人目を、三人目を轟雷閃で斬りつけ、閃光で目を細めた四人目を突き、ライトブレードを手放した。
無刀のまま脇構え、一息つく。
睨みつけられた残党はそのまま散った。
「一眼二足三胆四力、知らぬわけでもあるまいに」
その戦いを太郎左衛門は見ている。
「今の剣、芝居ではあるまい」
太郎左衛門は、ハイナをイレブンに託した。
今、天守閣ではハイナはイレブンと共にいる。他にハイナを護っているのは、既に旧知となった面子だ。
秋月 葵(あきづき・あおい)は、超感覚で五感を強化してハイナの隣にいる。女王の加護で身に迫る危険を第六感的に感知し、定期的に殺気看破も使用して近づいてくる気配、特に害意を感じ取るよう、神経を張っている。
「他校の葵さんがここまでしてくれるのに、葦原藩の侍がこの有事に謀反を考えるなんて…ものの大事が分かっていないでありんす」
ハイナは激怒している。
「どうして、お侍さんはハイナさんを狙うのかな」
「暗殺などと息巻く前に、話をすればいいのでありんすよ」
「私がクイーン・ヴァンガードになったのは、女王を守る為じゃあなくて、皆を守りたいから…誰も傷ついて欲しくないからなの、お侍さんも皆を守ることを考えれば、他の行動をすると思うのに」
エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、そっと葵の背後に控えている。百合園女学院から助っ人に来た二人は、その育ちの良さゆえに真っ直ぐな質問をする。
「ハイナさん…」
「何でありんすか?」
「大量破壊兵器って何?」
ハイナはじっと葵の黒く輝く瞳を見つめる。
「スーツケースでありんすよ。昔、某国で開発され、世界中の地下組織でやりとりされているスーツケース、葦原藩も一つ持ってるんでありんす。大統領にも連絡済…使用するときはホットラインで伝える手筈で…」
ハイナは言葉を切った。
エレンディラが小声で呟いたからだ。
「皆の様子が…」
殺気看破を活用していた、大和魂五人衆の一人サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が、ハイナに駆け寄る。
「何か来たッス。葵さん、ハイナさんのそばから離れないようにするッスよ」
「分かった」
女性3人がハイナを取り囲むように体制を固めた。
天井から忍者が降って来る。
「総奉行、見つけましたぞ」
サレンと共に敵を迎え撃つのは、共に山陵でハイナを護り、脱出を援護した大和魂五人衆の面々だ。ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、志気を鼓舞するためにつけた白褌をなびかせている。
最初に反応したのは、ナガンだ。
天井から刃と共に落ちてきた忍者を、山陵の戦から持っているシャンバラ旗で殴る。
「誰だ、お前?ナガン様と知ってのロウゼキかぁ」
多くの忍者がナガンを取り囲む。
装備として持つ凶刃の鎖を使い、掛かってくる忍者を次々と投げ飛ばすナガン。
「ハイナ、こいつらはなんなんだぁ」
「謀反人でござんす」
「で、どうする?」
ナガンは手加減をして戦っている。相手は葦原藩の手のものらしい。刃を合わせてみると全てが手だれではない。黒装束で人相や年恰好は分からないが、幼きものや剣に不慣れなものもいるようだ。
「どうするとは?」
「フツーの子も混じってるぜ、この忍者さんたちには」
ナガンは葦原住人を殺傷するつもりはない、ゆえに手加減しているのだが、取り囲む忍者には相当の使い手もいる。時折、その刃がナガンに触れ、血の筋がナガンの褌を染める。
「ナガン様に刃向かうのはよせぇーーーー、静まれェェエエイ!」
数人の忍者が後ろに引いた。
まだ、ナガンに対峙しているのは、2名のみである。
「ここは手加減なしだな」
凶刃の鎖と奈落の鉄鎖で敵に向かうナガン。
竜司は、スモウレスラーらしく、四股を踏みながら、相手を投げ倒す。
素手で向かってくる忍者と戦っていたラルクがナガンに目で合図をする。
「先に行くぞ」
ラルクは、ハイナを肩に抱えるとて軽身功を使ってそのまま走る。
背後に控えていたイレブンは、隠し扉を開けた。
一同は、隠し扉に飛び込む。最後にナガンが扉の前に立った。
「ナガン様が飛び込んだ後に、ついてくるなよぉー、その身を蝕む妄執にうなされるぞー」
ナガンの姿が消える。使い魔・傀儡が入り口を破壊した。
天守閣から地下シェルターまでは、長い通路で結ばれている。簡単に言えば、滑り台だ。
一同が滑り落ちた部屋は、台所のようだ。
10・再びシェルター内、謀反の動きを封じ込める。
蟲籠に身体を乗っ取られた弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、書庫内で記憶を取り戻し、自らの不覚を悔いていた。
皆が書物を探しているあいだ、広く複雑な書庫内を歩き回り、そして、書庫外もくまなく歩いた。
「この建物は迷路のようだ、ナラカ道人の復活は予言されていた、ここに来ることも…」
「そうだ、全ては5000年の昔の約束だ」
菊は、声のするほうを見る。
蟲籠が立っている。その容貌は若々しい。
菊が身構える。蟲籠が退いた。
「今は戦わぬ」
蟲籠は、その姿のままで、城壁に飛び乗ると地上に飛び降り、ナラカ道人の群れに姿を消した。
「やっかいなことになったぞ、八鬼衆、復活したのか!」
皆に知らせるために、シェルターへと急ぐ。
長い道を滑り降りてきたハイナを出迎えたのは、葦原太郎左衛門だ。
「ご無事で」
太郎左衛門は勢いよく尻餅をついたハイナを立たせた。
「いてぇ、ケツの皮がむけたよ」
白褌で滑り降りてきた大和魂を掲げるパラ実の面々はごうごう言っている。
「しっ!」
声を潜めるよう指示を出す。
「ここは我が仮屋敷。だが、隠密が外におる」
太郎左衛門一同を次の間に案内する。
そのころ。
ハイナ暗殺で葦原藩の実権を握ろうとする一団は、ユーナとシンシアと議論している。
「ここは一致団結して敵に当たるべき事態なのに何を血迷っているのですか。」
葦原明倫館生徒であるユーナが、年嵩の男に向かい言い切る。
「民草を守り、その手本となるべき藩士がこのような事態とは士道不覚悟。房姫に対して恥と思いなさい。」
「我らを見捨てたのは、ハイナ総奉行だ。兵器によって葦原が荒地となろうとハイナは気にしないだろう、本国に戻ればよいのだ、しかし残された民はどうする、汚染された地で一生を終えよというのか」
シンシアが外を気にしている。
「誰か来たようです」
連れてこられたのは、鬼桜 月桃(きざくら・げっとう)と鬼桜刃著 桜花徒然日記帳(きざくらじんちょ・おうかつれづれにっきちょう)、それに鬼桜 刃と犬塚 銀だ。
皆、葦原明倫館生徒である。謀反を起こし顔を覆った男たちの中には見知ったものもいるようだ。
「私は葦原藩士会に身を置いてる、鬼桜月桃と言うものです。君達の謀反の話は聞きました。お気持ちもわかります。葦原に仕えてきた武士の皆さんはハイナ様の最終兵器が葦原を壊すとお考えなのですね。でも、ハイナ様を暗殺しようとするのはやめてください。ハイナ様を暗殺すれば、房姫様に必ずパートナー喪失の後遺症が出ます!」
月桃は、一気に語りかけた。
「房姫様をお護りするための謀反でもある…そこを理解せよ」
男も譲らない。
「お護りするためには、今は皆が一致団結しなきゃいけない局面です。お願いですから、謀反などせず、葦原のために我々と戦ってください!」
「お母さんの言葉を信じてくださいっ」
あどけない口調で、月桃を支えるのは、鬼桜刃著 桜花徒然日記帳だ。
「しかし、既に剣を抜いている」
ハイナをたおすことで房姫の害が及ぶと聞き、男達に動揺が走る。
「表におったぞ」
武士が、百合園の制服をきた女生徒たちを連れてやってきた。
神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)だ。プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)とフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)も共にいる。
「この場所は、葦原太郎左衛門殿に既に見つかっておるぞ」
エレンを連れてきた男がいう。
「女たちでも嗅ぎつけるのだ、仕方があるまい。あとは戦って散るのみ」
「目的をお忘れではないですか」
エレンは死ぬ覚悟を決める男達に言う。
「ハイナさんに最終兵器使用を思いとどまらせなければ、死に損ですわ。そのために謀反を起こしたのでしょう。私利私欲ではないのですから、死ぬ覚悟があるのなら、ハイナさんに直接交渉すべきです」
エレンは、?まってきたのにも関わらず、男の目を見て、怯えずに持論を話す。
実はハイナに最終兵器使用を思いとどまらせることは、思いついた考察に絡んでのことだ。人々の悪意、敵意、絶望といった負の意識に囚われた魂は、ナラカに淀んで闇龍の一部となるのではないか
攻撃性、残虐性、加えていずれの結果となっても残る救われなさ、鏖殺寺院に加わる人達は皆なにか救われない環境・事情に陥ってるが、そもそも地球で絶望するような環境に放り込まれた人達を生み出すように鏖殺寺院は裏で糸を引いていたのではないか。これらがそもそもそうなるよう意図して行われているのであれば、鏖殺寺院という組織のあの形態はまさしくそのためのものではないか。
「思いますに、最終兵器の使用をなされることは鏖殺寺院の思う壺かと。ハイナさんがあなた方の言葉に耳を傾けてくれるよう、われわれもフォローします。ですから、一度話し合いを」
「死に装束を着ての諫言に耳を貸さぬようならば、それはもう見捨てるよりあるまい。しかしまずはおぬしたちの声を届ける事じゃ」
フィーリアの言葉に男たちの心が動く。
「生きてさえいればいいなんてのは他人事だから言えるのである。ハイナは一体ナニ人なのであるか? まだアメリカ人のつもりなのであるか? この地に根を生やしてこの地の人々と共に生きていく覚悟をしていないのであるか?」
プロクルの激怒は謀反を志した男たちが感じていることである。
「ハイナ総奉行の前で、我らの正義を語り、それから死ぬ」
首謀者と思われる男がみなに告げた。
葦原太郎左衛門が、友も連れず、一人この密会場所の前に立っている。
「扉を開けろ、今は有事。我が意見を聞け!」
11・ハイナ、謀反を処罰せず
フィーリアの言に従い、白装束に身を包んだ男たちは、葦原太郎左衛門と鬼桜刃たち四名、ユーナたち二名、エレンたち三名を従えて、ハイナの前にでる。
一度は刃を向けた男たちだが、今は武器は持っていない。丸腰だ。死を覚悟している。
ハイナを守るのも、太郎左衛門の配慮で藩のものを廃している。先々禍根がなきようにだ、イレブンほか天守閣より共に降りてきた大和魂五人衆が揃っている。
菊が皆に知らせた情報は、ハイナを憂鬱にさせていた。ナラカ道人が分裂するのは聞いていた。しかし、あれほど苦労し倒した八鬼衆が復活しているとなると、この戦により勝ち目はない。
「八鬼衆・無灯一人で、どれほどの部下が死んだか…ナラカ道人は反撃しないと聞いたが彼らは違うでありんすよ、これ以上死者を出さないためには…」
決断するしかないと思っている。
その憂鬱なハイナの前に、皆が並んでいる。
「許す」
ハイナが短く告げる。
「総奉行、それでは皆は納まりません。皆が求めているのは、最終破壊兵器の破棄です」
言葉を続けたのは、エレンだ。
「五千年前の戦いより、この戦には鏖殺寺院が関わっています。思いますに、最終兵器の使用をなされることは鏖殺寺院の思う壺なんじゃないかしら。ナラカ道人を倒せてもこの地を失えば絶望感は膨れ上がることでしょうね」
「分かる、大丈夫…わかっているでありんすよ」
ハイナは席を立とうとする。
「最終破壊兵器を使用しないと確約が欲しい」
男が言う。
「分かっている」
その言葉は、承諾なのか。
「総奉行、われわれは死ぬ覚悟です。ここを出て城を守りたいと思います。外にはまだ多くのものがナラカ道人と戦っております。われわれも外に出ます」
「あいわかった」
今、最終破壊兵器を使用すれば、ナラカ道人と共に戦う部下や生徒が、そして、儀式に望む房姫も…まだシェルターに避難していないのだ、全てが灰となる。
シェルターの緊張は、解けたように見える。謀反の動きがなくなったことで、怪しげな動きをしているのは、この混乱に乗じて、利を得ようとする、小賢しいものだけである。
また、外部からきた学生たちは、緊迫しがちな住人たちを明るくする。
「総奉行、われわれがお護りするゆえ、外に出てみなと語って欲しい。そうすれば、総奉行のお人柄もみなに知れよう」
葦原太郎左衛門は、今回の騒ぎは、ハイナを良く知らぬ者が起こしたと思う。ハイナは皆が思っているほど、冷静で理詰めではない。情にもろいところもある。今回の兵器についても、ハイナは民を護るために持っているのだ、このシェルターにしても、ハイナが利己的な人間であったなら、自分と身内のみの小さなもので構わなかった。城を築城するときに、ハイナが気を配ったのは、皆の安全である。封印の祠や外敵に備え作られた、このシェルターが完成するまで、どのぐらいの費用がかかったのか、葦原太郎左衛門は知っている。ハイナ総奉行は、有事でなければ誰にも存在のしれない、この場所で数ヶ月の生活が出来る備蓄もしていた。ゆえに、「外にでて」欲しいのである。
太郎左衛門の計らいで、葦原藩の武士ではなく、天守から降りてきた葦原明倫館のイレブンと、先の戦からずっとハイナに付き添い、身体を張ってハイナを護ってきた褌姿の若者たちをハイナの護衛とした。
太郎左衛門は、彼らの生気と勢いを面白がっている。
吉永竜司は、巨大な食堂にハイナと共に訪れた。
「クソー、道人の女め。涙とか見せやがって…次は油断もしねぇし容赦しねぇぞコノヤロー、なぁ、外にでて戦わないのか」
ハイナに問う。
「房姫と約束しているんでありんすよ、秘儀でナラカ道人を封印するので、それまでは我慢してじっとしていてほしいといわれて…」
「我慢って、最終兵器のことか? ンなもんに頼る必要はねぇ。オレら五人衆が何とかしてやらァ!ンなわけ分かんねぇモン使わなくても勝てるだろ。それとも自分の仲間も信用出来ねぇのかァ?番長なら子分の事信じてやれよ」
「番長って、わっちのことでありんすか?」
ハイナは声高に笑い出す。
「握り飯が出来たよ」
菊が大盆に山盛りの握り飯を持ってくる。
「歌いながら食おうぜ」
竜司は、大きな声を張り上げた。
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