百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

リアクション公開中!

三つの試練 第三回 砂漠に隠されたもの

リアクション

3.


 場外には、噂を聞きつけ、イコンを一目見ようと集まった一般人の姿も多くあった。
 予想済みのことではあったため、簡易的な客席を儲け、見物客は全てそちらへと誘導をさせている。万が一の事故があっては困るという理由もあるが、鏖殺寺院が混じっていたとしても、一箇所に集めてしまっておいたほうが、対処も楽だというせいもあった。
 侘助と連絡を取りつつ、参加者の誘導を任されているソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、ちらりとそちらの客席を見やった。
 今のところ、不審者はとくにはいないようだが、気は抜けない。
 そして、そんな客席には……。
「まだまだ試合は始まらないアルよ〜。皆冷えたお茶を買うアル! 体は大事にしなきゃ駄目アルねー!」
 声たからかにそう売り歩く、一匹(?)のパンダ。マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)の姿があった。
「おーい、こっちにくれ」
「こっちもだ!」
「わかったアル、すぐに行くアルから、ちょっとだけ待つアルね!」
 昼間の砂漠は、夏場よりは涼しいとはいえ、烏龍茶も良い売り上げだ。しかし、それだけにとどまる彼ではない。いつの間に用意したのか、イコンのミニチュアやら、対戦者一覧が載ったプログラム(来賓用のをこっそりコピーしたらしい)、応援用のメガホンやらペンライト、応援にも使えるジャンボウチワと、様々な品揃えだ。もちろんどれも大人気で、マルクスとしては笑いが止まらない。
「烏龍様のお告げに従えば、幸せが来るってことアルね〜。けど、これだけ人気なら、バイトを雇えばよかったかもしれないアルよ」
 ぶつぶつと小声で呟きつつ、ちらりと警備にまわる北条 御影(ほうじょう・みかげ)と、フォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)を見やった。だが、彼らはこちらには気づいていない様子だ。
「つかえねー奴らアルね。まぁ、良いアル」
 一方、活き活きと行商活動にまわる彼を、諦め半分で見ている猿が一匹(?)。豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)だ。彼は、御影に付き従い、この場内の警備にあたっている。
「まったく、使えないのはどちらのほうじゃ」
「別に。邪魔しないならそれでいい」
 御影はそう言うと、油断なく視線をめぐらせた。浅黒い肌の人々は、ターバンを巻いているものは数名で、案外普通の軽装も多い。とはいえ、誰が寺院側で誰がそうでないのかは、今のところこれといって確証はもてない状態だ。
 御影は念のため、体調不良を訴える人が居た場合に備えて日除けの布や水を持ち歩いている。今日も日差しはキツイが、一応観客スペースにはひさしを設けたため、日陰ではまだ暑さを耐えうる。今のところ、そういった病人もおらず、会場はイコンを前に興奮と熱気に溢れていた。
「イコン、か……」
 御影も、競技場に居並ぶイコンをちらりと見やる。あんなばかでかいもの、どうやったって目立つだろうし、寺院に目をつけられるに決まっている。理由は説明されたものの、何を考えてるんだ、という気持ちの方が強かった。
「うぅむ、あのような巨大なカラクリに乗り込むとは……近頃の戦ははいてくですじゃの……。騎乗といえば馬という時代はもう終わりですじゃか……?」
 傍らでは、秀吉が隔世の感を禁じ得ない様子だ。
「戦じゃねぇよ。ただの試合だ」
 そう。戦になど、なってほしくはない。
「神なんざ信じちゃいねーけど、何事も無いよう祈りたい気分だぜ……」
 小さく呟いた御影の独り言を、フォンスが耳ざとく聞きつけ、悪戯っぽく彼の顔を覗き込んだ。
「相変わらず張り切り屋さんだねぇ、ハニーは。こういった場に事故は付き物。見物する客も非常事態に巻き込まれる事など心得て居て然るべきというものだよ。わざわざ君が気を配る必要など無いさ。寧ろ、何か起こらなければ面白みに欠けるというものではないかい?」
 たしかに、観客たちの多くは、鏖殺寺院について大なり小なり噂をきいているはずだ。来賓にしても、代理を寄越した者もいたと聞く。それでもここに来たのは、なんらかの『期待』があるだろうことは、想像に難くなかった。しかし。
「それでも、だ。なにかあれば……」
 御影が眉根を寄せ、フォンスから視線を外す。
「あれば?」
 揶揄もあらわにではあるが、続きを促したフォンスに、御影はぽつりと答えた。
「面倒くさいだろ」
 そうは言うものの、薔薇学の生徒として、それ以上に一人の人間として、被害などだしたくはないのだと、御影の背中には確かに書いてあった。


「いよいよですかね」
 イコンが、ソーマの指示に従い、一旦競技場の脇へと並ぶ。左右二手に分かれたイコンは、総勢22体。それが砂漠に居並ぶ様は、なかなかに壮観だ。
 それを見やり、安芸宮 稔(あきみや・みのる)はその中の一体をじっと見つめた。手には、先ほどマルクスから購入した烏龍茶がある。
 彼の契約者たちは、あの中の一体に搭乗している。つい先ほどまで、薔薇の学舎からレンタルしたシパーヒーの操縦や、対戦相手についての情報、戦術などを三人で話し合っていたところだ。
 結論としては、「正々堂々と戦う!」とのことなので、試合が始まってしまえば、後は稔の出番はない。ただ、心から応援し、見守るのみだ。


 来賓席では弥十郎の料理も好評を博し、歓談が進む間、御前試合の準備はいよいよ進められていった。
『それでは、まもなく、第一試合を開始します』
 侘助の声が、場内に響いた。