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リアクション
・これまでのあらすじ
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は極東新大陸海京分所へと足を運んでいた。
「PASD情報管理部のロザリンド・セリナです。ホワイトスノー博士はお戻りですか?」
午前中は新型機の試運転とかで外に出ている、というのは人伝に耳にしていた。そのため、終わった後に会えないものかと手続きをとったのである。
「少々お待ちください」
受付の人が確認を行う。
「こちらへどうぞ」
そして広間へと通される。
「思っていたより早かったな」
ソファーに、ホワイトスノー博士が腰掛けていた。
「先日はすいませんでした。傀儡師だと疑ってしまって……」
「気にする必要はない。それに、私も無関係というわけではないのだから」
傍らに座している「罪の調律者」を博士が見遣る。
「『力』だけが一人歩きしていたとはいえ、このわたしを操るなんてね。ほんと、ただの人間とは思えないわ」
彼女こそ、マスター・オブ・パペッツという能力を持った存在。『傀儡師』の本体である。
何千年もの間能力だけが彼女を離れ、様々な人形に取り憑きながら「誰かの望みを叶える」ための道具として活動していた。
彼女が目覚めることで、その力は完全に調律者の元に戻ってきたのだ。
「これは、PASDでまとめた一連の事件に関する資料になります。しかし、PASDだけでは限界があるので、お力添えを頂ければと思います」
情報のすり合わせを行う。
ロザリンドが用意した表と裏の流れは、以下の通りだ。
■表の流れ1
・発見された製造プラントを巡っての寺院との戦い。
結果:プラントは確保される。また、プラント起動に伴いマザーシステム「ナイチンゲール」と邂逅。これにより、イコンの量産への道筋が示されることになった。
・寺院に与する武装勢力『軍』の拠点制圧戦。
結果:海上要塞に奇襲を仕掛けるつもりが、情報が漏れていたことによりほぼ正面から戦う形に。何とか制圧し、総督を捕まえるも有力な情報は引き出せず。
天御柱学院の生徒の一人が「十人評議会」なる組織の存在を掴む。
・海京決戦。
結果:罪の調律者が目覚めたことによりイコンが覚醒。寺院を圧倒し、敵の切り札と見られる巨大イコンを撃破。
それも束の間、銀色のイコンに乗った敵の『総帥』ノヴァが出現する。正体不明の力により、天御柱学院のイコンが一時的に支配され、その間に敵の生き残りは戦線を離脱。
■表の流れ2
・ベトナムにおいて敵イコンの目撃情報が入る。拠点の存在を確かめるべく偵察部隊を派遣。
結果:青い機体により偵察小隊の一つが消息不明に。救援部隊は全滅。
・ベトナム脱出
結果:偵察部隊は生存しており、敵拠点に潜入。青いイコンのパイロットは桁外れの力を持つ超能力者の可能性がある。
また、元女優兼モデル、現ファッションデザイナーで資産家のメアリー・フリージアを救出(ホワイトスノー博士とモロゾフ中尉も向かったが、表向きは『敵に捕まり、偵察部隊に助けられた』ということになっている。その後、二人は寺院のスパイ疑惑が持ち上がり、モロゾフは逮捕された。海京決戦後、正式釈放)
ここまでは学院及びPASDのデータベースで公に出来る内容だ。
そして、寺院との戦いが始まる前の出来事の確認に移る。
■裏の流れ
・2012年。
機械仕掛けの神(イコン)と少女人形(罪の調律者。マスター・オブ・パペッツの本体)が発見される。
ホワイトスノー、モロゾフ両氏がロシア連邦軍特殊技術局管轄の研究所へと着任する(ロシアでは現在「はじまりの地」と呼ばれている立ち入り禁止区域)
ノヴァはそこでの研究対象とされていた子供。
所長によってノヴァ本来の力が完全に覚醒。それに呼応するかのように機械仕掛けの神が起動し、その中にいたアンドロイド(機晶姫と思われる)と契約。施設を破壊し行方を眩ます。
博士は致命傷を負い、自らが研究していたサイボーグ技術により身体を機械化し生き延びる。
・2020年までの間。
マスター・オブ・パペッツの能力をノヴァが手に入れる。
「二十世紀最後の天才」アントウォールト・ノーツと接触。以後、傀儡師として人形を送り込み、パラミタで活動。
本人は十人評議会の総帥として暗躍していたと考えられる。
極東新大陸研究所が設立される。
・2020年
古代の科学者ジェネシス・ワーズワースを巡る事件が発生。
傀儡師との邂逅。
司城 征の正体はジェネシス・ワーズワースの記憶を受け継ぐ者。
傀儡師の使っていた人形は地球の最新技術と機晶技術のハイブリット(実際には八年前の技術で造られたロボットに機晶石をねじ込んだものだった)
それがホワイトスノー博士に疑いを持つきっかけに。
「なるほど」
博士が頷いた。
「大体その通りだ。不足があるとすれば、ベトナムにいた敵のイコンや強化人間を造った元凶のことだ。
――ヴィクター・ウェスト。『新世紀の六人』の一人、遺伝子工学、生物学の権威バート・ウェストの息子」
その男があのクローン強化人間だけでなく、青いイコンのパイロットを生み出したという。
「さすがにあの男一人で全部をまかなったわけではないだろうが……」
「簡単よ。その男に、彼が『失われた技術』を与えたのよ」
調律者が口を挟む。
「『罰の調律者』。かつてわたしのパートナーだった男よ」
「その男が、なぜ?」
「わたしが罪を背負っているように、彼もまた罰を与えられた。それだけのこと。それが何かは分からないのだけれどね。だけど、わたしがそうであるように、彼もきっと自分の意思で何かを成すことは出来ないはず」
そこまで口にして、寂しげに目を閉じた。
「わたしはずっと眠っていたからそこまで変わらずにいられたけど……彼はもう、変わってしまったと思うわ。皮肉ね、一緒に一つの理想を抱いて聖像を造り上げたというのに、目覚めたら敵同士。しかも、結局私達の意志に反して聖像はただの兵器として使われ続けていた。わたし達は確かにあいつらに勝てなかった。だけど、その後の歴史の中でも、誰一人覆せなかったのね」
古王国の最盛期にパラミタと地球が繋がっていた頃契約を結んでいたとなると、彼女は一万年前の契約者だろう。
一万年、それだけ経っても人は何も変わっていない。
「でも、今ならもしかしたら……」
だが、その命運を左右するのは戦っている学生達の意志だろう。彼らが正しい道を行きさえすれば、きっと彼女は呪縛から解き放たれるのかもしれない。
「そのためにも、今は敵を知らなければいけない。さっきの表の流れはPASDから公にしてもらって構わない」
「あとは、今後の対策ですね」
ロザリンドは告げる。
「アレンさんと私で、十人評議会について調べています。しかし、やはり足取りは掴めません。あとはノヴァへの対抗手段と、海京にいる敵スパイのハッカーの所在を確認することが必要ですね」
「私の推測だが、ハッカーは理事会――学院上層部メンバーの誰かだ。彼らは、海京の全通信網へのアクセス権を所持している。もっとも、だからと言って普通に機密情報にアクセスしたら、身元はバレるがな。それを伏せられるだけの技術も持ち合わせてるということだろう」
理事会のメンバーが分かればいいが、そう簡単に名簿が手に入るものではない。
「ノヴァへの対抗手段、これが一番の問題だ。昔から異常なまでの力を持っていたが、あれほどではなかった。今のアイツの力が分からなければどうにもならん」
超能力の類ではあるだろうが、とのことだ。
「分かりました。ありがとうございます。では、改めてまとめてデータベースに登録、公開しようと思います」