リアクション
* * * 「しっかしすっげぇ人だなぁ……」 桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)は新作発表会の会場に足を運んでいた。どうにか人混みを掻き分け、メアリーが見える位置まで移動する。 「景勝さん、待って下さい」 リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)が彼の後を追う。 彼女が今日ここに来るということは、事前に告知もなされていたこともあり知っていた。 「あの、店員さーん」 フロアに控えている店員に声を掛ける。 「いえ、怪しいものじゃないっすよ。前に寺院から彼女を助けた景勝ってもんですけど、メアリーさんの様子どうっすか?」 いきなりのことに、店員が怪訝そうな顔をした。 「すいません、景勝さんが失礼しました。メアリーさんには、『桐生 景勝』と『リンドセイ・ニーバー』が来たとお伝え下さればと思います。そしてもし宜しければ、この後でいいのでお会い出来ないかと聞いてきて下さいませんか」 「……少々お待ちください」 迅速に対応してくれた。 メアリーに耳打ちし、店員もまた彼女の言葉をちゃんと聞いているようだ。 すると、彼女が景勝達の姿に気付いたらしく、微笑みを向けてきた。そして口を動かして何かを伝えようとしてきた。 「『あ・と・で・あ・い・ま・しょ・う』だって?」 読唇術を身に付けているわけではないが、多分そうだろうと思い込む。 「そういう感じはしますが、まだ分かりませんよ。 それにしても……むむむ、やっぱり美人さんですっ。スタイルもよくて憧れちゃいます」 明らかに彼女の姿は目立っている。 「お待たせしました……発表会の後、スタッフルームまでお通し致します。不審者ではないかと疑ってしまい、申し訳ありませんでした」 丁寧に頭を下げてくる店員。 そして、ついに新作発表会が始まる。 「お待たせ致しました。これより春の新作発表を行います。では、どうぞ」 司会の合図で、ピンクがかったワンピースに、白いカーディガンを着た小柄な少女が登場する。 「こちらのコンセプトは、『少女らしさと女らしさの調和』です。可愛らしい雰囲気の中にも、大人びた上品さを、ということで仕上げました。見かけの年齢と実際の年齢のギャップを埋めたいと考えている女性には是非とも試して頂きたいと思います」 メアリーが説明する。 パラミタでは見かけと実際は違う場合が多いとはいえ、やはりぱっと見子供であれば、いくら五千歳だろうと子供っぽく見えてしまうもの。そういう人が少しでも大人びて見られたいというときに着れるようデザインしたらしい。 だからあえて、モデルも小柄で幼そうな少女にしたのだろう。 「そして、次はこちらです」 今度はメアリー自らが羽織っていた白いコートを脱ぎ、前に出てくる。黒を基調としたドレスだ。 「コンセプトは『ナイト』です。英語では、騎士と夜の意味がありますよね。静かな夜のイメージの中に気高さが浮かび上がる、そういったものを目指しました」 それに続いて、さらに二つの作品を発表する。 計四つの春の新作を披露し、発表会を終える。 「本日ご来場の皆様には、一般流通に先駆けまして、この場で先行販売を行います。数に限りがありますので、ご希望の方はお並び下さい。整理券を配布致します」 特設フロアに列が出来始め、その列は店の外まで伸びていた。 が、数があまりに少なく、多くの客が涙を飲んだ。 「うわー、欲しかったのにー!」 「仕方ないよ、エミカさん。それより、次の店いかない?」 などという会話も聞こえてきた。 「やった、整理券げっと!」 「よかったね、美奈」 「……何だ、別に私は悔しがってなんかいないぞ!」 そんな感じで、他にも一喜一憂の声が聞こえてくる。 「ではお二人とも、こちらへどうぞ」 景勝達はメアリーの元へと案内してもらった。 「よぉ、お姫様。元気にしてたか?」 「ええ、この通りですわ」 約二ヶ月ぶりの再会を果たす。 「あら、その服……わざわざ全身揃えてきましたの?」 景勝は女優時代のメアリーのインタビュー記事やら何やらを見てメアリーが好むファッションを研究してきた。 そして、彼女が手掛ける男性向けの姉妹ブランドのブティックで全身をコーディネイトしてもらい、この日に備えたのだ。 もちろん、所持金がすっ飛んだのは言うまでもない。 「これも男の嗜みってやつだ」 得意げに胸を張ってみる。 「ふふ、でも海京からここまで来て下さるなんて」 「メアリーちゃんの顔見に来たんだよ、いつ同じことが起きるか解りゃしねぇし、不安だろ?」 「……心配してくださるのですわね」 一度拉致された以上、彼女がまた狙われる可能性は十分にあり得る。 「当たり前だろ。それより、ブランドの名前、『MARY SANGLANT』ってブラッディマリーって意味だろ。少し攻撃的過ぎやしねーか? 今はそういうのが受けんの?」 ふふ、とメアリーが口元を押さえて笑みをこぼす。 「確かに、名前の由来を考えるとそう思われるかもしれませんわね。でも、血とは生の証。その中で生きるわたくし自身の、意志表示みたいなものですわ……なんて、かっこつけてしまいましたが、実はそれほど深い意味はありませんのよ?」 彼女からは一切の暴力的な雰囲気というものは感じられない。むしろか弱い、守ってあげたくなるような女性に思えるほどだ。 だからこそ、敵に捕まってしまったのだろう。 少し話題を変え、尋ねてみる。 「相手の手口とか知りたいんで、誘拐の経緯とか聞いていいかな?」 「ええ。と言いたいところですが、あまり覚えていませんの。イタリアの別荘で新作のデザインを考えている最中、少々気分転換に散歩に行こうとしたとき、急に眩暈がして……気付いたら、よく知らない場所にいましたわ」 不安そうな顔をする。やはり、あまり思い出したくないらしい。 「まあ、無理に聞こうとは思わんさ。 そういや、メアリーちゃん見てふと思い出したんだが十人評議会のメンバーって誰か解ったんだっけ?」 と、隣のニーバーを見遣る。 「いけません、景勝さん! 秘密なんですよ、秘密! メアリーさんに迷惑がかかっちゃいますよ!」 必死になって景勝に迫る。 メアリーはといえば、状況が飲み込めないらしく、目を開けたままきょとんとしている。 「メアリーちゃんだからいいだろ? 美人だぜ? お姫様だぞ? いい子に決まってんじゃん」 「それでも、ダメです!」 「あの……十人評議会って一体なんですの?」 メアリーが首を傾げた。 「十人評議会? あぁ、悪の秘密結社らしい。詳しくは知らねーが天学襲撃してくるぐらい無茶な連中らしいぜ」 「秘密結社、ですか」 「まぁ天学も天学で、強化人間とか無茶やってるからなぁ。主義、主張が違う連中が衝突するのは仕方ねーか。俺には何が正しいか解らん。結局は戦えって言われた所で戦うだけだしなぁ」 「なんだか、どこか遠い世界のおとぎ話みたいですわね」 現実味がない、という意味でメアリーはそう表したのだろう。 「それが現実に起こってるから厄介なんだよなぁ」 ロボットに乗って悪の組織と戦うなんて、まるで昔のアニメみたいじゃないか。そういうものに憧れていた人もいるだろうけど、いざ現実になってしまうとそう単純にはいかない。 「桐生さん、もしも……またわたくしが危機に陥ったら助けて下さいますか?」 「景勝でいいよ、メアリーちゃん。そんなの当たり前だろ」 では、と彼女が続ける。 「わたくしがその悪の組織の一員として貴方の前に立ちはだかることになったら、どうなさいますか?」 それでも、景勝の答えは変わらない。 「冗談でもそういうことは言うもんじゃないぜ。でも、例えそうなったとしても、やることは変わらねぇ。助ける。どうやりゃいいかは分かんねーけど」 「あまり答えになってませんわよ」 メアリーが苦笑した。 「けれど……嬉しいですわね。今になって、わたくしもいい友人に出会えたものですわ」 柔らかな微笑みの中に、どこか寂しさのようなものを漂わせていた。 女優として、そしてデザイナーとして大成した彼女には、こうやって気兼ねなく話せる人というのはあまりいなかったのかもしれない。 そろそろ時間らしく、彼女の御付の人が呼びにきた。 「ふふ、先程の言葉、忘れませんわよ。今度は、ゆっくりとお茶を飲みながらお話しましょうね」 * * * 帰り道、ニーバーは携帯電話をいじってこっそりとロザリンドに連絡を送っていた。景勝が十人評議会のことを漏らしてしまったことを。 (もし敵に回ったら……考えすぎですかね) 雰囲気的には彼女が敵側の人間であるようには思えない。が、やはり最後の質問は気にかかった。 「おっと、メールが」 ちょうど、景勝がメールに気付いた。レイヴンの情報を教えた葛葉 杏からだ。 「レイヴン公開試運転は成功、か」 特にパイロットにも異常はないとのことだった。 ただ、自分の意志を強く持っていないと情報に飲まれそうになるというのは、気がかりな部分だ。 「まさか、パイロットがイコンに『乗っ取られる』なんてことは……さすがにないよな。イコンに意志があるわけじゃねーしよ」 |
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