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Entracte ~それぞれの日常~

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Entracte ~それぞれの日常~

リアクション


12:40〜


・白雪姫と調律者


「博士、とりあえずこっちは終わったぜ」
 海京分所でホワイトスノー博士の手伝いをしていた月夜見 望(つきよみ・のぞむ)は、広間に報告しに行った。
「ご苦労。こっちもちょうど話が終わったところだ」
 博士が罪の調律者と共に、立ち上がる。
「何か分かったら連絡してくれ。こちらからの情報提供も、出来る限り応じよう」
 ロザリンドを見送り、研究室に戻る。
「博士」
「なんだ?」
 博士の身体について気になっていることがあるので、この機会に尋ねる。
「やっぱり、その身体になったのは、あの『ノヴァ』っていう奴のせいなのかなって気になってさ……」
 海京決戦で通信施設へと向かった一行は、ホワイトスノーの身体が機械であることを知っている。
「いや、俺は博士のことを『人間』で大事な『先生』だと思ってるしさ……その、色々と教わりたい気持ちは変わらないし、博士の役に立ちたいって気持ちもあるから……何か俺で手伝えることがあったら、遠慮なく言って欲しいんだ」
 その言葉に、ほんの少しだけ博士が口元を緩めた。
「この身体になったのは、自業自得だ。私はアイツから目を背けてはいけなかった。なのに……私はノヴァの力に怯え、竦んでしまったよ。その時のアイツの顔は、今でも覚えてる」
 ノヴァが敵の総帥にまでなった原因は自分にあると彼女は考えているようだ。
「死を覚悟したんだがな。だが、いざ死を前にすると、愚かしくも『もっと生きたい』なんて強く思ってしまう。その代償がこの身体だ。何、失ったのは、全身のたった七割だ。命一つ手に入れるのに払う対価としちゃ安いくらいだ」
「そうまでして、アイツを助けたいなんてね」
 声を発したのは、罪の調律者だ。
「わたしの力を好き勝手使ったのは気に食わないけど、『ジズ』が認めたとあれば、興味は尽きないわ。まだ選ばれた理由も分からないのだし」
 どこか達観したかのような様子の調律者に、望は話し掛けた。
「あのさ、『罪の調律者』ちゃんって名前はなんて言うんだ?」
「……は?」
 怪訝そうな顔をする調律者。
「いや、だって『調律者』って呼び方だと……こう……ピンと来なくて。名前があるなら教えて欲しいなと」
 すると、今度は目を伏せた。
「わたしの名前……どうしても思い出せないのよ。彼の名前も。自分達が調律者だってのは分かるのに」
 自分の名前が分からない。
「うーん、なら思い出すまでの間でも何か……『ミール』ちゃんとかは? イコンの力で『平和』をもたらすって意味でどうだろう?」
「ジールと被るわね」
 博士をちら見する。
「まあ好きに呼べばいいわ。だけど、ちゃん付けは止めて。あと、頭を撫でない。今はこんな姿だけど、元々わたしは人間。大人の女よ。元の身体じゃないってところで、ジールとは似た者同士ってとこかしら」
「一緒にするな」
 すかさずホワイトスノーが突っ込む。
「月夜見、次はこれを整理してくれ。今日試運転した『レイヴン』のデータだ」
「レイヴン? あの黒いイーグリットとコームラントのことか」
 画面に映ったデータを眺める。
「今からこれを印刷するから、ファイリングを頼む」
 プリンターから流れ出る用紙の束を、丁寧に綴じていく。
 そんな彼らの様子を、須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)がピロシキ片手に退屈そうに見ていた。
「何をぼさっとしているのかしら?」
 調律者が声を掛ける。
「……ん? 調律者か。お主もピロシキを食わんか? 美味しいぞ?」
「生憎、この身体だと食事が出来なくてね。ものが食べられるのが羨ましいわ」
 温かみのある人の肌を取り戻したとはいえ、人形っぽさは依然として残ったままだ。生身の人間ではないと一目で分かるほどに。
「そう言えばお主……イコンの真の力を引き出してたみたいだが、あれはどうやったのじゃ?」
「ただ、ずっと昔に施したプロテクトを解除しただけよ。わたしの特殊能力とかじゃないわ」
 それに必要なのが、あの匣――オルゴールだったということらしい。
「そうか。まあ、我としては破壊神として強い力の使い方を参考までに聞いただけじゃ……と言っても、『破壊』だけじゃ、何も生まないことは分かってるし、望とかに怒られそうだから、今は護れればそれでいいのじゃがな」
「その台詞、あのバカ共にも聞かせてやりたいわね。あいつらは壊すことで、真の平和が訪れるなんて本気で考えていたんだから」
 とにかく調律者は力を壊すために使うことを嫌悪しているらしい。
「そういう者達の考えも分からんではないが……まあ、望のこと、これからもよろしくの」
 そのとき、音が響いた。内線通信だ。
『博士、学院の生徒さん達がまた来ました』
『誰だ?』
 ホワイトスノーが来客をチェックする。
『通せ』
 

* * *


 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は、罪の調律者に会うべく海京分所を訪れた。
 イコンを創造した技術者の一人だということを、人伝に聞いている。一体どんな人物だろうか。
(ん、先客か?)
 ちょうど受付の前に二つの人影が見えた。
「ここに用ってことは、イコンについて聞きに来たのか?」
 同じ学院の生徒っぽいこともあり、とりあえず聞いてみた。
「は、はい。博士に……会いに来ました」
 どもり気味で応じたのは御空 天泣(みそら・てんきゅう)だ。何やら緊張しているようだった。
「あ、気にしないで。天ちゃんいつもこんな感じだから」
 ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が微笑みを浮かべて言ってくる。
「そうか。ならいいが……まあ、確かに緊張するのも分かるが」
 ベトナム偵察前に少し接しただけではあるが、ホワイトスノー博士からはどこか近寄りがたい雰囲気が漂っている。「冷徹な白雪姫」とあだ名されるほどだ。
 天泣が博士と何度も会っていることを真司は知らない。実際は、真司に声を掛けられてびくついただけだ。もちろん、そんなことには気付かない。
「ここに『罪の調律者』がいると聞いたが、会わせてもらえないか?」
 受付がすぐに応じた。
「はい、ホワイトスノー博士と一緒におりますので少々お待ち下さい」
 通信を繋ぎ、確認を取る。
「お待たせしました。こちらです」
 大丈夫とのことなので、研究室まで案内してもらう。
「よく来たな」
 博士が出迎えた。
 そして椅子に座って本を読んでいる人形の少女の姿が目に入った。
(彼女が……)
 真司達は調律者に、天泣達はホワイトスノーと向かい合う。
「……何かしら?」
 調律者が真司を見上げてきた。
「『罪の調律者』では呼び辛いな。出来たら名前を教えてくれないか」
 またか、といった感じで調律者が嘆息した。
「自分の名前がどうしても思い出せないのよ。呼び辛いなら、好きに呼びやすい名前を考えてくれていいわ。そこの坊やは、『ミール』なんて呼んできたけど」
 と、作業をしている望に視線を送る。
「ジールは『ディーヴァ』ってわたしのことを呼んでるわ。歌姫なんて柄じゃないのにね」
 どこか傲岸不遜な話し方をしている彼女への、博士なりの皮肉なのだろう。決して調律者が威張ったり大柄な態度というわけではないのだが。
「あのときイコンの力を解放してくれたのは貴方だと聞いた。おかげで海京を守ることが出来た……ありがとう」
 頭を下げる。
「礼には及ばないわ。それに……いえ、何でもない」
 そして本題に入る。
「聞きたいことがある。あの銀色のイコンは何だ? 何故イコンを創造したんだ? 何故今までリミッターが施されていたんだ?」
「待て、真司。気持ちは分かるが、そうまくし立てるものでもないじゃろう」
 アレーティアがはやる真司を抑止する。
「とりあえず、今の真司の質問に、順番に答えてくれんかの?」
 調律者が淡々と説明した。
「あの白銀の機体はジズ。原初の聖像の片割れよ。聖像を創造した理由は……忘れたわ。最初は昔見た『カミサマ』ってのを自分の手で再現してみたかった、ただそれだけよ。それが、あの男に出会ってからは……いえ、何でもないわ。とりあえず、わたし達は戦いの道具として造ろうとしたわけじゃなかった。
 リミッターを施したのは、せめてもの抵抗よ。アイツらがただの道具として使うのが許せなかったから」
 一万年前に何かがあったのは確かだが、そのほとんどを彼女は語らない。
「ふむ……じゃが、原初のイコンだけではなく、イーグリットやコームラントを造ったのには理由があるのじゃろう?」
「そうね。強いていうなら……『みんなで空を飛びたかったから』かしら。人は翼を持たない。だから空に憧れを抱く。それは、当時の地球の人達もそうだったわ」
 だけど、と彼女が続ける。
「とはいえ、わたし達は調律者の中では異端だったのだけれどね。当時のパラミタの調律者は、皆いかに強力な聖像を造るかに傾倒していた。むしろ、今の人々にとっては、聖像=戦いのために生み出されたもの、って認識のようだから『歴史的には』アイツらが正しかったことになってしまうのだけれど」
 調律者とは、イコンを造った技術者のことを示すようだ。
「もう一つ聞く。あのジズと対峙いたと場合、現状で対抗出来るのか? あるいは何か対抗策はないのか?」
「今のところ、何とも言えないわね。制御能力は白金のナイチンゲールでどうにかなるけど……機体以上に、あの小童が厄介よ」
 一応の対抗はあるらしい。
 だが、それ以上にノヴァの存在が問題だという。
「大体、機体に乗ったまま空間を裂いてそこから味方を逃がすなんて無茶苦茶過ぎるわ」

 一方、天泣も博士と話し始めていた。
「本当に……この度は博士に多大なご迷惑をお掛け致しまして……申し訳ございませんでした」
「何を謝ることがある?」
「ベトナムに連れて行けと騒いだ挙句、危険な目に合わせてしまいました。それに、学生にデータを見せてくれたりして……」
「謝るより、行動でその気持ちを示せばそれでいい」
 口調はいつものように厳し目だが、それほど気にはしていない様子だ。
「極東新大陸研究所所属という立場からは難しいときもあるかもしれませんが……これからも、博士のお力を借りれたら幸いです」
 そして手荷物から包みを取り出す。
「これはほんのお気持ちですが、どうぞ」
 と、手土産に買ってきたチョコレートを手渡す。
「ありがたく頂戴しよう」
 もう少し経てばバレンタインだが、博士も天泣も疎いらしく、特に気にした風でもない。
「博士、教えて下さい。ノヴァのことを」
 海京決戦で問うたが、その場では教えてもらえなかった。
 そのため、改めて質問する。
「無邪気で、純粋な子だったよ。最初は大して興味もなかったが、いつの間にか弟妹のように感じるようになっていた」
 いつもの厳しい雰囲気が和らぐ。ノヴァという子供を、本当に可愛がっていたのだろう。
「だが、私は取り返しのつかないことをしてしまった。謝って許してもらえるものではないが、それでも私はノヴァを止めたい」
 それが自分の役目だとでも言わんばかりに。
「ほんと、あの小童の話題になるとすぐそうなるんだから。『冷徹な白雪姫』が聞いて呆れるわね」
 調律者が冷笑する。
「あなたにもお聞きしたいことがあります」
「何かしら?」
 真司達と話していた調律者と顔を合わせる。
「どうしてそんな姿になったのですか?」
「なりたくてなったわけじゃないわよ。全てを失った挙句、こんな身体にされた。わたしは……負けたのよ。争いを、力を好む調律者達に」
 そこまで話した後、彼女は悲しそうな顔をした。
 遥か昔に何があったかは分からない。
 だが、あまり思い出したくない理由があるようだ。
「イコンは歌で覚醒しました。あれはどういう原理ですか?」
「音声信号よ。だけど、あの歌はわたしが親友と一緒に考え、ナイチンゲールや彼と形にしたもの。メロディは匣に。でも、それだけでは足りない。正しい歌詞で歌って初めて意味を成す。それを知るのは、わたしと彼とナイチンゲールだけよ」
 だから、自分達がいなければ永久に力を解放する術は失われていたのだと告げる。
 そこへ、新たな人影が現れた。
「やっぱり、ここに居たのね、望くん」
 赤い髪の少女が扉の前から現れた。ファイリング作業中の望のパートナー、天原 神無(あまはら・かんな)である。
「あなた最近整備科に顔出してないでしょう! こんなところでサボって、なんて不良なの! あの整備科長からさえ、『ったくサボってばっかりいねぇで面見せろや』って言われて……って! 何、こんなところで皆仲良く歓談なんて」
「おい、神無! よく見ろ、俺は仕事中だ。ってか中等部時代はお前の方が不良だっただろ! 科長は分かったけど……『姉御』は何て言ってた?」
 望の顔色がどこか悪い。
「誰が不良よ! 全く……。あ、そうそう整備教官長は『次サボったらボルト耳の穴ん中ぶち込む』って言ってたわよ」
「……一番不良なのは姉御じゃねーか。あ、神無! 今の絶対チクんなよ、マジで!」
「言わないわよ。それに、望くんに何かしようとしたら例え整備教官長でも――」
「早まるな! あの女には勝てねぇ、返り討ちにされるぞ!!」
 などとやかましいやり取りをしたと思うと、神無が望を引っ張っていく。そして 櫛名田姫が続いていった。
「……と言う訳で、連れていきますよ、博士」
 そのまま扉を出ようとして、
「それと……あたしは同情しないから。言ったでしょ。『あたし』は『あたし』、そして『あなた』は『あなた』よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
 と言い残していった。
「やれやれ……」
 博士が溜息をついた。

* * *


 しばらくして、天泣とラヴィーナも海京分所を後にした。
 二人っきりになったところで、ラヴィーナが口を開いた。
「……単刀直入に聞こう。ノヴァ側に接触しないの?」
 その言葉に天泣は目を見開いた。
「だってさー、天ちゃんはイコンが知りたいんでしょ? それって寺院と学院両サイドから出来るじゃん。例えば、ノヴァ研究所を去った理由はノヴァに聞くのが一番。博士だって『取り返しのつかないことをした』としか言ってなかったわけだし。研究するなら多角的に見ないとぉ」
「…………」
「寺院に脅迫されて無理矢理協力してましたって後で言えばお咎めないだろうし……ねぇねぇ」
 微笑を浮かべながら天泣の顔を覗き込んできた。
「そんなことは……」
 無論、本気で言ってるわけではないだろうとは思う。
 それでも、悩まずにはいられない天泣だった。