百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

Entracte ~それぞれの日常~

リアクション公開中!

Entracte ~それぞれの日常~

リアクション


・製造プラント


「ここが、製造プラントなんだ」
 祠堂 朱音(しどう・あかね)達は、シャンバラのイコン製造プラントに到着した。事前申請した者達が、パイロット科長に付き従いここまでやってきた。
 初めて見るプラントの様子に、朱音は目を輝かせた。
「ほら、朱音、考えながら歩くな。そこ段差あるから危ないだろ」
 ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)が制止する。
 今朱音達がいるのは、格納庫から工場にかけての一帯だ。プラントの中は広く、また居住スペースもあり、ここに常駐している者達もいる。
 科長が「しばらくは自由に見回っていい」と言ったので、各々見学者はプラント関係者の案内の下で気になる場所を回っている。
「イーグリットは……」
 須藤 香住(すどう・かすみ)がイーグリットの機体を探してふらふらと歩く。
「ここで見聞きした情報を持ち出せるかは分かりませんが、可能なレベルで自分の頭に刻むだけではなく、外部媒体に保存したいですね」
 シルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)も、情報を探して歩き回る。
「ああ、シルフィも香住も……お前達もあっちこっちへ勝手にいくなーーー!」
 思わず声を上げるジェラール。
「なあ、どうしてうちの女性陣は……こんなに好き勝手なんだよ」
 と、はあ、と大きく息を吐いた。
「うーん、一杯気になる場所はあるんだけど……ボクとしては、覚醒とイコンの生産場所との因果関係が気になるんだよね」
「イコン……剣の花嫁である私と同じように、古代の技術で作られた存在。でも、それだけでは言い表せない何かがある気はしますね」
 それが何であるかまでは分からない。
「あの覚醒は、ボク達の機体にしか起きなかった。ボク達はイコンとしてひとくくりにしているけど、イコンは生産場所、というべきか、初期の設計段階で、似て非なるものになるのかな? 生物で例えるとDNAから違うというか」
 考える。
 だが、自分だけでは到底答えに辿り着けそうにはない。
「あーうーん、脳みそこんがらがってきたーーー。あーシルフィも香住姉も一緒に考えてよー」
 二人がが首を横に振った。
「何か小難しいことを考えているみたいですけど、私に助けを求められても無理です。私達の中ではあなたが最年少とはいえ、一番の頭脳担当者なんですから。私は……もちろん先陣きって突っ込む人に決まってるじゃないですか♪」
「一緒に考えるのは無理。そんな難しいこと、ワタシ、考えるのも嫌。シルフィと一緒でワタシも突っ込む人だもの」
「え? 頭脳担当はボクだって? そんなー!」
 それが出来ないから助けを求めているというのに。
「ジェラールなら、手伝ってくれるんじゃない」
 女性陣が、一斉にジェラールを見つめる。
「え? そこで俺にふるなって? ……頑張って……」
 呆れた顔をしつつも、ジェラールが声を発した。
「各イコンはDNAが違う? うーん、そもそも例えば車とかだって、メーカーが違えば、まるで違う見た目だったり、性能だったりするから、その辺りもあるのかな。例えば、ここのプラント製に独自に搭載されている何かがこの間の歌に反応したと考えるとか……でも、それなら寺院側のイコンはどういうことになるのかな……」
 せめて、その辺の事情が少しでも分かればいいのだが。
 海京分所に今はいるという、「罪の調律者」なら知っているのだろうか。
「せめて、誰かに聞ければいいんだけど……」
 パイロット科長に掛け合って、このプラント関係の誰かと話させてもらえないか頼んでみる。
『お困りでしょうか?』
 すると、唐突に目の前には侍女服姿の女性が現れた。
「キミは?」
『マザーシステム、ナイチンゲールと申します。こちらの実質的な管理を司っております』
 コンピューターが映す立体映像らしい。
『基本的な情報をお伝え致しますと、聖像はここ以外でも造られております。その場所によって、全く異なるものが誕生しております。それらを知るのは、実際に設計を行った方だけです。私のように情報を保管しているシステムもございますが、基本的にデータが開示されることはありません。一定の条件が揃ったときのみです』
 どうやら、朱音の推測もそこまで的外れではないらしい。
 正解に近い、というわけでもないが。
 そして、またナイチンゲールが姿を消した。
「イコン……キミは一体何者なんだろうね。ボクはキミのことを知りたいよ……」
 いつかは、その謎を自分の手で解明したい。そう思わずにはいられなかった。

* * *


「申請は通りました。これで、俺もここに常駐出来ます」
 樹月 刀真(きづき・とうま)はシャンバラ政府にプラント常駐の申請を出した。ロイヤルガードであり、さらにアクセス権を所持していることもあって許可が下りる。
 ちょうど、見学者が天御柱学院からやってくる。
 常駐者ということもあり、彼らも案内をすることになった。
「見学者の方ですか?」
「はい」
 青いスカーフを巻いた少女だ。
「少々お待ちください。ナイチンゲール、今出れますか?」
 すっ、とナイチンゲールが出てくる。
『先程、少々お客様の対応をしておりました』
 プラント内であれば瞬時にどこへでも移動出来るのは、彼女ならではのものだ。
「……どうかしましたか?」
 眼前の少女がナイチンゲールの姿を見て、首を傾げた。
「いえ、何でもありません」
 少し不思議に思いはしたが、彼女と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と共に一通りプラントの中を見て回る。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね。俺は樹月 刀真。こっちはパートナーの漆髪 月夜。それで、彼女が」
「ナイチンゲールさん、ですよね」
 彼女の名を呼んだときのことを覚えていたようだ。
「私は、ヴェロニカ・シュルツです」
 ヴェロニカがある場所で立ち止まった。
「これは……」
『そちらは【ナイチンゲール】になります』
「あなたと、同じ名前?」
『はい』
 白金の女性型のイコンを、じっくりと見上げるヴェロニカ。
「やっぱり……」
 ヴェロニカが声を漏らした。
 しばらくすると、彼女も天学の他の見学者達と一緒にプラントを後にした。

「さて、これでゆっくり出来るな」
 そこからはナイチンゲールとの談話だ。
「ナイチンゲール、蔵書データに繋げるようにしておいたよ。一緒に本を読まない?」
 月夜がユビキタスでアクセスし、ナイチンゲールと接続出来るようにした。
『多くのデータがございますね』
 ナイチンゲールがそのデータから、本を取り出す。原理は彼女の姿と同じなので、月夜や刀真も実際にそれを触って読むことが出来る。
「他にも、音楽やビデオのデータもあるよ」
 それらを見ようとすると、
『私の方で再生致します』
 と自分と繋いで、映像を眼の前に投影する。3Dさながらの映像として出力されているのだ。
「ねえ、ナイチンゲール。たまには違う服も着てみたら? 今は『MARY SANGLANT』ってブランドが流行ってたりするし……こんな感じの」
 コンピューターを操作し、ナイチンゲールに見せる。
「なんだったら、お揃いの服を着てみたら?」
 表情に乏しいが、ナイチンゲールがたまに関心を持ったかのように視線を送ってくることがある。
『試してみます』
 次の瞬間、ナイチンゲールの服装が変化する。
『しかし、データが変化するとどうにも違和感がございます。人間で言うところに、「落ち着かない」といったところでしょうか』
 元の姿に戻る。
 やはり、マスターに設定された姿に愛着があるらしい。
 そんな彼女の姿を見て、刀真は思う。ナイチンゲールにはやはり、元々感情があったのではないかと。
 二人のマスターと楽しい時間を過ごした記憶も、きっと残っているのだろう。だが、過去にイコンが意図しない使われ方をした、あるいはされそうになったことがあり、深く傷ついたのではないだろうか。
 だから、二人のマスターは彼女の記憶と感情を封じて、改めて後の時代の人間に問うようにしたのかもしれない。「何のために力を求めているのか」と。
 だが、イコンの運用記録については正確な記録が残っていない。古王国期にシャンバラでも使われていた、ということくらいしか。
『樹月様も、力をお求めですか?』
 イコンのことを話題に出すと、そのように問われた。
「俺は独りでいる奴を放っておくのが嫌で、大切な人を護りたくて、助けたいから……それらを邪魔する敵の全てを殺し、事を成し、殺した罪を背負って先へ進む。そのためならいくらでも力を求める……俺は俺の傍から誰も欠けて欲しくないんだ」
『どんなに背負う覚悟があっても、破壊を行えばいずれ限界は訪れます。そうなれば、壊れてしまうのは貴方自身です』
 それでも、自分のこの生き方を変えるのは難しい。
「護りきるのが先か、自分が壊れるのが先か。
 もしかしたら、この先俺は君を傷つけるかもしれない。そうならないよう君と一緒に色々考えていけたらと思う」
 時折見せる、気遣いのようなものをナイチンゲールからは感じる。
「ナイチンゲールも、外の世界が見れればもっと色々なことが分かると思う……そうだ、私の銃型HCやテクノコンピューターと常時通信接続することで、私達が行った先の映像や音声なんかをナイチンゲールに送ったり、スピーカーでナイチンゲールの声を相手に聞かせてやりとりが出来るんじゃない? 私達の行く先限定になるけど、外の世界を見聞きしていることになるよね?」
 問題は、シャンバラの外まで通信網が伸びていないことだ。
 だが、もし彼女とリンクしていながら外に出れる端末があれば、確実に彼女はさらに多くのものを知ることが出来るだろう。
 それによって、失った感情や記憶を取り戻すことだってあるかもしれない。

* * *


 プラントから帰ろうとしたとき、ヴェロニカはパイロット科長に頼みごとをしていた。
「イズミさん、お願いがあります」
「一応、学院では科長と呼べ。なんだ?」
 断られる覚悟で、言ってみる。
「今日はここに残っていいですか?」
 なんとなく、もう少しここにいないといけない、そんな気がした。
「言えない理由がある、そんな顔をしている。今回だけだぞ」
「ありがとうございます」