リアクション
* * * 「申請は通りました。これで、俺もここに常駐出来ます」 樹月 刀真(きづき・とうま)はシャンバラ政府にプラント常駐の申請を出した。ロイヤルガードであり、さらにアクセス権を所持していることもあって許可が下りる。 ちょうど、見学者が天御柱学院からやってくる。 常駐者ということもあり、彼らも案内をすることになった。 「見学者の方ですか?」 「はい」 青いスカーフを巻いた少女だ。 「少々お待ちください。ナイチンゲール、今出れますか?」 すっ、とナイチンゲールが出てくる。 『先程、少々お客様の対応をしておりました』 プラント内であれば瞬時にどこへでも移動出来るのは、彼女ならではのものだ。 「……どうかしましたか?」 眼前の少女がナイチンゲールの姿を見て、首を傾げた。 「いえ、何でもありません」 少し不思議に思いはしたが、彼女と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と共に一通りプラントの中を見て回る。 「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね。俺は樹月 刀真。こっちはパートナーの漆髪 月夜。それで、彼女が」 「ナイチンゲールさん、ですよね」 彼女の名を呼んだときのことを覚えていたようだ。 「私は、ヴェロニカ・シュルツです」 ヴェロニカがある場所で立ち止まった。 「これは……」 『そちらは【ナイチンゲール】になります』 「あなたと、同じ名前?」 『はい』 白金の女性型のイコンを、じっくりと見上げるヴェロニカ。 「やっぱり……」 ヴェロニカが声を漏らした。 しばらくすると、彼女も天学の他の見学者達と一緒にプラントを後にした。 「さて、これでゆっくり出来るな」 そこからはナイチンゲールとの談話だ。 「ナイチンゲール、蔵書データに繋げるようにしておいたよ。一緒に本を読まない?」 月夜がユビキタスでアクセスし、ナイチンゲールと接続出来るようにした。 『多くのデータがございますね』 ナイチンゲールがそのデータから、本を取り出す。原理は彼女の姿と同じなので、月夜や刀真も実際にそれを触って読むことが出来る。 「他にも、音楽やビデオのデータもあるよ」 それらを見ようとすると、 『私の方で再生致します』 と自分と繋いで、映像を眼の前に投影する。3Dさながらの映像として出力されているのだ。 「ねえ、ナイチンゲール。たまには違う服も着てみたら? 今は『MARY SANGLANT』ってブランドが流行ってたりするし……こんな感じの」 コンピューターを操作し、ナイチンゲールに見せる。 「なんだったら、お揃いの服を着てみたら?」 表情に乏しいが、ナイチンゲールがたまに関心を持ったかのように視線を送ってくることがある。 『試してみます』 次の瞬間、ナイチンゲールの服装が変化する。 『しかし、データが変化するとどうにも違和感がございます。人間で言うところに、「落ち着かない」といったところでしょうか』 元の姿に戻る。 やはり、マスターに設定された姿に愛着があるらしい。 そんな彼女の姿を見て、刀真は思う。ナイチンゲールにはやはり、元々感情があったのではないかと。 二人のマスターと楽しい時間を過ごした記憶も、きっと残っているのだろう。だが、過去にイコンが意図しない使われ方をした、あるいはされそうになったことがあり、深く傷ついたのではないだろうか。 だから、二人のマスターは彼女の記憶と感情を封じて、改めて後の時代の人間に問うようにしたのかもしれない。「何のために力を求めているのか」と。 だが、イコンの運用記録については正確な記録が残っていない。古王国期にシャンバラでも使われていた、ということくらいしか。 『樹月様も、力をお求めですか?』 イコンのことを話題に出すと、そのように問われた。 「俺は独りでいる奴を放っておくのが嫌で、大切な人を護りたくて、助けたいから……それらを邪魔する敵の全てを殺し、事を成し、殺した罪を背負って先へ進む。そのためならいくらでも力を求める……俺は俺の傍から誰も欠けて欲しくないんだ」 『どんなに背負う覚悟があっても、破壊を行えばいずれ限界は訪れます。そうなれば、壊れてしまうのは貴方自身です』 それでも、自分のこの生き方を変えるのは難しい。 「護りきるのが先か、自分が壊れるのが先か。 もしかしたら、この先俺は君を傷つけるかもしれない。そうならないよう君と一緒に色々考えていけたらと思う」 時折見せる、気遣いのようなものをナイチンゲールからは感じる。 「ナイチンゲールも、外の世界が見れればもっと色々なことが分かると思う……そうだ、私の銃型HCやテクノコンピューターと常時通信接続することで、私達が行った先の映像や音声なんかをナイチンゲールに送ったり、スピーカーでナイチンゲールの声を相手に聞かせてやりとりが出来るんじゃない? 私達の行く先限定になるけど、外の世界を見聞きしていることになるよね?」 問題は、シャンバラの外まで通信網が伸びていないことだ。 だが、もし彼女とリンクしていながら外に出れる端末があれば、確実に彼女はさらに多くのものを知ることが出来るだろう。 それによって、失った感情や記憶を取り戻すことだってあるかもしれない。 * * * プラントから帰ろうとしたとき、ヴェロニカはパイロット科長に頼みごとをしていた。 「イズミさん、お願いがあります」 「一応、学院では科長と呼べ。なんだ?」 断られる覚悟で、言ってみる。 「今日はここに残っていいですか?」 なんとなく、もう少しここにいないといけない、そんな気がした。 「言えない理由がある、そんな顔をしている。今回だけだぞ」 「ありがとうございます」 |
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