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Entracte ~それぞれの日常~

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17:30〜


・パイロット科長


「そういえば、午後はプラントに行ったらしいが、そろそろ帰ってくる頃だろうか?」
 転入生や見学希望の学院生を連れていったらしいことは、訓練中に教官から聞いている。一応、プラントまでの移動手段は確保されており、距離の割には時間がかからないらしい。
 時間的にも、そろそろ海京に戻ってきていてもいいだろう。
「デビット、科長に会いに行こう」
 笹井 昇(ささい・のぼる)デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)に呼びかけた。
「この一ヶ月で、なんとか停学になっていた一ヶ月分の遅れを取り戻せた。まだ完全とはいえないが、少しは余裕も出てきたところだからな。それに……まだベトナムの件をちゃんと謝れていない」
 停学中の身は合わせる顔がなく、海京決戦を機に停学が解除されてからは、遅れを取り戻すので必死だった。
 それで今になってようやく、というわけだ。
「パイロット科長か、確か名前は……ん? おかしい……オレの手帳に科長のデータが載ってねぇとか……天学所属の女は生徒教官含めて網羅したつもりが抜けがあるとは……不覚だぜ」
 元教官長とはいえ、直接指導を受ける機会が少なかったためか、覚え忘れていたらしい。もっとも、学院関係者の名簿が生徒にちゃんと公開されているわけではないので、教官の名前が本名とは限らないのではあるが。
 それというのも、正式所属が外国の特殊部隊で、学院に出向してきている者もいるためだ。ごく少数ではあるが。
「よし、収集に行こうぜ。いや、半分は冗談だ。そんな顔するなって」
 軽い調子で言うデビット。
「とりあえず、行くのはいいが、その前に購買で花束でも買ってから行こうぜ」
「花束? 相手は教官だし、変に思われないか?」
「生徒と科長とか関係ねぇ。こういうときには、花束の一つぐらい持っていくのがマナーだろが。花を貰って喜ばない女なんていないんだよ」
「しかしだな、普通生徒が教官に会いに行くのに、花束を持っては行かないだろう」
「少なくとも、手ぶらとかないわ。そんなだからお前は朴念仁って言われるんだよ」
 埒が明きそうにもないので、途中で花束を買ってから科長室を訪れる。
「失礼します。パイロット科の笹井です」
「入れ」
 ちょうど、科長が席に座っていた。
「ベトナムでの命令違反では科長にご迷惑をお掛けして申し訳有りませんでした。もっと早く来ることも考えましたが、まずは停学による教練の遅れを取り戻すのが生徒として最優先事項と考え、ご挨拶が今になってしまいました」
「そんなことか。生徒のお前達が気にすることではない。気持ちは分からんでもないからな」
 命令違反によって一時は降格されたと聞いていたが、実際には前パイロット科長に食って掛かったせいである。
 昇はそのことを知らないが、科長としては任務を破ってでも仲間を思って行動した彼を責めるつもりはないのだろう。
「遅れましたが、科長就任おめでとうございます」
 今更かもしれないが、と思いつつも花束を渡す。
「……わざわざ買ってきたのか?」
 いつも仏頂面の堅物そうな科長が、目を見開いた。
「いや、ありがたく頂いておこう」
 その様子を、デビットがニヤニヤと眺めていた。
「で、教官、オレはダチを見捨てるのは性に合わないんで、また迷惑かけるかもしれないっすけど、そんときはまたよろしく。当てにしてるっすよ」
「もう少しお前は礼儀作法をだな……」
 そこで、思い出したかのようにデビットが口を開いた。
「あ、そうだ。教官、実は教官の名前ど忘れしちゃったんで、教えてくれないっすか?」
 科長室の前に、ネームプレートはなかった。
「ちゃんと前に言っただろう? イズミ・サトーだ」