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リアクション
「へろへろー。さくらこにゃんにめーこちゃん、私と一緒に魔界でにゃんにゃんしなーい?」
現れた人影、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)と伏見 明子(ふしみ・めいこ)に対して、アルコリアがおそらく“友人”の態度を見せる。
「はろー、アルコリアさん。随分と荒ぶってるわねえ。
……お節介だけど、横槍入れさせてもらったわよ。友達が人殺すのなんて、好き好んで見たくないしね」
『……って、さも簡単そうに言うな馬鹿! 魔鎧っつったって生き物なんだからちィとぐらいいたわれ! 千切れるわ、燃えるわ!』
明子の言葉に、彼女のセーラー服という形で装備されていたレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が抗議の声を漏らす。天からの火柱でエッツェルが消し炭になる直前、高速で突っ込んだ明子が彼を範囲から逃れさせ、後方に控える九條 静佳(くじょう・しずか)と鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)に託したのであった。後数分遅れれば死んでいたであろう輝夜も、彼女たちの治療により峠は超えた。
「ちょっと音速超えたくらいで弱音吐かないの。これから何度でも経験するハメになるわよ」
『うげぇ……俺、前言撤回したくなったわ。アルコリアもバケモンだけど、マスターも十分バケモンだよ!
……ま、こうなっちまったら一蓮托生だ。最後まで付き合ってやンよ』
それきりレヴィの言葉は聞こえなくなり、代わりに加護の力が明子を満たしていく。炎に飛び込んだことで受けたダメージも、今では完全に回復していた。
「そう易々と、アルちゃんとにゃんにゃんなんぞしてやりませんよっ。
……ちょっとくらい、手加減してくれません? ダメ?」
「えー。じゃあ手加減したら、にゃんにゃんしてくれるー?」
「……嘘吐きは嫌われるわよ」
「嘘じゃないよー、にゃんにゃんしたいのはホントだもーん」
そんな調子で、サクラコと明子、アルコリアの会話が交わされる。ともすればそれは、どこかの学校の食堂で交わされてもおかしくないようなもので。
もしかしたら、歯車が別の所で噛み合っていれば、そんな現実もあったかもしれなくて。
……だけど、そんな現実は多分、きっと、訪れない。
「それでは、行きますよ」
「どうぞ。私はあなたを、止めるつもりで来たんだし」
「私は正直、やり合いたくはないですけどね。ま、誰かサンと同じで、お人好しなんですよね」
その言葉を最後に。
アルコリアが天から火柱を呼び出し、明子とサクラコが素早い身のこなしでそれを避ける――。
「むりー! むりむりむりなのです! 何この修羅場ー!」
目の前で繰り広げられる異常な戦闘に、六韜がうえぇぇん、と泣き声をあげる。ミディアムくらいには焼けてるんじゃないのと思えたエッツェルと、ひゅー、ひゅーと息を吐くだけの輝夜の治療だけでも半泣き状態だったのに(半壊状態のネームレスは、無意識に見るのを拒否した)、今度は自分がそのような運命を辿るのではと思えば、泣くのも致し方ない。
「あーほら、落ち着いて。マスターに言われただろう? アルコリアの立場と、突如得た再生能力のことを鑑みれば、悪魔と契約してる可能性が高いって。だったら、何処かに契約の“印”があるはずだって。それを“見る”のが六韜の仕事だろう?」
「でもでもー、ナコちゃんとか全然格の違う魔道書ではないですかー!
うみゅぅぅぅ、マスター横暴ー! 紗那王の外道ー!」
泣きつく六韜をあやすように、静佳が頭をポンポン、と撫でつつ言葉をかける。
「いや、まあ、外道でもなんでもいいけど。
でも、ぐずぐずしてるとマスター、アルコリアにやられちゃうよ?」
「うぐうぐ……そういう所が外道だって言うんですよぅ」
静佳から離れ、涙を拭って、六韜がアルコリアに視線を向ける。悪魔との契約の印を見抜くその力で、アルコリアを見通した六韜だが。
「…………」
見届けた六韜から、いつになっても言葉が紡ぎ出されない。
「どうした、六韜? まさか、六韜でも印が見つけられないなんてことが――」
「……いえ、そうではないのです。何と言っていいのか分からないのです。
確かに、悪魔との何らかの繋がりは認められるのです。ですがそれは、契約とは違うものなのです」
戸惑いの表情を浮かべて告げる六韜に、静佳がそれはどういう、と返そうとした所で。
「あ、言ってませんでしたか? じゃあ特別大サービスで教えて差し上げます。
私、死んでるんですよ。ナベリウスって子達に、魂をね、こうズズっと取られちゃいました」
アルコリアの言葉に、振るっていた槍を引いて、明子が口を開く。
「嘘……じゃないみたいね」
「嘘つきは嫌われるんでしょー? 私、めーこちゃんには嫌われたくないもーん。
あ、さくらこちゃんもだよー」
「取って付けたようにラブコールしなくてもいいですよっ。
……そうですか。それは何時の事です? 魔神が二人、イルミンスールに攻めて来た時ですか?」
「そーそー。ミイラ取りがミイラ? にゃんにゃんするつもりで、にゃんにゃんされちゃったー」
さも、どうでもいいとばかりにアルコリアが言う。
「……待て。ではあの戦いで魔神ナベリウスの侵攻を食い止めたのは、牛皮消ということになるのか?」
大型騎狼『ポチ』に跨る白砂 司(しらすな・つかさ)が、当時の戦いを思い返す。軍隊の先頭を進んでいたはずの{SNL9998760#魔神 ナベリウス}が、ある時点からはたと確認されなくなり、契約者はナベリウス軍を退けることに成功したのだが、結局何があったのかは明らかにされなかった。激しい戦闘の残滓は確認されたものの、“誰が”ナベリウスと戦ったのかは、知られていなかった。
(それじゃあ、アルちゃんはイルミンスールの救世主ということになっちゃうんですね。
……うーん、アルちゃんの性格からいって、そんなことは望んでもいなかったでしょうけど)
サクラコがそう思い至り、そして明子は槍を携え、アルコリアと対峙する。
「じゃあなおのこと、あなたを止めなくちゃね。無意味じゃないあなたがこれ以上何かする前に。
……六韜、他に分かったことある?」
「えっ、は、はい。再生が行われる際、患部に悪魔との繋がりが見えました」
六韜が、自らの知識によって“見えた”ものを言葉にして明子に伝える。アルコリアの再生能力は、魂を奪ったナベリウスから魂を介して(言葉としてはおかしいが、彼女を動かしているものを介して、という意味)付与されている。能力が発揮されている時、つまり傷の再生が行われている時に、悪魔との繋がりが見える、というものであった。
「つまり、あなたにまずは一発大きな怪我を負わせて、それが回復し切る前にもう一発ブチ込む必要がある、ってわけか。
……なにその無理ゲー」
言葉を吐き捨て、明子が加速状態に移行、アルコリアの召喚した雷鳥の放つ電撃を避ける。
「嫌になりますねー、私では到底、アルちゃんに致命傷を与えられないですよ」
サクラコが呟き、同じく向けられた電撃を跳んで避ける。エッツェルが切り札を用いてようやく“大きな怪我”を負わせられた相手に、いかにして致命傷を与えることが出来ようか。
(ここは、司君頼みですね。頼みますよ、司君っ)
彼が“その手段”を用いるのは辛いだろうなと思いかけ、今はそのような場合ではないと振り切り、サクラコが森を駆ける。
司の、“致命的な一撃”を成功させるために。
(牛皮消はやはり、ただ貶されるべきではない人物だ。彼女の道が俺の道とも、多くの契約者の道とも異なっているだけのこと。
……だが、牛皮消。お前の取った道が『ジャタを守る』道とぶつかった以上、俺はお前を捨て置けはしない。
ここで、止めさせてもらうぞ)
森を駆けながら、思考に耽った司が懐のフラスコに触れる。そこにはアルコリアに“致命的な一撃”を与えうる可能性、“森で最強最悪の業”、『毒』が満たされていた。植物と蟲が育み、牙の一つも使わずして獣を屈服させた毒。その知識を有する薬師は、人を癒す術と人を苦しめる術を有しているのであった。
(出来ればこれは、使いたくはなかった。だが俺に、これ以外で出来る最大の攻撃はない。
……実力に敬意の一つを払う相手である以上、この一撃に、俺は俺の全てを賭けよう)
そうでなければ、届かせられない。
サクラコが跳び、雷鳥の攻撃を一手に引き受ける。そこへ明子が加速状態で突っ込み、アルコリアに詠唱をさせる前に攻撃を繰り出し、主導権を渡さないようにする。その間に司はポチと共に距離を詰め、後ろ手に毒の入ったフラスコを隠し持つ。
そして、明子が司の接近を察知し身を引いた、その意図をアルコリアに悟られる前に司が飛び出し、フラスコを投げつける。契約者の腕力で投げられたフラスコは司の手を離れた直後に折れ、液体の入った球体部分がアルコリアに当たって中身をぶちまける。追撃を、と思い立つが、距離が近過ぎ、槍を振るえない。
「無理を承知で実行するくらいじゃなきゃ、あなたは止められないわよね!」
明子が言い放ち、アクセルギアを起動させる。音速を超える速度でジャンプしたかと思うと、落下して強烈な突きを見舞う。ズブリ、と確かな手応えがして、槍がアルコリアの腹部に突き刺さる。銃弾にも匹敵するであろう威力の一撃を受けて、身体が瓦解しないことがそもそも脅威であった。
「アルちゃん、ゴメンっ!」
樹を足場に距離を詰めたサクラコが、明子のアルコリアに刺した槍を全体重をかけて蹴る。貫通した槍ごと吹き飛ばされ、アルコリアは近くの樹に磔のようにして縫い付けられる。常人はもとより、契約者であっても死ぬであろう攻撃。
「マスター!」
そこに六韜の、危険を知らせる声が飛ぶ。……いや、その声が彼らに届くより早く、ナコトとラズンの術が完成していた。
「マイロードの敵を裁くのは、わたくしですわっ!」
「殺すつもりで殺される、いいじゃない、単純で」
ナコトの神の裁きを彷彿とさせる術が、ラズンの生み出した電撃が、司とサクラコ、明子を襲う。
どの攻撃でそれぞれが技を封じられたかもはや判別出来ないまま、一行は強大なる魔法の力に沈んでいった――。
恐怖でガクガクと身体を震わせる六韜を背に守る静佳を、ナコトが召喚した炎鳥で攻撃しようとして、アルコリアが制する。ナベリウスより与えられた再生能力は毒により効果を発揮しなくなっている分、不意の強烈な一撃を与えれば止めることが出来るかもしれないが、もはや彼女に対抗出来る契約者がいない。
「思った以上に時間を取ってしまいました。
……行きますか」
言葉少なに告げ、アルコリアが自分を貫いた槍を持ち、上空に高く放る。
「やはり、私は弱いですね」
呟いた当の本人にも聞こえない、その言葉はドス、と、地面に倒れ伏す明子の頭僅か横を突いて刺さる槍に掻き消される。
静けさを取り戻した戦場で、フッ、と肩の力を抜いた静佳は、アルコリアがそのような行為をしたことの理由を考える前に、死線を彷徨っている者たちを現世へ引っ張り上げようと奔走するのであった――。
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