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リアクション
【1】入門万勇拳!……1
天上天下天地無双。疾風迅雷にして驚天動地の必殺拳。
はるか遠方コンロンは天宝陵に知る人ぞ知る奥義を修めし拳技『万勇拳(ばんゆうけん)』あり。
ところは空京中華街公園。
中華街の一角にあるとりたてて特徴のないごくごく普通の公園である。
集まった門下生たちを前に、猫獣人のミャオ老師は言った。
「万勇拳は気の操作に長けた流派。全ての基本は全身を流れる気を自在に操るところから始まるのじゃ」
「ふむふむ、なるほどぉ……」
弟子入りした小谷 愛美(こたに・まなみ)は教えをメモにとる。
制服時は黒タイツを愛用する彼女だが、今回は心機一転、崑崙旗袍に身を包み長く伸びた美脚を覗かせている。
「あ!」
老師はメモ帳を取り上げた。
「こりゃ。拳技はひたすら練習あるのみ、こんなメモをとったところで何の意味もないぞ、愛美よ」
「じゃあどうすればいいの、猫先生?」
「両手を胸の前で合わせ精神統一。己の体内を巡る気の流れを掴……むっ、この匂いは!?」
「おっ、いたいた。ほら、また猫缶持ってきてやったぞー」
肉まんを手にあらわれたのは、人相凶悪のメイドさんリンダ・リンダ(りんだ・りんだ)である。
老師はごろにゃーんとすり寄るや、はぐはぐと肉まんをむさぼった。
「よしよし、いつもよく食べるな、この野良猫。うりうり、いつからここに住み着いてるんだ?」
「ね、猫先生……?」
「はっ!?」
あわてて老師は頭を振った。
「こ、これはその、違うんじゃ。い、いつも肉まんをくれる娘じゃから、つい……」
「え、ええーと……もしかして、餌付けされてたの?」
「……て、てか、猫が喋ってる!?」
頼る当てのない空京生活。
その日食べるものにも困り気味な老師にとって、リンダが戯れに与える肉まんは重要な生命線だったのである。
にしても、プライドがなさ過ぎる……と思う読者もいるだろうが、馬鹿を言ってはいけない。
かの大剣豪宮本武蔵とて生きるためには手段を選ばなかったではないか。大人物とは得てしてそういうものである。
「……なんだ、ただの猫じゃなくて、カンフー猫だったのか。そういうことなら、私も門下生になってもいいぜ」
事情を知ったリンダは言った。
「私も小谷と一緒でキャラがいまいちだからなぁ。いい感じにキャラ立ちさせたいところなんだ」
「え? そんなに凄い顔なのに?」
何気ない愛美の言葉に、リンダのこめかみにピキと青筋が入った。
「ふ、ふふふっ、人が気にしてることを……閻魔様にお願いしてその舌引き千切ってやろうか? ああん?」
「いたたたたっ!」
愛美の頭をぐりぐり。それから、リンダは老師に猫缶を放った。
「入門するからにはコイツの妹弟子なんざご免だ。そいつをやるから、ちょっとだけ姉弟子にしてくれよ」
「あ、ずるい!」
「はぐはぐ……別に構わんぞ。おぬしのほうが気が利くようだし……はぐ、今の段階じゃどっちも大して変わらんしな」
「えー!」
万勇拳道場訓。ひとつ、老師は優しくしてくれる人に弱い。
「何を餌付けしているのかと思えば、まさか拳法の達人とはな……」
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は言った。
冷たい冬の空気に差した陽光の中、レンはベンチに腰を落ち着かせ、コンビニ肉まんで暖をとっている。
リンダの餌付けした野良猫を見に来たのだが、まさか相棒がその野良猫に師事することになろうとは。
……聞き及ぶところでは、万勇拳とは剛拳中の剛拳とのこと。具体的にはどのような技があるのだろう。
……剛拳と言うからには体重の運び方。重心の位置取りが威力を左右するのだろうが、それだけとは思えない。
そんなことを思いながら、別の門下生に目を向ける。
そこで修行に勤しむのは怪力少女の緋柱 透乃(ひばしら・とうの)。
廃自動車を片手で持ち上げたまま座禅を組んでいる。気を利き腕である左腕に集め、鋼よりも強固なものに変える。
カッと目を見開き、自動車を上空に放り投げた。
「はああああああああ!! 奥義『抜山蓋世』!!」
跳躍とともに裏拳が炸裂する。
自動車のボンネットはまるで手を突っ込んだ豆腐だった。ぐにゃりと車体はひしゃげ、九の字に折れ曲がった。
尋常ならざる威力に絶賛見学中のレンは唸る。
「むぅぅ……抜山蓋世、まさかこの目で見ることになろうとは……!」
「なんと! 知っているのか、青年!?」
「……や、全然知らん」
ガクッと老師はズッこけた。
「老師、解説を頼む」
「……う、うむ。これこそ気の一点集中による一撃重視の剛拳・抜山蓋世じゃ」
「手数で攻める技とか、急所狙いの技はよくあるけど、純粋に一撃の威力を高めた技って意外とないんだよねぇ」
透乃は言った。
「ガードをぶち抜く威力に加えて、極めれば城壁やイコンすらも破壊できるとか??」
「そこまで達するには尋常ならざる練習が必要じゃがな。本来ならあの程度の物体、バラバラに出来るのじゃぞ」
「そうなんだぁ……。よし、一撃重視は私にピッタリだし、頑張って極めちゃお〜〜とっ」
そんな彼女を横目に見るのは、相棒の月美 芽美(つきみ・めいみ)である。
「……威力は上々ね。ま、そうじゃなきゃこっちに入門した甲斐がないもの」
同じく抜山蓋世の修行中。
脚に気を集中させ、遊具の上を態勢を崩さないよう飛び回るという、細かな気の操作が必要とされる修行だ。
実は彼女、こう見えて残虐な性格の持ち主。当初は、万勇拳ではなく黒楼館に入門しようと考えていた。
「けど、こっちに来て正解みたい。高名な老師と言う噂はデマじゃなさそうだし」
「おもしろい技を学んでいるようだな」
「!?」
不意に、マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が遊具の上に音も無く降り立った。
「飛び回っているだけでは退屈だろう。手合わせ願う」
「……おもしろいわ」
マクスウェルは不敵に笑う。
パートナーに巻き込まれ、入門することになってしまったが、これは己の技術を再確認する機会。
長らく技の確認を怠っていると、ひとつひとつの動作も手癖で行うようになってしまうものだ。
「はっ!」
間合いを詰め、一撃一撃、確認するように技を放つ。
「……なんだか格闘の教科書みたいな動きね?」
「基礎こそ全ての要だ」
「なら、これはどう?」
「!?」
繰り出される抜山蓋世を、間一髪のところでマクスウェルは回避する。
「未完成とは言え、俺にプレッシャーを与えるだけの威力は備わっているようだ……!」
「ふふふっ、直に改善され……」
「はぁ! 万勇拳奥義『流気破砕』!!」
「……む?」
「え?」
突然、横からあがった声に、二人は思わず動きを止めた。
声の主はサーバル・フォルトロス(さーばる・ふぉるとろす)、大岩を前にスーハースーハー呼吸を整えている。
その様子を見るなり、レンはまたもや唸った。
「むぅぅ……流気破砕、まさかこの目で見ることになろうとは……!」
「…………」
「……で、あの技はなんだ、老師?」
「ええい、知らんくせに知ってる風のリアクションはやめいっ!」
気をとり直し説明。
「あれは奥義・流気破砕。目標に気を流し込み、内側から破壊するなんとも過激な奥義なのじゃ」
「……の割りには大岩に傷ひとつ入ってないようだ」
「はあああああああ!!」
何度も何度も気を流し込む……がしかし、岩はウンともスンとも反応無し。
「む、難しいんだけど……」
「練習あるのみじゃ。ただ流し込むのではなく、気の流れをイメージすることが大切じゃ」
「イメージ?」
「うむ、岩の中心に気を送り、一気に外へと拡散させるイメージがよい。さすれば大岩も微塵と砕けよう」
「よ、よーし、もう一回!」
奥義・流気破砕……。カッコ良さげな技なので、ここは習得しておきたいサーバルである。
「……ところで青年」
ふと老師はレンに言った。
「おぬしも見てるだけじゃつまらんじゃろ。入門して一緒に汗を掻くのも思い出の1ページになるぞ?」
「餅は餅屋。拳士は拳士。銃使いは銃使い。誰にも得手不得手がある、無理に新しいものに手を出す必要はない」
「じゃが、拳銃は弾切れおこすし、いざって時に覚えておくと便利じゃないか?」
粘る老師にやれやれと肩をすくめた。
「新しい一歩から得られるものは多いが、今まで命を預けてきた相棒を捨ててまで拳に生きるつもりはない」
「……むぅ残念じゃ」
「折角、誘ってくれたのにすまない」
あくまで自分流。それが自分の強さに変わることを俺は知っている。
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