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リアクション
【十一 茶番劇】
第八旅団の総司令官がスティーブンス准将に取って代わられた事実を、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)とフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)はバランガンの城塞内で知る破目となった。
しかもスティーブンス准将は、人質の命は二の次で、何よりもノーブルレディ確保を最優先させることを第一に掲げ、全隊に指令を下したのだという。
そうなると、人質解放を最優先として行動していたメルキアデスとフレイアは、行動原理そのものが否定されたようなものであった。
「ちょっと……そんなのって、ありかよ」
メルキアデスはバランガンの見取り図を我知らず、ぐしゃりと握り締めながら、怒りのこもった声を静かに吐き出した。
彼とフレイアは、人命第一を行動原理とするマルティナを助ける為に、こうして危険も顧みずに、バランガン市内へと潜り込んできていたのである。
何とかして、市民全員を無事に解放する方法を模索し、そのことだけを念頭に置いて動いていたというのに、しかし現実は彼らをあっさり、裏切ってくれた。
市民の多くは、実はテロリストに加担しており、一方で第八旅団は人質を死なせても構わないから、とにかくノーブルレディを確保せよと声高に吼える。
最早、人質救出の為のテロリスト鎮圧作戦でも何でもなく、お互いがただ殺し合うだけの、非道な市街戦へと突き進む一方であった。
悔しげに奥歯を噛み締めるメルキアデス。
と、そのメルキアデスの視界の中で、幾つかの影が慌ただしく、裏路地を駆け抜けてゆく。
シャウラ、ユーシス、ナオキら正門解放組の三人であった。
裏門方面に廻ったウォーレンの隊が、突入を開始したという連絡を受けたのである。
何事かと驚いたメルキアデスとフレイアは、正門の内側に取りついたシャウラ達に駆け寄った。
「なぁ、何やってんだ?」
「これから、第八旅団が雪崩れ込んでくるんでね! 俺達はその露払いっていうか、お膳立てってな役回りだと思って貰えれば良いさ!」
シャウラの声に応じるかのように、ユーシスとナオキが正門の開錠操作に入り、厳重なロックを次々と解除してゆく。
その時、この場に居る全員が、不意に痺れるような感覚に襲われた。
「これは……痺れ粉です!」
「もしかして、パニッシュ・コープスに味方しているっているコントラクターの仕業か!?」
ユーシスとナオキが慌てて、周囲に視線を走らせる。メルキアデスとフレイアも一緒になって、この嫌な麻痺感の原因を探ろうと、必死になって周辺を見渡した。
すると、少し離れた街路の影に、少女の姿が静かに佇んでいるのが見えた。
刹那である。
流石にこの状況を放っておく訳にもいかず、メルキアデスとフレイアは刹那に対抗する構えを見せた。
ところがおかしなことに、刹那はそれ以上の行動は何も起こさず、メルキアデスとフレイアの戦闘態勢を見て取るや、即座に退いていったのである。
一体どういう訳か――シャウラ達も、そしてメルキアデス、フレイアのふたりも、刹那の意図が全く読めず、ただただ戸惑うばかりである。
しかし当の刹那は、やや諦めたような調子で小さく溜息を漏らしながら、素早い撤退行動へと移っていた。
というのも、ザレスマンから受けた指示は――何もするな、ということだったのだ。
痺れ粉を散布したのは、刹那自身のせめてもの意思表示だったのだが、それも単なる意地の表れに過ぎず、実際のところはザレスマンへの抗議にすらなっていない。
そして同時に、刹那は思う。
パニッシュ・コープスでの自分の仕事は、これで全てが終わったのだ、と。
正門付近から、巨大な質量が重たい響きで大地を震動させながら、少しずつ動き始める気配が漂ってきた。
恐らく、シャウラ達が正門の解放に成功したのだろう。
いや、成功しなければおかしな話になる。
ザレスマンは敢えて、第八旅団の突入を受け入れる方針を示していたのだから。
少しだけ、時間を遡る。
蓮華とスティンガー、アルの三人は、敬一達が掘り抜いた地下掘削道への入り口付近で、突入の準備を続けていた。
するとそこへ、スタークス少佐がリカインとヴィゼントを伴って足早に近づいてきたのである。
更にその後方には、十数名の一般シャンバラ兵の姿が連なっていた。
一体何事かと蓮華は訝しげに小首を捻ったが、相手は少佐という立場の、いわば上官に当たる人物である。
非礼は出来ない蓮華は、真っ先に姿勢を正して敬礼を送った。当然、敬一達も蓮華に遅れず、それぞれの位置で姿勢を正して、スタークス少佐への敬礼を一斉に送った。
スタークス少佐は返礼の仕草を見せつつ、蓮華の前に歩み寄った。
「まさかとは思ったが、本当に三人だけで行くつもりだったとはな……全く、無茶なことを考える」
幾分呆れた調子でいい放ったスタークス少佐だが、しかしその言葉の響きには嫌な感情は全く見られず、寧ろ好感に近しい色がこもっていた。
「たった三人では、ノーブルレディ二発を奪還するのは不可能だ。彼らを連れてゆけ。必ず、戦力になる」
いいながら、スタークス少佐はリカインとヴィゼント、そして従えてきた一般シャンバラ兵達を蓮華に紹介した。
と、そこでスタークス少佐はいきなり表情を改めて姿勢を正し、蓮華に再度、敬礼を送る。
蓮華は蓮華で、何が起きているのか全く理解出来ないといった様子ながら、それでも反射的に姿勢を正して敬礼を送った。
するとスタークス少佐は、思いがけない台詞を口にした。
「部隊を率いる以上、無役のままでは格好がつかん。董蓮華、貴官を本日付で教導団少尉に任命する。慎んで受けるよう」
「あっ……は、はいっ、こ、光栄であります!」
蓮華は、頭の中が真っ白になる思いだった。
まさかこの局面で、自分が任官されるなどとは、思っても見なかったのである。だがこれは、決して夢でも幻でもない。
紛れもなく蓮華は、スタークス少佐の手から少尉の階級章を受け取った。それが、何よりの証だった。
「おめでとう、董少尉。これで同僚だな」
敬一が、傍らから拍手を贈ってきた。いや、その場に居る全員が、祝福と期待の念を込めて、蓮華に惜しみない拍手を贈る。
蓮華はただ小恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべて頭を掻くばかりであった。
だが、いつまでも祝福ムードに浸っている訳にはいかない。部隊を任された以上、蓮華には任務を全うする義務が生じたのである。
クローラから得た位置情報を片手に、蓮華は部下達を従え、敬一の案内で地下掘削道へと突入していった。
一方、ルカルカが指揮を執る歩兵第一中隊は、レオン率いる歩兵第二中隊と共に、シャウラが解放した正門に向けて突入を開始していた。
このふたつの歩兵中隊の後に、第八旅団の本隊が続く。
いわばルカルカとレオン達は後続の部隊の為に、自らを突撃の盾とし、或いは矛として、決死の突撃を仕掛けているのである。
一方、裏門ではウォーレン率いる第七小隊が敵の後方を衝いて、やや早いタイミングながら突入を開始していた。
激しい銃撃戦に加え、ロケットランチャー等の大型携行火器の応酬が、バランガンの街を一瞬にして、激しい戦火の場へと一変させた。
爆音と銃撃音が激しく交錯し、その場に居る全員が、自身の鼓膜がおかしくなるのではないかと思う程の音量に、揃って顔をしかめる。
市街内側からの抵抗は苛烈を極め、音子率いる特殊偵察部隊と、ローザマリア率いる海兵隊強襲偵察群が合流してきても尚、パニッシュ・コープス側の抵抗は鎮まる気配を見せない。
勿論、音子にしろローザマリアにしろ、ただ戦力増強の為に本隊と合流した訳ではなく、潜入部隊として持ち帰った情報を本隊の各指揮官に伝えて、戦況を有利に運ぶという役割を担っていた。
その甲斐あって、本隊の各中隊は音子とローザマリアの隊の斥候に連なり、続々と街中へ突入してゆく。
ルカルカは各中隊の展開を都度確認しながら、ダリルや淵に指示を出し、自身が率いる歩兵第一中隊の布陣を次々に変化させてゆく。
とにかくパニッシュ・コープスの主力をこちらに引きつけておかなければ、各中隊の動きがままならないのである。
その為にはどうしても、効果的な布陣で敵の意識を歩兵第一中隊に集中させる必要があった。
「ザカコさん! 理沙とセレスティアを連れて、中央突破を! カルキ、上空から援護よ!」
ルカルカの指示を受けて、コントラクター達が激しい銃火をものともせず、素早く行動に移る。この連携があればこそ、ルカルカの隊は敵の主力を一手に引き受けるだけの戦闘能力を発揮し得るのだ。
「あゆみ! そろそろ第六中隊が人質拘束地点に到達する筈よ! 監視に入って!」
「はーい! クリア・エーテル!」
あゆみはヘルとヒルデガルトを伴い、歩兵第一中隊を離脱してゆく。これで若干の戦力が損なわれた訳だが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
戦況そのものは、第八旅団にとって常に有利な方向へと傾いていた。
勿論それは、参加している大勢のコントラクター達の働きがあればこその話であったが、しかしそれにしても奇妙な程に、パニッシュ・コープスは続々と後退していく。
あまりの呆気無さに、第八旅団の方が面喰らうといったような有様であった。
また、人質からの脱出を果たしていたコントラクター達も、第八旅団に合流して保護を受ける傍ら、他の人質達が囚われている場所を報告し、そこへスティーブンス准将が命令を下して保護に走らせるという動きが、何度か続いていた。
そういった動きの中で、何よりも大きな報告が早い段階で飛び込んできた。
蓮華の隊が、ノーブルレディの確保に成功した、というのである。
こうなると後はもう、パニッシュ・コープスを徹底的に叩き、且つ人質を効率的に救出していくというだけの流れになるのだが、しかし、テロリストに協力している筈の市民や駐屯部隊兵の存在が、何故か完全に無視されていることに、一部のコントラクター達は疑念を覚えていた。
「おかしい……な。第八旅団には、テロリストに協力している市民が人質の中に紛れ込む可能性があるって話が伝わっている筈なんだけど」
保護を受けて、バランガンの外へと誘導されていたジェライザ・ローズが、訝しげに腕を組んだ。
その疑問は美羽やコハク、或いは飛都といった面々も同じように感じているらしく、それぞれが疑念の眼差しを、激闘続く市街方向へと向けている。
「何っていうか……この戦闘そのものが、妙に白けてるっていうか……あまりにもスムーズに運び過ぎてるって気がするよね」
美羽もジェライザ・ローズと同じく、納得がいかないといった様子で爆音と銃声が鳴り響く市街を、じっと凝視している。
戦っている当の本人達はそこまで気にする余裕は全くないのだろうが、こうして部外者の立場で見ていると、恐ろしい程に第八旅団の工程が上手く運び過ぎているきらいがあった。
同じように、後方の前線基地でも、第八旅団の想定外の躍進に疑問を抱く者が、少なくなかった。
「ノーブルレディの確保も随分とスムーズだったし……何だか、今まで散々手を焼かされてきたパニッシュ・コープスとは、まるで別組織かって思う程に単調な展開だわ」
彩羽は戦況を映し出すモニターテーブルの映像を、冷めた目で眺めていた。
と、その傍らでは御鏡中佐が、まるで興味無さそうな雰囲気を漂わせつつ、拳銃の手入れなどをしていた。
ここで彩羽は、ふと気になった。
御鏡中佐が手にしている拳銃は、教導団では比較的珍しい大口径モデルで、同じものを所持しているのは極めて少ないものであった。
彩羽の記憶に間違いがなければ、同じモデルの拳銃を他に所持しているのは、レオンぐらいしか居ない筈である。それを、技術畑の御鏡中佐が所持しているのだから、珍しいといえば、非常に珍しかった。
尤も、拳銃のことなどをいつまでも気にしている暇は無かった。
というのも、パニッシュ・コープスが驚く程の早い段階で、無条件降伏による全軍投降に応じてきたのだ。
これには彩羽のみならず、第八旅団に参加しているほとんどの将兵が戸惑いを隠せなかった。
だが――この展開を受けても全く動じず、すぐさま停戦に応じた者が居る。
誰あろう、第八旅団の現司令官である、スティーブンス准将であった。
スティーブンス准将は鮮やかな手並みでノーブルレディの奪回に成功したばかりか、パニッシュ・コープスを無条件降伏に下すことにも成功したのである。
一体誰が、このような上手すぎる展開を予想し得ただろうか。
市街戦や弾頭捜索に携わった多くのコントラクター達の優れた働きがあればこそ、の結果であることは紛れもないところではあるが、それにしても、呆気ない程の簡単な幕引きであった。
テロリストに協力していた筈の市民や駐屯部隊兵は、全員人質として振る舞っており、スティーブンス准将による解放を、諸手をあげて喜んでいる。
そのあまりの白々しさに、事実を知り尽くしている音子やローザマリア等は、呆れて何もいえなかった。
そして、パニッシュ・コープスはパニッシュ・コープスで、スティーブンス准将が無条件降伏を受け入れたことで、その寛大さに随分と心を打たれ、感謝の念を表明するというおまけまでついた。
ここまでくるともう、茶番のひと言に尽きる。
少なくとも音子とローザマリアは、最初から台本通りの展開に運んでいるのでないかという疑念を持ち始めるようになっていた。
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