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リアクション
【九 深まる謎と、侵攻する闇】
パニッシュ・コープス兵の一団が詰めている大講堂脇を、何とは無しに散歩していた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)とイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)だが、不意に現れた巨躯に、思わず目を丸めた。
「これは……若崎殿」
「おぅ、せっちゃん。久しぶりやな。陣中見舞に来たで」
その人物――若崎 源次郎(わかざき げんじろう)の登場は、刹那の中では全くの計算外であった。
源次郎の傍らには、魔王 ベリアル(まおう・べりある)の姿もあった。
既にパニッシュ・コープスを離れ、鏖殺寺院との直接的な関係は失われている源次郎だが、こうして堂々とパニッシュ・コープスのテリトリー内に足を踏み入れてくるということは、未だに彼の影響力は小さくない、ということであろうか。
ともかくも刹那は、久々に顔を合わせたかつての雇い主に珍しく頬を緩めたが、それもほんの一瞬のことで、すぐに不機嫌そうな面持ちへと戻った。
「せっちゃん気ぃ悪そうやな。やっぱり、あれか。色々細かいこと、いわれとるんやな」
「えぇ、まぁ」
答えてから刹那は、傍らのイブにちらりと視線を這わせt。
実のところ、イブは本来であればこんなところで散歩している筈ではなく、小型飛空艇にて上空監視をしていなければならない立場であった。
ところが、ザレスマンの方から上空監視に対する中止が通達され、仕方なく、刹那と共に地上での行動を余儀なくされていたのである。
すると源次郎は、やっぱりなぁ、と苦笑を浮かべながら頭を掻いた。
この反応に幾分驚きの表情を浮かべたのは刹那ではなく、ベリアルの方だった。
「おっちゃん、もしかして何か、知ってるの?」
「ん? いや〜、知ってるっちゅうか、大体予想しとったことなんやけどな」
そんな前置きをしてから、源次郎はパニッシュ・コープスがこれから取ろうとしている行動について、簡単に説明した。
勿論、ザレスマン自身が語った訳ではないから多分に憶測も交えての内容だが、しかし源次郎クラスの情報通にもなれば、その語るところは大いに信憑性があると考えて良いだろう。
そして、彼が口にした内容は、刹那とベリアルを驚かせるには十分なインパクトがあった。
「まさか……本当にザレスマン氏は、そんなことを」
「まさかも何も、前からしょっちゅう話しとったことやからな。わしにしたら、いよいよ決断したか、ってなとこやで。完成体も含めて二体しかおらんアレスターを投入してきたんやから、こらもう、本気やろうな」
成る程、だからパニッシュ・コープスはバランガンに滞在していたコントラクター達を昏倒させ、捕縛するだけに留めたのか――つまり、その場で殺害しなかったのは、そこに源次郎が語った裏があったからか、と納得せざるを得ない。
刹那は、ザレスマンが拠点として定める高級ホテルに、つと視線を向けた。
このままパニッシュ・コープスと運命を共にすべきかどうか、迷っている色が瞳の奥に滲み出ている。
「まぁ、ゆっくり考えるこっちゃな。せっちゃんの人生なんやから」
源次郎は別れの挨拶がてらに、軽くいい放ったのかも知れないが、刹那にとっては真剣に考えるべき内容であった。
その源次郎は、ベリアルと共に空間圧縮を用いてバランガンの外側へと瞬間移動した。
移動先である高台では漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った状態の中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、ふたりの帰りを待ち受けていた。
「お帰りなさいませ、源次郎様。調査の方は、如何でした?」
「まぁ、どれもこれも予想通りやったわ」
源次郎の返答を聞きながら、綾瀬は事前に源次郎がメモ書きしておいた諸々の予想に目を落とした。
そこにはパニッシュ・コープス側の兵力、防衛体制、ノーブルレディの正確な位置、そしてアレスターの存在等が全て、詳細に記されていたのである。
「では予定通り、これらの情報を後で教導団に流させて頂きますが、本当にあの件は、通報しなくて良いのでしょうか?」
綾瀬は幾分、納得がいかない様子で源次郎に問いかけた。
しかし源次郎は、やめとけ、とかぶりを振るばかりである。
「あいつを怒らせたら、まず命は無いで。今はわしと一緒におるからええけど、わしがおらん時に仕掛けられたら、なんぼ綾瀬っちでも助からへんわ。これは連中の問題やからな、下手に手出しせん方がええ」
珍しく源次郎が、真剣な面持ちで諭すようにいうものだから、綾瀬としてもそれ以上は言葉を返すことが出来なかった。
ともあれ、綾瀬はまず、確認が取れた内容について教導団に匿名者からの情報として流す段取りをつけた。
ドレスが苦笑を含み、
「綾瀬は本当に気まぐれよね」
などと呟くのを意識の片隅で聞き流しながら、HCを手早く操作し、情報送信を終える。
「それにしても、源次郎様……パニッシュ・コープスは市民の虐殺、及び他都市への爆弾使用の可能性を発表していますわ。年端も行かない子供も含まれているでしょうに、これは許されないことですわ」
綾瀬は敢えて、たきつけるようにいってみたつもりだったが、しかし源次郎は乗ってこない。寧ろ、眉間に皺を寄せて、じろりと睨みつけてきた。
「あのなぁ、綾瀬っち。中途半端にわしを善人に仕立て上げようとか、変な考え持ったらあかんで。わしはこれまで何人も殺しとるんや。紛れもない犯罪者やし、テロリストや。今更ええ子ぶる気は、さらさらないよ」
それは決して自慢している訳でもなければ、誇りを語っている訳でもない。いわば、覚悟に近しい宣言であった。
悪は所詮、悪。犯した罪は消えないし、死んだ者は生き返ってこない。
自分は他の小悪党とは訳が違う、などと英雄気取りをするつもりは毛頭無い。自身もまた、己の目的の為ならば他者の命を平気で奪うチンピラに過ぎないのだ――それが、源次郎の腹積もりであるらしい。
こうまでいい切られると、綾瀬としてもそれ以上は何もいえなかった。
* * *
第八旅団内では、綾瀬の手による『傍観者からの通報』という形での匿名寄稿情報が、スタークス少佐のもとに届けられていた。
「これは……どう扱ったものかな」
珍しくスタークス少佐が困り切った様子で、届けられたメモ書きの内容を何度も読み返している。
同じ士官用テント内では、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が、何事かと顔を見合わせていた。
しばらく眉間に皺を寄せて首を捻っていたスタークス少佐だが、やがて意を決したようにリカインとヴィゼントに振り向き、傍へ寄るようにと手招きした。
「何か、あったのですか?」
「諸君らはまぁ、それなりに付き合いもあるし信用出来るから敢えていうが……このような内容の匿名寄稿があってな。悪戯にしては妙に信憑性があるような気もするしで、どう扱えば良いのか迷っておるのだ」
スタークス少佐が指し示すメモ書きに目を走らせたリカインは、思わず、あっと小さく声を漏らした。
ヴィゼントも、声こそ出さないものの、リカインと同じような反応を見せている。
ふたりのこの仕草を、スタークス少佐は興味深そうに眺めていた。
「この内容ですが……八割がたは、正しいと思われます」
リカインは、パートナーのシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)を先行させてバランガンへと潜入させており、送られてくる情報をヴィゼントと手分けして、まとめているところであった。
その内容と、スタークス少佐が手にしたメモ書きとが、非常に似通っているというのである。
ならば、この情報は信用して良い、ということになるのか――スタークス少佐は、ある種の覚悟を決めた様子でリカインとヴィゼントに向き直った。
「悪いが、この内容を関羽将軍閣下に伝えて貰いたい。他の連中……特に、御鏡中佐の隊には気取られぬようにな」
スタークス少佐の指示を受けて、リカインとヴィゼントは即座に士官用テントを飛び出し、関羽が詰めている作戦司令本部テントへと向かう。
ふたりが到着し、スタークス少佐の指示による伝令だと取次に伝えると、クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)とサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)の両名が応対に現れた。
連絡役の他、関羽総司令官の護衛も兼ねているクエスティーナとサイアスだが、スタークス少佐からの伝令証を所持しているリカインとヴィゼントに対しては、疑いの目を向ける必要は無かった。
「閣下、スタークス少佐からの伝令が来ておりますが」
「宜しい、入りたまえ」
クエスティーナの呼び掛けに、関羽総司令官が渋い声音で素早く応じる。クエスティーナとサイアスは周囲に十分警戒しながら、リカインとヴィゼントを関羽総司令官の前に通した。
関羽総司令官は丁度、スティーブンス准将と膝を突き合わせ、反乱グループと化したバランガン駐屯部隊の一部の兵をどのように扱うかということで、議論を重ねているところだった。
リカインはスタークス少佐から預かってきたメモ書きを、クエスティーナ経由で関羽総司令官に献上した。
「これは……間違いないのかね?」
「恐らくは。こちらが調査を進めている内容とも合致する点が非常に多い為、信憑性がある、というのが少佐の判断です」
スティーブンス准将からの問いに、リカインは完璧な自信を持っている訳ではないが、毅然とした態度ではっきりと答えた。
そのリカインからの言葉に、関羽総司令官はすぐさま命令書を取り出し、そこに何点かの修正を加え、クエスティーナに手渡した。
「正面から突入するのは、ルカルカ・ルー大尉とレオン・ダンドリオン中尉の隊だ。この両名に、突入経路と火力方向、及び突入後の移動予定経路について修正するよう、伝えてくれ」
「かしこまりました」
クエスティーナはまるで疾風の如く、作戦司令本部テントを飛び出していった。
一方、残ったリカインとヴィゼントは、今回の伝令を持ってくるに当たって、スタークス少佐が御鏡中佐の隊には気取られぬようにと念を押していたことを告げる。
これには、関羽総司令官とスティーブンス准将の両者が、困ったような表情を浮かべた。
「あの隊については、こちらも色々気を遣っておるのだが……今のところは、利敵行為らしいものは何も見られない以上、そこまで警戒するのもどうかと思うのだよ」
スティーブンス准将が、慎重に言葉を選びながらリカインに応じた。
この場合、リカインはどのような反応を見せれば良いのか、分からない。ただただ、戸惑った様子で、
「はぁ、そのようなものですか」
と答える以外になかった。
作戦司令本部で問題に挙がっている弾頭開発局第三課のテントでは、御鏡中佐を中心に、ノーブルレディ設置箇所の特定、並びに起爆阻止に向けての協議が続いている。
御鏡中佐がどこまで本気なのか、それは誰にも分からない。しかしながら、モニターテーブル上で彼が見せている分析手法の数々を見る限りでは、御鏡中佐は決して手を抜くことなく、ノーブルレディ設置箇所の割り出しに力を入れているようであった。
と、そこへ御鏡中佐に面会を求める希望者が現れた。
蕭 貴蓉(しゃお・ぐいろん)であった。
貴蓉はまず、御鏡中佐をテントの外に誘い出そうとしたのだが、御鏡中佐は、
「そんな暇はない」
と、にべもなく一蹴した。
ここまで徹底的に無愛想で、付き合いの悪い人物だとは貴蓉としても想定外であったのだが、誘いに乗ってくれない以上、こちらからテント内に足を踏み入れていくしかなかった。
貴蓉にはふたりのパートナー、蕭衍 叔達(しゃおやん・しゅーだ)とバローネ・イン・ファーネス(ばろーねいん・ふぁーねす)が同行している。
彼女達はそれぞれ、貴蓉から命じられた内容の調査結果を携えて貴蓉に同行している。
その内容は、御鏡中佐に対して直接に報告出来るようなものではなく、あくまでも貴蓉の腹の中だけに留めておかなければならない。
尤も、調査結果そのものはあまり芳しいものではなく、弾頭開発局第三課の実態を解明し切っているとは、自信をもっていえない部分が多かった。
特に、パニッシュ・コープスと御鏡中佐の繋がりを直接示すような証拠は何も出てきていない。
逆に新たな発見として得られたのは、ヒラニプラの有力な貴族と思しき連中が、たびたび御鏡中佐と連絡を取っている形跡が見られたことであった。
また、バランガン駐屯部隊の編成についても調べていた叔達は、部隊員のほとんどが南ヒラニプラ出身で、どちらかといえばスティーブンス准将との繋がりが強い顔ぶれが揃っていることに、首を傾げていた。
一方、ノーブルレディそのものに関する調査は、ほとんど不発に終わっている。
これは第三課が超級機密扱いの情報として秘匿処理を施しているからに他ならず、佐官以上でなければ閲覧不可だったのだ。
こうなってくると、後はもう御鏡中佐本人から直接聞き出すしかない――貴蓉はある程度、覚悟を決めた上で御鏡中佐との接触に挑んだ。
ところが既に述べたように、御鏡中佐は極めて人づきあいが悪く、任官すらされていない士官候補生などを、まともに相手にはしないような性格の持ち主であった。
貴蓉の苦戦は、最初から目に見えているようなものだった。
「私は今でこそ技術屋ですが、元々は空軍の人間でしてね。轟炸戦隊に居たこともあるんです。そういう人間としてはですね、個人的に大変興味がありまして……例のノーブル・レディでしたっけ? 以前、スーパーモールの一件に投下予定だったということで、あれは応龍に搭載できる程度には小型化出来る物と認識していますが、更に小型化して……イコンや小型の練習機程度にも搭載出来るくらいのサイズにすることは、不可能でしょうか?」
畳み掛けるように質問を浴びせかけた貴蓉だったが、御鏡中佐は恐ろしく冷ややかな視線を浴びせかけ、たったひと言で応じた。
「構造は全て機密だ。部外者の、任官すらしていない小物においそれと話せる内容ではない。失せろ」
全く、取りつく島も無いとはこのことだ。
だが御鏡中佐の対応そのものに、非がある訳でもない。
実際、貴蓉は何の権限も無い上に、誰かの紹介で御鏡中佐の役に立つ為に足を運んできた、という訳でもないのだから、門前払いを食うのも当然といえば、当然の結果だった。
要するに貴蓉は、功を焦り過ぎたといわざるを得ない。
御鏡中佐について、もっと確かな情報を仕入れてから挑むべきであった。
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