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リアクション
【六 水面下と地面下】
セベール川とバランガン市街を繋ぐ複雑な水門内を、幾つもの影が驚く程の速度で潜り抜けてゆく。
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)率いる特殊舟艇作戦群Seal’sと、彼女のパートナー達であるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)、上杉 菊(うえすぎ・きく)、そしてエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)といった顔ぶれであった。
ローザマリア達とSeal’sの水中行動速度は、常人の域を遥かに越えている。余程に訓練されていなければ、これ程迅速に水門を抜けて市街内部へと潜入するなど、まず不可能であったろう。
しかし地上での行動は、そうはいかない。
これ程の規模の城塞都市を一夜にして制圧したというからには、パニッシュ・コープスの兵数は相当な数に上ることが予想される。そうなると、全員が市内捜索に動くのは非常に危険である。
ローザマリア達とSeal’sは堤防のとある一角に設置されているボート小屋に身を隠し、ここを拠点にして市内捜索へ奔る算段を立てた。
「私とエシクで捜索に入る。ライザとSeal’sはここで待機。菊は退路の確保」
ローザマリアの指示を受けて、一同は静かに頷き返した。
「敵の周波数が分かるまでは、こちらは無線を控える。逆にこちらが探知されたのでは、笑い話にもならぬからな」
「そうして頂戴」
グロリアーナの提案を、ローザマリアは即座に受け入れた。
基本的に発信は市内を探索するローザマリアとエシクの側から行う。ボート小屋待機組は、ただ待ち受けるのみである。
「それでは御方様、どうぞご無事で……」
濡れた潜水服姿のままの菊が、再びセベール川の水面の下へと消えて行った。
ローザマリアはエシクと共に市街戦仕様の装備に着替え、物陰伝いにボート小屋を飛び出してゆく。
当然といえば当然だが、ひと通りは全くない。
だが時折、武装したパニッシュ・コープス兵と思しき人影が、路地の合間に見え隠れしている。とにかく見つからないようにと気配を殺しながら少しずつ歩を進めていくローザマリアとエシクだが、途中、城壁脇の民家の陰で足を止め、市内の見取り図を開いた。
「三船少尉の地下掘削隊が出てくるのは、確かこの辺りの筈だよね」
別方面、即ち地底からバランガン市内への侵入路を切り開こうとしている他部隊の情報を、ローザマリアは出撃前にレブロン・スタークス少佐から聞かされていた。
提案したのは、三船 敬一(みふね・けいいち)少尉である。
最初は上層部の連中も、何を突拍子もないことを一蹴しようとしたが、関羽将軍とスティーブンス准将が有効性ありと判断し、敬一に許可を下したのである。
のみならず、地下掘削要員として一個小隊を割り当て、敬一の作戦を全面的にバックアップしてくれた。
これには当の敬一も随分と感激したらしく、珍しい程に上機嫌で意気込んでいたとのことであった。
「相当なハイペースで掘ってきてるって話ですが、市内にまで導通するには、まだ少し時間がかかるでしょう。ここで合流するのは、恐らく不可能だと思います」
「……だね。こっちはこっちで、捜索をさっさと終わらせちゃおう」
ふたりは見取り図を折り畳むと、次なる捜索ポイントへ向かう。
途中、先行して市内に潜入していた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)と甲賀 三郎(こうが・さぶろう)の両名と情報交換の為に合流した。
ここでローザマリアとエシクは、ふたりから驚くべき情報を耳にした。
「市内を制圧しているのは……どうも、パニッシュ・コープスだけではないようなのです」
小次郎の言葉に、ローザマリアとエシクは思わず互いの顔を見合わせた。
いっている意味が、即座に理解出来なかったのである。
「はっきりいってしまえば、大勢のバランガン市民がパニッシュ・コープスに味方して、市街制圧に手を貸しているというところでしょうか」
三郎の説明を受けて、ますます意味が分からないと困惑気味の表情を浮かべるローザマリアだが、しかし三郎の目は真剣そのものである。
「更にこれは、あってはならないことの筈なのですが」
小次郎は幾分渋い表情で前置きしてから、更に驚愕のひと言を静かに口にした。
「このバランガンに駐留していた教導団兵……そのうちの大半がパニッシュ・コープスに味方している可能性が出てきました」
ローザマリアとエシクは、思わず息を呑んだ。
バランガン市民とバランガン駐屯部隊の国軍兵が、パニッシュ・コープスに味方している。
全く予想だにしていなかった事態に、コントラクター達の動揺や戸惑いは、決して小さくはなかった。
「最初は自分達も我が目を疑いましたが、しかし間違いありません。バランガン市民のおよそ半数、そして駐留部隊に至ってはおよそ七割程が、パニッシュ・コープスに味方してバランガン占拠に手を貸しています」
小次郎の苦虫を噛み潰したような顔つきに、ローザマリアは一瞬、目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。
だが同時に、バランガンが一夜にして制圧された謎も即座に氷解した。
バランガンの街そのものが、自ら胸襟を開いて制圧を受け入れたようなものなのである。
そしてこの状況は、別のいい方に置き換えることも出来る。三郎はその表現を、敢えて口にした。
「あまりいいたくはありませんが、これはある種の反乱、と呼ぶことも出来ます」
パニッシュ・コープスに味方している上に、ノーブルレディを持ち込ませて発射基地として街を提供しているというのであれば、これはもう立派な反乱であろう。
では、どうしてそのような事態が生じてしまったのか――こればっかりは、もう少し情報収集を進める必要があった。
「バランガン市民と駐屯部隊兵がパニッシュ・コープスに味方しようと考えた動機は、必ずある筈です。でなければ、自らテロリストに手を貸して国軍を敵に廻すような馬鹿な真似を、そうそう簡単に犯すようなことは考えにくいでしょう」
三郎の分析には、誰もが頷かざるを得ない。
しかし事態は、最早一刻の猶予も許されない状況へと移り変わりつつある。
「全員が全員、パニッシュ・コープスに味方しようとしている訳じゃないということでもあるわね。つまり、一部の市民や国軍兵は矢張り、人質としてどこかに囚われていることには間違いない訳ね」
「それはそうなのですが……これだけ大勢の市民や国軍兵がパニッシュ・コープスの味方として街中を闊歩している状況では、人質が囚われている場所を探し出すのは至難の業ですよ」
小次郎は実際、己の脚で人質となっている市民の居場所を特定しようとしたのだが、パニッシュ・コープスに与する市民の数がこうも多いと、捕縛場所として使用されているような建物や施設の特定は極めて難しく、ほとんど難航に近い状態に陥っていた。
「ノーブルレディの位置にしても同様です。矢張りここは市民の側に地の利があり、我々外部の者が探し出そうとしても、彼らの土地勘には到底及びません」
三郎の言葉を受けて、ローザマリアは逆に腹を括った。
自分達だけで全てを捜索すのは、はっきりいって無理だという結論を下すことが出来たのである。
「ところで、バランガン側が使用している無線周波数とかは、分からないかな?」
「それなら調べてあります」
ローザマリアの要請に応じて、三郎が懐から一枚のメモを取り出した。そこに、パニッシュ・コープスと反乱グループ(この際、反乱といい切っても良いだろう)の使用している無線周波数帯が記されていた。
受け取ったローザマリアはすぐさま、ボート小屋に待機しているグロリアーナに通信を送った。
『どうした? 最初の連絡にしては随分と早かったな』
「悪いけどライザ、潜入捜索だとか、そんなレベルを超えている事態が発生してるのよ」
ローザマリアは手短に、バランガンで起きている厳しい現実を静かに伝えた。
無線機の向こうで、グロリアーナが絶句する雰囲気がスピーカー越しに流れてくる。しばらく、重苦しい沈黙が流れたが、最初に声を搾り出したのは、ボート小屋の方だった。
『しかしそうであるならば……三船少尉の地下掘削通路は、却って危ないのではないか?』
「そうね。悪いけど、すぐにスタークス少佐に連絡を取って、三船少尉の隊の動きを止めさせてくれない?」
最早、是非を問うまでもない。
グロリアーナは応諾し、ローザマリアとの通信を切った。
無線機をベルトフックに吊り下げながら、ローザマリアは小次郎と三郎に振り向いた。
「私達は、ノーブルレディの設置個所の捜索を続けるわ。そちらはこの後の調査任務について、何か特別な指示は受けてる?」
小次郎と三郎は、揃ってかぶりを振った。
「だったら、手伝ってくれる? こっちはまだバランガンに入ったばかりで、敵の配置や巡回経路なんかが、さっぱり分かってないのよ」
ローザマリアの要請に対し、小次郎も三郎も、断る理由は欠片も無かった。
* * *
地下掘削道の、土臭く薄暗い、そして狭苦しい空間の中で、敬一は背後から呼びかけに慌てて振り向いた。
声をかけてきたのは、イヴリン・ランバージャック(いゔりん・らんばーじゃっく)であった。
「何だって!? よく聞こえない!」
工作兵達が手にしている掘削ドリルや岩盤破壊鎚の激しい音に遮られ、イヴリンの声がよく聞き取れなかった敬一は、大声を張り上げて応じた。
「もう一回、いってくれ!」
「ですから! 一旦作業を中止して、前線基地に戻れとの通達なんです!」
敬一は目を丸くして、イヴリンの端正な面をじっと凝視した。
「それは、間違いがないのか!?」
「はい! 作戦司令本部からの直々の通達です!」
そこまでいわれると、敬一としても従わざるを得ない。
工兵達に作業中止の命令を下すと、敬一はイヴリンを伴い、急ぎ足で掘削開始ポイントにまで引き返した。
掘削開始ポイントでは、白河 淋(しらかわ・りん)とレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)の両名が、土まみれで真っ黒になっている敬一とイヴリンの帰りを待っていた。
「なぁ、一体どういうことなんだ? 地下掘削はやっぱり拙いっていう判断になったのか?」
敬一の問いかけに対し、淋とレギーナは揃って違う、とかぶりを振った。
「バランガン市内の状況が激変した為、と聞いています」
淋の説明を受けても、敬一はよく分からないといった調子で首を捻るばかりである。
そんな敬一に、レギーナがより詳しい情報を提供する。
「どうやら、敵はパニッシュ・コープスだけではないということらしいのです」
先に市内に潜入しているグロリアーナからの連絡で、作戦司令本部は大騒ぎになっていた。
バランガン市民や国軍兵がテロリストに加担していたなどという話が世間に知れ渡れば、ヒラニプラの、否、国軍の権威は失墜してしまうだろう。
こんな状況では、素直にテロ鎮圧作戦として諸々の準備を進める訳にはいかなくなったのである。
流石に敬一も驚きを隠せず、レギーナに思わず問い返した。
「それは、間違いないのか?」
「先行して潜入している部隊の報告を信じれば、事実でしょう。但し」
レギーナは敬一だけでなく、イヴリンと淋にも釘を刺すように言葉を続ける。
「この問題は、まだ国軍一般兵に対しては通達が出ていません。あくまでも士官クラス以上、及びコントラクターのみに知ることが許される情報であるということを、頭の中に入れておいて下さい。
曰く、下手にこの問題を周知させてしまうと、第八旅団全体の士気にかかわるということで、スティーブンス准将が箝口令を敷いた、という訳である。
それもそうか、と敬一は内心で納得した。
国軍といえども、その編成の大半は一般シャンバラ人なのである。軍人として精神的にも鍛えられているとはいえ、味方同士での戦いになるかも知れないという噂が早い段階で立ってしまえば、部隊全体が浮き足立ってしまう可能性が非常に高かった。
では、このまま地下掘削は中止か――と思いきや、その時、淋の持つ部隊内用無線に呼び出しがかかった。
応答に出た淋は、幾つかの短い応答で通信を終えた後、神妙な面持ちで敬一に向き直る。
「今、スタークス少佐から指示がありました。地下掘削そのものは継続するように、但し市内への導通は、まだ止めておくように、とのことです」
「つまり、地上に出る為の最終発破以外は全て進めておけ、という訳だな」
敬一は何となく、上層部の考えが分かってきたような気がした。
恐らく、地下掘削道は突入時に地上への導通を完成させ、何かの戦術に用いるつもりなのだろう。
どういう形であれ、自分達の発案が部隊の作戦の中で有効に使われるのなら、それはそれで大いに結構なことである。
淋に了解の意を無線で伝えるよう指示してから、敬一は再度、イヴリンを伴って地下掘削道へと引き返す。
「毎回、何かある度に呼び戻されたんじゃ大変だからな、連絡用の通信ケーブルを引いていく」
いいながら敬一は、通信ケーブルが巻かれたコードドラムを抱え上げ、その先端をレギーナが差し出す部隊内通信設備に繋いだ。
「送風の加減は、どうですか?」
「あぁ、問題無い。今の調子で続けてくれ」
淋の問いかけに応じてから、敬一はイヴリンと共に再び、暗い地下掘削道内へと足を踏み入れていった。
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