百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション公開中!

レベル・コンダクト(第1回/全3回)

リアクション


【三 領都ヒラニプラ】

 シャンバラ教導団本部が置かれている領都ヒラニプラ。
 その教導団本部の、とある一角にて、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)阿部 勇(あべ・いさむ)、そしてスワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)の四名は秘かに調査活動を続けていた。
 その、とある一角とは即ち、弾頭開発局第三課が入っている特殊開発棟である。
 かねてより黒い噂の絶えない部局として、一部の憲兵科員には目を付けられているとの話であったが、実際にこうして脚を運んでみると、第三課というよりも、弾頭開発局全体が妙に秘密主義を貫いており、どの課を見てもあからさまに怪しいように感じられてならない。
 これは矢張り、開発しているものがものだけに、どの課も情報漏洩に対して過敏になっているのが原因であろうと思われる。
 第三課にしても、外部への情報漏洩をシビアに監視しているという側面から見れば、徹底して情報を隠匿しているのは寧ろ、然るべき姿であるといって良い。
 だが、パニッシュ・コープスとの繋がりがあるかも知れないという疑いの目で見てみると、そういう隠匿体質がそのまま、犯罪容疑そのものに見えてしまうから、これはこれで困った話でもあった。
(最初からそういう色眼鏡で見てしまうと、本来見るべき事象が見えなくなるかも知れん……疑いがあるのは間違いないが、かといって、そればかりに拘ってしまうと本質を見落とす可能性もある。困ったものよ)
 特殊開発棟一階の廊下の隅で、甚五郎は眉間に皺を寄せ、何度も溜息を漏らしている。
 第三課が怪しいのは、これはもう決定的に間違いがないのだが、かといって、本当に第三課だけを調べれば良いのかということになると、その点には全くといって良い程に自信が無かった。
「う〜ん……監視カメラの映像とか、通話記録、電波の受信状況……どれをとっても、特に怪しいところはありませんねぇ」
 甚五郎の傍らで、勇がHCのLCD画面に映し出される情報にじっと目線を落としながら、先程から何度も溜息を漏らしている。
 第三課に目を付けたところまでは良かったものの、具体的な捜索対象がはっきりとしないまま調査を進めていた為、得られる情報はいずれも普通にありきたりなものばかりが集まってくる。
 ひと言でいってしまえば、完全に外れ情報のみが幾つも転がり込んでくるといった有様であった。
「不審な車両の出入りや金のやり取り、不審者の出入りは?」
「それも全然……っていうか、頭の良い連中なら、その辺は完全に外部で全部やっちゃうんじゃないですかねぇ〜?」
 勇のいうことも、尤もである。
 全てが記録に残ってしまう教導団内で、あからさまに犯罪容疑へと繋がる行為をしてしまうのは、それだけで致命的な結果を生む。
 もし本当に危ない橋を渡るのであれば、直接自分達が関与するのではなく、外部の者に全てを委託して足がつかないようにするのが、セオリーというものであろう。
 そこへ、スワファルとブリジットが幾分、肩を落としたような元気の無い様子で引き返してきた。
「第三課内に潜り込んできたが、別段、これといっておかしな点は、見当たらなかった」
「同じく、研究棟そのものにも異常等はなく、正常な開発、及び情報管理が為されていました」
 スワファルとブリジットの報告を受けて、甚五郎は難しい顔を作りながら、うむ、と小さく頷いた。
 と、その時。
「そちらの皆様……一体そこで、何をなさっているのですか?」
 不意に誰何の声を投じられ、慌てに慌てた甚五郎達であったが、声の主が何者であるのかに気づくと、幾分落ち着いた様子で安堵の息を漏らした。
「何だ、憲兵科の大尉殿か……頼むから、脅かさないで頂きたい」
 甚五郎達の前に現れたのは、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の両名であった。

 安堵の表情を見せた甚五郎に対し、ゆかりは若干、苛立たしげな様子でむっとした顔を見せた。
「何だ、ではありません。憲兵科でもない方々があまり動き回ると、こちらが動きづらくなるのです。動くなら動くでせめて、こちらにご一報頂けないものでしょうか?」
 ゆかりからの抗議の声を受けて、甚五郎は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、かたじけない。なにぶんにも、連絡するだけの時間と余裕が無かったものでな」
「まぁ今回は多目に見ますけど……次からは、もう少し配慮をお願いしますね」
 ゆかりとて、本来の敵は弾頭開発局第三課であり、甚五郎達ではない。ここで無駄に時間を浪費するのは避けたかった。
「それはそうと、何か手がかりらしい手がかりは?」
 マリエッタからの問いかけに、甚五郎はパートナー達を代表して、残念そうな表情でかぶりを振った。
「生憎、さっぱりだった。連中め、相当に用心しているらしい。少なくとも教導団内部での怪しげな行動は、一切見受けられなかった」
「……ということは、装備管理課周辺の洗い直しが、急務ということになりますか」
 ゆかりは思案顔で小さく呟き、二度三度、自身を納得させるように頷いた。
「何か、推論でも立てているようだな」
「えぇ……本当にただの推理ですけど」
 興味津々で顔を覗き込んでくる甚五郎に対し、ゆかりは幾分、確信を抱いたような自信ありげな表情で、不敵な笑みを見せた。
 今回の事件では、ゆかりはワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社の関与を強く疑っていた。
「あくまでもこれは私の推論ですが……第三課はあの傭兵派遣会社に、ノーブルレディを横流ししようとしていたのではないでしょうか。代わりに精巧なダミーを装備管理課に引き渡して隠蔽を計ろうとしたところ、何かの拍子で弾頭が偽物だと発覚しようとした為、窮余の策として、パニッシュ・コープスに偽弾頭を強奪させた……というのは、如何でしょう?」
 ゆかりの自信満々の声に対し、甚五郎は今ひとつ、納得がいかない様子だった。
 マリエッタが、何を疑問に思っているのかと訝しげに問いかけると、甚五郎は自身の疑念を素直に述べた。
「件の傭兵派遣会社は、あくまでも傭兵派遣が生業の筈。新型機晶爆弾なんぞに、一体何の用がある?」
 中々、鋭い指摘であった。
 勿論甚五郎とて、ワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社の社長と弾頭開発局第三課が、随分と懇意にしていることは知っている。
 だがそれだけのことで、傭兵派遣会社がノーブルレディを欲すると考えるのは、あまりに性急過ぎるだろうというのが普通の感覚であるといって良い。
 これがもし、パニッシュ・コープスと裏で繋がりがあると噂されるウィンザー・アームズ社なら、まだ分からなくもない。
 ウィンザー・アームズ社は兵器開発を主とする軍産企業であるから、ノーブルレディのノウハウを知りたがったとしても、何らおかしな点は無いだろう。
 しかしワールド・ウォリアーズ・エンバイロメント社は、傭兵しか扱っていないのである。彼らがノーブルレディを入手してみたところで、一体どのような利用価値があるというのだろう。
 その点を指摘されても、しかしゆかりは己の推理に余程の自信があったのか、甚五郎の疑問を鼻先で一蹴してしまった。
「あくどい連中のやることですもの、何でもありに決まってますわ」
 甚五郎は、自分達の調査が芳しい結果を残していないことも忘れる程に、強烈な脱力感を感じた。
 ゆかりのやっていることは、いわば己の主観による決めつけであり、情報を精査・分析した上での推測とはいえなかった。
「あのな……いや、何でもない」
 甚五郎は、喉まで出かかった台詞を呑み込んだ。
 それ以外の可能性を、考慮に入れなくても良いのか?
 だが、甚五郎達とて具体的な推論を得るには至っておらず、ゆかりに対してどうこういえる立場ではない。
 だから、敢えていわなかった。
 同時に彼は、教導団の現状が恐ろしく思えてきた。
 ゆかりのように、誤った判断材料での推論を唯一の拠り所として行動する者が居る一方で、自分のように具体的な対象を絞り込むことも出来ないまま、教導団内の悪を駆逐することに挑まなければならないとは。
 これでは、パニッシュ・コープスに良いように翻弄されてしまうのも、無理からぬ話であった。


     * * *


 教導団本部内の、とある待合室。
 そこに、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)、そしてアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)達四人の姿があった。
「半分予想はしてたけど、でもやっぱり悔しいよなぁ」
 アキラは、金団長との面会が叶わなかったことに、少なからずショックを覚えていた。
 過日、空京に於ける痴漢悪魔撃退作戦では金団長に女装をより完璧に仕上げる為のサポートを施し、それなりに貸しを作ったつもりであったが、しかしその程度の貸しでは、この非常事態中での面会が叶う程の効果は得られなかったようである。
「まぁ、そう腐るな。わしらの本題は金団長との顔合わせではあるまいに」
 ルシェイメアの指摘を受けて、アキラは仕方なさそうに小さく頷く。
 確かに、今回アキラ達が教導団本部を訪れた真の目的は、金団長本人には無い。
 いや、正確にいえば多少はあるのだが、直接の行動対象とは若干、外れているというべきか。
 と、そこへ――。
「お待たせしました。秘密隔離棟への移動の手筈が整いましたので、お迎えにあがりました」
 軽いノックの後、待合室に姿を現したのは教導団大尉叶 白竜(よう・ぱいろん)であった。
 傍らに、世 羅儀(せい・らぎ)の姿も見える。アキラ達はこのふたりとは、全くの初対面という訳ではないのだが、しかし教導団大尉が直々にアキラ達の対応に現れようとは、流石に予想外だった。
「お、驚きましたわ……まさか、叶大尉がご自身で私達への対応に当たって下さるなんて……」
 セレスティアが緊張した面持ちで、慌てて頭を下げる。
 これに対し白竜は、頭を掻きながら右掌を軽く左右に振った。
「いえいえ、お気になさらずに。実は私達も、あなた方と同じ目的を持ってシャンバラ刑務所の秘密隔離棟へ向かうことになっているのです」
「えっ、それじゃあ叶大尉も……バルマロ・アリーと会いに?」
 アリスの驚きに満ちた声を受けて、白竜と羅儀はほとんど同時に頷いた。
 実のところ白竜も羅儀もアキラ達と同様、今回のパニッシュ・コープスの行動が、バルマロ・アリーの釈放が本当の目的だとは考えていない。
 しかし、このバルマロ・アリーが何らかの鍵を握っているであろうという予測は立てており、シャンバラ刑務所で直接面会すれば、事件解決に繋がるヒントが得られるかも知れないとの思いで、秘密隔離棟に向かおうと考え付いたのである。
 尤も、アキラ達はバルマロ・アリーが秘密隔離棟に投獄されている事実を知らなかった為、叶と羅儀の説明により、この場で初めて、これから向かう先が途中経路等が一切極秘の特殊房へ向かうことを知らされる格好となった。
「移動の最中は全員、目隠しをすることになります。これは上からの命令ですので、申し訳ありませんが、従って頂きます」
「まぁ気ぃ悪くしないでくれよ。オレ達も同じように、目隠しさせられるんだしな」
 アキラ達は、移動中の目隠しなどは然程気にはしていない。
 移動には教導団のシャンバラ刑務所所属SPが地下通路を走る専用車両の運転を担当してくれる為、少しばかりの時間、退屈な暗闇の旅を満喫すれば良いだけの話である。
「まぁオレとしちゃあ、こんなに大勢の綺麗どころが協力してくれるってのは、有り難い話だ。刑務所の看守とかはよぉ、やっぱり女っ気に飢えてるだろうからな」
 羅儀が冗談とも本気ともつかない台詞を吐きながら、無責任に笑う。
 ルシェイメアは然程気には留めなかったが、セレスティアとアリスは露骨に嫌そうな顔を見せた。
「ところで、件のバルマロ・アリーですが……調べたところ、人物としては随分と卑小な男のようにも思えますね……」
 白竜が手にした資料の束をめくりながら、訝しげな表情を浮かべる。
 するとセレスティアも、個人的に調べ上げてきた内容を白竜に披露してみせた。
「捕まったのが五年前……空京の証券取引所に対する爆弾テロ失敗で逮捕されたようですけど、何ていうか、随分ちっぽけな捕まり方のようですね」
「まだこの当時は、パニッシュ・コープスは鏖殺寺院の中でも小さな、それこそ無名のグループに過ぎなかったそうです」
 白竜がセレスティアの情報に、自らの説明を加えた。
「……の、ようですね。寧ろ、バルマロ・アリーさんが逮捕されてから、ですよね。パニッシュ・コープスが急成長し始めたのは」
「丁度、この頃ですよ。若崎 源次郎(わかざき げんじろう)とモハメド・ザレスマンがパニッシュ・コープス内で勢力を伸ばし始めたのは」
 つまりバルマロ・アリーはパニッシュ・コープスの首魁とはいっても、ただ単に創設者であるというだけで、実力的にはザレスマンには到底及ばないことを示唆している。
 はっきりいえば、ザレスマンにとってはバルマロ・アリーなど居ても居なくても、どちらでも良いような小物に過ぎない筈であろう。
 であるのに、何故ザレスマンはバルマロ・アリーの釈放を要求してくるのか。
 ここに、今回の事件に於ける謎のひとつが潜んでいた。
「やっぱり、直接会って話をしてみないと、分からないことだらけだな」
「そうじゃな……案外、ぽろっと何か漏らしてくれるかも知れぬぞえ」
 ルシェイメアが不敵な笑みを浮かべたところで、再度、待合室の扉がノックされた。
 シャンバラ刑務所所属の年若いSPが、専用移動車両の準備が完了したとの報告を持ってきた。その手には、人数分の目隠し用ゴーグルが提げられている。
「では皆さん、参りましょう」
 いいながら白竜が、SPからゴーグルをひとつ受け取りながら、先導して待合室を出て行った。
 残りの面々も白竜に続いて、SPが案内する廊下を静かに進んでゆく。
 シャンバラ刑務所・秘密隔離棟へと向かう極秘地下通路までは目隠しの必要は無いが、そこから先は完全に暗闇の中での移動を強いられる。
 若干の緊張が、一同の間に流れ始めていた。