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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第一章  九段 沙酉

「ん――……。ここは――……」

 両の目に飛び込んでくる明るい太陽の日差しに、三道 六黒(みどう・むくろ)は、思わず目を細めた。
 周囲で、しきりと鳥がさえずっている。
 どうやら自分のいるのは、何処かの森の中のようだった。

(ここは何処だ……。儂は景継もろとも崖から落ちて――)

 しかし、六黒の目の届く範囲には、崖も、がけ崩れの跡のようなモノもない。
 辺りには、自分の記憶からは遠くかけ離れた、のどかな光景が広がっているのみだ。

 立ち上がろうとして、六黒は、全身至る所の傷が手当されている事に気がついた。
 恐らく、崖から落下した時に負った傷なのだろうが、痛みこそすれ、動けない程の傷ではない。
 誰かが、気を失っていた自分をここまで運び、傷の手当をしてくれたのは間違いないようだが、その「誰か」の姿は、何処にもない。
 近くにいるではないかと思い、気を研ぎ澄ましてみたが、やはり辺りに人のいる気配は無かった。

(さては、沙酉の仕業か――……)

 死を覚悟していた六黒は、九段 沙酉(くだん・さとり)に、「自分の事はもう忘れろ」と言い残して景継との決戦に赴いた。
 しかし沙酉はその命令を無視して、跡をつけて来たのだろう。
 六黒は沙酉以外に、自分の命を助けてくれる人間に心当たりは無い。
 沙酉は、自分をここまで運び、傷の手当をした上で、姿を消したに違いない。
 六黒は試しに、《精神感応》で呼びかけてみたが、思った通り返事はなかった。
 命令に逆らった事を責められると思って、だんまりを決め込んでいるに違いない。

「全く、仕様の無い奴よ――……」

 口ではそう言いながら、六黒の顔には、優しげな笑みが浮かんでいた。



 
由比 景継(ゆい・かげつぐ)が死んだ……?それは、間違いないのですか!?」
「まちがいない。たしかに、この目で見た」

 御上 真之介(みかみ・しんのすけ)を始め、一様に驚きを隠せない面々とは対照的に、九段 沙酉(くだん・さとり)は淡々と答えた。

 六黒の手当を終えた沙酉は、その足で広城の御上達を訊ねた。
 敵である六黒のパートナーの突然の訪問にも全く動ずる事無く、御上は沙酉を迎えた。
 既に源 鉄心(みなもと・てっしん)が、水城 薫流(みずしろ・かおる)救出のために、両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)
と協力したという報告は入っている。

 『敵の敵は味方』

 今回の六黒達の行動を、御上はそう分析している。

 沙酉は、御上たちに、六黒が、首塚大神(くびづかのおおかみ)を虜にしようとしていた、景継を襲ったものの、逆に罠に掛けられ、身動きが取れなくなってしまった事。そこで六黒が咄嗟に崖を崩し、二人は崖から落下した事。六黒はかすり傷で済んたものの、景継は樹の枝に串刺しになり、絶命した事。しかし死の間際に自分に術を施し、怨霊と化した事などを、辿々しく――しかし常の彼女からすれば遙かに饒舌に――告げた。

「景継が、怨霊に……。それで怨霊となった景継は、どうしたのですか?」

 未だ景継の死の衝撃から抜け切れない様子の五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)が、訊ねる。

 それに対し沙酉は、あくまで淡々と、怨霊となった景継が、三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)を引き連れて近隣の村々を襲い、片っ端から術をかけて廻った事。術をかけられた村々では、村人が鬼と化したり、怨霊が現れたりして、村人を襲った事。一通り術を掛けて廻った景継は、夜明けと共に姿を消した事を説明した。

「では、あの怨霊や鬼人化は、全て怨霊となった景継の仕業だったのですね……」

 死に際して自ら怨霊となる道を選び、尚も災厄をばらまき続ける景継の妄執に、円華は戦慄を覚えざるを得ない。

「ちょっと待って下さい。掌玄は――?景継が姿を消した後、三田村掌玄は何処に行ったのですか?」
「それは、わからない。かげつぐがいなくなったあと、ワタシは、むくろをたすけにもどったから」
「そうですか……」

 沙酉の答えに、残念そうな顔をする御上。

「沙酉さん、あの、もう一つ聞きたいのですが――」

 声を掛けられ、円華の方を見る沙酉。

「沙酉さん。貴方が最後に掌玄を見た時、彼はまだ『鏡』を持っていましたか?」
「かがみ……?」
「よく考えて、思い出して下さい沙酉さん。これは、非常に重要な事なんです」

 首をひねる沙酉を、厳しい表情で問い詰める御上。

「――もっていた。たしかに、かがみをもっていた」
「持っていたのですね。有難うございます、沙酉さん。よく、思い出してくれました」

 円華から花の咲いたような笑みで褒められ、思わず沙酉の頬が薄紅色に染まる。
 沙酉は日頃、人から褒められる事も、笑いかけられる事も無い。
 そのため、そんなちょっとした事が気恥ずかしいのだ。


 こうして沙酉は、言いたい事だけ言うと、また何処へともなく去っていった。

「もし何かあったら、今度はコレで連絡して下さい。多分、通じると思います」

 去り際に、御上は、沙酉に無線機を渡すのを忘れなかった。
 

「沙酉さん、大丈夫でしょうか……」

 去っていく沙酉の背中を、心配気に見送る円華。
 彼女には、沙酉が六黒の事を身を焦がさんばかりに心配している事が、手に取るようにわかった。
 愛する者の身を案じながらも、自分に出来る事は限られている。その辛さを、彼女もよく知っていた。

「わかりません。でも、彼女がああして生きている限り、六黒はまだ生きています。それが、彼女の心の支えになるはずです」
「そうですね……」

 そう相槌を打つ円華の眼が、自然と御上に向けられた。
 かつて、御上を失いそうになった時の『想い』が、いちどきに彼女の脳裏に去来し、円華の胸を締め付けた。
 しかし御上はその視線には気づいた風もなく、沙酉のもたらした情報の分析に取り掛かっている。

「沙酉さんのお陰で、景継の狙いが首塚大神にある事がわかりましたね。景継が首塚大神を喚んだのは、単に死者の数を増やして、より多くの魂を手に入れるためだとばかり思っていたのですが、まさか、無理やり首塚大神を喚び出して暴れさせ、消耗させた所を虜にするつもりだったとは……。完全に、盲点でした。これは、三道六黒に感謝しないといけませんね」
「御上先生。景継が首塚大神の近隣の村を襲ったのは、やはりまだ大神を狙っているからでしょうか?」
「だと思います。恐らく、我々の眼を少しでも首塚大社から逸らしたいのでしょう」
「ということは、今夜はもっと首塚大社から離れた所を襲う可能性が高いですね」
「その通りです、円華さん。みんなには、怨霊や鬼への対処と共に、首塚大社の警備も怠らないよう、伝えておきます」
「後は、一刻も早く包さんと、三田村掌玄を見つけないと――」
「包君の件は、リカインさんと、敬一君に任せるしかありません」

 御上は、首塚大神の分霊であり、陽の側面である幸魂(さきみたま)の具現化である猪洞 包(ししどう・つつむ)の行方の捜索は、彼と行動を共にしてきたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と、これまで東野藩の血脈について調査してきた三船 敬一(みふね・けいいち)の二人に任せていた。
 人海戦術で盲滅法に探しても、見つかるとは思えなかったからだ。

「そういえば円華さん。さっき、沙酉君に鏡について訊ねてましたけど――」
「ああ、その事ですね。これは、あくまで推測に過ぎないんですけれど……多分今、景継の魂は解理(かいり)の鏡の中にいると思います」
「鏡の中に?」
「はい。強力な術者の中には、死を迎えるに際し、自らの魂を魔法具の中に移し、死を免れる者がいる……。そんな話を、聞いた事があります」
「それで、『三田村掌玄を探さないと』と言っていたんですね」
「はい。景継を滅ぼすためには、景継の魂の器となっている解理の鏡を破壊した上で、景継を倒すしかありません」
「破壊ですか……」

(掌玄の持っている解理の鏡は、そもそもは円華さんのお父さん――由比 景信(ゆい・かげのぶ)
さんの物。円華さんにとって見れば、お父さんの形見だ。しかも、円華さんの産日(むすび)の鏡と対を成す、貴重な女王器でもある。出来る事なら、壊さずに済ませたいけど……)

「先生の言いたい事は、よくわかります。でも私は鏡を壊す以外に、景継の魂を鏡から追い出す方法を知らないのです」
「そうなんですか……」

 そう言って唇を噛み締める円華に、御上は掛けるべき言葉を見つける事が出来なかった。

「わかりました。ではともかく、いつ何処に怨霊や鬼が現われてもすぐわかるように、東野各地に人を配置しましょう。景継の魂が鏡に宿ってるのであれば、怨霊や鬼のいる場所の近くに、必ず三田村掌玄もいるはずですから」
「――お願いします」

(それで、由比景継を滅ぼす事が出来るのなら、お父様もきっと許して下さる……)

 円華の心に、既に迷いは無かった。



由比 景継(ゆい・かげつぐ)が、死んだぁ!?しかも、怨霊になってるやてぇ!!」

 御上 真之介(みかみ・しんのすけ)から、沙酉の話を伝えられた達日下部 社(くさかべ・やしろ)は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
 日中、ひたすら東遊舞(とうゆうまい)の稽古に励んでいた社達は、今始めて、景継が死んだ事を知ったのだった。

「まったく景継のヤツ、大人しゅう死んどけばいいモンを、怨霊になってまで襲ってくるとは、どんだけはた迷惑なんや!」
「でも、一番怨霊になりやすい人だと思うよ。恨みを晴らす事が、生きがいみたいな人だったし」
「そらま、そうかもしらんけど……。しっかし、ドコまでも腹の立つやっちゃな!」
 
 比較的冷静に受け止めている五月葉 終夏(さつきば・おりが)に対し、社は憤懣やるかたないといった様子だ。

「でも、どうして三道 六黒(みどう・むくろ)は、景継と戦ったんだろうね?仲間割れとか?」
「それはどうかなぁ、秋日子さん。僕には、この島に来てからの六黒は、景継とは別行動を取ってたように見えたけど……」
「じゃあ、利害が対立したとか?」
「それは、中々判断が難しい所だね」

 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)の話に、御上が割って入る。

「景継は、西湘の前の藩主の水城 永隆(みずしろ えいりゅう)と手を組んでいた。それが、永隆が死んでしまったので、代わりに水城 薫流(みずしろ・かおる)さんを洗脳し、傀儡の藩主に仕立て上げた。それに対し、西湘にいた源 鉄心(みなもと・てっしん)君に情報を流し、僕たちに薫流さんを助けさせたのは六黒だ。この点から見ると、景継と六黒は、西湘の支配権を争っていたようにも見える」
「御上くん、その『にも』っていうのは?」

 御上の微妙な表現の差に気づいたキルティスが、疑問を口にする。

「問題は、この後だ。もし六黒が西湘の支配権を狙っているなら、薫流さんを奪いに来るなり、新しい傀儡を立てるなり、それこそ自分の手下を使って西湘を制圧するなり、とにかく西湘に対し、何らかの行動を起こすはずだ。しかし彼がしたのは、そのどれでもない、景継との一騎打ちだった――と言う事は、六黒の狙いは西湘ではなく、景継だったと言う事になる」
「つまり景継の野望を阻止するために、薫流さんを私達に助けさせたってコトですか?」
「そうなるね」
「じゃあ六黒は、景継に個人的な恨みがあったってコト?」
「今手元にある情報だけでは、何とも……。薫流さんから話を聞ければ、もう少し何か分かるかもしれないけど、こと六黒の件に関しては、薫流さんは一言も話そうとしないから――」
「これはアレね!動機はズバリ、『愛』よ!」
「愛ぃ!?」

 響 未来(ひびき・みらい)の突拍子もない発言に、思わず社の声が裏返る。

「きっと二人は恋人同士だったのよ!それで、恋人の洗脳を解くために、六黒は景継を倒しに行ったのよ!『薫流さん宛に六黒から手紙があって、それを読んだ薫流さんが号泣した』って、鉄心さん達が言ってたじゃない!それが、何よりの証拠よ!」
「イヤな、未来。確かにお前の言う事は、筋は通っとるように聞こえるんやけども、でもあの二人が恋人同士言うのはなぁ……」
「何を言っているのマスター!愛は時と場所を選ばず!愛は、万人に分け隔てなく訪れるモノなのよ!」

 一体誰に訴えているのか、ビシィ!と明後日の方向を指してポーズを取る未来。

「言っとるコトは分からんでもないけど、オマエが言うとどうもなぁ……」
「ナニよそれ!?」

 未来の口から出た時点で既に、社は胡散臭く思えて仕方がない。

「あの六黒さんと、薫流さんがねぇ……。美女と野獣ってヤツ?」
「確かに、ロマンティックな話だとは思うけど……」

 秋日子と終夏はどうしても、六黒と薫流のカップリングが想像できない。

「僕は、あり得ない話じゃないと思いますけどね」
「ね、そうでしょ!キルティスも、そう思うでしょ!」

 独白に近いキルティスの言葉に、ガッツリと喰い付く未来。

「どんな理由で、誰を好きになるかなんて、その人にしか分かりませんよ……」

 キルティスは意味深なセリフを吐いたきり、黙りこくってしまった。、

(きっと彼女も、彼の事が好きなんだろう……それに、彼女だって……。だとしたら、やっぱり僕なんかじゃ……)

 そのまま、自分の考えに没入してしまう。

「まぁ理由はともかく、六黒は景継に戦いを挑み、そして倒した。その結果、景継は怨霊と化し、そしてその後も怨霊達を使役して、首塚大神を支配しようと目論んでいる、という事なんだけど――」
「ああ、そうやったそうやった」

 すっかりズレてしまった話を、御上が元に戻す。

「僕の作戦はこうだ。今源 鉄心(みなもと・てっしん)君率いる騎兵隊に、景継の居場所を探してもらっている。みつかったら、現地に急行。僕達は東遊舞で景継の戦力を奪い、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)さん達が、景継を狙う。円華さん達にはとにかく猪洞 包(ししどう・つつむ)君の発見に全力を注いでもらい、見つけ次第、首塚大社の本殿にいる大神の所に、連れて行ってもらう。首塚大社の方は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)君達に死守してもらう」

 改めて、作戦を説明する御上。

「ただ、一つ気をつけなければならないのは、三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)だ」
「掌玄?」
「怨霊には、実体の無い。実体が無い者に、物は運べない。とすれば、景継の力の源である解理(かいり)の鏡を持っているのは、掌玄と言う事になる。そして、円華さんの推測によれば、解理の鏡は今、景継の『魂の器』となっているらしい」
「魂の器?」
「要するに景継の魂は、今解理の鏡の中にあるんだ。そして、魂が解理の鏡の中にある限り、景継は鏡に蓄えられた力を使って、何度でも復活する」
「それじゃ狙うべきは、景継よりもまず掌玄やな」
「そうだ。ただし、掌玄を狙うのは鉄心君や、美羽君達の仕事だ。基本的に僕達は、東遊舞を滞り無く舞う事に、意識を集中すればいい。でももし、掌玄や鏡を確保出来るようであれば、舞を中断してでもそちらを優先してくれ」

「「「「「了解!」」」」」

 5人が、口を揃えて言う。

(後は、どれだけ早く景継と包君を見つけられるかが勝負だけれど……)

 この広い東野の中で、果たして本当に、二人を見つけ出せるのか。
 口にこそ出さないものの、御上は、一抹の不安を感じずにはいられなかった。