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リアクション
第4章 人手が足りないということ
「あともう少しです。頑張って下さい」
夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、肩を貸して怪我人を森の外へ運び出していく。
応急処置は終えているが、怪我の具合が激しく、怪我人の意識は朦朧としていた。
「重傷な人を中へ!」
本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が中心となり、村の近くに存在した小屋を臨時の救護所として、怪我人の治療に当たっていた。
「救護所が見えました。契約者達がいますから、あそこなら安全です」
声をかけて、励ましながら彩蓮は獣人の怪我人を救護所の方へと運んでいく。
「応急手当は終えていますが、危ない状態です。魔法をお願いします。外の患者達は私が診ます」
彩蓮は運んできた相手を、涼介に預けると、自分は小屋の外で待機している別の負傷者の下に急ぎ、ナーシングで治療を行っていく。
「幼い子供や出血の酷い方、意識の無い方はどうぞ小屋の中へ。それ以外の方は、こちらで順番に診させて頂きます」
治療を進めながら、彩蓮は精神的にも混乱している人々に励ましの言葉もかけていく。
「大丈夫だよ」
涼介のパートナークレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、涼介や彩蓮のような医療知識はないけれど、ヒールの魔法は覚えていた。
「ここは安全です。私達が必ずお守りいたします」
クレアは人々が不安にならないよう、出来るだけ笑顔を心がけて魔法をかけていく。
だけど……。
助からなかった人も、既にいた。
仲間や家族を失った人々の心の傷は魔法でも笑顔でも癒すことが出来なかった。
「傷はふさがりましたけれど、安静にしていて下さいね」
クレアは治療した男性に優しくそう声をかけた後、次の患者の下に急ぎ、ヒールをかけていく。
「それにしても……」
涼介がつぶやき声を発した。
この状況は、鏖殺寺院のテロ攻撃を髣髴させる。
「十二星華のティセラ」
運び込まれた人がその名を口にしていた。
女王候補を名乗ろうという人物が、なぜこんなことをするのか。
いや、こんなことをする者がなぜ女王候補を名乗るのか。
涼介には全く理解が出来なかった。あまりにもおかしい。理解のできることではない。
だがしかし、今は疑問を抱いている場合ではない。一人でも多く、助けなければ。
急ぎ、止血を施し、症状を確認し危ない者にはヒールをかけていく。
「リカバリをかけます。集まって下さい……っ」
茶色の髪の少女が、中央に立って、リカバリの魔法を発動した。
クイーン・ヴァンガード達と一緒に駆けつけた少女だ。
高い精神力を持ち、応急処置の知識も有している。……名はサジタリウスというらしい。
「治療をお願いします」
博季が、獣人の青年を運び込み、床に横たわらせる。
「先生……?」
その人物は、イルミンスールの生徒である涼介も知っている人物、グレイス・マラリィンであった。
「先生、しっかりしてください」
続いて空飛ぶ箒を手に駆け込んだソアが駆け寄って、ナーシングで治療を始める。
「彼の者に光の慈悲を……再び立ち上がれる力を……」
ソアと一緒に飛び込んだニトも、グレイスにヒールをかける。
舞とリュックを背負ったブリジットも、グレイスを囲んで腰掛けた。
「ありがとう、僕はもう大丈夫だ。他の人をどうか助けてくれ」
弱弱しい声で、かすかな笑みを見せながらグレイスが言った。
「良かった、先生無事か」
「安心しました。本当に酷い状態でしたから」
ケイと クレイも小屋に駆け込んで、ほっと息をつく。
「ここは重傷者のために空けよう。頼んだよ……どうか」
グレイスが涼介に気づいて目を向ける。
「はい。先生もどうかお大事に」
涼介は頷いて、重傷者の治療を続ける。
グレイスの意思を尊重し、ケイとクレイが肩を貸して、グレイスを小屋の外へと運ぶことにする。
「僕、ニト。見ての通りドラゴニュートなんだよ。君はグレイス・マラリィンさんって言う名前なんだよね……かっこいい名前だなぁ……何してる人なの?」
建物の壁に寄りかからせたグレイスに、二トが問いかける。
「イルミンスール魔法学校で、教師をしている。主に魔法に関する歴史の先生ってところかな」
グレイスは青ざめていた。怪我は完治したわけでもなく、負傷した村人達も続々と運ばれてくるこの状態では無理もない。
「何か大切にお持ちのようでしたが、何だったのですか?」
寄り添うようにグレイスを守りながら、ソアが尋ねる。
「シャンバラ古王国時代に、女王に仕えていたこの村出身の騎士が、アムリアナ・シュヴァーラ女王からお預かりしたものだと聞いている。新たな女王が誕生した時に、その女王に渡すよう言われていたらしいんだ。5000年も経った今、その伝承を信じている者ばかりではないけれど、その伝承と像があったからこそ、この村は小さいながらも5000年もの間滅びずに存続できたといってもいい。あの像は村人達の結束のために必要な、崇拝の対象なんだよ」
「その像が、何者かに狙われていたんですね?」
不安げな目でソアが言った。
グレイスは悲しみをたたえた眼を向けて、頷いた。
「悔しいけどボクじゃまだあいつらは無理だから……」
紺野 涼香(こんの・りょうか)は村を襲っているという合成獣と、ティセラがいる方向に眼を向けた。
村人を庇い、自らも傷を負いながら涼香は救助活動を手伝っていた。
「戦いに出れば怪我人の数が減る、村に向かおう」
クイーン・ヴァンガードの小隊長と思われる人物が、茶色の髪の少女にそう言葉をかけていた。
そのサジタリウスと呼ばれている少女は戸惑いながら、傷ついた人々の手当てを続けている。
「ごめん、なさい……救護活動を手伝ってって、言われてきました、し」
小さな声で言って、少女は首を横に振った。
「っ……戦える者は村へ!」
小隊長らしき人物は数名の隊員を引き連れて村へ加勢に向かっていく。
多くの隊員が少女の傍に残り、手当てを手伝っていた。
涼香はその様子を目にして。
怖いからなのか、自分のように力不足だからなのか、理由はわからなかったけれど、彼女が戦いに出たくはないのだということは、解った。
事情はよくわからなかったけれど、そのサジタリウスという少女が一生懸命、皆の治療に尽くし、沢山の人々の傷を癒している様子が、けなげで、立派に見えて。
近づいて、こう言葉をかけた。
「ボクも君の意思を尊重するよ。ここには救護活動で来ただけ、そうだよね?」
サジタリウスは少し驚いた顔をして、不安げな眼をぎゅっと閉じて深く頷いた。
「……手を貸していただけますか?」
怪我人の折れた足を固定しながら、神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)がサジタリウスに声をかける。
九十九は保護者の神楽月 正宗(かぐらづき・まさむね)から神楽崎分校の話を聞いて、現場近くで行われていた親睦会に訪れたメンバーの一人だった。だから、涼香同様、事情は知らない。だけれど、なんとなく彼女が気がかりだった。
「…………」
傍ではパートナーの神楽月 マタタビ(かぐらづき・またたび)が不機嫌そうに、九十九を手伝っている。
親睦会で甘いものに囲まれてウハウハ状態を期待してたのに。甘いもの食べる前に事件に巻き込まれ走り回ることになってしまった。
九十九が持ってきた妖精スイーツが隅に置かれてはいるが、さすがにこの状態で手を伸ばすわけにはいかず、しぶしぶと手伝っているのだ。
「はい……っ」
サジタリウスは九十九達が治療している村人に近づいてヒールをかけた。
「この子も頼むヨ!」
光学迷彩で姿を消したキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が幼い子供を抱えて小屋に現れる。
「オオ、百合園生が多いネ!」
「うん、あたし達は白百合団員なの。白百合団では救護活動なんかもしっかり学べるんだよ」
「はい」
白百合団員の葵の言葉に相槌を打ったサジタリウスだが、小さく「あっ」と声を上げると、目を逸らして子供の治療を始める。
団員にいたかな? やっぱり見たことがある気が……。
葵はうーんと首をかしげながら、エレンディラに目を向ける。
エレンディラは複雑そうな顔で軽く頷いた。
「イヤ〜。女王候補擁立のツァンダ家が空京オリンピックに積極的かどうかの調査来たら、この惨状! 救助しなきゃダメだよネ。百合園に関わる者として、救助活動の勉強はしてるからネ!」
百合園生達と仲良くなろうと、キャンディスはサジタリウスを手伝っていく。
キャンディスは、かなりくたびれた外見の「ろくりんくん」のゆる族だ。パートナー茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は、百合園生なのだが、キャンディス自身は百合園の生徒ではない。
守護天使だと騙して契約をしたため、パートナーには完全に拒絶されてしまっている。そのため、仲を取り持ってくれる人を探しているのだった。
それもあるけれど……。
サジタリウスが隠し事をしている風であったことも、キャンディスは気がかりだった。
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