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伝説の焼きそばパンをゲットせよ!

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伝説の焼きそばパンをゲットせよ!
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第五章 祭りの成果

 スキルスウェーを駆使した東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、華麗に最前列にたどり着いた。もっとも彼の目つきの悪さに、ギョッとして道を譲った生徒がいたのも事実だが。
「よっ! さくらたいやきパン2つ、といちご牛乳……も2つで」
「あいよ! 焼きそばパン2つといちご牛乳2つな!」
 カガチに袋を手渡したのは、購買部を手伝っている獣 ニサト(けもの・にさと)だ。
「焼きそば? いや、違うって……」
 東條 カガチ(とうじょう・かがち)は、あわてて袋を返そうとしたが、押し寄せる人波にたちまち弾き出された。手にした袋を開けると、おいしそうなソースの香りが漂う。
「まぁ……いいかぁ」
 悠然とその場を後にした。

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、かろうじて焼きそばパンを入手すると、購買部前の混乱から抜け出した。
 自慢の黒髪は乱れて、「焼きそばパン!」と何度も張り上げた声は、いくらか枯れている。
「まったく世話がやける……って、なんでこうなるのよ!」
 それでも袋を開ければ、お目当ての伝説が手の内にあった。ソースと紅しょうがの香りが祥子の鼻をくすぐる。さっきまで加わっていた混乱を横目に一口かじる。
「ああ……美味しい」
 身も心もとろけそうになる。自然な笑みを浮かべた姿は、彼女の魅力を一層豊かなものにしていた。そして予想外の苦労をしたためか、伝説の焼きそばパンは一段と美味に感じられた。改めてまだ続いている混乱を眺める。
「壮観ねぇ。ちょっと写メっていきますか」
 携帯電話を取り出すと、購買部に向けてシャッターを押した。
 
 リア・レオニス(りあ・れおにす)は、スキル超感覚で、隙間を捉え姿勢を低くしてかい潜った。
 最前列に到達すると、思いっきり両手を伸ばす。右手で焼きそばパンを2つ掴み、左手で他のパンをたくさん掴む。そしてうっかり、そうあくまでもうっかり左手に掴んだ他のパンを放り投げた。
 中に飛んだのは伝説の焼きそばパンではなかったが、リアの予想通り周囲の目をそらすには十分な効果があった。
「よろしくな!」
 代金を押し付けると、素早く集団から離れる。目的さえ果たせば、もうこんなところに用はない。
「ところで響はどうなったんだ?」

 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、購買部の最前列どころか半分にもたどり着かない状況に、早々と諦めて混乱から脱出していた。
「食べたかったなぁ」
 離れたところに腰を降ろすと、深々とため息をつく。
「ところでアデリーヌはどこ?」
 後ろについて来ていると思っていたが、いつの間にか影も形も見えなくなっていた。「連れてきちゃまずかったかな?」と今更ながらに後悔する。
 当のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、無数の人ごみに揉まれて、なすがままになっていた。「さゆみを見失うまい」と追ったのもつかの間。彼女の背中は人ごみに消えていった。女性の中で背こそ高いアデリーヌは、押しつぶされるようなことは無かったが、細身の体では流れに抗うことはできなかった。
『こうしていると、まるで嵐に吹き飛ばされる木の葉のよう。それとも急流に巻き込まれた小石かしら。こんなところで命を落とすことになろうとは、これもわたくしの運命なのでしょうか』
 緑の瞳をこらしても、購買部の最前列は、はるか彼方だった。あそこまでたどり着くのは、もはや不可能だろう。
『焼きそばパンをめぐる混乱に巻き込まれて死ぬなんて、吸血鬼史(そんなものがあれば、だが)に残るかもしれない。ああ……さゆみ、願わくば、もう一度あなたの温かな頬に触れたかった』
 などと考えている内は、まだマシだった。しかしお気に入りのリボンが引き千切られるは、髪飾りが飛ばされるはで、ついに我慢の限界を越えた。
「ええい! いい加減になさい!」
 どこにそんな力が残っていたのか、両足を踏ん張ると地面にしっかり拠点ができた。同時に両腕を突っ張ると周囲の数人が押しのけられた。
「そこをおどきなさい!」
 そう叫ぶと、人垣を蹴散らして購買部へ突撃した。
 風紀委員の神野 永太(じんの・えいた)花京院 秋羽(かきょういん・あきは)は、その場を見ていたものの、彼女を捕まえようとはしなかった。
「いやー、女性だったし、格別にスキルを使っているわけでもなかったからさー」
 花京院 秋羽(かきょういん・あきは)は、そう言い訳したものの、彼女の剣幕に押されてしまったのだろうと噂された。
「焼きそばパンとコーヒー牛乳を私にお売りなさい!」
 代金分の硬貨を力強く叩きつけると、ようやく周囲の自分を見る目に気付く。
「では皆さん、ごきげんよう」
 ゆったり笑みを浮かべて、悠然と歩き去った。彼女が去ると再び喧騒がよみがえる。

 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)アインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)は、着実に前進していた。笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が前方を切り開き、アインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)が後方から援護する。息の合ったコンビネーションは、混乱に負けることなく目的を達しようとしていた。
『笹奈様、今です!』
 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)は、伝説の焼きそばパンを入手すると、後についてきたアインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)を振り返る。2人はじっと見詰め合う。周囲の混乱をよそに2人だけの世界が作られ……と、そこにカメラが向けられた。
「おめでとうございまーす! 今のお気持ちをどうぞ!」
 鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)が、2人をバッチリ捉えていた。
「あ、その……うれしいです」
 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が、なんとか答えるとアインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)も、コクコクとうなずいた。
「ところで、よくカメラを構えたまま、こんなところまで来られるんですね」 
「そりゃあもう、ジャーナリスト魂っす! スピリッツっす!」
 それだけ言って、鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)は立ち去った。

 相変わらず小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、マリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)を抱えていた。ここまで来れば、どこかに座らせてても良いはずだが、伝説の焼きそばパンを買うことに夢中になっている美羽には、マリエルを下ろすことに頭が回らなかった。
 ただしそれが奏功した面もある。女の子を抱えた女の子に気付くと、誰しも道を明けてしまう。
 ただし懸命にしがみ付いていたマリエルは、いつの間にか手足の力が抜けていた。これは気絶していた……のではなく、むしろ変に力を入れない方が楽だったからだ。時折、マリエルの手足が周囲の人間にぶつかってしまうが、そんな時だけ『ごめんなさい』と心から詫びた。
 そんなわけで、この混雑にも関わらず、美羽は比較的短時間に購買部にたどり着くことができた。
「焼きそばパン2つ、おいしいトコお願いね」
「はーい」
 代金と引き換えに、袋を受け取った美羽は勢い良くシャンプした。集団を超えると、購買部からほど近いベンチの前に華麗に着地した。
 
「かがっちゃーん! 真くーん!」
 佐々良 縁(ささら・よすが)は、混乱の最中にいた。何度轢かれたか分からない。抜け出そうと思っても、ここがどこなのかすら分からなかった。
「はい、何にするの?」
「え?」
 何の奇跡か、佐々良 縁(ささら・よすが)は、購買部の最前列に押しだされていた。
「フルーツサンドくださーい。それといちご牛乳」
「はいよ」
 お金を渡すと袋を貰う。ほくほくして離れようとしたが、かすかなソースの香りに気がついた。
「あ、コレ、焼きそばパンだぁ」
 急いで交換してもらおうと思ったが、今度はどこをどう押し出されたのか、混乱の端に立っていた。
「仕方ないかぁ」
 
 赤羽 美央(あかばね・みお)はタイミングを計っていた。王国の愛する国民、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)の姿は既に見えない。しかしルイ・フリード(るい・ふりーど)は、確実に購買部に近寄っていた。
「よしっ!」
 こちらを向いたルイのアイコンタクトを確認すると、勢い良く混乱に向かって跳躍した。若々しい雌鹿を思わせるジャンプは、人ごみを華麗に飛び越える。
『キュロットスカートで間違いなかった』
 もちろんこれも計画の内だ。女王たるもの、みだりに隙を見せるものではない。
 そして狙いたがわず、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の光り輝く額にヒールを打ち付ける。更にトウで後頭部を蹴り飛ばすと、2度目のジャンプで購買部の最前列に到達した。
「焼きそばパン、2つ」
 雪だるま王国の女王は、ここに勝利を手にした。

「ふぎゃぅ!」
 足元をすり抜けていた芦原 郁乃(あはら・いくの)は、いきなり背中に重いものを感じた。
「ちょっと! 早くどいてよ!」
「おやおや、ごめんなさい。どうも地面が柔らかいと思ったら、女の子がいたんですね」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)は、芦原 郁乃(あはら・いくの)の両脇を抱えて立たせた。
「いろいろ事情があってね。怪我はない?」
「平気だけど、もう間に合わないかなぁ」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)が、購買部を見ると、ちょうど赤羽 美央(あかばね・みお)が焼きそばパンを買ったところだった。
『これで私の任務は達成したも同然です。本来、購買の戦争に情けは無用。でもこの女の子の手伝いくらいはしても問題ないですよね』
 芦原 郁乃(あはら・いくの)を高々と掲げた。
「えっ? 何?なに?」
「それっ! がんばってー!」
 戸惑う郁乃を購買部に向かって放り投げた。郁乃の忍者としての鍛錬が役立ち、きれいに着地した。
「えっと、焼きそばパンくださーい」