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(8)薬は間に合うか!?

 場面は大きく転換し、イルミンスール魔法学校にて。
 世界樹にできたその後者の一角に、普段使われていないような教室がひっそりとあった。
 ブレイズ・カーマイクル(ぶれいず・かーまいくる)ロージー・テレジア(ろーじー・てれじあ)たちはイルミンスールの卒業生である。周知の通りこの学校には進学するための大学はなく、彼らのように卒業しても研究を続ける生徒もいるのだ。
 ただし、ブレイズは学校の許可を取らずに、勝手に空き教室を占領し、自らの研究室にしていた。

「うわああっ、僕の研究室が〜!!」
 ブレイズは普段ならのんびり紅茶でも飲んでいる時間であるが、今日はちょっと事情が違っていた。
 今日のクロードの騒ぎの様子を見るために、ブレイズとロージーはプールまで行っていたのだが、戻ってくると部屋がめちゃくちゃになっていたのだ。
「だれですかこんなことをしたのは!」
 ロージーが部屋の奥に駆け込むと、犯人はすぐに分かった。
 そこに校長のエリザベート、アーデルハイト、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)峰谷 恵(みねたに・けい)譲葉 大和(ゆずりは・やまと)ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)たちがいたからだ。
「おい、ここで何してるんだ!」
 ブレイズが涼介にむかってさけぶ。
「何って……見ての通りだ」
 棚から出した鍋を洗っていた涼介が答えた。続けてこうも言った。
「外にいる怪物が見えなかったか?」
「今見てきたところだが、それがこれとどう関係あるんだ?」
 ブレイズは着々と準備を進めている校長たちを涙目で見る。
「関係大ありだよ。今からクロード先生を元に戻すための薬を、ここで作るんだ!」
 恵の言葉に、ブレイズは驚いた。
「なんだと、ここは僕の研究室だぞ!」
「何が『僕の研究室』だ! 勝手に使っていただけだろうが!」
「そうだよ、ここは比較的プールからも近いし、使わせてくれたっていいじゃない、ねーっ!!」
 校長たちのボディーガードをしていた大和とラキシスが言う。
 そういわれてしまうと元も子もない。
 校長たちもいることだし、無理に自分の研究室であると主張して、追い出すわけにも行かないのだ。
 ブレイズは仕方なく、研究室をそのまま使わせることにした。

 準備は着々と進み、鍋にはキノコ以外の材料が放り込まれていく。
 そこへタイミング良く、キノコ採取に行っていた生徒たちが帰ってきた。
 広場で校長たちがこの研究室にいると聞いた鈴花たちは、急いでキノコを持って駆けつける。
「おまたせしました!!」
「うむ!!」
 アーデルハイトがキノコを確認する。まさしく『青い星のキノコ』であった。
 ざっくり刻んだキノコを鍋に入れると、それまで茶色っぽかった鍋の中身が変化して青色になる、と同時に2、3度爆発のような煙が上がった。
「え、まさか失敗?」
 リカインが驚くが、エリザベートが首を振る。
「違いまぁす。これで成功ですぅ〜」
 煙が収まると、鍋の中には黒っぽい液体が残った。
「これで完成したはずじゃ」
 アーデルハイトが液体を瓶に入れながら言う。
「先生に使う前に、毒味した方がいいんじゃないでしょうか……」
 リカインがおそるおそる提案する。
「そうじゃのう……」
 確かにその通りである。
「そうだ!」
 キューが何か思いついたらしく、研究室を出ていった。
 そして戻ってくると、そこには金色の毛玉怪物が。
 クラーク 波音である。薬で変身した彼女は、まだ毛玉の姿のままであった。
「どうしたの?」
「今クロード先生を元に戻す薬を作ったんだけど、試しに飲んでほしいの」
 リカインは事情を話し、薬を飲んでもらうことにした。
 気軽に育毛剤を飲んだ彼女は、同じく気軽に同意してくれた。
 波音が薬を飲むと、毛がゆっくりとざわめき始め、ポロポロと毛が落ちる。
 しばらくしてそこには元の波音が立っていた。
「ああよかった」
 リカインはほっとして胸をなで下ろした。波音は不思議そうに自分の腕や足を見ている。
「これが魔法の薬の効果か……不思議なものだな」
 と、キューも目の前での変化に驚いていた。

「よし、次は先生だ」
 涼介たちが薬の瓶を持ってプールへと向かう。
 そのころプールでは、アルツールたちによってクロードが凍らされたままになっていたが、気温により徐々に氷は溶けてきていた。

 ぴきぴき……

 恵たちと校長たちがプールサイドに到着した頃、不吉な音がして氷に亀裂が走った。
「……あ、あぶないです校長!!」
 アルツールがあわててエリザベートに声をかける。ちょうど彼女が一番近くにいたのだ。
「ぐおおお……」
「校長に触れさせるか!!」
 氷からときはなたれたクロードからエリザベートを守るため、大和が間に立ちはだかる。
 毛の束のパンチを何発か食らうが、大和は強かった。必死に倒れずに校長たちを守ろうと徹したのだ。
「少しの辛抱だから、もう一度凍ってね先生!」
 恵が近くにあったバケツでプールの水をクロードにふっかけ、氷術を放った。急速にクロードは再び動きを封じられる。
「これでどうだ!」
 涼介がダッシュでクロードに接近し、薬を浴びせるようにかけた。
 氷の隙間から薬が体内へ届くのにしばらく時間がかかったようであるが、やがて毛が動き出し、パラパラと地面に落ちていく。
「先生!」
 恵や涼介たちがクロードに近づく。
 毛の山の中に、元の人間の姿に戻ったクロードが倒れていた。
「……うん? みんなどうして……ぶえっくしゅ!」
 皆に気がついたクロードは怪物になっていたときの記憶がないらしい。ついでに凍らされたり水に落とされたりしたため、風邪を引いてしまったようだ。

「大丈夫ですかぁ先生、すぐに着替えた方が良さそうですねぇ……とりあえずこれでどうでしょう」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)たちはクロードにヒールをかける。
「ああ、ありがとう」
 クロードは少し体調がよくなったようだ。風邪が治ったわけではなくて、今まで生徒たちから受けた怪我が癒されたからではあるが……
 その様子をアルツールは厳しい目で見ていた。
「全く愚かだな、薬をいきなり自分で実験するなどとは……」
「やっぱり、あの薬で何かひどいことをしてしまったのですね、私は……」
 クロードは周りに落ちている毛でだいたい状況を飲み込んだようだ。そしてそれはひどく彼を落ち込ませた。
「落ち込まないでください先生、誰にでも失敗はありますよ」
「でも、生徒や先生たちに迷惑をかけてしまったんだ」
 セシリアが励ますが、彼の気分は良くならない。

「先生〜落ち込んでる場合ではありませ〜ん! こんなにプールが毛だらけでは、せっかくの夏休みなのにプールで遊べないじゃありませんかあ、早く何とかしてくださぁい!!」
 エリザベートがクロードに向かって起こった口調で言う。
「え、プール……?」
 確かにプールの水の中も、プールサイドも毛だらけになってしまっていた。
「わかりました、すぐ掃除します……!」
 校長命令なので拒否するわけにも行かない。クロードはあわてて立ち上がる。
「僕たちも手伝うよ!!」
 恵や涼介、メイベルたちはもちろん、プールサイドにいたほとんどの生徒たちがプール掃除に取りかかり始めた。
 落ち込んでいたクロードも、一生懸命掃除に取り組んでいるうちに気が晴れてきたようで、最後には笑顔が戻ってきていたのだった。

 こうしてクロードの育毛剤に端を発した騒動は、無事解決したのであった。