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第10章 士道科・実技訓練


 午後、士道科の見学者達は、士道科棟の離れにある道場へと案内された。
 鉄筋4階建てで、1階が弓道場、2階が剣道場、3階が柔道場、4階が合気道場になっているらしい。
 また各階に男女の更衣室や、シャワールームまで備えてあるとか。

「他校の授業を見学できるなんて滅多にないから、貴重な機会を無駄にしないよう学んでこないとな。
 話で聞くのと実際見るのとじゃだいぶ印象も違うし、明倫館がどんなところなのかってのは興味あるぜ。
 うちの学校は……何つうか、入る前に持っていたイメージとだいぶ違ったが……」

 建物を見上げながら、北条 御影(ほうじょう・みかげ)はこれから始まる授業への期待を吐露する。
 自身の学校についての、残念なカミングアウトも含めて。
 向学心の高い御影は、建物の構造などを薔薇の学舎と比較しながら観察するのであった。

「そうだよなぁ……道場とかで剣術の授業してる風景とか、マホロバの侍の刀さばきも見てみたいな」
「剣術にはあんまり興味ないけど、佑也が見に行くって言うんならあたしも士道科の見学に行こっかな?
 もしかしたら面白いものも見れるかもしれないしっ!」

 御影の言葉を受けた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)も、希望が叶いそうな雰囲気に口元が緩む。
 パートナーのアルマ・アレフ(あるま・あれふ)は、剣術よりも佑也に面白さを求めていた。

「士道科っていうとやっぱ、技術も姿勢も気構えもしっかり磨いてんだろうな。
 せっかく間近で見られるんだ、見習えるところがあれば見習わねぇと」

 建物全体の入り口である大きな引き戸をくぐり、階段を上る。
 交流のために、御影は移動中も士道科生と積極的に言葉を交わしていった。

「うぅむ、わしには薔薇の学舎よりもこちらの学校の方が落ち着きますじゃ。城主殿も真にお美しい……」

 女人禁制な薔薇の学舎に、日頃からこっそり不満を抱いている豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)
 ハイナはじめ女生徒の存在を、羨ましくさえ思う。

「……?」
「いやいや別に、共学だから羨ましいとかそういうわけではごじゃいませんですじゃよ……!?」

 本気で転校を勧めようかとも、考えるくらい。
 だが御影の静かな微笑みに、秀吉は慌てて取り繕った。

「貴方は、なぜ見学を希望したのだ?」
「わたくしが授業風景を見学する理由ですか?
 ここが自分の学び舎となる場所であること、そしてこれから身に付ける自分の力がキャンベル家再興の一助となるであろうことよ」

 葦原明倫館の、それも士道科の生徒が士道科を見学することに疑問を感じた弐識 太郎(にしき・たろう)
 相手が女性ということもあり、言葉使いに気を付けつつ関心の向きを訊ねてみた。
 訊かれたことに戸惑いながらも、だがしっかりとした口調でユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)は答える。

「それに……他校の生徒とともに見学するのも1つの励みになるでしょう、きっと自分の今後に役に立つわ」

 自身の将来像を見極め、学園生活を充実させるためにも、ユーナは真剣に授業を見学したいと思っていた。

「あ、佑也ーあっちに巫女さんがいるみたいだけど見に行かなくていいの?
 佑也って巫女さん好きだったわよね?
 『ケ』で始まるヒーローな人とか、佑也の友達みんなが言ってたわよ」
「……え、巫女さん?
 い、行かないぞ、巫女さん見になんて行かないぞっ!」
「……なんだったら今度あたしが巫女さんの格好してあげよっか?」

 横腹を小突き、アルマが小声で告げる……焦る佑也。
 ニヤニヤと悪戯っぽい笑顔を浮かべて発した言葉は、さらに佑也を困らせる。
 最後のアルマの言葉を、佑也は聞かなかったことにした。

 2階へ到着、皆は剣道場へと招き入れられる。
 板張りの、広く、天井の高い一室だ。

「床のひんやりとした感触、懐かしいな」
(パラミタでは靴をはいたままいることが多かったから、裸足になるのは久しぶりなのだよ)

 一礼して道場へ入ると、素足に伝わる、床のひんやりとした感触。
 藍澤 黎(あいざわ・れい)は、自身の心が穏やかに落ち着いていくのを感じる。

「皆、道場は土足禁止なのだよ」

 奥の神棚へも一礼をすると、黎は道場の端を歩いて見学席へと正座した。
 他の見学者達も、黎の言葉と行動に従って次々と入室する。
 礼儀正しい黎と見学者達の行為に、士道科の生徒達も思わず感心。

「……ちょっとアルマ、珍しいもの見て気持ちが浮つくのは分かるけどな、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ?
 人の刀とか絶対に触っちゃダメだからな、日本の侍は鞘同士がぶつかっただけで斬り合いになるくらい気難しい人が多かったんだ。
 マホロバの侍も同じくらい気難しかったら大変なことに……って、言ってる俺がぶつけたりしたら世話無いよな……」

 今度は佑也が、小声でアルマへと注意を促す。
 自身の得物を他人に触らせたくないのは侍だけではないだろうし、他の持ち物も触られるのが嫌な者もいるかも知れない。
 何にせよ、触らぬ神にたたりなし、ということだろう。

(なるほど……)

 黎や御影の言葉を聞き、要点を心のなかに留める太郎。
 常に硬派でストイックな太郎は、武士道の精神に自身と通ずるものを感じていた。

「士道科というのは武士の精神を学ぶところという認識でいいのかな……武士道か、ちょっと興味あるね」
(欧州の方にも、忠誠や武勇、礼節というような……いわゆる騎士道という精神があるのだけどそれと似たようなものなのかな)

 授業の開始にあたり、アルステーデ・バイルシュミット(あるすてーで・ばいるしゅみっと)が案内役へ問いかける。
 頷きに満足したアルステーデは、さらに興味を増して授業に聴き入った。

(今日もきっと、いちいち感激したり質問しまくったりして先輩や他校の生徒に迷惑をかけるのでしょう。
 ですが、いつものことなので構わず別行動です)

 梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)は、授業を聴きながらもパートナーのことが頭から離れない。
 しかしながら、いずれは家督を継いで『侍』になる身の仁美。
 本日の見学会にて、士道科を見学する以外の選択肢などありえなかった。
 心配は絶えないが、パートナーと周囲の人間を信じて、大事の起きないよう願いながら、真剣に授業へ耳を傾ける。

(ほう、そういう考え方もあるか)

 授業が始まると、太郎は見聞した内容を反芻して理解していった。
 怪しい部分もあるから鵜呑みにはできないのだが、おそらくは『若干』日本文化を誤解釈しているハイナの影響だろう。
 しかし太郎は、誤りを糾弾することなく、士道科の授業を尊重することにした。

「授業体験みたいな感じで、試合を組んでもらえないだろうか?」

 思いきった佑也の申し出に、ちょっと待っててくださいね〜と立ち上がる案内役。
 授業を見せてくれた面々に話を持ちかけ……お、大丈夫なようだ。
 試合において佑也は、刀の扱いにはもちろん、体さばきにも気を配る。
 さらに剣術の動きだけではなく、モンクとして自身が培ってきた格闘技の動きも取り入れ、柔軟な対応を心がけた。

「ありがとうございました」

 ほぼ同時に、首元へと木刀を突き出した両者……結果は引き分けとなる。
 深いお辞儀をする佑也の顔は、充実感に満ちていた。

「そう考えれば明解だな」
「参考になったよ、ありがとう」

 授業後、質問を出した太郎とアルステーデ。
 似たような内容だったためにまとめて答えてもらったのだが、どちらにも満足のいく返答になったようだ。

「楽しい見学会だったぜ、休日返上で案内してくれてありがとうな!」
「今日はとても勉強になったよ、どうもありがとう。
 これからもいろいろと交流を重ねて、親交を深めていけたらいいね」

 実技を見せてくれた生徒達へ、感謝の気持ちを述べる御影とアルステーデ。
 他の見学者達も口々に『ありがとう』を伝え、道場をあとにするのであった。

(懐かしい……本当に……)

 見学者達が食堂へと移動するなか、道場に残る人影。
 黎は道具を片付ける士道科の生徒を手伝いつつ、日本時代の想い出にひたっていた。

(我はどんなに努力しても容姿と出自が邪魔をして『まがい物の日本人』としか見られなかったが……この地ならばどう見られたのだろうか)
「かつての日本を求めて、今の日本とかけ離れた学校か……」

 生徒達に請われて、道場の中心にて剣道の歩み足や継ぎ足などのすり足運び、弓道の射法八節の足踏みや胴造りを実演。
 今この場にいる誰よりも日本人らしい自負を感じつつ、新しい学校の未来に思いを馳せた。

「サムライが見れるって聞いたから来たのに、なんか皆思ったより普通でちょっとガッカリ〜。
 刀を口にくわえて三刀流したり、いっぺんに6本持って振り回したり、そーいう人っていないのね」

 見せてもらった授業はとても面白かったのだが、予想していたものとは少し違ったよう。
 アルマはちょびっとだけ、残念な気持ちも持っていたのだった。