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第7章 食堂・昼食


 昼食の時間になると、見学者達は皆、食堂へと案内された。
 すりガラスのはめられた戸を滑らせると、そこには。

「お座敷、座布団、木製の壁や天井!
 いいねぇ、和むー、どことなく落ち着くー、いやむしろ新鮮?
 教導団に入学して以来、日本にほとんど里帰りできてないからなぁ……神社以外の和風建物を見るのは久々〜」

 眼に飛び込んできたものを、次々と口にする曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)
 すでに食事をしていた葦原明倫館の生徒達や食堂の職員達が、一斉に入り口へと注目する。

「へぇ、これが和風なんですか……パートナーが騒がしくてすみません……」
「和食、和食〜どんなのがあるかねぇー」
「何だかんだ言って美味しいものが食べたいだけじゃないですかーまぁ、私も明倫館の和食、食べてみたいですけどね。
 ……メニュー、結構個性的ですね……お勧めのものはありますか?」

 瑠樹の後ろに着いて、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)がのれんをくぐった。
 驚かせてしまったことを詫びて、はしゃぐ瑠樹につっこみを入れる。
 しかしつっこんでおきながら、自身も興味はあるマティエ。
 早速お盆を持つと、カウンターのお品書きを手に取った。

「すごいーすごいー何にしようかな……ん?
『弱肉定食』、『撃破うどん』、『滅殺らぁめん』……弱肉、撃破、滅殺?」

 にこにこと首を振りながら、お品書きを眺めていた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)
 だが、素晴らしきネーミングセンスに思わず眼を止めてしまった。

(誰かに勝たないと食べられないご飯?
 それとも、ただのボクの見間違い?)

 頭に浮かんだハテナを消すべく、再度お品書きを見てみるのだが……見間違いではない。

(やっぱり、誰かと戦わないと食べれないの?
 こんなところで戦うのは嫌だけど……お腹すいた……)

 う〜んと、頭を抱えて悩みこんでしまう氷雨。
 しかしながら、もう空腹も限界にきている。

「えっと、この、弱肉定食と撃破うどんと滅殺らぁめんをお願いします」

 結局、気になって仕方がなかった料理をすべて頼むことに。
 不安はぬぐいきれないが、他の生徒が普通に食べているのだ……大丈夫だろう。

「『やきそヴぁ』?
 『ざるそヴぁ』?」
(『ヴぁ』にはこだわりがあるんだろうなぁ……力入れてるっぽいしなぁ……)
「オレは……日替わりを」
「じゃあ私、『ざるそヴぁ』をお願いします」

 こちらでも、瑠樹が料理名に首をかしげていた。
 壁に貼られた文字の力強さに、何となく圧倒される。
 気になりつつも無難そうな『オススメ日替わり定食』を頼む瑠樹と、新境地へ挑むマティエ。
 2人の選択が吉と出るのか、凶と出るのか……多くは語るまい。

「夢見がいつも言うのです……『本当に美味しいうどんやそばは、具を入れなくてもつゆと麺だけでいい』と。
 そんなわけでかけうどんをひとつお願いしましょう」

 カウンターに身を乗り出して、フォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)は人差し指を立てる。
 有無を言わさぬ赤い瞳に、うどん担当の職人にも気合が入ったよう。

「あとは……これなんてよさそうです、何にせよ喜んでくれるでしょう」

 パートナーへのお土産にと、天むすおにぎりを注文するフォルテ。
 コンビニではあまり見かけない気がするのは、時間が経つとべちゃっとしてしまうからだろうか。

「グルメな私としては、他学園の食堂といえどもお邪魔しないわけにはいかないのですぅ」
「僕も、いろんなもの食べてみたいもん!」
「メニューが多くて、お姉さん困っちゃうわ」

 ふんわりウェーブをなびかせて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はカウンターへと進み出る。
 両脇を、パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)に守られて。

「おすすめメニューを食べたいのでぇ、日替わりをお願いしますぅ」

 可憐に微笑むと、メイベルは3人分の日替わり定食とデザートを注文する。
 その足で席へ着いて、葦原明倫館の女生徒も交えて談笑を始めるのであった。


 大多数の者が注文を済ませた頃、廊下に怪しい人影を確認。
 白と黒のしましま尻尾が、ゆらゆらと揺れる。

(見学ツアーに着いて来たけど〜勉強に興味ないし〜♪
 あれ葵達がいない、はぐれちゃった……むむむ……それに何だかお腹空いてきたにゃ……)
「ん、美味しそうな匂いが……」

 正体は、迷子になったイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)
 いつ何時でも、お腹が空いているお年頃だ。

「んーとね、ココからココまで全部ちょうだい〜。
 イングリット、お腹ペコペコだから早く作ってくれると嬉しいにゃぁ〜♪」

 速攻でカウンターまでたどり着くと、お品書きの右から左までを指でなぞる……職人達の苦い顔もどこ吹く風。
 出される料理を、きちんと味わいながら、イングリットは順調に食べ進んでく。

「学校といえば学食、自称ラーメン伝道師としては『滅殺らぁめん』を試さないわけにはいかないぜ!」

 ということで渋井 誠治(しぶい・せいじ)の前へ置かれたラーメンは、日本風というか……マホロバ風?
 シャンバラやアメリカの文化が入り混じった、だが決して食べられなくはなさそうな代物で面白い。

(さすがは明倫館、日本っぽいけどどこか違う……外国人が日本文化を勘違いしてる感じかな?)

 このラーメンに誠治は、感銘にも似た感情を抱いた。
 トッピングはウィンナーに目玉焼き……この赤はひょっとしてケチャップ、か。

「あれ、レンゲは付いてこないのですか?」

 出てきたかけうどんを見て、フォルテは本気で訊ねる。
 麺モノには必ず付いてくると思っていたのだが、どうもそうではないようで。
 必要かどうか逆に訊き返され、戸惑いつつも受け取った。

(食堂での学生の雰囲気や話などは、外からではわからないその学校の詳しい校風を知るのにちょうどいいのですよね)

 『おすすめ日替わり定食』の盆を受け取り、食堂の中心からは少し離れた席へ着くクロス・クロノス(くろす・くろのす)
 調査したいのは定食の質と量、そして葦原明倫館所属学生の雰囲気だ。
 もちろん目的遂行のため、葦原明倫館生同士の会話に聞き耳を立ててみる。
 ちなみに本日の定食の内容は、麦飯にとろろ、旬の焼き魚に大根の味噌汁だ。

「……あぁどうぞ……シャンバラ教導団所属のクロス・クロノスです、よろしくお願いします」

 半分くらい食べ進んだところで、1人の葦原明倫館生に相席をお願いされた。
 誤解を生まないためにとの配慮から、自身の所属科を隠して自己紹介。
 クロスは、向かいに座る学生との会話を楽しむのであった。

「スィーツ好きとしては、他学園の食堂メニューのデザートが気になるのう……どんなものがあるのじゃ?」

 和菓子大好きな御厨 縁(みくりや・えにし)が、カウンターのガラスケースを覗き込む。
 結構なボリュームのあった日替わり定食を食したのだが、甘味は別腹ということで。
 見学会のために作られた一口サイズの和菓子を、縁ったら1つずついただいていますよ。

「日本の文化であるラーメンをシャンバラ、いやパラミタ全土に広めたい!
 明倫館のラーメンもきっと美味しいだろうけど、日本のラーメンの味も知ってもらいたいんだぜ!」

 汁まで飲み干した鉢を返却したあと、誠治はカウンター越しに職人へ訴える。
 昼食の時間が終わり、お客もまばらになった時刻。
 ラーメンへの情熱に押されて、職人は厨房へと誠治を招き入れた。

「空京の日本食を売っている店で醤油ラーメンの食材を買ってきたんだ、麺はもちろん生麺だぜ!」

 準備していた材料を使いきり、3人分の醤油ラーメンが完成した。
 誠治の、まったくの素人ではなさそうな手際にはもちろん、できのよさにも感心する職人達。
 少しずつ取り分けて、味見を……口元が緩む。
 評判は人を呼び、完食ののちには美味しいという感想と誠治の破顔が生まれたのだった。