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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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 6、実況は誰の手に
 
 
 勇ましい、軽快さを伴った音楽と共に選手達が入場してくる。同時にTV中継も始まり、ろくりんピック全体の戦況予測をしていたタレントと司会、華やかなスタジオのセットが写っていた画面がグランドの緑に切り替わる。スタジアムの実況担当者、闇口は、自己紹介をしてからテンション高めに喋り出した。色黒で恰幅な、白髪の多い髪をきっちりオールバックにしている壮年の男性である。
「さあ、遂にやってきましたねえ、ろくりんピック! 本日は、副音声解説として財団法人パラミタオリンピック委員会を1人で切り盛りされているキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)さんに来ていただきました。キャンディスさんは出場選手に関するプロフィールを全て暗記しているとか。非常に頼もしいですね。気になる方は、是非聴いてみてください」
『この席に座れて光栄ですヨ。今日は最高の解説をお届けしますネ』
 副音声用の別室でキャンディスが言う。さて何人が聞いているのか。
 紹介だけしておいて、闇口は副音声が聞こえるイヤホンを外してさっさと次の話に移った。
「ではここで、今大会のウグイス嬢にして私の実況も補佐していただくヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)さんに東西の選手を紹介してもらいましょう。ヘリシャさん、お願いします」
 闇口にふられ、ヘリシャは少し離れた放送ブースで会場放送用マイクのスイッチを入れた。皆の前で自分の声が流れるのはとても緊張するが、最後までちゃんとやりとおしたい。始める前は、緊張のあまり失敗しないか心配だったが――
(しっかりと皆さんのもとに声が届くように頑張りましょうー。メイベル達も頑張ってるので私も誠心誠意、頑張らないと)
 彼女の目には、コートの外の水分補給所に立っているメイベルの姿が見えていた。先程はセシリアの作ったサンドイッチも食べた。
「はい。東シャンバラチーム、1番……」

 ――入場が始まる少し前。実況席がこういう状態に落ち着くまでにはちょっとした騒動があった。今、ヘリシャ達が居る部屋の前で、隣で解説を行うと言うキャンディスを、闇口が頑として認めなかったのだ。ちなみに、キャンディスのパートナー茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は今日も百合園の敷地から出ていない。
「まさか、解説者の正体がこんなふざけた奴だなんて……。どうやって運営を丸め込んだんだ。君、素人だろう。よく考えたら財団法人パラミタオリンピック委員会なんて聞いたこともない。ろくりんくんもどきの着ぐるみなんか着て、そこまでしてテレビに出たいのか?」
「コネタントはあっさり許可してくれたネ。登録締め切り後は選手のリストも送ってくれたヨ。だから下調べもばっちりネ」
「何考えてるんだか……。私は絶対に認めないぞ。責任者を呼べ!」
「わかったヨ。ちょっと待つネ」
 そしてキャンディスから連絡をもらったコネタントは大慌てでやってきた。
「どうかしましたか? 闇口さん、何か問題が……」
「問題も何もない! 君が解説者を用意したというから、こちらは私1人で来たんだぞ! それが妙な着ぐるみとはどういうことだ」
「えっと……ろくりんくんですよ? 大会の解説にはこれ以上にぴったりな人材は居ないかと……」
「ろくりんくんって……自称だろう。それとも、コレが本物のろくりんくんだとでも?」
「ほ、本物じゃなくったっていいじゃないですか。遊園地にだって同じキャラクターの着ぐるみがいっぱい……」
「君は本物のろくりんくんを見たことがあるのか?」
「え、そ、それは……」
 そういえば、見たことがない。大会も本番を迎えているのに不自然なことではあるが。
「もしデザインが違っていたらどうするんだ。実況席の様子はテレビにも映るんだぞ。大体、公的な場でこういう話し方をする解説というのは……」
 コネタントはしどろもどろになる。もう後半はただの難癖にも聞こえるが。面倒くさいクレーマーだなあ……とも思うが、ここは何とかしないといけない。
「今日は晴れの舞台だから、正装をしてきたネ。本番ではわきまえた話し方もできるヨ。試合の集中を乱したら良くないからネ」
「ろくりんくんもこう言ってますし……」
「…………」
 渋い顔をした闇口は、それでも首を縦に振ろうとしない。
「まあ、解説はどこでも需要があるから、実況中継の席でなくても解説はしてあげるけどネ」
「ろ、ろくりんくん!」
 既に、コネタントの中でキャンディスは『ろくりんくん』である。いいのか。
「でも、実況席以外で中立な解説が出来る所って……」
「……分かった」
「一緒にやってくれるんですか!?」
「副音声だ。副音声を提供しよう。あれなら姿も見えないし、遊びも許される。多少素人でも視聴者の文句は少ないだろう。そして――」
「そして?」
「…………」
 無駄にタメを作ってから、闇口は言った。
「前半で副音声が好評だったら一緒に実況しよう。……それが最大の譲歩だ」
「あ、ありがとうございます!」
 どうにも一々威圧的だが、そこまでのわからずやでも無いらしい。……無いのか? 
「それと、私の補助としてウグイス嬢をつけてくれ。表の解説も私がやるが、1人語りでは番組として成り立たん」
「はい……」
 それが狙いだったんじゃないのか、と思いたくなる要求である。