百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

サンドフラッグ!

リアクション公開中!

サンドフラッグ!

リアクション


第10章 蒼空学園連合隊の攻撃(4)


『今、ミルディア・ディスティン選手、蒼空学園所属が担架で運ばれていきます。どうやら完全に気を失ってしまっているようです。
 なお、トラップマップによりますと、落とし穴の中に入っていたのは金属を好んで食べる虫の大群だったようです。この虫は、外見はものすごーくアレですが、人に噛みついたりはしないということです。幸いミルディア選手に外傷は何もないということですが、虫の穴に落とされたわけですから、同じ女性として、あたしは彼女の精神的ショックの方が心配です…。大丈夫かなぁ…。
 ――は。すみません、個人的意見をさしはさんでしまいましたっ。
 えーと。それでは第5ターンを開始します! 皆さん移動してください!』


 プリモの実況を聞いて、美羽は走りながら両腕をさすった。
「ううっ、虫の穴に落ちるなんて、聞いただけでゾゾッときちゃう。ミルディ、大変な目にあったのね」
 まさか私のルートにはそんな罠ないでしょうね?
 思わずすぐそこに迫った(4,6)を凝視してしまう。
「大丈夫だよ。美羽には僕がついてるから」
 隣を走っていたコハクがにこっと笑った。
「だから美羽は、あの山の赤い旗だけを見てればいい。蒼空学園に勝利をもたらせたいっていうことだけ考えて」
「コハク…」
 ありがとう、そう返そうと隣を見て、美羽は、そこに彼がいないことに気がついた。
 通りすぎた少し後ろに、穴があいている。
「コハク!」
 しゃがんで中を覗き込むと、コハクが穴の底で倒れていた。
 ちゃぷちゃぷと、周りで液体が揺れている。
「まさか、ベアと同じ!? ……じゃ、ないみたいね」
 ベアトリーチェの周りにあった液体は粘度があって、黄色味がかっていた。これはただの透明の液体だ。
「ただの水か。よかったぁ」
 でも、コハクが気絶しているのが気にかかる。落ちたとき、頭でも打ったんだろうか。
「コハク、コハクってば」
 呼んでもぴくりともしない。
「コハ――きゃっ」
 注意深く下りたつもりだったが、足をすべらせて結局コハクの上に倒れ込んでしまった。
「いたたっ」
 ぱちっ。美羽が上に倒れ込んだ衝撃で、コハクが目を覚ます。
「ふふっ。何一緒に落ちてるの、美羽ってば」
「一緒に落ちてないよ。コハクが目を覚まさないから、起こそうと思って」
「ふふふふっ。美羽までびしょぬれになることなかったのに。びっしょびしょだ。あははっ」
 くつくつと笑うコハクの笑いが伝染したのか、美羽までおかしくなってくる。
「ふふっ。ほんと、びしょぬれね。落ちるのは1人でよかったのに。ふふふふふっ」
 ひとしきり2人で笑って、なんだかおかしいと、気づいた。
「あ、あはっ! い、いつまで笑ってんの、ふふっ、いいかげん、ふふふふっ、やめたらどうなの?」
「……っ、み、美羽こそ……っ」
 コハクは笑いすぎて腹筋がぷるぷる震えている。それでも笑いを止めない。いや、止まらない。
「なんか……おかしいよ……これ」
「ははっ、コ、コハクも、そう、ふふっ、思う? あはっ」
「なんで……こん……おかし…」
 落とし穴に笑い薬が仕込まれていたのだという考えに2人が到達するのは、もう少し時間が経ってからだった。



 第1ターンで接着剤罠にひっかかったものの、以後マイペースで砂山前まで走ってきた真司は、(6,4)に入る前に一度足を止めた。
 ここには絶対罠がある。というより、(7,3)になかったのは運がよかったのだ。大体旗の周囲15マスには罠が仕掛けられていて当然なのだから。
「だが、ここを突破すれば、砂山だ」
 そこからが本番だ。
 覚悟を決め、(6,4)に踏み込んだ真司を襲ったのは。
 どしゃぶりのように降る、大量の白い液体だった。
「…………なんだ、これは」
 ぽたぽたと全身から滴をしたたらせながら、いささか唖然となって呟く。
 ぐしょ濡れの髪の毛を掻きあげた瞬間――。
「うわっ! クサっ!!」
 鼻を突く異臭に、思わず口と鼻を覆ってしまった真司だが、その覆う手にもベッタリ白い液体はついているからたまったものじゃない。
「何だ? これは! ……牛乳かっ?」
 それがずっと長い間、上に設置されたままであったので、ちょっと傷んでしまったらしい。
 全身、下着までぐっしょり濡れて。
 真司は呆然と立ち尽くした。



「あの……あのっ、すみません!」
 バッグを抱き締め、息せき切って貴賓席に飛び込むヴェルリア。
「これ、着替えなんです。彼に届けては駄目でしょうか? あのままだと砂が……それに、風邪を引いてしまいます」
「んー……でもなぁ、着替えるっていっても、エリアから出たらルート変更で失格になるからなぁ」
 真司としても、まさか100人以上の衆目の前で、着替えるわけにもいかないだろう。
 山葉としてもなんとかしてやりたいのはやまやまだったが、ヘタに手を出せば手助けととられて競技妨害になる。
「あいつ自身、競技を続ける気満々みたいだから、もうちょっと見守ってやっててくれないか。救護班にはタライに湯を張らせておくから」
「――はい」
 気落ちして、席に戻ろうとするヴェルリアを、ふと山葉が呼び止めた。
「これは、俺からあいつに」
 ヴェルリアの持つバッグの上に、スポーツタオルが置かれた。



「あー、ひどい歌だった。まだ耳がジンジンしてるよ」
 頭をふりふり、エースはぼやいた。
「そんなことを言ってよいのか? あれは女性の声だったぞ?」
「ええっ! あの破壊的オン――」
 バフッと自分で自分の口をふさぐ。
 レディに対してそれは失礼な言葉だ。たとえ相手が目の前にいなくても。
「――いや、もしかすると、わざと調律をいじって、あんなすさまじいものにエフェクトしたのかもしれない」
 希望的観測で、とりあえず納得することにした。
「そんなことよりさ、早く行こうよエース!」
 クマラがぐいぐい引っ張って、(6,6)にエースを押し込もうとする。
「いやに元気だな、おまえ」
 俺とメシエはちょっとやつれてるっていうのに。
「うん! あの料理、すんごくおいしかった! プリモ温泉って優勝商品の場所なんだろ? オイラ、絶対行ってもう一度あれ食べるんだっ。
 だからエース、ほらほらほらっ!」
「分かった分かった。行くからそんな、押すなって」
 (6,6)に走りこむエース。
 次の瞬間、彼は足元から巨大な力に突き上げられて、大空高く舞った。
「おーーーー」
 太陽光から目を手で庇いながら、見上げるクマラ。
 一瞬、太陽と重なり、人型の影となったエースは、直後放物線を描いて落下し、まるでアッパーカットをくらったボクサーのように顔面から地面に叩きつけられた。
「すげー。エース、今マンガみたいに飛んでたぞ!」
 パチパチパチ。拍手を送るクマラはどこまでものんきだ。
「……そう。でも早く、ヒールかけてほしいんだ……死なないうちに…」
 地につけたエースの頭からは、ドクドクと赤いしみが広がり始めていた。



「今度攻撃したら、そのときは私だって容赦しないから!」
「……面目ないっス」
 プンプン怒って前を行くサンドラに、アレックスはぺこぺこ頭を下げた。
 なにしろ、幻覚におびえていたとはいえ、蹴りを入れてしまったのだから仕方ない。
 サンドラは歩みを速め、先頭を行くリカインに近づく。
「……兄貴、すっかりしょげちゃって。あんな兄貴めったに見られないよ。面白いなぁ」
 こそっと囁いた。
 本当はとっくに許していた、というより、最初から怒ってなどいなかったサンドラは、アレックスに気づかれないようくすくす笑う。
 そしてようやく、リカインが立ち止まっていることに気がついた。
「どうかしたの?」
「これが、このエリアの罠だと思うんだけど」
 ズバン!
 起き上がりこぼしのように、近づくリカインに反応して起き上がったのは、水着姿で例のポーズをとった金 鋭峰の等身大立て看板だった。ご丁寧にも「ちょうど良い所に来た。貴官に新たな任務を命じる」との言葉を繰り返す、レコーダーまでついている。
 教導団員相手なら効果ありそうな罠だが、それを蒼空学園の生徒に仕掛ける意味が、リカインにはよく分からなかった。
(これって、一番ダメージ受けるの、自分とこの団長じゃない?)
「とりあえず、見たし。行きましょうか」
 リカインは立て看板の横をすり抜けて、砂山に向かった。



「だ、団員に愛……」
 腹をよじって笑っている山葉の隣で、金は奥歯を噛みしめていた。
「――梅琳、あの罠の設置者はだれだ」
「それについては、お答えすることはできないルールとなっております」



 そしてそのころ(3,4)ではひっそりと。
 降ってきた無数の金ダライでできた山に、正悟がつぶされていた。

第5ターン終了。




『早い! 蒼空学園連合隊の中から、早くも砂山到達者が出ました!
 教導団は第6ターンでしたから、この時点で蒼空学園連合隊一歩リードです!
 さあこの4チームはどんな攻略法を用いてあの砂山を攻略するのでしょうか? 同じ方角から上る皆さんは、くれぐれも巻き込まれ事故にご注意ください!』



 バキッ! と音を立てて、(5,6)に設置されていた水着姿でポーズをとる金の立て看板は真っ二つに割れた。
 武尊と佑一にはこんな罠、いかほどのものでもない。
 むしろ、先にかかった罠に対するうっぷん晴らしにちょうどよかった。
 金も、この看板が破壊されることに、まったく異論はなかっただろう。
 同じセリフを繰り返すスピーカーを踏み潰す佑一。
 互いに目を向けたものの、言葉をかわすことはなく。2人は、前方に高くそびえる砂山を目指し走った。



「ミルディの落ちた罠に比べたら、こんなの罠じゃなーいっ!」
 (5,4)に設置されていた立て看板を一瞬で蹴り倒し、突っ走るセルファ。
(うーん、あれはかなり腹を立ててますね。怒りのパワーまで加わっているようです)
 そのままあとを追おうとした真人だったが、同じエリアに走りこんだ陣のチームの様子がおかしいことに気づいてそちらに駆け寄った。
「どうしたんですか?」
 陣の肩を越えて覗き込む。
 そこでは、ティエンがくくり罠にがっちり足をとられて座り込んでいた。
「ユピリア、そっちのワイヤー持って衝撃を抑えろ。ティエン、我慢しろよ」
 碧血のカーマインをワイヤーに向け、引き金を引く。
「――くそッ、全然切れねぇ。特殊金属製か?」
「お兄ちゃん……ごめんね…」
 半泣きになったティエンを、ユピリアが抱きしめる。
「泣くな、ティエン。おまえのせいじゃねぇ」
 そこで、陣は半歩離れた距離で様子を伺っている真人に気づいて、そちらを見た。
 彼の視線が何を求めているか、真人にも伝わったが、こういう場合に有効な物を、彼も何も持っていなかった。
「あんたのパートナー、行っちまったぞ。追いかけなくていいのか? あの速度だと砂山にまっすぐ突っ込むぞ」
「すみません」
 熱くなるとちょっと周りが見えなくなる傾向のあるセルファは、きっと背後で起きたこのことに気づいていなかったのだろう。
「いいんだ。そういうルールだしな。それに、彼女がここにいても何もできないのは変わらない」
 真人は無言で頭を下げて、セルファに追いつくべく走り出す。
 陣は発煙筒を割った。

第6ターン終了。



『今、救護班の神和 綺人によって、影野 陽太選手、蒼空学園所属の気絶が確認されました。ターン内に移動できなかったため、失格となり、救護テントへ担架で運ばれて行きます。
 開始前のインタビューによると、彼は相当疲労していたとのことでした。この休息が、彼の明日のために役立つことをお祈りします』


「おーい、エースぅ? 大丈夫かー?」
 クマラが、座わりっぱなしのエースゆさゆさ揺すった。
 ヒールをかけて出血を止めたものの、出た分は戻らない。
「なんとか…」
 貧血で気分が悪い。めまいまでして、すぐには立てそうにない。
 エースはため息をついた。
(あれ、俺たちじゃなかったら死に直結する罠じゃないか?)
 疑問が沸いたが、だるすぎて抗議する気も起きない。
(ま、もう(6,6)にたどりついているんだし。移動しなくてすむからいいか…)
「メシエ、頼む」
「分かった」
 メシエが氷術を放ち、旗までの道を作る。
「行くがいい、クマラ」
「うんっ!」
 軽身功で身を軽くしたクマラが、てけてけてけっと駈けて行く。
 しかし靴が氷道仕様でなかったため、中腹ほどまできて、つるりと足が滑ってしまった。
 氷術でできた道は坂になり、すべり台になる。
「ただいまー」
「……おまえは何を遊んでいるのだね」
 逆さまの状態で頭から戻ってきたクマラに、メシエはこめかみを押さえた。

 

「さあ、アリジゴクさん。あなたの出番よ」
 サンドラは砂山にペットのアリジゴクを放った。
 しかし砂山はあまりに巨大すぎて、アリジゴク1匹が砂を掻き分けて少々砂を跳ね飛ばしたくらいでは何の変化も見られない。
「うーん、やっぱりだめか」
「どいて、サンドラ。危ないから少し離れてね」
 リカインが進み出た。
 パワーブレスにドラゴンアーツ、そしてさらに駄目押しとばかりに重ねられたヒロイックアサルトの輝きが彼女を包んで流動している。
 彼女は砂を上る気は全くなかった。ラスターエスクードによる疾風突きで砂の循環装置もろとも基礎部を破壊して旗を取る。力技だ。
「……はぁっ!」
 ラスターエスクードに渾身の力を込め、突きたてようとしたとき。
「はい、失格」
 真横に現れた山葉が、そんな言葉とともにハリセンを彼女の後頭部で炸裂させた。
 表情はにこやかだがそこに込められていた力は半端ない。
 リカインは瞬時に意識を失って、その場に倒れた。
「砂山には上ってるやつらだっているんだぞ。ったく、危ないやつだ」
「山葉校長、許可をいただけましたら俺たちが止めました。わざわざ校長自ら出ていただかなくとも――」
 先に気絶していたアレックスの脇に肩を入れ、立たせながら敬一が言う。
「いや、おまえたちが出てったら競技妨害になる。それに、不肖の生徒の面倒を見るのは校長の役目だろ」
 サンドラ、アレックスとともに、リカインは救護班の手によって運び出された。



『競技施設破壊を行おうとした現行犯で、リカイン・フェルマータ選手、蒼空学園所属は山葉校長により強制退場となりました! 山葉校長のハリセンは一撃必殺です! 皆さん、くれぐれも施設破壊はしないように!
 そしてもう1チーム、高柳 陣選手、蒼空学園所属が発煙筒を焚き、棄権となりました! 救護班のクレア・シュミットが教導団所持の特殊工具・ボルトクリッパー改を手に、救出に向かっています』


「うわ! 陣もかよ?」
 放送を聞きつけ、うめくように言ったのはセシルだった。
「これで、翠たちと1対1の勝負になったな」
 水晶 六花(みあき・りっか)が呟く。
「ティエンちゃん、ユピリアさん、陣さん……大丈夫でしょうか?」
 陣たちのいる(5,4)を見つめて、心配そうなエリティエール・サラ・リリト(えりてぃえーる・さらりりと)に、六花が首を振った。
「ちょっと遠くてよく分かんないけど、3人とも立って歩いてるからけがはないんじゃないかな」
「そうか。そりゃよかった」
 セシルは(3,7)にいる翠たちに、大きく丸を作って3人とも無事なことを知らせた。
「でもさ、これってまさに千載一遇のチャンスってやつじゃん?」
「え? 何が?」
「マスターがルナに勝つチャンスだよ」
「でも……ルナたちはとっくに棄権して…」
「だからさ。ルナがあきらめたこの競技でマスターが勝てば、マスターの完全勝利になるってこと」
 いつも振り回されるセシルを見るのは、六花としては、ちょっとシャクなのだ。
 たまにはルナが負けたっていいと思う。
「え? ルナがどうしたって?」
 翠へ伝え終えたセシルが振り向く。
「……えっ? あ、あのっ、えーと…。
 あっ、あそこです、セシル様! 応援席の方に4人ともおられますわ」
 エリティエールが、応援席を指差した。
「お! なんだ、セディのやつも元気そうじゃん。たいしたけがじゃなかったんだな」
 ほっとして、おーい、おーいと手を振るセシルの前。
 ルナはにこやかに親指を立ててセシルに応じると、その親指を下に向けた。
「沈めってさ、マスター」
 言わずもがななことを、あえて口にする六花だった。



「よ、よかった、罠なかった…」
 2度罠に引っかかり、怖い思いをしたアルバティナは、心の底からほっとしてその場にへたり込んだ。
 彼女はもう用なしになったため、ヨハンは見向きもしない。
「サクラ、浮き輪をよこしなさい」
 ヨハンに言われて、紗昏はおとなしく従う。ヨハンは浮き輪にザイルを結びつけ、怪力の籠手を装着した紗昏に戻した。
「さあ、教えた通りにするんですよ。これを投げ上げて、サイコキネシスであの旗に引っ掛けるんです」
「……輪投げ…?」
「そうです。さあ、やりなさい」
 紗昏はこくっと頷き、両手で浮き輪を抱え持ってとことこ砂山に近づく。
「そーい……」
 怪力の籠手で投げ上げられた浮き輪は、ヨハンの望み通り、赤い旗にひっかかる。
「よし。よくやりました!」
 ぽんぽんと軽く頭を叩かれる。
 褒めてもらえたうれしさに、紗昏はぱっと花のように無邪気な笑みを浮かべると、アルバティナに駆け寄った。
「ええ、ちゃんと見てましたよ。お上手でした。よかったですねぇ」
 ぎゅっと抱きとめるアルバティナ。
 しかしヨハンは、2人のことなど完全に無視して、ザイルを引き始めた。



『むむむっ! なんだか(6,6)の位置で動きがあった様子です! なんでも、変則的な攻略が出たとか?』
(バートがいないとこういうとき不便ね!)
『カメラさんを呼んでみましょう。カメラさーん?』


 貴賓席と放送席に設置されたカメラの映像が、パッと(6,6)エリアの映像に切り替わる。
 ザイルを持つヨハン、引き倒されかかっている赤旗。
 それを見た金の表情が険しさを増した。
 次の瞬間、ターーンと銃声がして、映像の中のザイルが断ち切られた。


「これは教導団による立派な競技妨害です!」
 ヨハンの訴えに、山葉は金を見た。
 撃ったのは教導団団員だが、指示を出したのは金だ。
「きみはこの競技がなぜ行われているか、理解しているのか? これは体力を鍛えるための演習競技。足を使えと言い渡したはずだ。砂山登山を放棄した時点で、きみは失格している」
 感情が一切消えたような氷の口調は、彼の怒りが沸点近くまで上昇していることを暗に物語っている。教導団員であれば、こんな金を前にしたときとるべき手段はただひとつ、沈黙だ。ヨハンは教導団員ではないから、という一点で金は我慢しているのだ。
 ヨハンはしつこく食い下がったが、金が意見を変えることはなかった。



『笹咲来 紗昏選手、波羅蜜多実業高校所属は砂山登山放棄による失格となりました。奇抜なアイデアだったのですが、残念です!
 ついに砂山攻略が始まりましたが、最初から波乱含みです! やはり一筋縄ではいきません!
 現在先陣を切って上るのは、矢野 佑一選手、天御柱学院所属! そしてクマラ カールッティケーヤ選手、空京大学所属が砂山を攻略中です! どちらも蒼空学園ではありません! このままいけば、彼らのうちどちらかが蒼空学園連合隊1位、そして2校対抗サンドフラッグ優勝者となります! 天御柱学院あるいは空京大学に優勝を持って行かれてしまうのか? 蒼空学園!』


「そんなわけなーーーーい!!!」
 プリモの実況に、高らかに宣言したのはセルファだった。
 ランスバレストの輝きが、走るセルファの全身に広がっていく。
「セルファ……まさか本当に旗まで突っ走る気だったんですかっ?」
 唖然となりつつも、真人はあわててセルファの進路に氷術を放つ。
 道もなしにランスバレストの加速で突っ込んだなら、砂山を上るどころか流砂一直線だったからだ。
「勝利の旗は、蒼空学園のものなんだから!!」
 真人の作った氷の道を駆け上がっていくセルファ。
 だが砂山の勾配は、彼女が考えていたよりさらに厳しいものだった。
 そして氷の坂道を行くには、ただの靴ではあまりに無謀。
「……きゃっ!」
 つるりとすべり、セルファは砂山に落っこちた。


『あーーーっと! 惜しい! セルファ・オルドリン選手、蒼空学園所属! あと4分の1で頂上というところで、足をすべらせ砂山に落ちてしまいました! クルクル回転しながらあっぷあっぷと下に向かって押し流されております! そして下では、もう砂山遭難者の救助慣れした救護班のハンス・ティーレマンが網を広げて待ち構えています! あの網で引き込まれる前にからめとるつもりなのでしょう! さすがです!』



(ま、ただ突っ込めばそうなるよな)
 (5,6)で、武尊は淡々と砂山登山の準備をしていた。
 氷術の道は、先を行く佑一からは離れた位置に作った。
 彼は無策で上っているから、遠からず砂に流されるだろう。巻き込まれはごめんだ。
 用意してきた鉤縄にザイルを結び、エイミングとスナイプの応用で、旗の方向めがけて投げ上げる。
 もちろんこれだけでは30メートル以上先にある赤旗にはかすりもしない。だからサイコキネシスを使って、鉤を砂の噴出孔と噴出孔の隙間にうまく挟まるように操った。
「よし」
 引っ張って、挟まり具合を確認する。
 スパイクシューズを氷に食い込ませ、武尊は砂山登山を開始した。



「あはっ……冗談じゃ、ないわよ、ふふふふっっ」
 (4,6)で、ゆらりと立ち上がったのは、美羽だった。
 ナーシングできるベアトリーチェは棄権となってしまったため、笑い薬は解除されていないままだ。
「ふふっ……こんなの……あははははっ」
(ちょっと腹筋やられるくらいなだけよ。明日の筋肉痛より今日の勝利!)
 くつくつ含み笑いをしながら、美羽は氷術で道を作る。
 スパイクシューズは装備済みだ。
 登山を開始する前に、一度だけ、後ろを振り向いた。
 そこには、笑い疲れて気を失ったコハクが倒れている。
(コハク、そしてベア。私、頑張るからね! あの旗を握り締め、そのときこそ勝利の笑いをおなかの底から放つの!)
 勝利の旗は、蒼空学園に持ち帰ってみせる!



 そして今ここに、あらたな砂山攻略者が現れた。
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)である。
(罠攻略なんて簡単や。最初の1歩だけ匍匐前進でスタートして、タイミングを他者とずらせばええだけやさかい)
 そしてその読み通り、彼の進路の罠はことごとく美羽のチームが引き受け、彼はノーダメージでここにたどりつく結果になった。
 しかし彼は、別の意味でダメージを受けたと思っていた。
(……ちッ、完全に読み違えたで。この競技、罠にかかってなんぼのもんやったんや)
 いかに罠にかかるか、どんな目にあうか、どう立ち直るか、それこそがこの競技の真の勝利者!
 罠にかからなければ、だれも注目してくれない。
「けど、こうやって砂山にたどり着いたからにはそんなんかんけーないわ。あの旗掴んだ人間が勝利者や」
 体力もSPも満タンで、スパイクシューズも履いている。
 泰輔は氷術を放った。



『国頭 武尊選手、波羅蜜多実業高校所属が登山を開始しました! ザイルにスパイクシューズ、氷術の道と、よく考えられています! 安定感のある攻略法で、ぐんぐん先頭の矢野 佑一選手、天御柱学院所属との距離を縮めています。
 そして小鳥遊 美羽選手、蒼空学園所属が大きく笑い声を響かせながら上っています! 早くも勝利を確信しているのでしょうか? しかし危なっかしい。笑っているせいか、グラグラ揺れています。そしてそのすぐ横を行く大久保 泰輔選手、蒼空学園所属! こちらは対照的に力強い、安定した上りを見せていますが、やや慎重にすぎるか?
 はたして勝利の赤旗はだれの手におさまるのか? 次のターン、必見です!』

第7ターン終了。