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リアクション
第7章 蒼空学園連合隊の攻撃(1)
『蒼空学園連合隊の皆さん、長らくお待たせしました! って言っても、実際は2時間も経ってないんですけどねっ!』
だんだん実況にも慣れてきたのか、プリモの舌の回転も良くなって、ついついお調子的なしゃべりが入ってしまう。
真剣さが足りないと、金にじろりとにらまれて、プリモはあわてて気を引き締め直した。
『……そっ、それではこれより、蒼空学園連合隊側の攻撃を開始したいと思います。
皆さん、前もってご自分で決められたスタート位置についてください』
そしてまたもバートは開始前のインタビューにかり出されることになってしまった。
「みんなーっ、見てるー?」
バートの後ろに控えているカメラ(今度は教導団が記録係をバートにも出してくれた)に向かって、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)はニョッと顔を突き出した。競技開始目前で、早くもハイテンションになっているセルファは、顔の横でピースサインまで出している。
「……セルファ。はしゃぎすぎですよ」
御凪 真人(みなぎ・まこと)がたしなめる。
「すみません、彼女興奮しすぎてちょっと舞い上がってるみたいで」
「い、いえ…」
バートは、こちらの穏やかな男性の方が話しやすいと思って、マイクをセルファから真人に移した。
「あなたの戦略は、どういったものでしょうかぁ?」
「戦略、ですか?」
「そんなの、最短距離を全力疾走で駆け抜けるに決まってるじゃない!」
またもセルファが割り込んだ。どうしても映りたいらしい。
「移動するマスを増やして罠にかかる確率を上げるより、最短コースで進んで旗を目指す方が断然いいもの。それに、一番先に取った人勝ちなんでしょ。最短コースで突っ走って、教導団より早いターンで旗をゲットする! これで決まり!」
ブイ! とカメラにアピールするセルファに、思わずガックリと手に顔をついてしまう真人だった。
「こんにちは」
「こんにちは…」
答えた影野 陽太(かげの・ようた)は、ひと言で現すとしたら、ゾンビのようだった。
顔色は冴えず、目の下にもクマがあって、表情は見るからにどんよりとしている。
病院で点滴受けた方がいいんじゃないかと提案してしまいそうになる。
「あの、あなたはなぜこの競技に参加されたのでしょうかぁ?」
「愛する人を失わないためです」
「……は?」
「俺は愛する人を失いました。そして今、彼女を取り戻す戦いに参加しています。彼女を取り戻したなら、もう二度と失わない。何が起きようと、どんな敵が現れようと、この手で守り続けられる強さがほしい。だから俺は、自己鍛錬のためにこの教導団との合同演習競技に参加させていただくことにしたんです」
じっと掌を見つめる陽太。見かけはアレだが、声にはしっかりと覇気がこもっている。
「お気をつけて…」
つい、そう言って立ち去ったバートだったが。
2、3歩離れたところで、たたたっと陽太のそばに駆け戻った。
「あの、よかったら、この競技が終わったあとにでもプリモ温泉でゆっくり何泊かされて、英気を養ってはどうでしょうかぁ?」
心配のあまり、思わず提案してしまうバートだった。
がっしりした、体格のいい人が多かった教導団と違って、蒼空学園連合隊の方はさまざまな人たちがいるなぁ、とバートはあらためて思った。
なるべく威圧される感じが少ない人を選ぼうと思っていたので、その点はホッとする。
「とにかく、蒼空学園の方にはインタビューしましたので、今度は他の学校の方ですわね」
バートはきょろきょろ辺りを見回し、(3,9)前に立つ天御柱学院の生徒を見つけて、ぱたぱた走り寄った。
「すみませぇーん。ちょっとインタビューよろしいですかぁ?」
「はい。構いませんよ」
矢野 佑一(やの・ゆういち)はにこやかに応じて、バートの方を向いた。そして小さなバートのために、少しかがんであげる。
「あのっ、もし罠にかかったら、あなたはどうしますかぁ?」
「うーん、難しい質問ですね。どんな罠があるか、まだ分かりませんし」
「あ、そうですね…」
バートはちょっと恥ずかしくなって頬を赤らめた。
(でも、会う人みんなに戦略ばっかり訊くのもアレだと思ったんだもの…)
「ただ、回避できない以上は、できるだけダメージを軽減する方法をとりたいと思います」
「そうですか。
では、もし優勝されたらどうなさいますか?」
「もちろん、パートナーと2人で湯治場に行かせていただきます」
「……にゃっ」
思わず反応してしまったのは、佑一の後ろに隠れるようにして立っていたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)だった。今回は応援参加のため、一緒に走れないから、せめて「頑張ってね」とだけ言いにきたのだが…。
(湯治場……湯治場って、アレだよね、温泉…)
「ありがとうございましたぁ」
ぺこっと頭を下げて、バートは去って行く。
佑一は振り返り、そこに背中を丸めて立っているミシェルを見て、にこやかにこう言った。
「楽しみだね、豪華温泉旅行。もし行けたら、露天風呂で一緒に背中流しっこしようか」
「ええっ…!」
(そんな…。佑一さんと旅行、行きたいけど、やばいよボク、そんなことしたらバレちゃうよ。
でもでもっ、せっかくこれからだっていうのに、頑張らないで、なんて言えないし…。
ボク、何を言ったらいいの?)
1人苦悩するミシェルの悩みを知ってか知らずか、佑一はにこにこ笑ってミシェルを見ていた。
「お話し中すみません。あなたはイルミンスールの方ですよねぇ」
パートナーのラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)と雑談している最中、背後からそんな声がかかって、椎堂 紗月(しどう・さつき)はパッと振り返った。
「えっ、俺?」
「はい。突然インタビューですみません。
あなたはどうしてこの2校対抗サンドフラッグに参加されたんですかぁ?」
「うーん、そうだなぁ…」
どこまで言ったものか、ちょっと思案する。
「俺さ、守りたいもんあるわけよ。でも、最近この世界何かと物騒になってきてるし。今のままじゃ、この先大切なもん守りきれる力があるとも思えねーしな。足腰鍛える特訓も兼ねて、参加してみようかと思ってさ。
それに、優勝すりゃ豪華温泉旅行もらえんだろ? やっぱ、温泉っていったら恋人誘って2人で行きたいよな」
ガタガタガタッ
背後で何かが崩れるような、けつまずいたような派手な音がした。
「なんだ?」
振り返るが、そこにいるのはラスティだけで、彼女は先から一歩も動いた様子はない。
「ラスティ?」
「何も。あそこの箱が崩れただけだ」
と、以前は積み上げられていたらしい箱を指差す。
「それより、これを受け取れ」
ラスティが差し出したのは『左金翼の髪飾り』だった。
「これは?」
「髪飾りだ。魔防力がある」
「いや、それは分かるけど…」
もっと説明をするかと待ったが、ラスティは口をきこうとしない。どうやらする気はなさそうだ。
「うわぁ、きれいですねぇ」
覗きこんだバートが、目をキラキラさせて言う。
「ありがとう」
紗月はポニーテールにしたゴムのそばにそれを突き刺した。
ぺこりと頭を下げて去っていくバートを、手を振りながら見送って。
「――で。やっぱり言う気はないんだろう?」
「何をだ?」
しれっとした顔をしている。カメラが回っているから言わなかったのだろうと思っていたが、そうでもなさそうだ。
「もういいよ。おまえ、外野に行ったらどうだ。そろそろ始まるからな」
それに、送り主は大体想像がつく。紗月の身を気遣ってこういう物を渡してくれそうな人は、ただ1人だからだ。
スタートラインにつく紗月の顔は緩みっぱなしだった。
「……ありがとうございましたぁ」
インタビューを終えてぱたぱた走っていくバートの後姿をなんとなく見送っていた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、すれ違ってこちらへ歩いてくる美女を見て、ヒュウと口笛を吹いた。
(美女も美女。絶世の美女だぜ)
自分を真正面から見つめる視線に気づき、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)もそちらを向く。ルナティエールはこのとき、実は内心大激怒していたのだが、そんなものはおくびにも出さず、猫かぶりの笑顔を浮かべた。
「わたくしに何か御用でしょうか?」
「――いや、見覚えがあるなと思っていたんだ。先日の祭りで踊っていた天女だろう?」
天女と呼ばれて、ルナティエールはますます笑顔を強めた。
「――あ、ルナの機嫌がなおった」
「しっ」
よけいなことを口にするな、と夕月 綾夜(ゆづき・あや)がカイン・エル・セフィロート(かいんえる・せふぃろーと)をはたく。
「ルナティエール・玲姫・セレティといいます。今日はよろしくお願いします」
「きみもこの(5,9)から?」
「はい。そうです」
「そうか。オレは国頭 武尊だ。よろしくな」
武尊は手を差し出す一方で、早くも(5,9)から漂う不穏なにおいを嗅ぎ取っていた。
「あれ? おまえんとこも(1,5)だっけ?」
近づく天川 翠(あまかわ・すい)とセディ・レイヴ・カオスロード(せでぃれいう゛・かおすろーど)に真っ先に気づいたのはセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)だった。
「そうだよ。何今さら言ってんの。
そっちこそ1人?」
「あいつらはルナんとこ行ってる」
「あー、じゃあすれ違っちゃったんだね」
にこにこ笑っている翠と対照的なのが、そのパートナーのレイヴだった。
ちょっとしたことで相手を殺しかねない、かなり殺伐とした空気をまとっている。
「あいつ、どうしたんだ? いや、いつもあんな感じだが、今日はさらに不穏だな」
こそこそと、翠にだけ聞こえる声で耳打ちする。
「さっきルナとやり合ったの。ほんと、ネコとサルよね、あの2人」
「それ言うならイヌとサル」
「……ルナはイヌよりネコって感じだもん」
ツッコミを入れられて、ちょっと頬を赤くしながら翠が呟く。
「同じチームなんだから、今回ぐらい仲良くしたらどうなの? セディ」
「だから殺さないでいてやったんだ。
翠とクロスのために、この世に存在するのは許してやる。だがそれだけだ」
(うおー、いつもに増して俺様だ。こりゃ本気で虫のいどころが悪いんだな)
触らぬ神に祟りなし。そう思ったセシルの前、翠がいきなりレイヴの頬を引っ張った。
「うわっ! 翠っ!」
「ここにはルナはいなくて私だけなんだから、その仏頂面はやめたらどう! セシルにも失礼でしょ」
「……いや、翠、俺はべつに…」
レイヴの目がセシルをにらむように見る。そして翠を見て、大きく息を吐き出した。
「…………努力する」
「よし」
つねってごめんね、と頬の痛みを軽減させるようにこする。
「――やっぱ、最強は翠だよな…」
「ん? 何か言った?」
頭の中のピラミッド型勢力図で、頂点に翠を置きながら、セシルはなんでもないと首を振った。
「翠が最強かもしれないけど、絶対負けないからな」
なんたって俺には、陣に買わされた……もとい、陣が作った秘密兵器『かんじき』がある!
これさえあれば砂山だってラクラク上れるってもんだぜ!
「んー? 私だって勝つよ」
よく分からないまま、燃えるセシルの隣でスタートラインに立ちながら翠は答える。
「でもちょっと意外だったなぁ。セシルたちはルナと組むと思った」
「なんで?」
「だって仲いいじゃん」
「なっ……よくねーよ! 大体、あいつといるとロクなことがねぇ。いっつも貧乏クジ引かされるのはきまって俺の方なんだ!」
だけどそれも昨日までの話。今日こそあいつと決着をつけてやる!
セシルは早くも燃えていた。
「やーっぱ、豪華温泉旅行っていったら食いモンだよな!」
どこの小学生だ、こいつは。と言いたくなるくらい、月谷 要(つきたに・かなめ)の顔は輝いていた。
「そもそも温泉の前に「豪華」がついたら、そこは食いモンを表現してるんだ。あれは、豪華な食事のついた温泉の略なんだな」
とか言って、勝手にうんうん頷いている。
どんだけてめーの頭は食い物に支配されているんだ? 9割か? 9割9分か? 脳内を漢字変換したら「食」の字で埋めつくされてんじゃねーか? いや、そもそもそんなに字があるか怪しい。一文字漢字で「食」とだけあるに違いない。
そう考えることで、ルーフェリア・ティンダロス(るーふぇりあ・てぃんだろす)は、さっきから頭をボコりたくてうずうずしている拳から気をそらそうとしていた。
「でも要、それだと「豪華」は名前になりませんか? 普通温泉の前には名前が来るでしょう? ○○温泉とか××温泉とか。豪華な場所にある温泉という意味では?」
霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が真面目な顔をして言う。
(似合いだ。こいつら似合いの最強バカップルだよ)
似合いというより、ほとんど脳内が同レベル、とみるべきな気がしたが。
とりあえず、パートナーである以上、他人のフリには限界があるので。
「で、サンドフラッグの攻略だが、どういう戦略を立ててるんだ?」
話を切り替えることにした。
「あれ? 話してなかったっけ?」
「ルーさん、いなかったでしょう? ちゃんとその「あとですることノート」に付けていたじゃないですか」
「あ、そーだっけ? ゆうべはバタバタしてたから見返すの忘れてた」
パラパラめくる要。しかし書き付けてあることが多すぎて、その中から一文を見つけるのは難しいようだった。
(……意味ねぇだろ、振り返らないんなら)
イライラ、イライラ。
ルーは頭の中で、柵を飛び跳ねる牧場の羊を数え始める。数を数えることで怒りを押さえ込めると、先日「怒りの抑え方教室」というラジオ番組でやっていたのだ。
最近自分が怒りっぽくなっているのは自覚していたので、試してみることにした。
「あのね、ルーさん。(3,1)からスタートして(5,1)まで歩くの」
「はぁ? なんで横に移動するんだ? しかも歩くってなんだ?」
突っ走れよ、これっくらい! たどりつく早さを競う競技なんだろ?
「だって罠があるかもしれないじゃん。ほかのやつらがかかったあとで通るのが得策だろ」
「それで、(5,1)で1回休むの」
「はぁーっ??」
休みすぎだろ、それは!
「それから(5,5)までは走る」
ルーフェリアは歩数を数えた。――罠にかからなくても12ターンかかる。
ぷちっ。
「直線距離で4ターンしかないのに、どんだけ歩く気だてめぇ…!」
頭の中の羊は、沸騰してピーピー鳴るヤカンに変わっていた。
駄目だ、あの方法は自分に向かない。
「姉さん、頑張ってくださいねぇ」
朝野 未那(あさの・みな)は(1,9)前でスタンバっている朝野 未沙(あさの・みさ)に向けて言った。
「私、応援席から一生懸命応援してますぅ」
「ありがと、未那ちゃん」
「あっ、未那さんずるいの! はいはいはーい、私だっていっぱいいっぱい応援するのなの!」
未那が未沙にぎゅっとされたのを見て、朝野 未羅(あさの・みら)が手を上げる。
「未羅ちゃんも」
ぎゅっ。
「先ほどと違い、こちらはずいぶんと人が多いわねぇ」
埃っぽいし。
仲良し朝野3姉妹のイチャイチャをよそに、ティナ・ホフマン(てぃな・ほふまん)は、人混みに目を細めていた。
「25チームだから、教導団より7チーム多いわね」
ひと口に7チームと言うのと、実際見るのとは違う。
「激戦なの」
「パートナーと一緒の人が多いですぅ。やっぱり私も姉さんと一緒に参加すればよかったですぅ」
しかし、ナーシングもヒールもキュアポイゾンも使える未沙に必要なのは、1人で動ける機動力だった。
でも、1人では抜け出せない罠にかかったら?
「どうかしたの? 未羅ちゃん」
「――ううん、なんでも…」
なんだか嫌な予感がした。でも、口に出すと本当になりそうだから、言わない。
「あーあ、罠でもがく人間を高みの見物にと来たけれど、もう飽きてきちゃったわ。こうもインターバルが長いとねぇ」
「仕方ないのですぅ。救助と罠の設置とがあったんですからぁ」
「……違うの。ティナさんは、先の罠のデータを元に、改良しに早く戻りたいだけなの」
ひそひそと耳打ちする。
「始まったら、またいろんな罠が作動するからたくさんデータが取れるわよ、ティナさん」
「そうねぇ」
とりなそうとする未沙をチラと見て。
「ま、せいぜい頑張んなさい」
適当に手をひらひらさせながら、ティナは応援席に向かった。
「ほら、あなたたちもそろそろ席に戻らないと」
未沙に追い立てられ、2人はしぶしぶティナの後を追って行く。
「かわいい妹さんたちですね」
そう、横から話しかけられて、未沙はそちらを向いた。
ポニーテールのかわいいメガネっ子が笑顔で立っている。
「あなたは?」
「私、ベアトリーチェ・アイブリンガーっていいます。(1,9)前からスタートすることになっています」
「あ、それあたしも」
(1,9)前に立っているのだから、言わずもがななのだが、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)はぺこりと頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
「お兄ちゃんとこうしてるのって、久しぶりだよね!」
目をきらきらさせて、赤嶺 卯月(あかみね・うき)は兄の赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)とつないだ手をぶんぶん振った。
「そうだったかな」
「うんっ。
すっごくうれしい!」
頬を染めて、生き生きしている卯月を見ていると霜月も、連れてきてよかったかな、と思う。
いつも外出を喜んでくれるから、もっといろんな所へ連れ出してあげたいと思うのだが、しかしそうもいかない事情があった。
(ああ。背中がチクチク痛い…)
「――クコ、まばたきした方がいいと思うよ。今日は特に砂が飛んでるから」
クコ・赤嶺(くこ・あかみね)の隣に並んだメイ・アドネラ(めい・あどねら)が、彼女の気をそらそうと、果敢に挑んだ。
クコは、前方で手をつなぎ、笑顔で談笑している2人を、じーーーっと凝視している。
「だっ……て、ホラっ、卯月ちゃんまだ子どもだし、やっぱりこういう競技だと、危ないでしょ? 手つないでおいた方が、とっさの対応できるし」
自分の方がよほど小さいのに、まるで姉のような口ぶりでメイが言う。
「――分かってるわ」
それで2人1組になっているのだ。卯月と霜月、クコとメイ。卯月とクコが組んだらその場で殺し合いが始まるのはみんな知っているので、相談する必要も感じることなく、自然とこの組み合わせになった。
「でも、この前後の並びには悪意を感じるわね…。私にこのイチャイチャを見させるために、わざと前に出ているんだわ。そうに決まってる」
「クコ〜〜、いくらなんでも悪くとりすぎじゃない?」
(悪くとりたくもなるわよ!)
なぜなら先日、クコは卯月から宣言を受けていたからだ。
「クコさん、赤ちゃん作るんですって? た〜いへんねぇ。だって妊婦って、いつもつわりで苦しむんでしょ? ブクブク太って、アヒルみたいにしか動けなくなっちゃうんだよねぇ。顔もパンパンになって……って、ああ今もパンパンだから変わんないか。
きっと、変貌したクコさんに、お兄ちゃんもビックリね。百年の恋も冷めちゃうかも」
「霜月はそんなことない! 私との赤ちゃんがほしいって言ってくれたもの! うれしいって!」
「赤ちゃんはね。でもクコさんのことじゃないでしょ」
「――くっ」
「まぁ、クコさんはいくらでもお望み通り、パンパンのブクブクになって、アヒルになっちゃってよね。邪魔しないから」
おや? とクコは不思議に思った。
霜月激ラブの卯月がこのことを知ったら絶対に動く、邪魔をすると警戒していたのだ。
それがたとえ、クコを殺すことになろうとも。
(これも何かの作戦? 油断させておいて、階段から突き落とすとか)
そんなクコの考えを読んだかのように、卯月がくつくつ笑う。
「卯月が何かすると思ったでしょ? するはずないじゃない。だってその赤ちゃん、お兄ちゃんと卯月の血も入ってるんでしょ。そしたらそれって卯月とお兄ちゃんの赤ちゃんみたいだよね」
そう、笑った顔に、ぞくりときた。
次の瞬間そっぽを向いていて、その横顔は元の卯月だったけれど。
「それに、クコさんがアヒルになってる間、お兄ちゃんとお出かけいっぱいできるしー。ふふっ、あははっ、もうすっごく楽しみ! なんなら毎年妊娠してくれても全然OKだからっ」
(そうよ、そういうことだったんだわ。私が妊娠するってことは、つまりどこへ行くにも卯月がパートナーとして霜月の横につくってことで……それをああして見せつけてるんだわ、なんてやつ! 卯月め!)
ギリギリと奥歯を食いしばるクコ。
「クコ〜〜〜、怖すぎだよ、それ〜〜」
「メイ!」
「なっ、何っっっ?」
突然こっちを向かれて、メイは飛び上がってしまった。
「いいこと? もし私が妊娠して、霜月と行けなくなったら、あなたが必ず一緒に行くのよ!」
「えっ? でもそれって、決めるの霜月なんじゃ…」
「ねだりなさい! 甘えて連れて行けと言うの! 特に絶対あの子と2人にしちゃ駄目!」
「は、ハイ…」
(ボクにどうしろと……そりゃ霜月と行くのは楽しいからいいけどさ。でもきっと霜月は「クコを1人にしちゃ駄目だ」とか言うと思うんだけどなぁ…)
この約束を守るのは、かなり難しい。
迫力に押されて、つい、頷いてしまったものの、はたすためにはどうすればいいか見当もつかないと、頭を抱えるメイだった。
「カイ」
(1,6)前で目を閉じて集中力を高めていた氷室 カイ(ひむろ・かい)は、思いがけず名前を呼ばれ、そちらを振り返った。
「なんだ、渚か」
つい、反射的に身構えてしまったものの、そこにいるのが雨宮 渚(あまみや・なぎさ)と分かって力を抜く。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「席にいると思っていた。来なくていいと言っただろう?」
「うん。でも、ただ座ってるのも飽きちゃって」
そう言ってかすかに笑うと、カイの隣についた。
「広いなぁ。それに、ここから見ても、やっぱり大きい」
「ああ」
「ワタシも、一緒に参加するべきだったかな…」
「なんだ? いきなり」
「うん…。なんか、さっきの教導団の見てたら……なんとなくね」
みんな、罠に落ちて傷だらけになっていた。
次々と砂に飲まれていく人を見たときは、心臓が凍りついてしまいそうになった。
これからカイはあれに挑戦するのだと思うと。
「落とし穴とか、砂山登山とか、口にするのは簡単よね。でも、見ると聞くとでは大違い」
「見たら面白そうで、参加したくなったのか?」
にやっとカイが笑う。親しい人にしか見せないその笑みは、どこかカイを幼く見せる。
もしくは、歳相応に。
「意地悪ね」
ぼすん、と脇腹に拳を当てた。
それきり言葉が途切れ、黙り込む。
2人で、同じ砂山を見ていた。
「これは、ただのゲームだ。戦いじゃない」
「――うん」
「だから無茶はしない。それでいいか?」
「うん」
だが渚は、開始5分前の放送が入るまで、そこにとどまった。
「ハーイ、エース」
応援と競技者が入り混じった人混みの中、(7,9)前に立っていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、自分を呼ぶ声に気づいてそちらを向く。そこには、すっかり私服に着替えて汚れを落としたルカルカが立っていた。
「やあルカ。1位おめでとう。お疲れ」
ぱん、と手を打ち合わせる。
「暫定だけどね」
「でも教導団で1番だろ。すごいよ」
エースからのほめ言葉に、ルカはとたん笑み崩れた。
「ありがと。しびれ薬と納豆の落とし穴に落ちたかいもあったってものよね。
そっちはこれからね。クマラと一緒?」
「うん。オイラ、エースのお手伝いするヨ。だってすっごい楽しそうだもん!」
期待にきらきら輝く目で、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は砂山を見ている。公園の砂場か海辺の砂山と勘違いしているようだ。
たった今、その砂山で死ぬ思いをしてきたルカルカとしては、苦笑いを浮かべるしかない。
「2人だけ? メシエもいなかった?」
「メシエならここに……って、あれ? いない?」
後ろを振り返ってきょろきょろ見渡したが、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の姿は忽然と消えていた。
「なんか、さっき向こうへ行ってたぞ。トイレじゃないかぁ?」
「しょうがないなぁ。
まぁ、あいつ、最初からあんまり乗り気じゃなかったみたいだし。仕方ないかもな」
のわりには、罠設置は楽しそうだったんだが。
『競技開始5分前になりました。応援者の皆さんは、席の方にお戻りください』
「ああ。じゃあ応援してるから。頑張って」
「ありがとう」
手を振って、ルカルカは応援席のダリルの元へ帰って行く。
「それにしても、メシエはどこへ行ったんだろうな?」
あと5分で戻ればいいが。エースはため息をついた。
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