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リアクション
第2章 シャンバラ教導団の攻撃(2)
「おー。みんな、盛大に引っかかってるなぁ」
(9,7)前からスタートした朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、1ターン目から引っかかっている仲間たちをぐるっと見渡しながらそう言った。
(9,7)には罠が設置されておらず、走っても何も起きない。
平和そのものだ。
気負っていた分、ちょっと拍子抜けだった。
「ね? もし優勝したら、どうする?」
次のルートである(8,6)へ向かいながら、3番手を走っていたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が訊く。
「ばっか。もしじゃなくて、優勝するんだよ。じゃなかったらどうして罠がゴロゴロ設置されている場所へわざわざ進んで行かなくちゃいけないんだよ」
痛い思いをすると分かってて進むなんて、豪華温泉旅行でも貰わなきゃ、わりに合わないよ。
ブツブツ、ブツブツ。2番目の朝霧 栞(あさぎり・しおり)が呟いている。
もっとも、一番最初に痛い思いをするのは先頭を走る風霧 いなさ(かぜぎり・いなさ)なのだが。
サンドフラッグ攻略会議中、いなさは淡々とこう答えた。
「ふむふむ……なるほど。つまりは垂を勝たせるために、垂の侵攻ルートの罠を排除すれば良いのですね? 分かりました。我にお任せください。先陣を切るは戦士の誉れ。この勤めをみごと果たし、必ずや垂を勝利へと導きましょう。そして我が罠にかかった場合、そなたたちは遠慮なく我の屍を越えていってください」
「「「いや、致死系の罠はないからっ!」」」
と、全員口を揃えてツッコミを入れたが、当のいなさはきょとんとしていてよく分かっていないようだった。
そして宣言通り、いなさは何のためらいも見せず今も先頭を突っ走っている。
そんないなさがいるのでは、文句を言う自分こそわがままに思えて、栞も2番目を走っていたが。
「いなさ! 栞! あとの事は僕と垂に任せて、華々しく散ってくるんだ! あ、もちろん回復はしてあげるからね! 大丈夫だよっ」
とかライゼに笑って言われると、なんだかこの順番が理不尽に思えてきて、おまえこそ先頭走れ、と言い返してやりたくなるというものだった。
回復系スキルはライゼしか持っていないため、仕方のない順番ではあったが。
「それで? どうする? 優勝商品はペアだから2名しか権利ないんだけど」
ライゼは少し走る速度をおとし、垂と並んで走りながら訊き直した。
「うーん。そうだなぁ。もし優勝して湯治場招待券を手に入れられたら、セイカと一緒に行きたいな。最近忙しくしてるみたいだし、連れてけたら喜ぶだろうなぁ」
「えーっ、僕たち置いてけぼりなの〜?」
ぷくーっとかわいく頬を膨らませるライゼの姿に、垂は吹き出し、ぽんぽんと頭を軽く叩いた。
「まさか。おまえたちの分はちゃんと出すから、5人で行こう」
「それならいーや」
ライゼは上機嫌で元の3番手に戻っていった。
橘 カオル(たちばな・かおる)の第六感は、そこに進むなと告げていた。そこにはあやしい物がある、と。
だが避けるわけにはいかない。ルートは開始前に提出してある。そこに進むと決めた以上、罠があるからと避ければ即失格なのだ。
(梅琳、見ててくれ。オレは絶対優勝して、キミを湯治場に連れて行ってみせる!)
念のため、超感覚でさらに身体能力をアップさせておいてから(4,2)へ踏み出す。
とたん、四方から気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
最初は小さかった声が、だんだん膨れ上がって大きくなる。
「くそッ! 何だ!?」
どんな化け物が現れる?
どこから何がきてもすぐさま対処できるよう身構える。
しかし何かが現れる気配はなく、ただ不気味な笑い声だけが、しつこく聞こえてくるだけだった。
「へへっ、楽勝楽勝! こりゃもしかすると、このまま突っ走れるパターンかもなっ」
先頭を走る張 飛(ちょう・ひ)が、あっけらかんと笑いながら言った。
「たとえ俺が罠にかかって抜け出せなかったとしても、立ち止まらずに進んでくれよ!」
サンドフラッグ開始前は、必死の形相でそんなことを言っていた張飛だったが、最初の(2,1)に罠がなかったおかげで、すっかりリラックスしているようだ。根が楽観主義なため、今では鼻歌まで出ている。
「気を引き締めろ、張飛」
3番手を行く月島 悠(つきしま・ゆう)が、鼻歌を聞きとがめて鋭く注意を発する。
「ここまではまだ外周にすぎん。この先の旗周囲16マスが第二防衛ライン、そして最も内側の8マスである第一防衛ラインは罠だらけと見ていい」
いや、むしろ罠マスしかないと見るべきだろう。そしてその罠が1マスに1つとも限らないのだ。2つ……いや4つあれば、全員が罠にかかる可能性もある。
「そうですよ」
と、悠の後ろを走っていた麻上 翼(まがみ・つばさ)が言う。
「ボクらは悠くんに勝利してもらうために最善を尽くさなきゃならないんです」
とは完全にタテマエで、実際は悠がかかってもさっさと見捨てていくつもりの翼だったが、どうせ張飛には分かるはずのないことである。
それに、翼は豪華温泉旅行には悠と行くつもりだから、十分行為は翼の中で正当化されている。
「ちゃんと先頭としての務めを果たしなさい」
「わ、分かったよ…」
いけしゃあしゃあ言う翼に、張飛が返す。
そして前を向いた瞬間、彼はみごと、まっすぐ落とし穴に落ち込んでいた。
(3,2)に設置されていたのは、深さ2メートルの落とし穴である。
「張飛! 無事かっ?」
「あーあ。言わんこっちゃない」
どすん、と尻から落ちて、ショックで固まっている張飛を見下ろし翼は頬杖をつく。
「さあ、先を急ぎましょう、悠くん」
「だが張飛を助けねば」
「そんな暇はありませんから。最初に話し合った通りです。だれが犠牲になろうと前進あるのみ!」
「しかし、傷ついた仲間を置いていくのは教導団としての名折れ」
「何言ってんですか! 彼が言ったんですよ、立ち止まらないで進んでくれって。張飛の犠牲を無駄にしちゃいけません。それに、彼はただ落ちただけですから。すぐ這い上がって追いつきますよ。
マックス、先導して」
翼の言葉に、マクシミリアン・フリューテッド(まくしみりあん・ふりゅーてっど)は数瞬の間、逡巡した。
だが翼の言う通り、優先順位は悠を護り、勝利へと導くことにある。
マックスは穴の中の張飛に背を向け、走り出した。
「さあ、行きましょうね、悠くん」
「あ、ああ…」
今ひとつ納得できない思いだったが、促されるまま悠も走り出す。
「って、おい! ホントに顧みることなく進んで行ってんのかよ!」
ようやくショックから立ち直り、穴から両肘を出した張飛は、走り去る3人の背中を見ながら叫ぶ。
(ちくしょー、覚えてろ! 罠にかかったら今度は俺の方こそ笑ってやる)
よっこらしょ、と穴から這い出して、張飛は3人を追うべく走り出した。
「おい、大丈夫かよ?」
第2ターン開始のホイッスルでようやく(1,9)への移動を許されたハインリヒは、ヴァルナや島本 優子(しまもと・ゆうこ)の手を借りて、穴から這い上がってきたクレーメックの元に駆けつけた。
「ああ。ちょっと驚いただけだ」
トリモチだらけになった上着を脱ぎながらクレーメックが答える。トリモチはスポンジトラバサミについていたため、下半身にはほとんど付着していない。
「そうか。そりゃよかった。
にしても、だっせぇよなぁ、トリモチ穴かよ!」
クレーメックが穴に落ちた瞬間を見てしまい、まだ内心かなり動揺していたのだが、それを悟られまいとハインリヒはやや語気を強めて言う。
「あー、オレが落ちなくてよかった」
「ぬかせ。
どうやらこれから私たちは同一行動をとることになるようだからな。この先はおまえも一蓮托生だぞ」
「上等! どんな罠でも来いってんだ」
パン、と手を叩き合う。
第3ターンを告げるホイッスルが響いた。
第2ターン終了。
『第1ターンで罠にかかった人は1回休みのためか、第2ターンでは移動者が少なく、そのため罠にかかる人は少なかったようです。
でも3ターン目はそういうわけにもいかないようですよ? 皆さん、心して進んでください!』
「笛が鳴った。お嬢、動けるか?」
「……に、にょろ〜…」
声は出せるが目は開けられないらしかった。毒霧のせいで、肌も冴えない。
背後をちら見する。救護班の腕章をつけた黒髪の少年はしっかり彼ら4人の状態に気づいていて、駆けつけたがっているようだ。だがいくら救助したくても、競技者自身が求めなければ手を貸すわけにはいかない。競技妨害になってしまう。
「お嬢、もう棄権するか?」
その言葉に、ゾリアはしっかりと首を振った。
「我がマスターは戦うことを望んでいらっしゃるわ」
ザミエリアは誇らしげに言う。
ロビンとしては一刻も早く救護班に預けたかったが、ゾリアの意思も尊重したかった。
「分かった。行くぞ、お嬢」
ゾリアを背負って歩き出す。
(8,9)に抜ける前、ロビンは後ろを振り返って倒れたままのルースを見た。
ずりずりと匍匐前進で進んでいる彼の進路は、どうやら(8,8)のようだ。
「同じ進路ならあんたも連れて行ってやれたんだが……悪いな」
だれに言うでもなく呟きながら、ロビンは(8,9)へと進んだ。
ずりずり、ずりずり。
「……うぬぬぅ……オレの、温泉デートへの道は、だれにも、妨げさせんぞ〜〜っ!!」
毒に冒されたせいで体の動きがままならない状態でありながらも、ルースは(8,8)を目指して進んでいた。
動くたびにごっそりHPがそぎ落とされていくのが分かる。だが諦めるわけにはいかない。
この先には、温泉でしっぽりデートという名のゴールが待っているのだ!
「教導団員としての栄光も、豪華温泉旅行も、オレのもんだ〜〜〜っ!」
うはははははははははーーーーーーっ。
ついに(8,8)にたどりつけたうれしさに、ちょっと壊れたような高笑いをするルース。
しかし次の瞬間、彼は深さ2メートルの落とし穴にはまり込んでいた。
「…………だれだ、こんな所にまで罠しかけたやつは…」
(9,7)(8,7)と何事もなく通りすぎて(7,7)へと入る。
「罠ないなぁ。平和だなぁ」
空は青くていい天気だし。
「このまま砂山までたどり着けるかも――」
そう、栞が呟いたとき。
ヒュッと音を立てて、いなさが消えた。
「い、いなさっ?」
何の前触れもなく消えたいなさ。
そして出現した大穴。
あわてて3人で覗き込むと、穴の中央でいなさが仰向けでトリモチまみれになっていた。
「大丈夫か? いなさ!」
「はい、大丈夫です。でも、起き上がれません」
いつも通り、何事もなかったかのような声で淡々といなさは答えた。
しかしべったりと背面全部にトリモチがついて、穴の底にくっついている。頭と肩が下がっていて、両足は宙だから体勢的にも力が入りにくく、起き上がりにくいのだろう。
「俺が下りて引きはがすから、おまえら引っ張り上げてやれ」
「うん」
「大丈夫です。鬼神化すれば、この程度の穴など」
と、早くも角が伸び始める。
「わーっっ、やめろ。狭い中でそんなことしたらますますトリモチまみれになるっ」
しかもひっくり返ってるんだぞ、おまえっ!
しかし垂の忠告もむなしく、いなさは鬼神化を完了させた。
「……あら」
「だから言ったのに」
垂はため息をつくと、前以上にベタベタとトリモチだらけになったいなさがきっつきつになった底へと下りて行った。
「くそっ! 冗談きついぜ!」
(2,8)へ移動したとたん、足場をなくして、ハインリヒは落とし穴にまっさかさまに落ちてしまった。
下にクッションになるような物はなく、しかも上からクレーメックまで降ってくるおまけつきだ。
「なんでおまえまで…っ」
「そういうルールだからだ。私だって落ちたくて落ちたわけではない」
「ぐあッ」
身を起こそうともがくクレーメックの肘が、下敷きになったハインリヒのみぞおちを圧迫する。
「オレじゃなくて壁を支えにして起き上がれよッ! いてぇだろーがッ」
「狭いから仕方ないだろう」
「2人とも、大丈夫?」
2度目ともなれば落ち着いたもので、穴を見下ろすヴァルナは膝で頬杖をついている。
「ヒールかけてあげるから、いつまでもそんなとこで口論してないで早く上がってきたら?」
とは天津 亜衣(あまつ・あい)。ハインリヒの苦境を面白く思っているのを隠し切れず、口の端をヒクヒクさせている。
穴から這い上がったハインリヒは、亜衣を避けてその後ろの優子にいった。
「優子ちゃ〜ん、落とし穴とあいつのせいで、体のあちこちが痛いんだ。ヒール頼むよ〜」
いかにもな作り声で膝に頭を乗せる。
「でも…」
優子は亜衣を気遣って、ちらちらと見ている。
「あー、いいのいいの。あいつのヒール、性格の通り乱暴だからさ。それより優子ちゃんの優しいヒールの方が、ずっと癒されるんだなぁ。ほんと、恩にきるからさ。あ、なんだったらこの演習が終わったあと、一緒に温泉行かない?」
「――ハインリヒ」
こんな所でまでナンパか、とクレーメックはこめかみを押さえる。
あからさまに挑発されて、亜衣はプンむくれたまま、乱暴にハインリヒを引っ張り寄せた。
「こんな擦り傷、優子さんの手を煩わせるほどじゃないわっ」
バシッと傷口にヒールを叩きつけるようにかける。
「ハイ、ヒール終わり! 治ったんならとっとと次のエリアに進むわよ!」
転がすようにポイッとハインリヒを放り出して、亜衣は(3,7)へ向かってずんずん歩き出した。
氷術でカチカチに凍らされた(7,3)に走り込んだ瞬間、何かを踏んづけて。
魏 恵琳はつるっと滑った。
「……!」
そっくり返りそうになったものの、なんとか踏みとどまる。踏ん張れた、そう思ったのもつかの間、そこもまた薄く油を塗られたエリア内であったため、つるりと滑ってしまう。
「ちぃッ…!」
体勢は大きく崩れて、もう防ぐ余裕はない。
恵琳は覚悟して、油と碁石だらけの氷の上に転がった。
「き、騎兵は、前進あるのみ…」
ネチャネチャと体にまとわりつくトリモチを、教団コートを脱ぎ捨てることで回避した永谷は、コートを踏み台がわりにしてトリモチエリアを抜けた。
すっかり遅れてしまった。
そのまま走って次のルートである(5,2)に飛び込む。
そこで彼を待ち受けていたのは、壁面いっぱいにトリモチが塗られた深さ2メートルの落とし穴だった。
「――嫌いだ、トリモチなんて…」
勢いよく飛び込んだせいで穴の向かい壁に張りつきながら、永谷は苦々しく呟いた。
そしてそのころ。
(2,2)で瑠樹は、すぐ近くで巨大な爆発音のする地雷罠に引っかかり、思わず「わぁ!」と大声を上げてしまった恥ずかしさで、マティエに背中を叩かれていた。
第3ターン終了。
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